娘ができました
ゆっくり読んでいってね
気がつけば夜になっていた。ギルドに行かなかったのは初めてかもしれない。
私が育てていたドラゴンはペットではなく娘になってしまった。魔物が人になるというのは実際にあることだ。私は見たことがないが。東洋では獣の魔物が傾国の美女になりその国の王の妃になったという話があったな。
ミウも幼いながら目鼻立ちがはっきりしており将来は間違いなく美しくなるだろう。それこそ"魔"性の美と言えるほどに。
この人化の法、何故私が見たことがないのか。それはそもそも扱えるだけの高位の魔物が少ないからだ。生半可な実力ではとても扱えるだけの術ではない。常に身体に魔力を纏い、確固たるイメージを持つ必要がある。
そもそもそれだけの技量を持つ魔物はいないわけではないがそれだけの力があるなら人間と関わる必要が無いという意味もある。人と関わりたい変わった魔物か、国の転覆を狙うような魔物ぐらいしか使わないだろう。
少し話を戻すとしよう。私は今、人生の岐路に立たされている。私が無責任に卵を育てたせいでとんでもないことが起きるかもしれない。そうなる前に私は決断をしなければならない。聡明な方ならばお気づきかもしれない。
ーー今この場で… ミウを殺すべきか否か。
ああ、全くもって無責任だ。勝手に卵を拾い、育て、そして殺す。このあり方はまさに鬼畜の所業と言うべきだ。何故殺さねばならないのか。
単純なことだ、ミウが高位の魔物だから。それだけである。
産まれて一月、それで既に人化の法を扱える。魔力の質、量共に私よりは低い。だがそれはすぐに抜かれてしまうだろう。私の母は一流の魔法使いであった。私はその才を受け継ぎ母には劣るが上の下くらいの魔力はある。何十年と研鑽を重ねた才能を持った人間が、僅か一月ばかりの魔物に魔力で負けかける。はっきり言って異常だ。
こういえばわかるだろう。世界トップの戦士がようやく視力が発達したぐらいの年齢の赤ん坊に負ける。
ここには人と魔物との圧倒的に差がある。この成長速度に加えて竜種特有の長命。千を超える刻を過ごした竜だってこの世界にはいる。高位であればあるほど長命だ。ミウはそれ以上生きるかもしれない。
私は人間だ。そこまでこの少女と寄り添うことなど出来ない。一般的に考えれば私はあと20年生きられればいい方だろう。それに加え私の仕事は冒険者だ。仕事の途中で命を落とす可能性もある。無論死ぬ気などさらさらない。
もし彼女がこの力で破壊を始めたら、もしその美で国を破滅に導いたら。それらは全て私の責任だ。大衆の正義でありたいと必死に生きてきた父に顔向けできない。
そうなる可能性がある以上、このままでいる訳にはいかない。だからその前に私がこの手で…
いつも殺してきたように大剣に手を掛ける。夜だからか、それとも人がいない森の奥に住居を構えているからか、やけに鼓動が五月蝿い。
するりと刃を抜けば、握る右手がいつもより重い。
煌く白銀が暖炉の火を反射し、寝ているミウの顔を照らす。
切っ先をミウの鼓動する胸に向け、そして…
ーーこの剣を突き立てる。
「…ん、パパ。えへ、だいすき」
まさに紙一重の位置で止まる。この剣を突き立てることはなく、ミウの鼓動は未だ続いている。
煌く白銀は黒鉄に、ミウを映していたはずのこの刃は、いつもより黒く淀んだ私自身の顔を映していた。私の顔があの日のように沈んでいる。
私には一生この子に剣を突き立てることは出来ないだろう。この世界は絶対ではない。私が導けば良いのだ。この子を真っ直ぐに、誰よりも優しく育てる。それが親としてのあり方だ。親としての責任だ。出来るならばミウを最後まで見届けたい。道を間違えぬよう教え続けたい。けどそれは出来ないから、今の私に出来る最高の指導をするだけだ。
不器用な手つきでミウを撫でる。やはりこの子は撫でられるのが好きなようだ。安らかな寝顔が急にだらしない笑顔になる。フ、女の子がそんな顔してはいけないぞ。
とりあえず明日はミウの服なんかを買わねばならないな。いつまでも自身の鱗で作ったサキュバスのような鎧では恥ずかしいだろう。本来なら今日買うべきなのだが私としたことが一日中呆けていたらしい。早速親失格だな。だが明日からは違う。この子にふさわしい父親に私はなるのだ。
図書館なんかで育児の本を読んだり知人に子育てについて聞かねばなるまい。ミウとの時間もしっかり設けなければ。今後仕事はテレポートですぐに移動してすぐ終わらせることにしよう。学び舎なんかもしっかり探さねば。ミウに何かあった時の為に魔道具なんかも持たせておくとしよう。確かあいつは危険を察知してシールドを展開する魔道具なんか持っていたな。あとは警邏が使うような笛なんかも必要か。何かあったら必ず吹くように教えなければ。
子育てとは大変だな。やるべきことが多すぎる。
フ、見ていてくれ、父さん母さん妹よ、私は必ずこの子を立派に育てる。
その日森の奥の小屋から灯りが消えることはなかった。
「この格好なら少しは見てくれると思ったのになぁ… やっぱりちんちくりんな身体じゃダメか…」ペターン