表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/50

出発

 結局、ガルドの工房に4日泊まった。

3日目に出発しようとしたら「約束は3日だ」と言われたからだ。

 なので5日目の早朝、宝石市でごった返す街を逆走しながらガルドに案内されて脚屋を目指す。


 宝石市の人出は凄い。もし、またここに来ることがあってもこの時期は避けようと思うくらいには人がいる。

 土日の渋谷や新宿を想像するとわかりやすいかもしれないが、こちらに来てからこんな人出は初めてで、クラクラする。

 もっといろ、とガルドは言うが、そろそろ例の計画のために動く時期だし、この人出だと監視員が側に来ても逃げることすら出来ないのもマイナスだし。

 それに身分証がなくても国境を通ることが出来るのかも知りたいし、治癒師で荒稼ぎするのも、もう少しの間。

 クゥと一緒の旅は楽しいけれど、ここからは遊びだけでなくお金を稼ぐことにも本腰を入れよう。

 

「また、来い」

「機会があれば」

「機会は作るもんだ。それまでにまたクシュリナも仕入れておく」


 ガルドは約束通り金、銀、白金にミスリルに、武器や防具に使う特殊な金属とクシュリナというドワーフ特製の真っ黒な金属をわけてくれた。

 他にも、欲しかった薬に使う石も要望以上に集めてくれた。

 それと「引き留めた代金だ」と付与魔法が施されたチョーカーとアンクレットを貰う。

 チョーカーは疲労回復。アンクレットは魔力回復。人気があるらしい。

 ガルドのずんぐりとした姿からは想像できない程どちらも繊細で優美な細工が施され、小さな宝石も散りばめられているので正装から普段着までシーンを選ばずにつつけられそうなデザインだった。


「おぬしが結界魔法を使えれば、首のはそれにしてやるんだがなぁ…」


 首は切り飛ばされれば一発で死ぬ。そうでなくてもかなり危険な部位なので、額と首などは防具以外に付与魔法がついた細工もので守るというのもガルドから初めて聞かされた。


 本当に、私はものを知らない。あれだけ勉強して、他の聖女の誰よりも城の外に出ていたのに、現実はこんなものだ。

 異世界召喚を何年も何回も成功させてきたのだ。ノウハウもあるし、情報統制も規制もお手の物だろう。


 なんで、なんで、と今更気にしても仕方がない「なんで?」が頭を巡る。

 他の聖女達のように向こうの世界では手に入らなかった力と特別感に酔って楽しめれば違ったのかもしれないけれど、それを楽しむには多分私は年を取り過ぎていた。

 対価もなく無償で何かする人は基本的にはいない。一見無償に見えても何かで満足を得ているものなのだ。

 私はこの世界を救うことに意味を見いだせない。そこに満足を得ることが出来ない。元の世界に戻れないと言われてしまってはやる気も起きようもない。


 まぁ、元の世界にそこまで未練があるか?と聞かれたら、そこまでの未練はないのだけど。

 それでも、自分の意思をまるっきり無視されてというのは、どうしても納得できない。

 どんな美辞麗句を並べられても、愛の言葉を囁かれても、心が違うと叫ぶのだから仕方がない。

 心の声を無視し続けると、心が壊れるということを知っているからこそ譲ることが出来ない。

 それなここ譲ってしまったら多分、私は私じゃなくなる。

 変わるのは当たり前のことだし、人は変わっていくものだ。でも、私は「私」を捨てる決心はつかない。


 ダメだなぁ。味方がいないことは王都を出る前にわかっていたのに、実際に誰にも話せない、確認できないというのがこんなに辛いなんて思わなかった。

 味方は一人でいい。一人だけいたら人は強くなれる。

 岬に会いたい。会えなくても話したい。ううん、メールでもいい。


 涙が溢れそうになってグッと下唇を噛む。


 ダメ、違うことを考えなきゃ、えっと、この先に必要なことを考えよう。

 えーと、違う大陸のこと。ガルドやセロンから教えてもらったことを思い出そう。

 大陸で貨幣が違うこと。

 私が教わった言葉は世界共通語ではなく、この大陸の共通語なこと。それでも、世界共通語と各大陸の共通語─英国の英語と米国の英語のようにかなり似ているから他の大陸に行っても言葉はわかるのだそうだ。

 召喚者が、召喚された国の言葉を話せるのは、どうやら召喚陣にそういう魔法が書き込まれていて召喚されたときにその魔法が召喚者に付与されるかららしい。

 年齢が13才固定なのも召喚陣にその年の年齢の人間を指定して召喚しているからだと言う話だが、それが違うことは私がよく知っている。

 ちなみに召喚陣によって召喚者の年は違うらしく、昔は老人から赤子まで幅広く召喚されていたらしいが今は十代前半から二十代前半までの年齢のものしか召喚されないらしい。なので召喚陣には年齢を指定する何かがあるのだと言われている。

 召喚者は全ての人が何らかの特殊能力や高い力を持っていて、その力を使って瘴気を払う。瘴気を払う過程で死んだ召喚者がいないわけではないが、大抵はこちらの人間と結婚して子をなして死んでいった。

