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街をぶらり。

 代筆屋というのは基本、読み書きが出来ない人の代わりに文字を書くと思っていたがちょっと違うらしい。

 正式な依頼書に契約書、国や領に出す書類を作るのが主な仕事だという。

 面倒くさい書式や言葉使い、手続きも代行するので貴族から商人まで、どちらかといえば金持ちの客が多い。

 勿論、手紙を代わりに書いたりする仕事もあるそうだが、どちらかといえば法律に携わる分野のお仕事なのだそうだ。

 なので信用が第一。

 字の綺麗さや読みやすさだって大切。

 単に読み書きが出来るからといってつける仕事でもない。

 しかも、数種類の飾り文字や崩し文字も覚える必要があるのだという。

 だから代筆屋の仕事を外注されているというのはそれだけ信用があるというのなのだそうだ。


「私の場合は代筆屋のオーナーが亡くなった主人の友人だったからで、信用があるとは少し違うのだけどね」

「でも信用出来ると思われてるということですよね」

「どうなのかしら?その辺りはよくわからないわ。私に任されるのは難しくもないし、機密もないから」


 いてもいなくてもそんなに変わらないのよ。と続いたが、もし、そうならわざわざ外注としては雇わないだろう。

 それに代筆屋が公正証書を作るような仕事ならば給金だってかなりいいはずだ。


 代筆屋を軽く見てたな。

 読み書きは出来るけど、私には無理そうな仕事だわ。


 一応、いざという時のお仕事リストに入れていたがサクッと削除しておく。


「ああ、ここなの。ちょっと待っててもらえるかしら?」


 領主館に比較的近い町の中でも一等地に代筆屋はあった。

 周りには魔道具屋、宝石屋、仕立屋、帽子屋、手袋などの小物を扱うお店にお花屋さんにお菓子屋さん。ちょっとお洒落なレストラン、カフェにパブ。

 お土産物や珍しいものがメインな雑貨屋さん。

 それが広場を囲むようにゆったりと配置されていた。


 この町って湯治客を見込んでるから、規模にしては生活水準も高いし、高級品も多く扱ってるんだよね。

 食材も王都までは行かないけど下手な街より豊富だし。


 広場を回りながらお母さんを待つ。


 なんか、こうやって旅支度じゃなくて町をただ見て歩くのって国を出て以来な気がする。


 国境の街でリズに会ってからは楽しむことを忘れていた。


 お菓子なんて作ったのは本当に久しぶり。

 チーズケーキとか食べたいけど、お菓子屋さんにあるかなぁ。


 1人で見てるかを悩んで代筆屋の方を見ているとお母さんが出て来た。


「お待たせしてごめんなさい」

「いえ、ちょっとお菓子屋さん見てもいいですか?」

「ええ、ここはレモンやオレンジの輪切りを並べたケーキが美味しいわよ。飴や焼き菓子も豊富だし、クリームを使った日持ちをしないケーキも多いわ」


 カランと軽い音を立ててお店に入る。

 カラフルなお菓子達が出迎えてくれた。

 ケーキに焼き菓子、飴。

 ついつい目移りするお菓子の数々。


 こうやってみるとかなり沢山あるなぁ。


 焼き菓子やケーキには日持ちを重視したものと、賞味期限は本日中の生のものがある。

 生のものはゼリーやジャムや生の果物、クリームがふんだんに使われているが、チーズケーキは余りない。


 ああ、でもチーズケーキはないな。

 んー…クリームチーズか、ヨーグルトがあれば自分で焼いた方が早いかも。


 店を何も買わずに出るのも、と思い、何がいいかな?と見る。


 あ!アップルパイがある。これにしよう。

 パイ生地は作るのが面倒だからパイは離宮を出てから食べてないしね。


 1ホール丸ごと買って半分をお母さんに渡すと苦笑されたが食べたいのだから仕方がない。

 というか皆がいるのに1人で食べるのは気が引ける。


「さて、お買物して帰らないとね。あ、ルゥが働いてるのはあの雑貨屋さんよ」


 雑貨屋さんは町に数店あって、この店は町の中では最高級品を扱うお店だそうだ。

