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世間知らずを克服中…のつもり

 クゥの機嫌を損ねないように、街や村に滞在するのは1日にするようにしながら国境を目指す。

 今までは治癒魔法を売るようなことはあまりしてこなかったけれど、薬は作るのにどうしても時間がかかる。その分、ストックしておくことや、今、怪我してない人、病気じゃない人にも買ってもらえるという利点はあるが、魔法の方が高く売れることも確かだ。

 それに治癒魔法の使い手は大切にされるので命の危険は減る。代わりに様々な手段で拘束されたり、勧誘されることはあるが、それでも命の危険には変えられない。 

 なのでここから先は治癒魔法を使ってお金を稼ぐことにした。冒険者ギルドや宿屋で治癒魔法が使えることを話してお客を集めていく。

 治癒魔法は最低価格が銀貨1枚。欠損した四肢を生やすような中級の中でも上位の魔法ならば白金貨を払うという人間すらいる。

 上級魔法になれば、それこそ癌を治したり、内臓を新しくしたり、半身不随の人間を元気にしたりすることも出来る。ただし、死んだ人が生き返るような魔法はない。生きてさえいれば身体の殆どを失っても復活できる魔法があるのだから私からしたらそれは死んだ人が生き返るのとあまり変わらないのだけど。

 セロンの時のように緊急な時は別として魔法を安くするのは簡単だけどしない。それをして睨まれると治癒魔法を使って稼ぐことが出来なくなるのは困るから。

 それにセロンに言われた。冒険者にとって戦いに割り込まれるのはプライドを傷つけることにもなる。基本的に負けそうになっていても一声かけてから戦闘に加わる。もし、拒否をされたらそこで去る。それで死んだとしてもそれは本人の責任なのだそうだ。

 治癒魔法も同じ、まずは代金を提示してからかけるか聞く。その時に代金を払えることを証明できなければ、魔法をかけなくても罪には問われない。ただし、本人や身内から恨まれることはあるが、それで治癒師に何かすれば、した方の罪は普通の暴行や殺人よりも重くなる。なので、大抵の人は復讐などはしないそうだ。

 治癒魔法は覚えるのが難しい部類の魔法らしい。特に中級の途中から難易度が跳ね上がる。初歩の初歩ならば生活魔法の中級と同じくらいの難易度なので、冒険者は必死に覚える。それはある意味、金に物を言わせてというのと変わりはしないが命がかかっていることを考えたら覚えもよくなるだろう。

 

 治癒魔法は最初から使えたから、難しさがよくわからない。それに治癒魔法が使えたおかげなのか他の魔法を覚えるのにもさほど苦労はしなかったので苦労があまりわからないのだ。

 むしろ、薬のことや歴史や行儀作法を習うことの方が難しかった。身についたことを変えるというのは中々に大変なのだ。身体だけが若い分、その難易度は高かった。


 セロンやガルド、それにタクハから言われたことを何度も繰り返す。


 私は世間知らず、知らないことが沢山ある。自分の常識で判断はしない。でも、下手に知らないことをオープンにしてはカモにされる。結界は決して万能ではない。弓矢や投げナイフ、魔法などの遠距離攻撃は防いでくれないのだから。


 そうやってお金を稼ぎながら国境近くの町までやってきた。

 ガルドのところを出た時は銀貨しかなくなっていた財布もだいぶ重くなっている。

 

 まさか途中で白金貨まで稼げるとは思わなかったけれど。

 途中の街で片手、片足を失くした貴族の子弟の治療をしたら口止め料を含めてなのだろうが報酬として白金貨をもらった。

 おかげで懐はあったかいのだけど、急ぐ気にはならない。この国を出てしまえばクゥと別れなくてはならないことで足が鈍っている自覚はある。

 そうしてグズグズしながら少しずつ先へと進む。

 多分、クゥと別れたくない。そのことばかりに気を取られていたので隙だらけに見えたのだろう。ある街で小さな女の子に治療を頼まれた。

 実際に診てはいなので何とも言えないが命を落とすものだとは思えなかったし、何より、その女の子は料金の話をしようとしない。


「診断の魔法を使うのにもお金がいるのよ。その結果、どのくらいの魔法を使うことになるかによって値段が変わるの」


 お金の話になると女の子はこちらを睨む。

 せめていくらまでなら払えるのかを明確にしてくれればやりようはあるのだけれど…。

 大人気ないとは思うけれど、ここで無料で治療したという実績を作るわけにはいかない。


「あのね、お金が払えないなら魔法はかけられないの」


 泣いたり、媚びたり、子供として出来る精一杯で女の子はごねる。


 本当は治してあげたい。でも、それをしたら王都の二の舞だ。

 一度でも無償で治したら次も同じことを求められる。それは経験したから知っている。

 王都で同じミスをした。

 治癒魔法を苦労して覚えた訳じゃないから大したことないだろうと思って孤児院の子が連れてきた人達を魔法を使って癒していたら、知らないうちに無償で治してもらえるのが当たり前だと思う人達が孤児院に詰め掛けた。しかも、それを商売にしようという人まで現れたのだ。

