第五話
「さぁて、何してあそぼうかねぇ?」
男は今にも舌舐めずりでもしそうな顔で下にいる少女を見た。
(こいつは上玉だ)
日常ではあまり見かけない桃色の髪に愛らしい顔立ち。
そのうえ高一の少女にしては恵まれた体つきをしている。
しかも、先程槍で服を切り裂いたので今の彼女の格好は半裸に近いものだ。
並の男だったらもうそれだけでそそる
男は項垂れている少女を見ながら、最初とは売って変わってこの仕事を受けてよかったと心から思い、時間潰しもかねて仕事を受けた経緯を思い出していた。
(思えや妙な仕事だったな)
男は元々、裏家業でフリーの傭兵のようなものをやっていた。
ある日、いつも通り何らかの仕事を受けるために酒場に顔を出すと、一人の輩が何やら騒いでいた。
騒いでいた内容は依頼を受けてほしいと言うもので、それを他の奴らが気の乗らない仕事と判断し無視しているだけ。
ここじゃいつもの光景だった。
男が興味本意で他の裏家業仲間に依頼内容を聞いたときその内容の無茶さに思わず耳を疑ったものだ。
その依頼の内容というのは《青》の名門校を占拠するというもの。
しかも依頼を受ける定員は三人までときた。
報酬は悪くないのに誰も依頼を受けない理由が納得できた。
あまりにもリスクが高すぎるのだ。
襲う予定の学校の警備はもちろんのこと、名門校だけあって生徒の実力も半端じゃない。
こんな無茶な依頼、普通だったら誰も受けないだろうが、この男は違った。
強さにある程度自信があった男は日頃からスリルのある仕事を求めていたのだ。
即座に男は依頼を受けた。
男の他に物好きが二人集まった所で依頼主から仕事内容の詳しい説明を受け、完璧に計画された仕事内容に思わず身震いしたのも懐かしい記憶だった。
で、リスクが高く無茶に見えた依頼も実際にふたを開けてみれば何てことはなかった。
学校側の内通者の協力により易々と学校に忍び込み、用意していた結界を展開する。
計画は順調過ぎるくらいうまく行き、そのまま何の苦労もなく学校を占拠してしまった。
多少は抵抗してきた生徒との戦闘くらいはあるかと楽しみに待ってみれば、それも杞憂となった。
結界により霊力を奪われた者は全員が動けなくなり、後は流れ作業のように手足を拘束し、視界を塞ぐだけ。
思わずこんな楽な仕事があっていいのかと疑問に思った程だ。
そして、男が担当の教室に入った瞬間、真っ先にこの少女が目に入った。
そのまま今に至ると言うわけだ。
最初はあまりにも楽すぎる仕事に落胆を隠せなかったが、ご褒美があるとなれば話は別。
他の連中を待つといったが、こんな上玉を目の前にしながらお預けなんてもう限界だ。
(まずは味見といきましょうかねえ)
いざ、その身体に手をつけようとした瞬間、
ゾワッ!
男の背筋を得たいの知れない悪寒が走った。
直感に任せて慌ててその場から飛び退くと同時に、目の前の床から光線が飛び出した。
「な、なんだいきなり!?」
光線はそのまま教室の天井に当たり、若干天井に罅をいれて霧散した。
突然の事態に男は困惑し、当然の疑問を口に出すが、答える者は誰もいない。
生徒全員が目隠しされているため何が起こっているのか把握していないからだ。
一人で慌てふためいている現状に羞恥を覚えながらも、男は床に出来た穴からこの穴を作り出した元凶に怒鳴った。
「おい! いきなり何しやがる!?」
すると、下からは煩わしそうな声で「交戦中だ」と返事が返ってきた。
交戦中? その言葉を疑問に思った男が穴から下を覗くと、
その次の瞬間には、男は大きく後ろへ後ずさっていた。
(はぁ、はあ!? 下に何かやべえのがいる!!)
