職人さんでした。
話を聞けば、ガルドは商人ではなく職人なのだという。
細工師として働く傍ら、使う金属を売っている。
「ドワーフは商売が下手だからな」
ガルドだって商売がうまいとは思えないが他のドワーフよりはマシなのだそうだ。
そんな商売が下手なドワーフ達にガルドは適正価格で金属を卸している。
なのでガルドの元にはよい武器や防具が集まる。勿論、それが欲しい人達も。そしてその人達の中にはインゴットや素材を持ち込む人達も多い。
つまり、ここには珍しい素材や金属が集まっているということだ。
「あんたがここで持続回復魔法や探知魔法、軽量化、体力増強魔法を付与するのに協力してくれるなら、その分の代金も引くし、珍しい金属も譲ってやろう」
「今、仰った魔法なら治癒院なり、魔法院なりで募集したら早いんじゃないですか?」
ガルドは少し困った顔をして言う。
「あいつらはな、こっちがドワーフなせいかふっかけてくる。それが嫌でな」
なるほど、気持ちはわかる。王都で過ごしていた頃の貴族の態度と変わらないのだろう。こちらを丁寧には扱うが、どこか見下した態度で、癇に障った。
「…何日くらいかかります?」
「ふむ…あんたの魔力量次第だが、物に魔法を付与するには不通に魔法を使う時の大体10倍の魔力を使う。わしが作りたいのは、持続は魔力、治癒、体力を各3つ。軽量化と体力増強が各5つ。探知は…最低10だな」
「随分、多いんですね」
「そうか? 待たせてる分でこれだけだぞ」
どうやらガルドはかなり腕のいい細工師らしい。
「それでけ待ってる人がいるなら、多少ふっかけられても大丈夫そうですけどね」
その言葉にガルドはとても嫌そうに眼を眇めた。
「金より態度が、な」
なるほど、かなり嫌な目にあったらしい。
「私の態度は合格なのですか?」
「合格というよりはこれはお互いに損のない取引だろ?」
「取引というのなら、ここにない金属も出してもらえますか?」
ニヤリと笑ったガルドに、同じように喰えない笑顔を向けると、ガルドはそのポケットから真っ黒な薄いインゴットを取り出した。
「これは、我らがドワーフしか鍛錬出来ない金属でな。クシュリナと呼ばれている。ドワーフが持つ鉱山で産出されるある種の鉱石を数種類混ぜて、青いほどの炎で鍛錬するんだ」
ガルドはほら、と私の手にその真っ黒なインゴットを乗せる。不思議と冷たくない。
「コイツは不思議な金属でな。インゴットにするには鍛錬しなくてはならんのに、武器や防具、なんでもいいが加工するときには鍛冶魔法でないとダメという面倒くさい奴なのだ」
どことなく誇らしそうにガルドは語る。
「鍛冶魔法もな、上級の奴でないとこいつの性能は引き出せん。ドワーフじゃなくてもいいが、かなり腕のいい鍛冶師か細工師を見つけることだな」
「ガルドさんは鍛冶魔法を使うということですか?」
鍛冶魔法というものを聞いたことがなかったので質問してみた。
「うん? おぬし、生産魔法を知らんのか?」
「はい、初めて聞きました」
「そうか。生産魔法というのは、鍛冶や裁縫、料理など、あらゆる職人技を魔法にしたものだ。細工師などはかなり鍛冶よりにはなるが厳密には違う。あと、普通の魔法違うのは全ての初級魔法を修めなくても中級になれることだな」
「どうしてですか?」
「魔法として一括りで呼ばれるが、効果は実に限定的で細分化されているからだ。それと、生活魔法などとは違って実際、ある程度、職人としての技量もいる」
つまり、料理魔法を覚えるには、ある程度の調理技術や食材を見る目が必要ってことかしら?
「鍛冶魔法なら鍛錬が出来なくてはならんし、金属のことを知る必要もある。細工師ならば精緻な彫刻が出来なければ、魔法で細工することは難しい」
「…つまり、自分で出来るようになったことを魔法で再現している、ということでしょうか?」
「ああ、それが近いな。だから、結局は一生修行だな。まぁ、年を取って体が動かなくなっても魔法が使えれば物作りは続けられるって点が魔法の利点でもある。あとはクシュリナのように魔法でしか扱えない素材や魔法付与には生活魔法が欠かせないというところだな」
大体、理解出来た気はするけれど、何故、魔法教育の時にこの話が出なかったのだろう?
そんな疑問が顔に出たのか、ガルドは苦笑する。
「生産魔法は基本的に職人にならんと教えてはもらえんから、魔法院などで勉強する際には説明すらされんことがある。自分で出来るようにならんと使えない魔法は魔法と呼べないとアイツらは思ってるからな」
なるほど。治癒魔法は人体の構造などを知らなくても使える。勿論、知っている方がよいのはいいのは確かだけど、知らなくても一定の効果はあるのだ。
召喚された人間の方が治癒魔法や攻撃魔法の威力が高いのって多分、その辺りに理由がある。
探知魔法ですら、熱感知だとか、暗闇でも見えるとか、ゲームやら、センサーなどの知識があることが精度を高めている。
この辺の概念はこちらの世界の人間には伝わりにくくて、かなり広範囲の探知魔法が出来る聖女がそれを教えるのに困っていた。
「大体、わかりました。この金属と貴金属、あと先程出してくれた金属もそれなりの量を用意してもらえますか?」
私の言葉にガルドは苦笑する。
「まぁ、いいだろう。わしは日に20回付与魔法が使える。お前さんはどうだ?」
ガルドが指定した魔法を使うとして…あっ10倍になるんだったけ。
「…どの魔法でもガルドさんと同じくらい使えると思います」
驚いた顔をされたがもう今更だ。
「魔力回復魔法や持続魔法をかけてもらえるならもっといけそうだな」
ふむ、とガルドは頷く。
「おぬし、連れは?」
「一人です」
「なら、ここに泊まれ」
「はい?」
首を傾げると、それが一番効率がいいだろう、と言われた。
「確かに効率はいいですけど…」
「何を警戒してるか知らんが、宝石市の最中ならここの方が安全だぞ。うちは宝石…というより裸石は扱わないから、うちの店を利用する奴らは宝石市の間は店には来ないからな」
「なんでですか?」
「安くなるわけじゃないなら、人の多い日にわざわざ来るようなマネしないだろう」
今でさえ多い人がもっと増えるというならば気持ちはよくわかる。
「えーと、ご飯とかお風呂とかは…」
「生活魔法が使えるなら、奥の土間にわしでも入れる盥があるぞ」
「…盥ですか?」
「この時期は風呂もすごい人だぞ。食事も屋台や外で食べるのは勧めんな」
「ガルドさんは食事はどうしてるんですか?」
「作る」
簡潔な答えに驚いた。料理をする人には見えないからだ。
「驚いているようだがな、毎日、屋台や外飯では飽きる。今は弟子もいないから自分でやるしかないだろう」
正論だった。
「それ、私がやったら、さらに色つきますか?」
「なに? おぬし、料理が出来るのか?」
一応、とパウンドケーキとサンドイッチを差し出す。あの村で作った残りだ。
それは大きな口で齧ると、ガルドはカッと目を見開いた。
「旨い。こりゃあ旨いな。特にこの甘味がいい。いる間だけの飯じゃなくて少し多めに作っていけるか?」
「…保存の魔法をかければ出来ますけど」
「なら、決まりだ。色はたっぷりつけてやろう」
ガルドは上機嫌でパウンドケーキをもっと出せと迫った。




