クゥという名の少女
温泉が湧くこの町には湯治客が多い。
トルー国にいた時はあまり宿に泊まらなかったし、小国群でも情報を集めるために大部屋にばかり泊まってきた。
その疲れを癒すためと、逃亡準備のために湯治客用の長期滞在用の1人部屋に泊まることにした。
宿には治癒師であることを話して仕事をする許可も取ってある。
その宿で知り合ったのがクゥだ。
トルー国のクゥと同じ名前。
しかも、背が低くてぱっちりお目々。クルクルと働くクゥは地鳥のクゥを思い出させた。
地鳥のクゥと一緒の旅はささくれていた心を癒してくれた。
だからだろうか、いつの間にか人間のクゥとも仲良くなっていた。
掃除なし、シーツ交換は週に1度。シーツは自分でかけるという条件で長期滞在を決めた部屋。
その宿の中でも1番安くて1番狭い1人部屋。
家具はベッドのみ。椅子もないが、ベッドがない壁側に机代わりにもなる棚があり、ベッドに腰掛けて使う。
部屋の広さは3畳程。
でも、共同の炊事場や温泉には24時間入れるし、脱衣所にあるタオルは使い放題。湯浴み着やガウンも同様だ。
この宿では湯浴み着の上にガウンを着れば館内ならばどこへでも行ける。
宿からすれば殆ど世話をしない契約の部屋。
なのにクゥは何かとこちらを気にしてくれる。
それは部屋の掃除だったり、食事だったり、体調だったり。
すぐに色々な話をするようにもなった。
クゥは17才になったばかり、10才の頃からこの宿で働いてるそうだ。
家族は妹と弟と身体の弱い母親。
妹と弟は双子で14才。今年成人するそうなので、ある意味同い年だ。
双子出産の時にかなり危なくて、母親はそれ以来、寝たり起きたりの生活。
父親は出産の時にかかったお金や母親のための治療代で働き詰め。そうして事故で死んでしまった。
母親は読み書きが出来きたので代筆屋をしながらなんとか生活しているが生活は楽ではなかった。
一時はスラムで生活をしていて、身体を売ることも考えた、とクゥは明るく言う。
そんな中でも母親は子供達にも文字を教えているそうだ。
妹も弟も働きに出て、そのおかげでスラムを出ることが出来て、今は集合住宅で暮らしている。
「昔はさ、台所もトイレも共同で魔石のない下宿だったの。一部屋しかないから本当大変だった。今は台所は薪か炭だけど、トイレは魔石だし、居間も寝室もあるからね。でもベッドは2台だけど」
身体が1番小さいクゥが妹と一緒に2段ベッドの下段で寝ているそうだ。
上段は弟。母親は普通のベッド。でも、もうお母さんが寝てるベッドも古いから次の野望は2段ベッドをもう1台買うこと、と明るく笑いながらそんなことを言う。
「今の部屋だとちゃんと料理出来るから、母さんと弟が張り切っててねー。しかもさ、弟、お針子なんだよ」
「え?妹さんじゃなくて弟さんがお針子?」
「そうなの。弟…ロウって言うんだけどね。これが私や妹より女子力?ううん、家事力が高くてさー。もう任せてるんだ」
「…クゥと妹さんは料理しないの?」
「あんまりしない。あたしは下拵えは得意だけどね」
野菜を剥いたり、獣を解体したりは宿でやるからだろう。
「下宿にいた頃はどうしてたの?」
「宿の余り物もらったり買ったりしてた。共同の台所、そんなにきれいじゃなかったし、作ってると誰かがつまみ食いしにくるからね」
「そっか。宿みたいに掃除してくれる人がいるわけじゃないもんね」
「マゥはなんでここに?」
「うーん…武者修行?というか見聞を広げるためかなぁ?」
「見聞?」
「私ね、この旅に出るまで殆ど閉じ込められてたの。生活は保障されてたよ。お腹を空かせたこともないし、読み書きや礼儀作法も教えてもらった。お風呂にも毎日入ろうと思えば入れる。生活面ではいい生活してたと思う。でも自由はなかった。治癒魔法使えるからちょっとだけ外には出してもらえるけど、それだって誰かといつも一緒…」
なるだけ嘘にならないように気をつけて身の上話をする。
「一緒に暮らしてた…というより教育されてた人の方が私より利用価値の高いから、私はもういらないって言われたの。だから私は国を出た。そして、逃げるようにここまで来たの」
現実感の薄い告白だろうと自覚はしていた。
でも、クゥにはあまり嘘を吐きたくない。
だから、話せる範囲の限界まで話した。
「…家族は?」
「もう皆いない。頼れる相手も大切な人もいないの」
孤児院の子達、元気かな?
街の人は今日も何事もなく生きてるかな?
頼るわけにはいかなかった人達。
でも、大切には思っていた。
幸せになって欲しいと思っている、今も。
「マゥ!」
クゥは隣に座っていた私をタックルするかのように抱きしめる。
いきなりのことにビックリしつつも、久しぶりの人肌の温かさに涙腺が緩む。
岬がたまにこんな風に抱きしめてくれた。
失恋した時も、友達を失った時も。
……結婚が壊れた時も。
凄く大切だった。
色々文句言ってた日常も、ちょっと嫌だなと思う家族も。
でも、もう戻れない。二度と会えない。会いには行けない。だって世界が違うから。
涙腺が決壊する。
「マゥ、辛かったんだね」
「うん」
「寂しかったんだね」
「うん」
「いいよ。いっぱい泣いちゃいなよ」
私は大きな声を出して泣いた。
クゥにしがみついて。
赤子のように泣く。
そんな私をクゥはずっと抱きしめて、背中をトントンと叩いてくれてる。
しゃくり上げもようやく落ち着いた頃。
「ひどい顔だよ?」とクゥが笑う。
ちょっとどうよ? とは思ったが、そんな風に笑ってくれるから、私も笑えた。
「マゥ、この町で暮らすのはダメなの?」
「え?」
「マゥを閉じ込めてた人達も国が違えば簡単には追いかけてこないでしょ?」
それはわからない。というか今もきっとどこかで見てる、とは打ち明けられない。
そんなことをしたらクゥにまで何かするかもしれないから。
だって昨日も部屋につけたしつけ糸の仕掛けは外れていた。
お掃除しなくていいですよ。の札を出していたにも関わらず。
だから、密偵の監視がまだ付いているのは確実なのだ。
「あのね、最初にマゥを見た時にすっごく辛そうだなって思ったの。消えちゃいそうだなって」
「え?」
突然のクゥの告白に私はついていけない。
「お客さんの中にたまにいるの。生きてるのに死んでる人」
言い得て妙である。
多分クゥの言う通りだ。
召喚されて、それが現実だっと知って、なんとか聖女という枷から逃れたくて必死だった。
味方もいない。誰にも気を許せない。
死んだら楽かもしれない、という気持ちに囚われそうになったことは数え切れない。
今だって監視されていることを知ってるから、完全に逃げ出せたわけでもない。
「あたしより若い人がそんなの嫌だったから声をかけたの。うちだって父さん死んでから大変だった。死んだ方がマシって思ったこともあったよ。それでも今は幸せだと思えるし、笑える」
だから、マゥも大丈夫。とクゥは続ける。
能天気でなんの根拠もないのに、クゥが信じてくれれば。そう言ってくれるなら現実になる気がした。
もう一度涙腺が決壊したが、クゥは泣き止むまでずっと一緒にいてくれた。