埃のせいであまりはっきりとは見えなかったが、ただ純粋な殺意に満ちた視線がこちらに向けられている気がしたのだ。
大きく呼吸を乱しながら男が得体の知れない恐怖に怯えていると、倒れていた少女と俯いていた少女がはっと扉の方を見た。
「来た・・・」
「まったく、遅いぞ主よ」
二人がそう呟くと同時に明らかに脱力したことがわかった。
まだ男が目の前にいるにも関わらず、先程まで悲嘆に暮れていた二人の少女の顔は今や安堵に満ちていた。
(来た? 主? コイツら一体何を言ってやがる?)
男が二人の言葉と態度に疑問を抱いた瞬間、
ドガンッッ!!
近くで何かが吹き飛ぶような音がしてからすぐに一つの悲鳴が上がった。
ベキャッッ!!
更に近くで何かが壊れるような音がして、またすぐに一つの悲鳴が上がった。
グワシャァッ!
今度は更に近くで悲鳴と同時に何かが崩れ落ちた音がした。
男は最後の音を聞くと同時に慌てて臨戦態勢に入った。
(何だ何だ何だ何だ!?)
だが、それはあまりにも遅すぎた。
バリンッッ!
背後からガラスが割れるような音が響くと同時に、男の後頭部を鈍い痛みが襲った。
「ゲフッ!?」
「失せろ変態」
そのまま男は吹き飛び、扉を壊しながら廊下へと飛んでいった。
男を蹴り飛ばした張本人は着地すると同時に少女たちの方を向き、
「お前ら二人はなーにやってんだかね」
と、呆れたような顔で悪態をついた。
★
「おっと、それ以上は何も喋るなよ?」
俺は何か言おうと口を開いた二人の唇に人差し指をあて、静止を促す。
二人は俺が来たということを分かっているが、他の生徒達にはまだ俺の正体は知られていない。
案の定、この場に突然増えた俺の声に動揺しているようだ。
(他の生徒が目隠しされてて良かった、これなら黙ってればよほどのヘマしない限り俺が助けたっていうのは誰にもバレないだろう)
当人達には申し訳ないがこの状況は俺にとっては都合が良かった。
ある事情で俺には目立ちたくない理由があるのだ。
最悪、無理矢理にでも誰かに手柄を全て押し付ける気でいたが、これなら雪菜が全員助けた事にしてよさそうだな。
「・・・主?」
「あっ」
俺がそんな事を考えていると、雪菜から疑問の声が上がった。
そう言えばまだ二人が拘束されていることと二人の唇に指を当てていたままだったことを思いだし、慌てて口から指をはなす。
二人は怪訝そうに首をかしげているが、今は取り敢えず事情説明よりも二人の拘束を解くことを優先する。
取り敢えず雪菜から目隠しと手足を拘束している縄をはずし、次に春風の目隠し、手足の手錠を外す。
(ん? 手錠?)
あれ、何かおかしくないか?
さも当然のように差し出されてそれを解錠したはいいが、俺は今手に持っているもののおかしさに気づいた。
チラリと他の生徒たちを見てみると、やはり彼らは縄で手足を縛られている。
手錠をされていた当の本人は手首をコキコキと鳴らしながら、足首を回してほぐしている。
俺が見ていることに気づいた春風は「ん?」と首をかしげる。
それはまるでおかしなことは何もないと言わんばかりの態度だ。
こいつ一体何したんだ、と心の中で春風に戦慄していると、雪菜の方は長時間縄で縛られていたせいで赤くなっている手足を擦っていた。
春風の事は一先ず置いておき、取り敢えずは二人の安否を確認してホッとしたその時、
「グロロッ!」
「あっ」
廊下の方から何か聞こえた。
その鳴き声を聞いて、思わず俺は忘れてたという感じの声をあげた。
(やべ、そういやあのまま放置して来たんだった・・・)
さっきまでの状況を思いだし、俺がだらだらと冷や汗をかいていると何だか視線を感じた。
恐る恐るそちらを見てみると案の定二人からジト目で見られていた。
二人の視線には手伝えないからね、というニュアンスがありありと含まれている。
そりゃそうだ雪菜も春風も霊力切れで戦闘は不可。
折角二人を助け出したにも拘らず、状況は全く好転していないことに気づいてしまった。
(ああー! こんなことならさっき武器がある状況で倒しとけばよかったぁ!)
