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契約とちょっとした後悔

 ガルドとの話し合いの末に明日から3日間ガルドに雇われることとなった。

 つまり宝石市初日までの約束だ。

決まったら行動は早い。戻ってきたナルにお願いして宿から荷物を持ってきてもらうことにする。

 食事に関してはある程度の時間になったら台所を好きに使っていいと言われた。

 貯蔵庫を見れば、肉に野菜、香辛料や干し魚なども揃っている。


「一か月程こもっても平気なようにしてあるからな」


 どうやら宝石市のためというわけではなく、これはいつもの状態らしい。


「好きに使え。パン屋は通りに出てすぐにあるから、そこで買え。それ以上遠くに行く場合はわしに声をかけろ」

「何故です?」

「一緒に行くか、わしだけで行く。そうしないとおぬし帰って来れんだろうからな」


 そんなにすごい人出なのかと内心ウンザリした。

 宝石市の前にこの街を出ることが出来たとしても、明日出て行くのは無理だろう。


「あ、そういえば、薬の調合に使う石がいくつ欲しいんですが」


 石は扱わないとは言っていたけれど、伝手はあるんじゃないかと思って聞いてみれば、どれが取れだけ欲しいか書いておけ、と言われたので、メモして渡す。


「これくらいでいいんなら、用意できるぞ」

「お願いしてもいいですか?」

「勿論だ」


 戻ってきたナルにお使いを頼むというので早速、細工物に魔法を付与していく。


「わしが言ったら、いいと言うまで魔法を維持してくれ」


 ガルドが言った通りにすると、いつもより余計に魔力を消費していくことがわかる。


 これはちょっと嫌な感覚かも。魔力がどんどん抜けていく。これ、魔力が少ないならあまりやりたくない仕事というのもわかるなぁ。


「ふむ、これはいいな。おぬしの魔力はいいものだ」


 ガルドは自分だけ納得しながら、どんどん細工を仕上げていく。


「ガルドさーん」


 ナルが戻ってきて、荷物を受け取ると、ガルドがメモを投げて小銭を渡す。

「人使いが荒いんだから!」と言いつつも、ナルは店を出て行こうとして、私を呼んだ。


「なに?」

「ガルドさん仕事になると寝食忘れるから、適当に手を抜くことをお薦めします」

「ありがとう」

「いえ、また、リゼルに来たらうちの宿に泊まって下さい」

「そうするわ」

「では」


 ナルが明るく出て行くと、ガルドが大きな声で私を呼んだ。


  ◇


 その後はガルドの魔力が切れるまで、ともかく付与しまくった。ガルドが魔力回復魔法をかけてくれ、というのでそれはお断りして、食事とお風呂を要求する。

 睨まれたが「あなたのペースで仕事は無理です」としれっと言えばガルドは苦い顔をしたが、納得はしたようだった。

 食事が出来たら呼べ、と言われて、この調子だと明日も明後日も同じ調子だと思ったので、ガルドの家にあった鍋をありったけ使ってスープやシチューを作る。

 石窯でパンや肉も焼きながら、お菓子も仕込む。

 結局、鍋が足りなくて、収納魔法の中からも出した。

 魔石を使った鍋やダッチオーブンも使って、ともかく沢山、貯蔵庫の中を思いっきり作る。

 蜂蜜があったのは助かったなぁ。バターやミルクはないので収納魔法から使う。

 ミルクはともかくバターは中々手に入らないが、ここは使うところだろう。

 ある程度できたところで、ガルドを呼んで食事をする。


「…旨いな」

「お口に合ってよかったです。お菓子もいくつか仕込んでます」

「そりゃ楽しみだ。わしは結構回復したがまだ出来るか?」

「出来ますけど、あまり長い時間は嫌ですよ。寝ないと明日がキツいですから」

「ならあと5つでどうだ?」

「それだと最初に言ってた量は今日殆ど出来ちゃったことになりますけど?」

「ああ、だから、そこから先は俺が欲しいものを作ってもらえるからありがたいな」

「今更、ちょっと失敗したかな?という気分です」

「その分、色々、色は付けてやるから働け」


 呵呵と笑うガルドに小さくため息をついて、台所に窯の火を見に行くことにした。


  ◇


 この先の旅の分も保存食を作っていいか?とガルドに尋ねるとわしの分も作ってくれたらな、と返ってきた。

 なので、ここにいる間に食糧庫を空にすると決めて魔法を使わない時間は全て調理に充てる。


 作業中はガルドさん、色々意識がお留守になるみたいだから…。でも、これから寒くなるし…。


 おむすびにピタパンのようなパンに色々詰めたもの、お好み焼きのように具材を入れて焼いたもの。

 勿論、サンドイッチも作る。


 片手で食べやすいのはこれくらいかな?あとは汁物。

 

