まずは唐揚げ
今日はクゥの出勤がゆっくりだって言ってたから早めに行かないとね。
クゥの家から帰って来て、ゆったりと温泉に浸かった後は、アップルパイと緑茶という怒られそうな夕食をとって早く寝た。
あのアップルパイ美味しかったなぁ…。次は食堂でアイス買って来て載せてみよう。
そう、この世界。果実を絞って凍らせたシャーベットだけでなく、アイスクリームがあるのだ。
別の大陸で召喚された聖女様だか勇者様の大好物だったらしい。
でも、今はアイスじゃなくて、カレーと唐揚げ。
卵、小麦粉、パン粉をつけるフライじゃなくてそこから始めることにした。
天ぷらも作るつもりではあるが小麦粉と卵と水で衣を作る場合冷やした方がいいというのがネックだ。
とりあえず今日は片栗粉で出来る唐揚げと素揚げ。
素揚げならカレーにのせてもいいしね。
いつもより早い時間の朝風呂は人がいない。
広い湯船と景色を独り占めできるのはちょっと嬉しい。
でも、あんまり長湯をしても後がキツイのでさっさと出て、湯浴み着とガウンで部屋に戻る。それから、いつものワンピースを着る。
そろそろ新しい服、欲しいなぁ。
古着でいいんだけど、私のサイズだと子供服になっちゃうから中々ないし。
仕立屋さんに出すしかないのかなぁ。
こういう時はお針子さんに知り合いがいたら、と思う。
そっか。ロウくんだ。生地選びから依頼したら作ってくれないかしら?
そんなことを考えながら準備をして、クゥの家に向かう。
比較的朝が早いからか、通りには人が多い。
いわゆる出勤風景って奴だろう。
昨日買物した市場も開店準備の露店が沢山ある。
いいな、この雰囲気。
あ、昨日買わなかったミルクだけは買って行こう。
ヨーグルトも宿で出てるんだからどこかで売ってるのかな?
お願いしたらわけてくれるかしら?
ヨーグルトは滋養強壮の食べ物として宿の食堂でメニューに出ている。
プレーンヨーグルトなので果物やジャム。蒸して乾かした穀物などを入れて食べる。
クリームチーズを探すよりは、水切りヨーグルトでチーズケーキにしよう。
あれも材料少ないから楽だし…。
てことで卵…は明日でいいかな?
昨日、宿でヨーグルトを買ったとしても水切り出来るのは明日の朝だしな。
食べ物のことばかり考えていたせいかお腹が減ってきた。
パンは焼いておいてくれるって言ってたから急いでクゥの家まで行こう。
空腹は最高のスパイスって言うしね。
一口大に切った鶏肉にちょっとだけお水を入れて塩胡椒して揉み込む。
こうするとカラッと揚がるのだ。
そのまま少し放置している間に野菜を薄切りにしていく。
エリンギに似たキノコに、カボチャに蓮根。ジャガイモは芽をとってよく洗っておく。
全部、薄切り。
アスパラは硬いところを切り落として置けば準備は完了だ。
玉ねぎとか人参とかは天ぷらでかき揚げの時にとっておこう。
浅鍋の中に油を半分くらい入れて中火にセット。
油が熱くなるのを待つ間に鶏肉に片栗粉を満遍なくまぶす。
本当はお野菜にも片栗粉してもいいんだけど、今日は止めておく。
ここで、鞄に忍ばせてきた箸を出すと、お母さんとロウくんが驚いた顔になった。
え?なに?
