メーデー
それは雑音まみれの途切れ途切れの声だった。
「メーデー、メーデー、救助を乞う」
誰が発したか分かるよりも先に、第一報を受信した手野武装警備は動いていた。
「行くぞ、エンジン回せ」
副社長が全域放送と呼ばれる、手野武装警備の本社がある手野島全域に響く放送をかける。
それから、副社長室を出て行くと、いつのまにか社長が立っていた。
「座標は追って知らせる、まずは出ていけ」
「はっ」
室内ではあるが、挙手の敬礼をして、副社長は全力疾走する。
元々海上自衛隊で救難部隊の部隊長をしていた元一等海佐であり、社長直々のヘッドハンティングによって副社長職にいた。
手野武装警備が保有する救難艇は、少々波が高いところでも着水が可能となっている。
公称では、離着水の最高波高は4.5メートルとなっている。
「天気は快晴、周囲風弱し、風速0.8メートル。燃料は満タン、最大航続距離4000キロメートル、装備品は火器類以外全て。確認完了済みです」
滑走路へと飛び出してきた副社長は、いつの間につけたのか、イヤカムをしていた。
そこから報告を走りながら受け取っている。
「乗員点呼」
救難艇は滑走路ではなく突堤に留まっていた。
乗員14人はすでに乗り込んでおり、エンジンを回して暖めていた。
「出発」
副社長は指定されている席に座るなり叫ぶ。
すぐに扉が封鎖され、水密が確認される。
その後ゆっくりとしたスピードで救難艇が動き出した。
「座標連絡、小笠原諸島の南西1200キロメートルの公海上です」
「よし、全力で向かえ。帰りまでは壊すなよ」
「了解」
次に、手野武装警備領域管制塔と呼ばれる海空の管制塔へと連絡を取り、緊急発進の承認を得ると、すぐにアクセル全開で飛び出した。
1時間半で、救難艇は現場海域に到達する。
「これより救難作戦を開始する。扉封鎖解除、水密解除、周囲の警戒厳にせよ」
さらには添乗している看護師と救急救命士に命じて、いつでも治療が開始できるように指示をした。
また、電話でつながっている医師には、こちらの情報を看護師経由で伝えるようになっている。
「遭難船らしき船を発見。8時の方向」
見張り員の1人が叫ぶと、すぐに救難艇はそちらを向いた。
「発光信号受信。ワレキュウジョヲコウ。おそらく英語です」
「モールス信号か」
「はい」
「よし、では間違いないだろう。救助を開始する。飛行艇接近を告げよ。無線でも通信を試みるんだ」
副社長が矢継ぎ早に指示を出しつつも、救助に向かう隊員へと言う。
「何があったかは今はわからん、危ないと思ったら戻れ。二次遭難は厳禁とする」
「はい」
隊員が敬礼して、体に降下紐を結わえる。
「行きますっ」
そこからは早かった。
一気に体は小さくなっていき、気づけば船の上にいた。
イヤカムによって短距離通信を行い、下の情報は手に取るようにわかる。
救助員は、さらにもう一人降下し、二人一組で行動するようになっていた。
一方で飛行艇であることから、海へと着水することを試みる。
「着水可能であることを確認。着水します」
操縦士が副社長へと報告をする。
「よし、すぐに」
着水、今。の声で、鈍い振動が機体を包む。
すぐさま、要救助船へと接近し、救難艇からはしごをかける。
「はしご、固定完了」
すでに船に乗船していた2人は行動を開始していて、必要な処置を行っていた。
「英語でしか話せないそうです」
救助員がイヤカムを通じて副社長らへと報告を行う。
「了解した。医師とつなげて救急活動を開始してくれ」
「了解」
イヤカムはいったん途切れ、さらにはしごの向こうに救助員の姿が見える。
両手を振って、こちらへと合図をしていた。
「縄を渡せ」
縄は船同士の間に渡されて、体を固定して向こう側からこちら側へと要救助者を運ぶためのものだ。
縄にぶら下げる形で担架を向こうへと回し、それに体を固定させてこちらへと引っ張り込む。
それを必要なだけ繰り返すのだ。
10万トンクラスのタンカーということであったが、働いているのは5人ほどであった。
しばらくすると、必要な全員の収容が完了した。
「救助員も、来てくれ」
「了解」
縄を撤収させ、はしごを使わせて一気に駆けてくる。
「タンカーはどういう状況になっている」
「停船しています。手野運送から緊急で人員を派遣することとなりました。別の飛行艇でこちらに向かっています。船長がいますので、運転に支障はありません」
「了解した」
副社長に、救助員が報告をして、飛行艇はエンジンを吹かしだす。
座れる人は座らせ、無理な人は備付のベッドに寝かせる。
ハッチを閉鎖し、水密構造とし、離水の準備を始める。
「緊急離水動作、開始」
操縦士が動かしている間にも、どんどんと治療は行われていく。
テレビモニターを備えているため、手野島にいる医師が指示を出しながら、乗船している看護師らが薬などを注射したり、検査をしていた。
最終的に出発してから3時間で手野島までたどり着いた。
「急患2名、両名とも痛み止めを服用済み……」
救急救命士と看護師によって手野島に常駐している医師へと報告がなされる。
桟橋ですぐにストレッチャーへと移し替えられてから、手野武装警備本社ビルにある手術室で彼らは手術を受けることとなった。
「治療費は国か、あるいは船会社に請求するさ」
無事に機長職を終えた副社長をねぎらいに、武装社長が桟橋に来ていた。
「おそらくはそうするでしょうね」
「ああ、そうするさ」
運ばれていく彼らと、救助した船の人らを見送りつつ、副社長はゆっくりと武装社長と歩いてビルへと戻っていった。