乗り合い馬車に乗って王都脱出。
夜明け前、城を出た。
結局眠れなかったけど、乗合馬車で眠るつもりなのでそれは別に構わない。
離宮はまだ静かだ。
聖女達は向こうの習慣のままに暮らしているので夜明けと共に起きるようなことは少ないから。
2年と少しの間お世話になった部屋を見回して、机の上の傷をそっと撫でる。
二度とここには戻らない。
そう決意して部屋を出る。
城下へと続く門へと向かう道を歩く。ここを曲がれば離宮は見えなくなるという場所で振り返った。
森に囲まれて、城の奥深くにある離宮は箱庭に見える。
鳥籠…というよりは動物園ね。
色々な種類の聖女を飼ってるんだから。
野生でもない私がそこから逃げ出して、外で生きていけるかは謎だけど。
それでも、飼われて、自分の意思が持てないよりいい。
どこかでのたれ死んだとしても。
あとはもう振り向かなかった。
▽▲▽▲
旅初心者なので、とりあえず乗合馬車を乗り継いで国を出ることにした。
乗合馬車は1日単位で値段が決まっている。
目指すのは国境の街ガナル。
そこまでは乗合馬車を乗り継ぐなら25日程。
街道をまっすぐ歩いて行けば40日、1ヶ月ほどだ。
脚を使えば最短で8日。でも、これは脚を街ごとで変えて走り抜けるという強行軍での話だ。
この世界では1週間は10日。
1ヶ月は40日で1年は10ヶ月の400日。
なので日本より1年が少しだけ長い。
1日は大体24時間で、朝の6時、昼の12時、午後3時、夜の6時に鐘が鳴ることで庶民は時間を知る。
時計もあるが高級品で庶民が買えるものではないが、時間を正確に計りたいときは、それ専用の蝋燭か線香を使って時間を計ったりしている。
村では夜明けと共に起きて、夕方には、大抵は午後3時の鐘と共に仕事をやめて明るいうちに夕御飯を作って食べて眠る。
これは燃料を節約するための知恵だ。
街では少し違う。
冬場と夏場で門が閉まる時間が違うのでそれに合わせて生活は変化する。
朝から昼間での店もあれば、夕方から夜までの店もある。
それによって人々の生活時間も変わる。
酒場などは夜10時頃までやっているし、裏町に行けば朝までやっている賭博場や酒場もある。
これまでは街しかしらなかったし、それも王都だから警備もしっかりしていたし、夜に出歩いたこともない。
でも、これからは1人だ。
色々勉強はしたけど、こうやって旅に出ると実感する。
半年の間は余り急いでも警戒されるし、お金は使うことになるけど、やっぱり少し観光しながら行こう。
この大陸ではエリーゼはかなりの大国。
エリーゼ国の力が及ばないところまで行きたいので、違う大陸に渡ることが旅の目的だ。
この世界には大きな大陸が6つある。東西南北の名前がついた大陸とその4つの大陸のほぼ中央にあり大陸としては比較的小振りだが一国だけで治めているドーガ国大陸と小さな国ばかりで戦国時代の日本のようになっているガリオリ大陸。
他には群島などがいくつかあるのだがそこは大陸としては認められていない。
インドネシアのような諸島を想像してもらうとわかりやすいかもしれない。
エリーゼは西の大陸にあり、1番近い大陸はドーガ大陸である。
大陸として1番離れているのは東の大陸で直接交流は余りないということなので、出来れば東の大陸に行くことが密かな目標だったりする。
最初の目的地は大きな河沿いのサーナという街。
乗合馬車に乗る期間は4日。
途中で1度野宿の日があるが、街道に小屋があるのでそこを使うと説明を受けて内心ホッとしていた。
迷宮以外で外で寝たことなんてないからなぁ…。
迷宮の時は1人だったし、安全地帯以外でも眠ったが、特殊結界があるので襲われはしなかった。
外でも結果は同じだろうけど雨風や虫までは結界では防げない。
つまり、結構大変なのだ。
でも、生活魔法の中に虫除け魔法があるからそれをかけておけば虫には刺されない。ただし、蛇や獣には噛まれたりするけどね。
蛇や獣になれば特殊結界が発動するので私の場合は外で寝ても多分平気。
まぁ、身体の上に虫が這うのはご遠慮願いたいのでベッドや室内で寝たいですけどね。
出発時間になり、馬車に乗る。
乗車率は7割。
馬車に乗るのは初めてではないけれど、遠くまで行く乗合馬車に乗るのは初めてだし、街から遠く離れるのも初めてだ。
子供のようにワクワクしながら回りを見ると寝る人、何かを読む人。編み物を始める人。話す人と様々な過ごし方をするらしい。
「こんにちは。見たところまだ若そうだけど何しにサーナまで行くの?」
「私、なりたてなんですが薬師なんです。サーナには水の中に生える珍しい薬草があると聞いたのでそれが目当てです」
嘘ではない。この薬草、王都にいても入ってくる。ただし、乾燥した状態でだけど。
「へぇ、薬師なんだ。じゃあ痛み止めとか、止血剤とかある?あれば売って欲しいんだけど」
「ありますよ。ギルドレシピとオリジナルレシピありますけど、どうします?」