 つまり、嗜好品や贅沢品を扱う店。


「読み書き、計算が出来て、愛想もいいからってことで使ってもらってるのよ。寄ってみる?」

「是非!」


 石造りの立派な建物で、重厚な扉の横にはガラスではなく硬膜と呼ばれる魔物からとれる素材をはめているはめ殺しの窓がある。

 硬膜はガラスのように光を通すが、ガラスよりずっと硬い。ただし透明度は高くないので店の中が見えるわけではない。

 硬膜の向こう側にカラフルな色の洪水があるのがわかるだけだ。

 重厚な扉の前にはドアマン。

 扉の前に立てばにこやかにその扉を開けてくれる。

 雑貨屋の中は所狭しと色々なものが並んでいた。

 店内は窓から射し込む日差しでかなり明るい。

 食べ物から何に使うかわからないような道具まで本当に様々だ。

 ぐるっと一周して缶が並ぶ一角で足を止める。


 お茶だ。


 四角く区切られた木枠の中にひとつずつ缶が収められていて説明書きがしてある。

 紅茶に青茶、緑茶、ハーブティー。それぞれに種類も多い。


「これがね、昨日出した青茶と緑茶よ」


 この中では下から2番目の値段だが、普通に飲むお茶の何倍も高い茶葉だ。


 こんなに高い茶葉を使ってくれてたんだ。


 スープにしても、あの料理にしてもどれだけの手間暇がかかってるかと思うとありがたくて涙が出そうだ。


 治癒魔法が使えるとか。

 薬師だからとか。

 お金を持ってるからとか。

 聖女だからとか。

 そんなことが一切関係のない純然たる好意。

 それがとても嬉しい。


「青茶と緑茶、買おうと思います」

「うちのをわけるわよ」

「えーと…なら違うの買います」


 私は下から3番目の青茶と緑茶を店員にお願いしようとして振り向いたところでルゥちゃんが出て来た。

 一瞬、目を見開いて、それからルゥちゃんは優雅にお辞儀をする。


「いらっしゃいませ」


 着ているのはメイド服にしか見えない服だ。

 成人前だから膝丈でフリルたっぷりのエプロンドレス。

 そのエプロンドレスとお揃いのヘアバンドをつけている。

 ブリムに似てるがフリルはない。


「か、可愛い!」

「ありがとうございます。お茶をお求めですか?試飲も出来ますが如何致しましょう」


 気取ったルゥちゃんの口調。

 一応、ちゃんとお客様として扱われているらしい。


「試飲は大丈夫。この青茶とこっちの緑茶をお願いします」

「承りました。少々お待ち下さい」


 ぺこりとお辞儀をしてカウンターへと向かう様子も様になっている。


 いいなぁ、可愛いなぁ。


 そんな風にルゥちゃんをにこにこと見ている私をお母さんが手招きした。

 寄っていけば今度は瓶が並んでいた。

 こちらは薬師ギルドでよく見る光景。中に入っているのはハーブ。

どれも珍しいものばかりだ。

 その中のひとつをお母さんは指差す。


「これね、豆板醤や甜麺醤はないけれど、北の大陸でよく使うハーブなのよ。昨日の料理にも使ってるわ」

「どんな味なんですか?」

「んー…説明は難しいわ。甘みがあって濃厚で、塩気もかなり強いんだけど、何にでもよく合うのよね」

「ハーブなのに塩気…ですか?」

「味見させてあげたいのだけどウチのも昨日使い切っちゃったのよね」


 値段を見ると結構高い。青茶や緑茶よりも高い。


 買おうかな?中華料理の材料ならきっと私の味覚には合う。


 悩みながら他のハーブも見る。


 ん?ターメリックにクミン、コリアンダー、カルダモン。


 待って、待って、待って。


 脳内に必死でこちらでもよく使うハーブを思い浮かべる。


 シナモン、唐辛子、グローブ、ニンニクに生姜。月桂樹の葉に胡椒。

 ナツメグにキャラウェイにバジル…ってそれはいい。今はそっちじゃない。


 ドキドキと早鐘を打つ胸をゆっくりとおさえて深呼吸して、もう一度ハーブを見る。


 ターメリックにクミン、コリアンダー、カルダモン。

 間違いない。

 いつも使ってるハーブとここで売ってるハーブを使えばカレー粉が作れる!


