魔女
「アイタタタ、なあ雪菜。 身体中怪我だらけだから学校休んでいい?」
「ダメじゃ」
「そこをなんとか! あと一日! たった一日だけでいいから!」
「駄目なものはダメじゃ!」
「・・・ケチ」
「なんじゃとぉ!?」
俺は雪菜とそんな下らない(俺にとっては死活問題な)話をしながら学校までの道のりを歩いていた。
テロリスト達に学校を占拠されたのはもう三日も前のことになる。
あの後、白虎を召喚した春風が残りのテロリスト達も全員倒し、春風の手で警備隊に身柄を引き渡された。
学校はその後三日間の間休校となり、休校の間先生達は壊れた校舎を修理したり、警備状況の見直しなどを行っていたそうだ。
その間俺はというと、警備隊の事情聴取やらなんやら面倒なことを全部春風に押し付け、すぐさま家に帰り回復に努めた。
あの後も色々無茶したせいで腕の骨折以外の怪我を多く負ったからだ。
・・・決して春風が怖くて逃げ出した訳じゃない
そんなこんなで雪菜に今言ったことは決して嘘ではない。
まだ腕だって痛むし、ナイフが刺さった左手には傷も残っている。
本来なら後三日くらいは運動はしてはいけないと医者に言われているのだが、家のお姫様はそんなことお構い無しだ。
「ほら、もう着いたぞ主よ」
「うげー」
その後色々と雪菜を説得しようと試みたが、全部徒労に終わり、結局学校に着いてしまった。
この学校を見るのは今回で二回目になる。
(改めて見ると・・・デカイな)
俺は心の中でそう感想を漏らした。
前回はテロリストのせいで詳しく外観を見れなかったが、ハッキリと見て素直に驚いた。
校舎は六階建てらしく、校舎の他にも訓練をするための様々な訓練場に実際に戦闘演習をする演習場や図書館などがある別棟。
色んな物のスケールがでか過ぎて、感想がデカイしか言えないレベルの広さだ。
これ全域をあの結界が覆っていたのかと思うと、やはり厄介な代物だったのだと改めて実感した。
ほへー、と言いながら学校敷地内に入る。
既にここに来た経験のある雪菜に案内してもらい、事務室まで行く。
入学式の日にもらう予定だった教科書や学生証などの色々な物を貰いに行くのだ。
その道中で雪菜との約束事を改めて確認する。
「雪菜、確認するけどちゃんと俺のことは王里君とか王里って呼ぶんだぞ?」
俺がそう言うと、先ほどまで上機嫌だった雪菜が嫌そうにしながら俺へと振り返る。
「・・・主よ、本当にそうしなければダメか?」
「だから主って呼ぶな。 少なくとも学校内では絶対にその呼び方駄目だぞ」
「・・・」
「うっ、そんな悲しそうな目で見ても駄目なものは駄目だ。 あの日に春風のいたクラスで雪菜がそう言ってるの聞かれてるんだから仕方ないだろ?」
「うぅぅ」
目の前で雪菜がとても悲しそうにしているがこれは仕方ないことだ。
自分がテロリスト達を追い払った件に関与していたのを他の人に極力知られるわけにはいかない。
何度言うが、余程のことがないかぎり俺には目立つ訳にはいかない事情があるのだ。
雪菜から聞いた話によると学校内ではテロリスト達から生徒達を解放した一件、その功績は全て春風一人で成し遂げたということになっているらしい。
ここまでは俺の誘導した通りの展開になった。
ここからはある二つの工夫をして不安要素の抹消にかかる。
まず最初にする工夫は俺と雪菜の関係からだ。
あの日に雪菜が俺のことを“主”とよんだせいで春風のクラスにいた生徒達はテロリスト達から自分達を解放した一件に春風だけではなく雪菜の《決意者》が関わっていると考える頭のいいやつもいるだろう。
だからこそ、そこから俺へと辿り着かない為に雪菜を他人の《理解者》という設定にする。
これで雪菜には別の《決意者》がいて、俺はそいつから雪菜を借り受けて仮契約をしているのだと周りに認識させる。
その為のお互いの呼び方替えなのだ。
雪菜に俺のことを名字で呼ばせることによって周囲に仮の契約だと強くアピールすることができる。
次にする工夫は春風と俺の関係だ。
これも雪菜とはあまり変わらずお互いを名字で呼びあうだけ。
これに加えて交流を減らすことにした。
この件は雪菜を通じて春風には伝えてある。
自分で行かなかったのはつい先日まで怪我で動けなかったからだ。
・・・怪我してたから仕方ない、決して春風に何て言われるか怖かったからではない
ゴホン、これだけやればきっと大丈夫だろう。
不満げな雪菜を何とか宥め、事務室まで案内してもらう。