しかも、ここに来るために多少強引な手を使ったせいで手持ちの武器はなくなり、結構な傷も負っている。
二人が心配するので手以外は服の中で見えないが。
さて、あのトカゲ倒しに行くかと嫌々動き出そうとした時、
「糞が、調子に乗りやがってぇ! 来やがれ! 〈我は喚ぶ〉」
「はっ?」
廊下の方から今度はそんな声が聞こえた。
その声の主はさっき俺が吹き飛ばした扉の方からだ。
(今のは召喚!? ・・・てことはまさか!?)
ばっ、とそちらの方を振り向くと、
「ウホホホホホゥ!!」
なんかゴリラがいた。
その光景にデジャブを感じていると、さっきの男が立ち上がって頭を押さえていた。
その男はこちらの方を血走った目で見ている。
(あれはヤバい!!)
ああいう目をしているやつは大抵なにかをやらかす。
俺が何が来てもいいように構えると同時に男はゴリラに指示を出した。
「おい! ガキ共全員ぶっ殺せ!!」
「ウホッ!」
その指示を受けたゴリラは教室の壁を壊しながらこちらに向かって来る。
俺ではなくまだ拘束されている生徒達の方へと。
「なっ!」
その行動に一瞬俺の反応が遅れる。
その間にも生徒達に接近したゴリラはその豪腕を振り上げ、手近な生徒に攻撃をしようとしている。
「チィッ!」
慌ててその間に割り込み、腕を頭上で交差してその場で踏ん張る。
その瞬間に腕をとんでもない衝撃が襲う。
「ぐぅ!!」
「主!」 「きっくん!」
腕からミシミシと嫌な音が聞こえたがゴリラの攻撃を何とか耐えた。
「痛ってえな!」
「ウホッ!?」
頭上の腕を思い切り振り上げ、攻撃を止められ驚いて無防備になっているゴリラの腹に思い切り蹴りを入れる。
「チッ」
腕にあまり力が入らない。
確実にヒビが入っている腕に悪態を吐きながらも少ししか後退していないゴリラを見据える。
そんなことをしていると、後ろから知らない声が聞こえた。
「い、一体何が起こってるの?」
チラリと後ろを見ると、戸惑いの表情を浮かべている同級生達の姿がある。
本来俺より強いはずであろう彼らでも今の状況は不安なのだ。
(・・・そりゃそうだ、目隠しされている状態でこんだけ轟音響いて知らない奴が叫んでたら誰だって不安にもなるよな)
しかも彼らは《・》実戦経験もまだないただの子供、どうやらそんな当たり前のことすら考えられないほど頭に血が上っていたらしい。
そんな同級生達の姿を見て自分が冷静じゃなかったのを理解する。
フーッと一息吐いてから頭を冷やし、声をかける。
「安心しろよ、お前らが心配する事は何もない」
「えっ?」
突然自分達にかけられたそんな声に彼らは困惑の声をあげた。
それには応えず俺は自分の懐からある物を取りだし、それを春風に投げ渡す。
渡された物を見て困惑の表情を浮かべている春風に使い方を簡単に教えた。
「いいか、タイミングは俺があの二匹を外に吹っ飛ばした後だ。 ‘白虎’で一気に決めろ」
「分かった」
「しっかり他の奴ら守ってろよ、雪菜お前もな」
「了解したのじゃ!」
再びゴリラの方を向き、ダラリとその場で脱力する。
ふざけているように見えるかも知れないがこれが俺の戦闘態勢だ。
すると、また後ろから声がかけられた。
「あの!」
「何?」
「あなたは誰なんですか?」
予想外の質問に一瞬固まるが、答え無いわけにもいかないのでパッと思い浮かんだ偽名を名乗った。
「俺は・・・そうだな。 敢えて名乗るなら眠りの国出身のヒーローってやつだよ」
一応第一章はこれで終わりです。
次から本編の学校に突入する予定です