「あの?マゥさん?マゥさん」


 食い入るようにハーブを見ていた私にルゥちゃんが声をかけていた。


「え?ああ、えーと…」

「お品物ご準備出来ました」

「あのね、ここにあるハーブも欲しいんだけど…」

「どれでしょうか?」


 欲しいハーブの名前をあげるとルゥちゃんとお母さんの顔が強張った。

 どれも高価なものばかりだからだ。


「あと、えーと、北の大陸のお料理につかうハーブ…」

「オイースですね」

「それも一緒にお願い」

「量はどう致しますか?」


 うーん…と私は悩む。

 どのハーブもここ以外では見たことない。否、探せばあったのかもしれないけれど庶民が使う店にはなかった。


「…どのくらい手に入りにくいものなの?」

「栽培が出来ないものだったり、別の大陸産だったりはしますが、大きな街でなら手に入らないということもありませんが…」

「例えばたくさん買ったらおまけがしてくれたりする?」

「それは…少々お待ち下さい」


 ルゥちゃんはぺこ、と頭を下げて、これぞ執事といった感じの男性の側へと優雅な早足で向かう。

 ルゥちゃんが男性と何事かを言うと、男性と一緒に戻ってきた。


「お客様、こちらのハーブがご入り用と伺いましたが」

「ええ」

「お商売に使われるのですか?」

「いいえ、個人的に作りたい料理があってそのために欲しいのです」

「この様な高価なハーブや香辛料を使う料理ですか…」

「ええ。辛いお料理なのですけど美味しいですよ。それでこれ粉にしたものとなっていないもので欲しいのですけど…」

「料理に使われるなら粉のもの方がお手間がございませんが」

「粉になる前の状態を見ておきたいんです。そうすれば別の場所で見かけたときや生えてる時に気付くかもしれないので」

「わかりました。ご準備致しますのでこちらへどうぞ」


 案内されたのは店の奥、商談用の小部屋。

 そこにルゥちゃんがお茶を持って入って来た。

 青茶や緑茶を買ったからだろうか。紅茶ではない。


「これは?」

「青茶の1種。半発酵茶でございます」


 甘い香りに、濃い味。どことなく焦げた風味がある。


「…美味しいわ」

「お気に召して良かったです」


 ルゥちゃんが出て行くとお母さんが苦笑する。


「…仕事中なのはわかってるつもりでも、変な気分ね」

「きっちり店員さんですもんね」

「ええ、あんなに丁寧にちゃんと喋ってるとは思わなかったわ」


 お茶を楽しいんでいると、先程の男性がワゴンを押して入って来た。

 ワゴンにはハーブが載せられていて、それをテーブルの上に置いて説明をしてくれる。


「こちらは栽培方法がわからず、生えている地域も特殊なため中々手に入りませんが…」

「こちらは北の大陸からの輸入品で…」

「こちらは土の中で育つハーブでございまして…」


 次々と説明され、知りたかったことは大体わかった。


「詳しい説明ありがとうございます。これ以外は…そうね。この缶に入るくらい欲しいです。これはその倍ほどいただけるかしら?」


 目算で100〜200gほど入りそうな缶を手に取ると、男性は言葉を失った。


「こちらのハーブはかなりお高いものですが…」

「ええ、わかってます。全部で金貨2〜3枚ってところでしょう」


 そう言ってテーブルの上に金貨を3枚出した。


「失礼いたしました。準備いたしますのでもう少々お待ち下さい」


 男性がベルを鳴らすと、新しいお茶が出てきた。お茶を持ってきた人に梱包の指示を出して、男性はこちらを見る。


「色々失礼いたしました」

「いえ、支払い能力の有無は大切なことですもの」

「お客様はこちらにご逗留中なのですね」