校門から二、三分くらい歩いた所で事務室についた。
制服についていた埃を払い、きちんと身なりを整えてからドアの前に立ちノックする。
すると、扉の中から「なんだい」というしわがれた声が聞こえた。
「お仕事中すいません、入学式の日に欠席していた王里蹴真です。 教材などの必要物品を受け取りに来ました」
そう用件を述べると、「王里蹴真・・・入りな!」しばらく間が空いてから入室の許可を得た。
俺が「失礼します」と断ってから事務室の中にはいると、
「うおっ!」
その部屋の中に入った瞬間、俺は思わず驚きの声をあげていた。
それは隣にいる雪菜も同じリアクションだった。
驚くのも当然だろう、なぜなら外から見えていた事務室の大きさと室内の大きさが明らかに違っていたのだ。
「ヒッヒッヒ、どうだいアタシの“屋敷”は?」
俺がしばらくその広さに圧倒されていると、奥の方からしわがれた声とともに人が現れた。
年齢は七十代後半くらい、頭には先の曲がったとんがり帽を被り、腰を痛めているのか杖をついている。
こちらに向けて不気味に笑いかけてくるその姿はまるで、
「げっ、魔女?」
「主!?」
俺が目の前の老婆のその姿の率直な感想を言うと、隣の雪菜から悲鳴のような声が上がった。
俺のその言葉を聞いた婆さんは何故か知らんがその場で固まって小刻みに震えている。
その姿を見た雪菜が顔を青ざめさせながら俺に謝罪するように言ってくるが、
「えー、だってどう見たってこの婆さん魔女だろ? 雪菜はそれ以外の何に見えるんだよ」
「婆っ! 初対面のしかも目上の人物に対して何て失礼なことを!? 今すぐ撤回するのじゃ主! 今ならまだ許してもらえるかもしれんぞ!」
雪菜にガックンガックン揺さぶられながら、婆さんの方を見てみる。
すると、婆さんが足早にこちらに近づいてきた。
「小童」
婆さんが俺のことをそう呼ぶと、俺を揺さぶっていた雪菜の肩がビクンと跳ねた。
すっかり婆さんの外見に怯えている雪菜を背に庇いながら俺はご指名に応える。
「あいよ」
「お前さん今アタシのことを魔女と言ったのかい?」
婆さんがそういった瞬間、見えない圧力が俺と雪菜を襲った。
間違いなくこれの正体は婆さんからの敵意だ。
返答しだいでは只じゃ済まさないといった感じだろう。
「婆さん以外に誰かいるの?」
だが、そんな雰囲気お構い無しにわざとらしく辺りをキョロキョロ見ながら俺はそう答えた。
俺のその行動に雪菜の顔は蒼白になり、一方の婆さんは怒りで肩を震わせながら俯いたのかと思うと、
「アーハッハッハ!!!」
いきなりその場で思い切り笑いだした。
それにより俺達を襲っていた圧力が無くなり、やっと楽になる。
突然のことに顔面蒼白だった雪菜は状況が理解できずに固まっているが、そんなことはお構い無しに婆さんはしばらく笑い続けていた。
婆さんが笑い疲れるまで待っていると、
「ヒィヒィ、腹が痛い。 あー、何十年ぶりかねえこれほど笑ったのは」
やっと、落ち着いた婆さんがそう呟いた。
どこか懐かしそうな顔した婆さんは再び俺のことを見据える。
「お前さん、アタシのことが恐ろしくないのかい?」
「生憎とそういう類いの印象操作は効かない体質なもんでね、婆さんあんたやり方も魔女っぽいな」
「魔女、か。 そこまで率直にアタシの外見のことをはっきりと言ってきた輩はお前さんで三人目だよ」
「さいですか」
「と、そっちの嬢ちゃんは怖がらせて悪かったね。 【恐香】はもう切ったから安心おし」
「う、うむ」
この婆さんの態度から察するにどうやら俺らは試されていたらしい。
【恐香】とやらの効果で雪菜にはさっきまではこの婆さんがとんでもなく恐ろしく見えるようになっていたらしく、それの影響であれほど怖がっていたわけだ。
それに加えてあの気迫、どうもこの婆さんただ者じゃない。
そんな風に俺が冷静に状況を分析していると、
「気に入った、坊主あんたの名前は?」
突然婆さんがそんなことを言ってきた。
一瞬何を言われたのか分からず、俺は思わずポカーンとしてしまう。
「さっき名乗ったじゃん!?」
「生憎とアタシは気に入った奴の名前以外はすぐ忘れるもんでね、ほれとっとと名乗りな」
俺の文句を無視し、婆さんは左手を使って催促してくる。
「ちぇ、都合のいい婆さんだな。 ゴホン、改めまして俺の名前は王里蹴真、こっちは理解者の雪菜」
「は、初めましてなのじゃ」
「うんにゃ、アタシの方はそういえば初めてではないさね」