「…マゥさん、本当に北の大陸行ったことないの?」
「ないですよ。この大陸から出たことないですから」
「それ、調理に使うって知ってるのに北の大陸の料理知らないって凄く不思議」
確かにそうかもしれない。でもお箸って調理器具としてかなり優秀だと思うんだけど…。
「育ったところではフォークやスプーンよりこちらを使いました。手先の訓練の一環として」
聖女が持ち込んだ箸は訓練になると城で使われていたことを思い出して言い訳にしてみる。
実際、揚げ物をするには便利だしね。
台所に戻って片栗粉を油の中に落として温度を見る。
「それは何してるの?」
「油の温度を確かめてるの。ゆっくりとそこまで沈んで上がってきたらまだ低温。中程まで沈んで上がってきたら中温。表面で散るようなら高温過ぎるからちょっと冷ます感じね」
片栗粉は底までは沈まずに上がってきた。
唐揚げは二度揚げ派なので鶏肉を油へと入れていく。
ジューと低い音がして、サッと表面に色が付くが浮かぶほどではない。
軽い音になって浮かんできたら裏返して1度網にあげる。
この世界では紙が貴重品なので網の下に皿を引いて代用として使っている。
さてと全部揚げ終わったので、次は少し温度を高くして2度揚げだ。
中程よりちょっと上まで沈んだ片栗粉を合図にもう一度鶏肉を入れていく。
「なんで2回入れるの?」
「さっきのは中に火を通すために。今度のは外側をカラッと仕上げるためよ」
「カラッと?」
「んー…」
説明が難しいな。
面倒になった私はロウくんの口に熱いよ。と言って、ひとつ唐揚げを押し込んだ。
「あふっ、あちっ」
初めて食べる唐揚げにロウくんは目を白黒させている。
熱いよね。揚げたてだもん。でも、それをハフハフ食べるのもまた美味しいのですよ!
食べたことのない食感と味にロウくんは無言になっていた。
離宮の人達が美味しいって言ってたからこっちの人の口にも合うとは思うんだけど…。
「美味しい…。なんか、すごく美味しい」
「褒められてる気がしないんだけど」
「褒めてるよ」
「外側がカリッとしてるでしょ?」
「うん、ちょっと硬くて面白い」
「そうするのに油の温度を高くして2度揚げるの。1度目は中身に火を通してジューシーに仕上げるためよ」
ロウくんとそんなやり取りをしながら次は野菜を揚げていく。
高温でサッと。今回はジャガイモも薄切りにしたからすぐに終わった。
網に載せたまま塩を振って、と思ったけど、ザルに入れて塩を振って、ザルの中で混ぜる。
こうすると塩をが全体に行き渡るから。
あとは盛り付けて、テーブルに出す。
スープは手抜きでお湯に溶かす奴。
お湯は私が魔法で作りました。浅鍋の使ってるから薪代かかっちゃうしね。
「はい、どうぞ」
「なんか、野菜が光ってて硬そう」
うん、間違ってないけど食べてくれないと味わからないよ。
「こっちは茶色いし、これ何?」
「鶏肉を唐揚げにしてみたんだけど」
「唐揚げってなに?」
昨日お母さんにしたのと同じ説明をクゥにする。その横でロウくんが唐揚げを黙々と凄いスピードで食べていた。
それを見てお母さんが唐揚げを口に含んで止まる。
数秒で立ち直ったが、唐揚げを食べる速度が上がった。
「…美味しいの?」
「美味しいよ。野菜はパリパリして甘いし、味が凝縮されてる。塩だけなんだよね?」
最後のは私への質問だろう。
「うん、塩だけ。ロウくんは見てたからわかると思うけどコツはよーく水を切ること。そうしないと油がはねて危ないから」
「この鶏肉も美味しいわ。外はカリカリなのに、中は柔らかくてジューシー。油を沢山使うというからもっと重いものを想像してたんだけど…」
「軽いとは言いませんけど、もっとサッパリ食べたいならレモンを絞るといいですよ」
そんな話をしてる間にクゥも心を決めたのか揚げ物に手を出していた。
「んっ!これ、美味しい。え!何、食べたことない味がする!」
そうだろう、そうだろう。揚げ物は美味しいんだよ。
部屋が油っぽくなるし、1人分だと油の処理が面倒だけど家族がいるなら残り野菜でも美味しく一品作れていいんだよ。
「鶏肉の方はともかく野菜を揚げたのは冷めても美味しいんです。あ、アスパラは温かいうちがいいですけどね」