 あの時は国が助けてくれたけれど、今はなんの後ろ盾もない。

 だから恨まれたとしても無償で治すわけにはいかない。


 息の詰まるような時間が続いて女の子は怒りを爆発させた。


「なんで! 酷い! お金がないのがそんなにダメなの! なんで助けてくれないの! 聖女様ならきっと治してくれるのに!」


 ゴツンという音と飛んできたコップ。

 女の子は目の前にあった木のコップを私に向って思いっきり投げたらしい。

 それを避けることも出来ずにまともに食らう。

 ぶつかった場所も痛いけど、それ以上に、心が痛い。


 女の子はそのまま店を飛び出していく。

 キュッと唇を噛んで、店に謝って、自分とその近辺にクリーンをかける。

 迷惑料かわりにワインを瓶で注文して、開けずに持ってきてもらう。

 今飲んだら悪酔いしそうだし、何より自分は15才だと思うとワインをストレートで飲む気にはならないのだ。

 そのおかげか店の人間は何も言わなかったが、近くにいた冒険者らしい一団が声をかけてきた。


「大丈夫か?」

「ええ」

「治してやるのは簡単なんだろうけどなぁ…」


 てっきり治してやれと言われるものだと思ったらどうやら違うらしい。

 多分、私は不思議そうな顔をしていたんだろう。冒険者は苦笑しながら続ける。


「力があるなら何故助けてくれない、と俺達もよく言われる。そんな金は払えないともな。でも、俺達にも生活はある。それに、ここまで来るのに努力もしてる。なにより無償で助けてくれるのが当たり前だと思ってしまったら、人はそれを当たり前に要求するようになるからよくないと思うんだ」


 セロンも同じようなことを言っていた。もしかするとそれは冒険者の共通の常識なのかもしれない。


「聖女様が無料で魔物討伐してるなんていうのは思い込みなんだけどねー」


 最初に話しかけてきた男性ではなく、たれ耳をもった獣人の女性が会話に加わる。


「だって聖女様が狩った魔物はきっちり換金されているだろうし、その値段は聖女様たちの装備や周りにいる兵は税金で養われてるんだから決して無償ではないけど、それに気付く人間はごく僅か」


 見えている人間もいるんだと内心驚いた。


「聖女様が狩る魔物は強いからね。武器防具だけじゃなくて貴重な薬や細工物に出来るしね。それが聖女様が狩ったものならプレミアもつくしね」


 そうか、あの豪華な生活は税金だけでなくそうやって維持されていたのか。なら、貴族や王子が必死になって聖女のパートナーになろうするのは聖女を得るというステータスだけでなく、お金にもなるのか。


「それに聖女様が狩り過ぎると俺らの仕事もなくなるしね」


 テーブルにいたもう一人の男性も会話に入る。


「大陸が滅んだら仕事どころじゃないけれど、こっちの仕事がなくなるまで働かれるのも困る」


 それまで黙っていた小柄な女性も口を開いた。


「あんたのさっきの態度を不快に思う人間はいるとは思う。だけど、あれは間違ってない。流される人間が多いが、流された結果は、あまり幸せなものにはならない」


 言い切る女性の言葉に不思議なものを感じはしたが、それも一瞬のこと。

 すべてが無償で与えられて当然だと思えば、人は働かなくなるし、感謝もしなくなる。

 聖女だけではこの世界の魔物を駆逐することは出来ないのに、冒険者達への報酬は不当に下げられて、違う仕事を始めるかもしれない。

 どちらにしろ命に対する報酬が安くなれば仕事をせず悪事に走る人もいる。そうなれば治安が悪化する。

 魔物が恐ろしいことは確かだが、人はもっと恐ろしい。

 聖女に依存して甘えが過ぎればそうなる未来もある。それをわかっている人がいることにホッとした。


「これから先も流されないでいてくれると俺らはありがたい」

「何故ですか?」

「皆が流されてしまえば、結果的に俺らは仕事を失いかねん。仕事を失わないとしても生きていくのは難しくなるのは目に見えているからな。だから流されない人間が一人でも多い方がいい」

「こいつね、あの女の子をいつ摘み出そうかタイミング計ってたんだよ」


 冷たい目で遠巻きにされているかと思ったらそうでもないらしい。


「ふっかけているわけでもなく適正な価格で商売をしている人間に絡んでいる奴がいたら助けたいと思うのは当たり前だ」

「けど、あんたは助けてくれって言わなかったからね」


 なるほど冒険者のルールだ。ある意味で値段交渉も戦いな訳だ。けど、助けてくれと言っても助けてくれる人がいるかどうかは定かではないし、何よりも助けられた先が安全とも限らない。


「出せる金額を言ってくれたわけでもないので困ってはいたんです。助けてくれようとしたこと感謝しています」


 なんと言っていいかわからずに話を少し逸らして、お礼を言う。


「この先も旅をしながら魔法で稼ぐつもりならば、強そうなやつが治療に来た時には、治療代のかわりに街を出るまでの護衛を頼むといい」

「冒険者ギルドで治癒魔法するなら場所代は取られるけれど、安全は保障されるよ」


 冒険者ギルドだと場所代をとられていたのはそんな意味があったのかと初めて知る。


「冒険者ギルドや治癒ギルドなら依頼として仕事もあるから探してみるのもいいと思うぞ」

「えっと、私、ギルドに所属していないんですが…」


 そうなの!と驚かれたが、そういう人間がいないわけでもない。


「確か、魔法使いはギルドに所属しないと依頼料が安くなるが依頼を受けることは出来たはずだ。詳しくはギルドに行った時に聞いてみるといい」

「ありがとうございます」

「こうやって仕事するなら治癒ギルドの方が安全だし依頼人も多いと思うよ」


 やっぱりまだ知らないことが多い。これだけ気を付けててもこれだ。

 お礼代わりにさっき注文したワインを冒険者に差し入れると素直に喜ばれた。


「あ、もうひとつ。早めにこの街は出た方がいい。さっきの子があなたのことをなんていうかわからないからね」


 そうか。逆恨みは怖い。


「ありがとうございます」ともう一度お辞儀をして、店を出て、脚屋に向かった。


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