8.腐女子は禁断の言葉を投げる
「どういう意味ですか?」
「ワザとだったの。裏の仕事を見せたのもキヒロって叫んだのも。」
裕子さんが説明してくれる。全て計画的だったということだろうか。
「それは総一郎さんがワザとトラブルになりそうな人と関係を持ったということでしょうか?」
「違うわよ。兄は時々やるのよ。ああいうことを。それにあの男が栗本さんの面接中に怒鳴り込んできたのも偶然よ。でもその偶然を私たちは利用したのよ。」
「それはキヒロ先生の意向を無視して私を味方に引き込もうとしたということですか?」
「良い風に捉えればそうなんだけど、キヒロが心に深いキズを負って欲しくなかったの。」
聡子さんが心底心配そうに話してくれる。確かに列島書房の編集部から受けた差別は先生の心にキズを残している。未だに癒えていないこともわかる。
「キヒロは本当のことを告げないと言っていたけど、いずれはバレるわ。その時に貴女が出て行ってしまったら、取り返しがつかない。だから貴女をキズつけることになっても、キヒロが受けるキズが浅い内に真実を知って貰おうとしたわけなの。」
裕子さんが話を続ける。それが謝罪の理由なのだろう。
「でも何故そこまで?」
長い付き合いの彼女たちなら解るが先生と私は尊敬するBL作家とただのファンの関係でしかない。とてもそんな特別な関係じゃないのに。
「楽しそうだったの。心の底から貴女と交流することは楽しかったようなの。聞いたと思うけど最近の彼は仲間に裏切られて笑わなくなっていたのよ。」
「こんなことを聞いてはいけないのかも知れないけど。裕子さんや聡子さんは先生のキズを癒そうとしなかったのですか?」
「そうねぇ。私はこんな成りだけど、ちゃんと彼女が居るの。裕子も正志と大学時代から付き合っていたわ。」
「聡子さんに彼女ですか?」
聡子さんに彼女が居るなんてビアンにしか見えないっ!
「貴女も心底腐女子ね。食い付き良過ぎよ。彼女とデートするときは男の格好をしてるわよ。それにキヒロがこんなに悪化するとは思わなかったというのが本音。」
「私は無理。私の所為で悪化してしまったから心を許してくれるとは思えないの。」
裕子さんの口から問題発言が飛び出す。
「あれはあの子たちが悪いんでしょ。裕子は正志と結婚しただけじゃない。腐女子の癖にゲイが心寄せている男性と関係を持とうとするなんてありえないじゃない。」
なるほど大切に見守っていたゲイの恋を仲間だと思っていた腐女子に壊されたら、裏切られたと思ってしまうだろう。
「じゃあ、正志さんは? 正志さんならキヒロ先生を癒せますよね。」
つい禁断の言葉を投げかけてしまう。どんな手段でも構わない。酔い潰して関係を強要しても先生なら受け入れてくれるはず。
「私からも頼んだことがあるのだけど、全力で拒否されてしまったわ。ねえ、なんでダメなの?」
裕子さんも腐女子だわ。尊敬する。自分の旦那に男と関係を持てと言ってるよ。
「そうよ。私じゃあ、キヒロも嫌がるだろうけど正志なら大丈夫よ。イケー犯ってしまえ!!」
「……お…ま…え…ら…なぁ…俺はノーマルだ。裕子しか要らないし抱きたくない。何度言ったら分かるんだ!!」
どうやら、いつもこんな調子でからかっているらしい。
「まあ正志は本当に最終手段だからまだ使う段階じゃないわ。」
裕子さんは自分の旦那を手段と言い切る。本気らしい。
「無理だと言っているだろ!」
「じゃあ、今にも壊れそうになっているキヒロを目の前にして何もせずに居られる?」
「…うっ……それは……。」
正志さんも本当は自分が最終手段だと解っているらしい。抱こうと思えば抱けるってことか。ただのノンケじゃないってことね。
「とにかく、今は君に任せるよ。プロポーズしたんだから最後まで責任を持ってくれよな。」
「プロポーズって。」
「言ったじゃないか。『ずっとずーっと付いていきますよ。』だったかな。」
うわっ一字一句覚えているなんて。この男最低。普通スルーするところでしょ。
私の妄想を誘発した芝居も心の中では面白がっていたに違いない。
「そうそう。惚れたなら、啼かせてやろうホトトギスってね。頭撫でられてドキドキするなんて可愛いぃ。」
私って態度に出ていたのか。それさえもドキドキして解らなかったの。
「裕子さん。それは……。」
「違うの? 違わないでしょ。腐女子なら男の人が望んでいることが解るよね。でも彼は腐男子、何が嫌で何が嫌じゃないのかはほぼ腐女子と同じ。自分がしたいことを彼にしてあげればいいだけよ。」
私がしたいこと。それはゲイの恋をそっと見守ること。
つまり先生に運命の相手が現われたら、黙って見守ることだよね。
目の前で壊れそうになっていてもなかなか気付けないもの。
でも腐女子なら男性の気持ちを妄想することは容易いですよね(笑)
好きな人ができたら、相手の気持ちを妄想してあげてください。
これでこの章は完結となります。
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