「うん。熱いのもいいけど、これ、保存食にもなりそう」
「んー…それはどうだろう?でも、お酒のつまみにはなるよ」
「確かに。この味はお酒と一緒だと喜ばれそう」
そんな話をしている間にも唐揚げも野菜の素揚げもどんどん減る。
ヤバい、食べないとなくなる。
参戦したが既に遅く、口に入ったのは唐揚げ3個だけだったけど、喜んでもらえたみたいなので、まぁ、よしとする。
食後に口をサッパリさせるためにお茶を飲んでルゥは元気よく出かけていった。
それを見送ってから今度はカレー作りにとりかかる。
まずは浅鍋の中の油をガーゼで濾して除けておく。
「ロウくーん、これは野菜の旨味がでてるから炒め物とかに使って」
他はサッとクリーンでキレイにして、ハーブを並べているとお母さんもカレー作りを見たいとやってきた。
熱した浅鍋にハーブを次々と入れて炒めていく。今回は辛味は少なめなので唐辛子は軽めだ。
確かカレー粉の基本はクミンとターメリックとコリアンダー。
カルダモンやジンジャー、唐辛子は同じくらい入れて、ニンニクやシナモンは少なめにして、と。
本当は混ぜるだけでも充分なのだけど、私は軽く炒めてから寝かせた方が味に深みが出て好きなのだ。
「不思議な匂いね」
「香辛料の香りだけど好き嫌いがありそう」
「…気になる?消す?」
「大丈夫。けど、なんで炒めたのかは気になる」
「本当は炒めなくてもいいの。混ぜただけでもカレー粉にはなるから。でも、炒めてしばらく置いておくと味に深みが出るから私は炒めて使うことが多いかな」
「この…カレー粉をどうするの?」
「今作る?煮込み料理だけど流石にそこまで時間がかかる料理じゃないよ」
現在は昼前。今から作り始めたら午後のお茶の前には出来てしまうだろう。
「そっか。なら後で…明日にする?」
「そうだね。出来れば一緒にご飯炊けるといいから明日にしようか。あとヨーグルトもあるといいんだよね」
「ヨーグルト?あるよ」
「え!あるの!」
「最初は母さん用だったけど今では毎日皆で食べてるよ」
ロウくんはそう言って陶器製の壺を出す。
中にはまごう事なきヨーグルトが入っていた。
「最初は買ってたけど、今はミルク買ってきてヨーグルト作ってるから沢山あるよ」
「ね、これでお菓子作ってもいい?」
「カレーって名前の煮込み料理に使うんじゃないの?」
「そっちにも使う。ヨーグルトってさ、重曹と一緒にパンに入れると寝かさないで焼いてもちゃんと膨らむって知ってた?」
「知ってる。ちょっと苦味も出るから砂糖か蜂蜜混ぜて焼くけどな」
「なんだ。知ってたんだ」
「ちゃんと種も仕込んでるけどね」
ロウくんは何種類かの種も見せてくれた。
林檎やブドウなど果物を主に使ってるんだそうだ。
「で、ヨーグルトはどうするの?」
「あ、えーとね。ザルとガーゼとボールを一晩借りてもいい?」
「いいけど」
「じゃあ寝る前でいいんだけどボール、ザル、ガーゼの順で重ねて、ガーゼの上にヨーグルト置いてガーゼで包んで置いてくれる」
「それだけでいいの?」
「うん。あと必要なものは買うから大丈夫」
「…何買うの?」
少し警戒心を含んだロウくんのその声には苦笑するしかない。
でも、ちょっと悪戯心がわく。
「卵とバターとお砂糖と小麦粉だよ。卵とバターは明日買うつもりだけどお砂糖と小麦粉は後でお散歩ついでに買ってくるつもり」
明らかにホッとした様子のロウくんに今度はお母さんが苦笑する。
「ロウ、流石に失礼よ?」
「でも母さん、ルゥから昨日お店でいくら使ったか聞いちゃったし、その高いハーブを大方うちに置いてくような真似されたら…」
「あ、それはごめん。てか、好きに使って?」
「そんな事言われても…オイース以外は使い方わかんないよ」
「それで思い出した。オイースってどうやって使うの?味が知りたいんだけど」
「…あんた、知らずに買ったの?」
「いや…えっと…お夕飯に使ったって聞いたから」
ロウくんがため息をつくと、青菜をサッと洗って揚げ油の残りで青菜を炒めてオイースを振りかけて皿によそう。
「食べてみて」
「いただきます」
あ、これ、オイスターソースの味だ。
え?でも、山で採れるって…。あれ?
