3.腐女子は男の秘密を暴く
「間違いだと! あの男の存在自体間違いだろう!! 君もそう思うよな? 第3者として話を聞いてくれないか?」
前半は腐女子にとって随分聞き捨てならないセリフだったが、天が味方したのかクレーマーが私を引き止める。
ナイスアシスト!
私が副社長のほうに視線を向けると諦めたように頷いてくれた。
ここに居てもいいらしい。ダメだと言われても引き下がるつもりは無いけど。
「そうですか? 御社の派遣元責任者の方には営業成績もトップクラスとお聞きしておりまして派遣時給も大幅にアップさせて頂いたばかりと聞いておりますが……。」
クレーマーの後方から数人の社員が入ってくる。
「そうだ。忌々しいことに俺を抜いて営業成績トップだなんて。有り得ないだろ。あんな男、クビにしろ! クビに。」
クレーマーは頭に血が昇っているようで理不尽なことを平然と言い放つ。
「御社に貢献している小島を解雇する理由なんて無いように思われるのですが?」
副社長はあくまで低姿勢で話を進めている。大人だ。
「理由ならある。アイツに迫られたんだ。酔った俺に強引にキスをして……そのぅ……。」
マジぃ?
思わず身を乗り出す。
「うちの小島に限ってそんな! 何処かを怪我されたんですか? 医者に行きましたか? 診断書をお持ちでしょうか? 被害届は?」
「……い…行くわけないだろうが! 何も無かった。何も無かったんだ。」
クレーマーが紅潮した顔で『何も無かった』と繰り返す。
これでは100パーセント何かあったと言っているようなもの。つまり美味しく戴かれてしまったのだ。
相手が知りたいっ。こんなオッサンでもイケメンひょろ長なら許せる。
違う。腐女子として産まれて初めて聞く生々しい証言だ。どんな相手でも許せる。
ただイケメンなら妄想が膨らませることができる。そうでなくても頭の中でイケメンに置き換えれば・・・。
「では何も証拠が無いわけですね。そして何も無かったと仰る。貴方は何をしに此処に来られたのでしょうか?」
あまりにも正論すぎる。
「……くっ…。」
言い負かされたクレーマーが顔を歪める。
「申し訳ありません。当社では個人情報保護法及び憲法で制定されております基本的人権の関係上、従業員の恋愛事情までは関われません。お引取り頂けませんでしょうか?」
「貴様、あれを恋愛だと……恋愛だと言うのか? 君たちはどう思うんだ。気持ち悪いだろ。」
クレーマーは助けを求めるように、周囲に居た従業員に問い質している。
「さあ。誰にでも恋愛する権利はあると思いますが……。」
従業員の男性は副社長の意見を肯定する。
クレーマーは何か悪いものを見たかのように強張った顔で男性の前から後退していく。
「貴女たちはどうだ。自分の彼氏を男に取られたら困るだろうが……。」
さらに周囲に居た2人の女性に問い質している。
「ありえないわ。私の美貌に適うものがこの世にあると思って!」
先に発言した女性は凄い美人でスタイルも抜群。
まるで作り物の人形を思わせる美貌の持ち主だった。
まさか!?
そういえば昔読んだBL漫画に完璧な美貌を持つ性転換者の話があった。
この人が性同一性障害の元男性なの?
なんか凄いギャップがあるんですけど……。
「………。君はどうなんだ!」
ぐうの音も出せなくなったクレーマーは隣の女性に向かう。
もう1人の女性は良く知っている。友人を同人の世界に引っ張りこんだ元凶の女性、BL2次オタクと言えども腐女子である。答えなんて決まっている。
「そうね。是非とも愛し合っているところを見てみたいわね。」
クレーマーは顔面蒼白になっていく。
きっと異世界トリップしたかのように思っているのだろう。
「何だ信じられない。この会社はどうなっているんだ!! ここはホモの巣窟なのか。まさか貴様もホモなのか?」
そう言ってクレーマーは、副社長の胸倉を掴み挙げている。
「その発言とその行為は我が社と私個人への侮辱行為と見なします。貴方の行為と発言は全て監視カメラが捉えています。即刻出て行かなければ警察に通報しますよ。」
クレーマーは慌てて副社長を捕まえていた手を離す。
「なっ……なっ……こんなところに居てはいけない。一緒に逃げよう。」
突然、私の腕を掴むと引っ張ろうとする。
「離してください!」
私は腕を振りほどく。
「最低ですね。」
「そ、そう思うだろ。」
怯えていたクレーマーがわが意を得たりと少し自信を覗かせる。
「本当に最低。その小島さんという人の趣味は! こんな差別主義者の男の何処が良かったというのでしょうか!!」
上げて落す。基本的な戦術である。
「……ヒッ…。」
クレーマーは悲鳴をあげると前屈みになって会議室を飛び出していった。
「全く総一郎のヤツ。あれほど職場でノンケに手を出すなって口を酸っぱくして言っているのに分からないヤツだ。」
副社長がブツブツ呟いている。
どうやら、小島総一郎というゲイが存在するのは確かみたい。
「キヒロ! 栗本さんが居る前です!!」
「あっ……。」
副社長が慌てて口を塞ぐがもう遅い。この人は小島さんという男性がゲイだと知っていて派遣して、クレーマーの前では知らなかったかのように装っていたようである。
それよりも『キヒロ』という名前に聞き覚えが……。私のBL同人の原点であるBL漫画の作者のペンネームと同じ。
キヒロ先生が委託販売という形で同人として活動を再開して以来ファンレターを送り続けて、最近ではSNSでも交流している。
「貴方がキヒロ先生なんですか?」
「……ふう。バレてしまいましたか。参ったな。こんなに早く……ったく佐藤ぉ。」
「すみません……。」
目の前で佐藤と呼ばれたBL2次オタクの女性が項垂れている。