 ミルクベース、南瓜ベース、トマトベース、ポトフ、乾物があったのでそれを出汁に塩味で。

思いつく限り汁物を作って、ついでにうどんも作る。

塩と水と小麦粉を混ぜて足で踏む。


お蕎麦よりは簡単だけど、力がいるんだよね。それと伸ばして均等に切るのが難しい。

すいとんの方が楽かなぁ。


湯掻いて、少し煮たら食べることが出来るように支度をして、ガルドに声をかける。


「ご飯ですよ。食べたらまた付与できると思いますよ」


 声をかけても気付かないことはその日のうちに理解していたので工房に入って、目隠しする。

 この方法になったのは肩を揺らすと細工しているものがダメになるからだ。

 なんだか少し気恥しい気もしたが、ガルドがまるで気にしないので、気にするのはやめにした。

 

「うむ」


 ガルドは立ち上がるが心ここにあらずだ。


「ご飯ですよー」


 食堂に案内して、目の前に料理を並べたら一応食べるが、食べるのが面倒なものを出すと食べようとしないか周りを汚しまくるので、なるだけ簡単なものを並べる。

 一度味がわかってないのかなと思って辛い味付けにしたらそれは食べなかったので味もわかっているらしい。


 この人、よく生きてるな。こんなんで騙されたりする以前に生きていることが不思議なくらいだ。


 注文以上に色々作れることが嬉しくて仕方がないらしい。

 子供か、この人とは思わなくはないけれど気持ちがわからないわけではないので、こちらに干渉しない限りは、と放っておく。


 ある意味、楽だな、こういう環境。

 今まで考えたことなかったけれど、付与魔法師と組んで仕事をするのもいいかもしれない。だとしても、エリーゼ国から逃げ切った後のこと。

 選択肢は増えたけれど、付与魔法ってどうやって覚えるのかな?


 疑問をガルドにぶつけてみれば、付与魔法は付与魔術師から直接教えてもらうらしい。

 ただし、最低でも1年はかかるそうだ。


 うーん、だとすると今習うのは無理だなぁ。ここで習ったら私が付与魔法が使えるようになったことがあの国にバレる。それでは意味がない。


「魔法院とかでは教えてないんですか?」

「教えているところもあるだろうが基本的に付与魔法はそれ単体では使えないものなので習うものが少ない。つまりは習得しているものも、習いたいものも少ないので教えなくなっていったらしいぞ」


 ガルドは一瞬、言い淀んだ後に言った。


「瘴気が広がって魔物が増えるか、戦争が盛んになれば付与魔法は見直される」

「何故ですか?」

「簡単だ。魔法が使えない人間でも魔力さえあれば魔法が使える。その魔力だって貯えておくことが出来る魔道具を作れるのも付与魔法師だ」


 魔力を貯えることが出来る魔道具の話は聞いたことがなかったので驚いた。

 魔力を貯めることが出来ないから、自力で増やすことに必死になるのだと思っていたのに。

 それをそのまま話すと、魔法使いはそうかもしれん、と言う。


「付与魔法師が作るそれは作った付与魔法師の魔力が基準になる。つまり最大でも自分の魔力量と等しい物しか作れないんだ。そして、付与魔法師になる奴らは大抵魔力量は少ない」


 なんとなく事情がわかってきた。

 魔法院では付与魔法師は落ちこぼれがなるものなのだろう。そうでない付与魔法師は細工師や鍛冶屋など本業のために覚えた、ということだ。

 聖女達で魔力が少ない人は魔力をあまり使わなくていいスキルを持っていた。


 なるほど、あまり使い道がないから教えなかったってことね。

 だとしても違う大陸の貨幣の話や言葉の話。知らされてないことが多すぎる。

 でも、これをエリーゼ国の人間に言えばしれっと「聖女様たちを守るためです」とか言うはずだ。

 そう、聖女を誘拐しようとした人間を目の前で殺した時のように。

 あれはうまく操縦されない聖女たちをおとなしくさせるのに効果があった。

あの国にしては色々おかしかったのは外側から見ればすぐにわかることだったが、あれで私の味方は一人もいなくなった。


 いけない。考え始めると足を止めたくなる。怒りのままに行動したくなる。でも、それではこの環境からいつまでも抜け出すことは出来ない。

 感情はいつか落ち着くはず。それに嘆いたり、怒ったりするのは全てが終わってからでいい。


「何かあるのか?」

「いえ、凄く大切な魔法なのにそんな扱いなんて納得がいかないな、と思いまして…」

「わしも納得はいかん。だが、単に魔力を回復するだけならばポーションもある。そして、わしは細工師であって魔法使いじゃない」

「ですよね」


 そうか、ポーションがあればわざわざ魔力をためようとは思わないのか。

 苦笑するとガルドは私の肩を軽く叩く。


「まぁ、もし、お前さんが付与魔法師になりたいなら、わしが教えてやる。お前なら一年かからず覚えられるだろう」


 旨い飯もつくしな、と笑うガルドに苦笑しつつも、なんとか笑うことが出来た。


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