もう一口食べてもオイスターソースの味だった。
うん、深く考えるのは止めよう!
「美味しいね」
「だろ。でも、栽培出来ないから、それなりに高いから、ここではあんまり使われないらしい」
「そうなのよ。北の大陸ではよく採れるせいか普通に使うのだけどね」
「輸入してるんですか?」
「いえ、こちらの大陸でも採れるのよ。でも量もあまり多くないし、使う人も少ないから高いままなの」
「もったいないですね。こんなに美味しいのに」
「高いお店では隠し味的に使われてたりはするけど、屋台とか酒場で使われるようにならないと、私達みたいな平民の口には入らないわよ」
「でも、もったいない」
もったいないを繰り返す私に、なら、屋台とかやれば?とロウくんが言う。
「うー…でも、私、そこまでお料理上手じゃないよ」
「さっきの揚げ物?だったけ。それは売れると思うけど」
「大鍋を私に買えと?」
「経済力はあるし、あとは料理人ギルドに所属すればいいだけでしょ」
ロウくんが冷たく言い切る。
「うーん、でも…」
パン、とお母さんが手を叩いた。
「今、決めなくてもいいことだと思うわ。お散歩行きましょうか?小麦粉買うんでしょ?」
「そうですね。昨日はそんなに歩いてないから今日は歩きましょうか。温泉入るのもアリですけど…」
「温泉は私だけ入るのも…ね」
「行ってくれば?3日に1度くらいは入った方がいいんでしょ?」
後半の言葉は私への質問だろう。
「…出来れば毎日の方がいいけど、それくらいでも今の5日に1度よりはいいかなぁ」
「でも、お金かかるしね…」
ロウくんもルゥちゃんも働いてるとはいえ成人前だから給金は安い。
そうそう、ロウくん、なんと代筆屋があった広場の仕立屋さんのお針子さんだそうです。
町1番のお店のお針子さんだなんてビックリです。
「んー…ならひとつお願いがあるんですが」
「なに?」
微妙に警戒しながらなロウくんに苦笑が漏れるが、もう諦めることにする。
ま、これからもやらかすつもりだし、この後は小麦粉を2種類、大袋でお届けしてやる!と小さな仕返しを決めた。
「そろそろ新しい服が欲しいなぁって思ってて、ロウくん、仕立ててくれない?」
「いいよ」
「軽っ!」
「だってお世話になってるし。クゥねーちゃんのなんて古着ないから全部俺が作ってるし。生地さえ選べば布だけ買って仕立てた方が古着より安いしね」
ん?これはお金はもらいません。コースな気がする。
「あー…お金は払うよ?」
「いらない」
「なら入浴券の現物支給にするね。クゥに協力してもらえば住民用の回数券買えるだろうし」
クゥから前に聞いた話だが、クゥは自分だけ仕事があれば毎日お風呂に入れることを悪いと思っているのだ。
ルゥちゃんも勤めている場所が高級品を扱うので身綺麗にしなさい、ということで入浴券が支給されている。それで基本は2日に1度はお風呂に入っている。
つまり5日に1度なのはお母さんとロウくんだけなのである。
「いや、あのさ、そこまでしてもらう理由が…」
「したいからじゃダメなの?」
「ダメじゃないけどさ…」
「なら、何かそのうち私がしたいことが出来たら皆に協力してもらうってことにしない?てか、今も治癒魔法の研究に付き合ってもらってるし、カレーも唐揚げもここにいなかったら作れなかったんだから私としては十分に返してもらってるよ」
うー…と唸るロウくんの頭をお母さんが優しく撫でる。
「ロウ。貴方の負けよ。諦めなさい」
「母さん!」
「マゥさんには甘えましょう。もしも、マゥさんに恩返しが出来ないなら、別の人を助ければいいの。そうやって誰かが誰かを助けていけばいいのよ」
うんうん、そうそう。下手に遠慮されると私が困るの。
大きく頷く私と自分を撫でるお母さんを見比べて、ロウくんは吐き捨てるように「わかったよ!」と言った。