「あなたのオリジナルってどんな感じなの?」
「痛み止めは胃に優しくしてあります。止血剤は血の匂いが和らぐハーブと痛み止めを添加してます」
「へぇ、ならオリジナルレシピの方にしようかな?」
「いくつ位入ります?」
「痛み止めは10。止血剤は4かな?」
ベルトポーチから小さな巾着を取り出す。中に丸薬にした痛み止めが入っている。
「ハーブと花の蜜を使ってるので丸薬、飲みやすくなってます」
「色々工夫してるのね」
「ギルドのレシピだと苦くて飲みにくくて…」
こちらの薬は飲みやすさはあまり考慮されていない。
ハーブや蜂蜜などを混ぜるとその分値段が高くなるだから余計なものを入れないレシピが多い。
でも調合方法を見直せば同じくらいの薬効で飲みやすいものは作れるのだ。
「値段ってやっぱり高いの?」
「ギルドレシピと同じです」
「え?それで大丈夫なの?」
「オリジナルレシピは全部師匠に確認してもらいましたけど大丈夫でした」
女性が広げた小さな袋に丸薬を10個入れて渡す。
止血剤は使い切りのアンプルとクリームがあるので聞いた。
クリームの方が少し安い。成分の差ではなく、容器代で値段に差が出てるのだ。
「アンプルとクリームあるけど、どっちにします?」
「アンプルで」
ベルトに固定されている薬ケースから止血剤のアンプルを4つ取り出して渡す。
「使い方はわかりますよね?」
「ええ、大丈夫」
液体の薬はアンプルは折って、傷口にかけるか、飲む。
ちなみに体力回復薬や魔力回復薬に治癒薬は液体だけでなく、丸薬もある。
薬で液体系のものって場所も取るし、入れ物もいることを考えたら、現実的じゃない。
気付け薬は液体で嗅がせるか飲ませるかなのは相手が意識がない可能性を考えると仕方がないがそれ以外では丸薬か塗り薬の方が便利だ。
お金を受け取って話をしていると目の前にいた男性からも声がかかった。
「お嬢ちゃん薬師なのかい?」
「はい。なりたてですけど」
「塗る湿布はあるかい?あと魔力回復の初級か中級の丸薬があったらわけてもらえないかい?」
「数によりますけど、どちらもありますよ。ギルドレシピとオリジナルがあります」
「どうちがう?」
「湿布は匂いを少し抑えたものと、塗る湿布にかぶれるという方がいたのでかぶれにくいものを用意してます。回復薬はどちらも飲みやすくなるように蜜とハーブを加えてます」
「薬効は大丈夫だとさっき言っていたが、こちらもか?」
「今あるオリジナルレシピのものは薬効は大丈夫と保証頂いてます」
「メダルは持っているのかい?」
「はい」
ベルトポーチの中から師匠からもらったオリジナルレシピのお墨付きの証であるメダルを取り出して見せる。
「ほう!これは薬師として上級の実力を持つ者に渡されるメダルだね。これを持ってる者の作る薬は最低でもギルドレシピの薬効を保証するってもんだ」
知らなかったよ。オリジナルレシピの薬を売ってもいいって証明だと思ってた。
「へぇ、貴方凄いのね」
「昔からやっていたことなので…他に取り柄もないですから」
「あら、薬が作れたらどこでも生きていけるわよ」
「でも、まだまだ未熟ですから。だからこそ旅をして薬草や薬の元になる様々なものを見て回りたいと思っているのです」
「旅費は薬を売れば稼げるものね」
それが薬師を目指した理由の1つでもある。
治癒魔法は確かに便利だけど、相手がいなくちゃ意味がない。
でも薬ならいざという時のために、と買ってくれる人も多い。
それに治癒魔法は一応相場がある。あまりに安かったり、高かったりするとギルドに所属していなくても罰せられることがあるのだ。
「はい。出来たらそうしてなるだけ見聞を広げたいと思ってます」
「なら、この国以外にも行くの?」
「出来ればエスト国には行きたいな、と思ってます」
「エスト国は大陸の果てだぞ。むしろ海を渡ってドーガ大陸や北の大陸に行った方が近いくらいじゃないか!」
「そうなんですが…。エスト国でとれるある花が薬の元になると聞きまして、是非1度咲いているところを見たいと思っているのです」
これも嘘ではないが、本当でもない。
多分、密偵の1人は同じ乗合馬車に乗っている。
だからこその誘導だ。
王都を出て口が軽くなっていると思ってくれたらいいのだけど…。
「なるほど。その向上心がその年で…お前さん、まだ20才前だろう?」
「はい。15です」
「成人したてか!それでこのメダルとは凄いな」
「いえ、他のことは殆ど何も出来ないので」
城の中でもそうしていた。
料理は教えてもらうが、皆の前ではもたもたと時間をかけて作り、魔法でしない掃除はワザと穴のあるようにしていた。
それを2年間続けるのは大変ではあったが、いずれ逃げ出すためと思えばさほど辛くなかった。
まぁ、途中からは生活魔法を覚えたので皆は全部魔法で済ませていると思っていたみたいだけど…。
そんな風に和気藹々と笑いながら1日目の停泊地である村に着く。