 お母さんと来たので地元住民だと思われていたようだ。


「ええ、山の恵み亭の長期滞在の棟にいます」

「そうでしたか。ご家族様とご一緒ですか?」

「いえ、1人です。治癒魔法師なので」


 なるほど、合点がいったという感じで男性が大きく頷いた。


「では、ハーブを使った料理というのは治療に使われるのですか?」

「いえ。…でもハーブも香辛料もふんだんに使うので身体にはそれなりにいいかもしれませんが、私が食べたいから作るだけです」

「…面白い方ですね」

「それが変な人という意味ならばよく言われますよ」


 コロコロと笑って見せると男性は苦笑する。


「…強い方ですね」

「そんなことはないですよ。こちらの方やルゥちゃ…さんの方が私より余程強いですよ」


 男性はお母さんを見て、営業用じゃない顔で笑う。


 ああ、やっぱり知り合いなんだ。

 もしかしたら、ここのオーナーさんかな?じゃないとしてもお母さんとはそれなりに親しい気がする。


 その後はたわいもない話をしながら商品が来るのを待って雑貨屋を出た。

 買ったものが多くて、斜めがけ鞄はいっぱいになっている。


「それじゃあお買物しても入らなそうね」

「そうですね。あと何種類かはスパイス買いたかったんですが…」

「何を作るの?」

「カレーという辛い煮込み料理です。シチューみたいなものですね。ご飯にかけてもパンで食べてもいいんですが、パン生地でカレーを包み込んで焼いたり、揚げたりしても美味しいんです」

「あら、それは美味しそうね。でも揚げるって何?」

「え?」


 ああ、そういえばこちらの世界では揚げ物も蒸し物も少ないんだけ?

 餃子があったから焼売や中華まんがあるか聞いてみたらないって言ってたもんなぁ。

 離宮では出てたからあまり気にしなかったけど、旅の間には揚げ物も蒸し物もなかった。でも、惣菜パンはあるんだから不思議。


「油の中で煮るようなものです」

「油煮?コンフィのこと?」

「私、そっちを知りません」

「油の中にハーブを入れて、その中に塩胡椒、香辛料やワインに漬けておいた肉や魚を煮るの。ゆっくりと低温でね。それをそのまま放置して煮た油ごと固まればそのまま何ヶ月かは保存が出来るから夏や雪が降る地域では冬になる前に作ったりするのよ」

「それとは違います。衣…パンを粉にしたものや片栗粉、小麦粉をつけて、高温、短時間で中の食材に火通して食べるんです」

「…美味しそうね」

「美味しいですよ。鶏や豚…肉だけでなくて魚や野菜も美味しく食べられます。ただ、作りたてが美味しいので…お台所貸してくれたら今度作りましょうか?」

「あら、本当?」

「ええ、そんなに難しくはない料理なので」

「厚かましいお願いしていいならカレーも食べてみたいわ」

「カレーは…匂いが独特なので…。そうですね。台所のある部屋を宿で借り直しますから、作ったらそこにお呼びしましょうか?」

「うちで作ればいいじゃない」

「でも匂いますよ?」

「マゥさんは生活魔法使えるんだから消せるわよね?」


 すっかり忘れていた。そういえば匂いを消す魔法もあったけ。


「ならお台所貸して下さい。明日のお昼のメニューが決まってないならまずは揚げ物作りましょうか」

「食材は使い切ったところだから大丈夫よ。新しいお料理、嬉しいわ」

「じゃ、明日用に買い出しですね」

「そうね。お肉屋さんならこちらの通りの…」


 お母さんと一緒に大量の食材を買って帰ってロウくんに呆れられたのは言うまでもない。


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