 だから、この世界の人は召喚者を羨ましいと思うことはあっても不幸だとは思っていない。むしろ、自分も召喚者になりたいと憧れてすらいる。


 馬鹿みたい。拉致られて、その犯人の言うことを聞くことが『幸せ』なんて私には思えない。


 召喚は各大陸や国毎に毎年のようにどこかで行われているらしいが成功することは滅多にない。私からしたら犯罪行為でしかない『召喚』が滅多に成功しないことはとても嬉しいけれど、世界中で毎年行われていて、それが当たり前に受け入れられているこの世界そのものが怖い。

 善も正義も悪も、立場によって変わるのは知っているけれど、こんな世界で生きていくことそのものが辛くて、キツくて仕方がない。


 いけない。私は随分弱っているらしい。多分、この世界にも信用できるかもしれない人達がいるのを知ってしまったからだろう。

 王都にいる時はよかった。ただ、逃げることだけを考えていたから孤児院の人も治癒院の人も心を許すことも温められることもなかった。多分、それはあの国のほぼすべての人が召喚が成功したことを喜んでいたから。

 でも、それを気にしない人達もいることを知った。聖女じゃなくても私を逃がしてくれようとしたセロンさん。条件はあるけれど魔法を教えようとしてくれたガルドさん。クゥを貸してくれた脚屋さん。目を輝かせてシャンプーやリンスに興味を持ってくれたタクハさんの一家。市場でおまけをしてくれたおばさん。

それでも、その人達を守るためにエリーゼ国に戻る気にはならないのだから、私も随分利己的なのだろう。


 なんだか、また泣きたくなってきた。早くひとりになりたいと思いながらも、まだ泣くわけにはいかないから必死に考え事を続ける。


 エリーゼ国が前に召喚に成功したのは百年以上前。世界的に見ても召喚が成功したのは70年ぶりらしい。

 召喚魔法の成功率が5割切ると聞いていたけれど本当はもっと低かったということだ。

 この辺りは他の大陸から来たセロンから世間話のついでのように聞いた話。

 召喚魔法を調べているだけあってセロンは色々詳しかった。


 彼が私が召喚された聖女の一人だと知ったら怒るだろうなぁ。でも、私はセロンさんの力になれない。この世界を救いたいなんて思えない。自分が死んでもこの世界が滅んでしまえばいいと思うことすらある。


 感情に流されてはダメだ、と思うのにまた流されそうになってる。

 頭をふって切り替えようとするけれど中々出来ない。


 そうだ。言葉ってどこかで習えないのかな? 翻訳魔法とかあるといいのだけど、そんなにうまくはいかないかな?

 国ごとや大陸ごとの言葉もあるし、全部は覚えられないのはわかってるけれど、言葉で正体がバレるリスクは減らしたい。それに山奥へ行けば、共通語を話せない人もそれなりにいるらしいし。

今いる西の大陸は、読み書きはとかく会話に関しては共通語がかなり浸透しているらしいけれど、この先の大陸ではわからない。

 ちなみに各種ギルドは世界共通語を使っているので、私の言葉と読み書きでとりあえずは大丈夫だろう。


 問題はこの大陸を出た後よね。西の大陸から来たとわかるのはあまりよくないし…。

 うーん…元々語学の成績よくないんだよねぇ、私。英語にも苦労したし…。

 こんなところでまた言語に悩むなんて思わなかったけれど。


 それにセロンにもガルドにもそれなりの階級の教育を受けていることがすぐバレた。どうやら所作その他がかなり違うらしい。

 でも、このことに関してはエリーゼ国に感謝してもいいくらい。なぜなら、召喚者だということがエリーゼ国の教育のおかげでわかりにくいらしいから。


 何が幸いするかわからないよねぇ。まぁ、召喚された時点で幸でも何でもないんだけど。

 あと、やっぱり付与魔法欲しいなぁ。武器とかに付与できるようになればそれだけで食べていけそうだし、エリーゼ国にいた時には持ってないスキルだからバレにくいし。

 でも、一番需要が高そうな防御結界を付与できないのはちょっと悲しい。

 結界はあるけど、悪意だもの。反応してもそれが理解できてなきゃ身を守るためには使えないし、なにより結界の内容を誰かに知られるのはまずい。

 なので、ガルドには結界魔法は使えないと言ってあった。


 てか、結界魔法ってあるのね。聖女の中に結界『物理』や結界『魔法』だから魔法でなくて特殊能力なのだと思っていたのだけど…。


「おい、着いたぞ」


 考え事をしている間に脚屋まで来ていたらしい。

 ガルドにお礼を言ってクゥに挨拶すると「遅い」というように嘴で突いてきたが果実を出すと「仕方ないなぁ」という果実を食べてから、屈んで装具を着けるように促す。


「頭のいいな、コイツ」

「でしょ。クゥにはいつも助けられているんですよ」


 ガルドはクゥに敬意を払うかのように「撫でてもいいか?」とクゥに聞いてから、撫でる。気持ち良さそうに首を伸ばす。

 しばらく撫でてからガルドは名残惜しそうにクゥから離れた。


「付与魔法はいつでも教えてやるから待ってるぞ」


 それには笑うことだけで答えてクゥに乗る。


「お世話になりました」

「世話になったのはこっちじゃな」

「そこはお互い様ですね。では」

「またな」


 ガルドに手を振って街から離れていく。多分、二度と来ない。

「またね」とあいさつして、もう一度来れるようになる。そんな簡単なことすら、出来ないことに少しだけ落ち込みながら、私は前を向いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