2.腐女子は演技ができない
「それで私への報酬は?」
「ちっ…誤魔化せなかったか。」
一瞬、目の前の生BLに意識を持ってかれ掛けた。だがキヒロは腐男子でBL漫画家。腐女子の心を鷲掴みするシーンを描くことに関して、右に出る男は居ないことに気付いた。まさか演技も出来るとは思わなかったけど。
「誰に演技なんか習ったのよ。」
「『西九条れいな』さんところに行くとやらされるんだよ。あの夫婦、突然おっぱじめるからビックリするんだぞ。初めが悪かったんだろうな。ナレーション役で対応したからか、演技まで要求されるようになって。経営者としては演技できるほうが何かと都合が良いから、いいんだけどな。」
そう言えば、入社の最終面接時に総務部長と絡む演技をしていたし、突然始まったクレーマーへの対処の時も冷静に相手の弱点をついていた。
最低限ポーカーフェイスは必要になるだろうけど演技まで、必要になるのはトラブルの内容がゲイという事実を押し隠す必要に迫られてのことなのだろう。
「でも最終面接のアレはやり過ぎよ。」
「あんなサービスは梓にしかやってねーよ。」
サービスね。確かに萌えたけど。興奮し過ぎて鼻血まで出したことは忘れよう。
「じゃあ報酬は私のために家具デザイン部門を設立すること。」
「幼児向け家具のデザインだけでは足らないのか?」
出産後育児の傍らこんな家具があったらと思うデザインを起こして作って貰った。
「だって売ってくれないじゃない。」
自分がデザインした家具がいつまで経っても店頭に並ばないのである。
「売っているよ。カタログとネットだけの受注販売だけど。受注が10を超えたら店頭に見本を置くつもりだったんだが客層が違うんだろうな。」
この共働きが当たり前の世の中だが、高級家具を買ってくれるような家庭は大抵専業主婦で男性でも育児に参加しやすい家具のコンセプトじゃダメなんだ。
「厳しいね。」
「これが現実だ。売れなければ従業員たちも養えないからな。まあ諦めずに家具デザインを起こせば良い。今回の報酬も入るからな。」
そうか。カタログやネット販売でも経費はゼロじゃないんだ。赤字を垂れ流すんじゃ義母さんと一緒だ。そこでこんな仕事を取ってきてくれたんだ。社長の妻という私の立場まで考えてくれるなんて…演技は照れ隠しなのかな。
聞いても答えてくれないもの。ここは精一杯、頑張って一発OKを貰うしか無いよね。
☆
「なんだ……これ。」
頑張って試案を作ってみてキヒロに見せて返ってきた感想がこれ。
「頑張って作ったのよ。何度も何度も考え直してみたんだけど。」
まあ言われるとは思っていたわよ。自分でも中身が無いと思った。従業員から訴えがあっても、1回目は両者から話を聞き、悪質性が無ければ処罰無し。2回目からは職場変更などの処罰を与えるというものだった。
「対処方法しか載ってないじゃないか。ニューハーフ5店舗、ミックスバー3店舗、ビアンバー1店舗に連日通った結果がこれか? どうするんだよ。この領収証の山。」
「半分はキヒロも一緒に行ったじゃない。ツカサさんに言いつけるわよ。」
ニューハーフはニューハーフのお店に出入りするだけで浮気と見なすらしい。
キヒロがキャバクラにのめり込んだら私も嫌だもの。それと同じようなものだ。
「事前に言ってあるぞ。一緒に行こうと誘っても付いてこないんだから仕方が無いだろ。」
ニューハーフのお店に同棲しているニューハーフを連れていったらどうなるのだろう。
羨ましがられるのか?
それとも嫌がられるのか?
全く想像がつかない。
「とにかく嫌がる被害者が現われたら、それはハラスメントなんです。ノンケだろうとLGBTだろうと一緒よ。」
考えてみたのだが、例えノンケ同士であっても身体を触られるのが嫌な人は嫌なのだ。例え嫌じゃなくても、どんな人間でも好みのタイプというものがあるから、嫌いなタイプの人間から身体を触られれば嫌なのだ。それはゲイやレズやバイやトランスであっても同じだ。
「だがゲイに触られたく無いというノンケの男は多いだろ?」
「それも嫌いなタイプの人間から触られた場合と同じよ。ノンケの男はゲイの男が嫌いでいいじゃない。問題ないわ。」
女性がハゲのオッサンや脂ぎった男が嫌いなのと何も変わらない。
「じゃあ女性から男性へのトランスセクシャルが胸を触られたらどうなるんだ?」
「だから本人が男と思っていて男の胸が触られるのは嫌じゃなければ被害者じゃないの。わざわざ被害者を発掘するわけにはいかないでしょ。」
この辺りも程度の問題だ。自分が男だという意識が強ければ強いほど被害者意識は弱くなる。それが良いことかと聞かれると疑問だが、わざわざ居ない被害者を探すわけにはいかないのだ。
「ではゲイがノンケに愛を告白したしたら、どうなるんだ?」
「どうもしないわ。嫌なら断るでしょう?」
「男が女に愛を告白した場合と同じか。言いふらしたりしなければ。」
この場合、愛を告白したという秘密と男が好きだとカミングアウトしたという秘密は別モノだ。片方をバラせば両方のリスクを背負い込むことになる。
「そうね。偶然知った他人の秘密を言いふらせば立派な犯罪だわ。被害者が居れば告訴されるでしょうね。例え本人から聞いた話でもね。」
取材をしてみて再確認したことは誰にでも好みのタイプの人が居るということだった。
ゲイだからと言って、男なら誰でも良い訳じゃなくて、男なら誰にでも襲い掛からない。
そんな当たり前のことが世間では全く正反対に流布されている。
腐女子が妄想も抱かない単なるオタク女子と喧伝されているのと良く似ていますね。
世間は腐女子に目に入る男たちで妄想してほしくないらしい(笑)
ブックマーク、評価をお願いします。




