商人?職人?
午前中に買物をすませて、いつでもこの街を出て行くことが出来る状況を作ってから、宿が用意した案内人を紹介された。
客引きをしている子供だ。不思議そうに女将を見ると、そうか知らないんだね、と言われた。
「この子はナル。成人前の子供はね。内壁に入るのに入場料がいらないんですよ。ただし、この街に住んでて働いている者だけですけどね。それに、客引きをやって子供達は人を見る目があるから、この宿に戻ってくるまでの安全は保障出来るよ」
つまり、街を安全に出るならば、その案内も頼んだ方がいいということかしら?
首を傾げて女将を見れば、今日、試してからでいいですよ。と言う。
「とりあえずは欲しいものが手に入ってからですね」
「そっちはあんたの交渉次第さ、あの人は偏屈だからね」
「うまくいくように祈って下さい」
「ああ、じゃ、気を付けて」
ナルはペコリとこちらに頭を下げると門へ向かって歩き出す。
「偏屈って言ってたけど、お店の人、どんな人なの?」
「ガルド爺さんはドワーフなんですよ。細工師で、その延長で金属を扱うようになった人なので、気に入らない人には金属売らないんですよ。ドワーフなので鍛冶屋に伝手もあるので、貴重な金属も扱ってます」
「ドワーフってことはお酒が好き?」
「いえ、甘味がお好きです。よく酒を差し入れされて不機嫌なってます」
甘いものが好きなら、あの村で作ったお菓子を持っていけばいいかな?
「例えばコレなんかどう?」
ひとつずつ食べやすいように包んでおいたパウンドケーキを鞄から取り出したフリをしてナルへと渡す。
「え?」
「食べてみて。ガルドさんの口に合うか教えてほしいの」
いいんですか?と聞いてくるナルにお願いと言うと、恐る恐るケーキの端を齧る。
「美味しい!」
砂糖を使うお菓子は一般的ではないからくどいかな?と思っていたがそうでもないらしい。
「ガルドさんも喜ぶかしら?」
「喜ぶと思います!」
子供らしく明るく答えてくるナルに思わず笑みが漏れる。
「ナルはいつ頃からこの仕事してるの?」
「5才の頃からです」
「今はいくつ?」
「12です」
「ならこの街にも詳しいのよね」
「そうですね」
ナルに昨日のことを話してみると、宝石市ではよくある話らしい。
宝石市にあまり慣れてなさそうなカモを見つけて店に連れて行って、お得な品だと騙して屑石を高く売りつける詐欺らしい。
つまりデート商法だ。どこの世界にもあるのかとむしろ感心する。
「だからこの時期は一人で行動しない方がいいんですよ」
「そうなのね。勉強になったわ」
「他にも色々悪い人が集まる時期です。女の人が一人は危ないですよ」
心配そうに言うナルに内心苦笑する。
結界があるから大抵の悪いことは避けることが出来るなんて言ってもナルは信じないだろう。
「ありがとう。気を付けるわ」
内壁の前の門は広場になっていた。
「門の前で宝石市は開かれます。広場の市だけを見るだけなら入場料はいりません。中の広場でも市は立ちますし、この時期は普通の店も特別な品を扱いますから」
「何故?」
「この時期は税金が少しだけ安くなるんです。だから市が開かれるんです」
「…じゃあ金属を買うのも宝石市の最中がいいのかしら?」
「税金が免除されるのは宝石だけです」
なるほど、だとすると宝石市が始まる前にこの街を去る方が利口かもしれない。
入場料を払って門の中に入ると、そこは整然とした街並みだった。
建物は3階建てで統一されていて、道も真っ直ぐだ。上から見たら碁盤の目になっているだろう。
門の前は広い通りになっていて二頭立ての馬車がすれ違ってもまだ余裕がある。
京都みたいな街ね。これなら案内がなくても迷わないかもしれない。
ナルは迷いのない足取りで街を歩いていく。
建物の規格は統一されていても間口の広さは様々だ。大店は広い間口をとり、大きな通りに面している。
ナルは狭い道へ入る。
こちらの通りにある道は間口が狭い店が多い。道幅も馬車が一台通ることが出来る程度になった。
「ここですよ」
間口は狭いがシンプルな店の前でナルは足を止めた。
「ガルド爺さーん」
ナルが扉を開けながら奥へと声をかけると、なんじゃい。と不機嫌そうな声がする。
「お客さん連れてきたよ」
「…奥へ来い」
店はカウンターしかないが、横の扉から奥へと入れるようだ。
ナルは迷いなく、横の扉から奥へと向かう。
「奥が工房になってるんですよ。ガルド爺さんはいつもそこにいます」
こっちで待ってて下さい、と台所の横にある食堂へ案内された。
「私も一緒に工房に入っちゃダメ?」
「ガルド爺さん、工房に入られるの嫌いなんだよね」
ナルが困ったように言うので、ここでは従うことにして食堂で待つことにする。
シンプルだが使い込まれた椅子とテーブルはとても心地いい。
ちらりと見える台所もキレイに整理されている。
ふむ…回りが言うよりガルドさんは偏屈じゃないのかもしれない。
しばらく待つといかにも頑固なドワーフという風体の人と一緒にナルが戻ってきた。
立ち上がり「初めまして」と頭を下げるとガルドは不機嫌そうにドカッと椅子に座る。
「お前さん、何が欲しい」
「金、銀、白金、ミスリルにオリハルコン」
ガルドは「ほぅ」と目を細めた。
そこでガルドがチラリとナルを見ると「俺、しばらく外に行ってきます」と席を外す。
「俺はあの子のああいうところが気に入っている」
気が利くということは商売の上でとても大切だろう。
「で、金は?」
「白金貨が数枚と金貨それなりに」
「そんな金持ちには見えんがね」
「では、出したら信じてくれますか?」
懐から財布代わりの小袋を取り出す。
中にはエリーゼ国からもらった白金貨が入っている。
2枚の白金貨を見てガルドはソレを手に取る。
しばらく眺めて「本物だな」と言うと、来いと席を立つ。
工房に案内されて、机の上にインゴットが並ぶ。
「右から、銀、金、白金、ミスリル、アダマンタイト、ヒヒロカネにオリハルコン。他にも合金が幾つかあるが、どんな武器を作るんだ?」
「まだ決めてないので、おすすめのものがあればそれを」
「ふむ…だが武器や防具を作るんならかなりのインゴッドが必要になるがそれをどうやって運ぶつもりだ?」
テーブルの上に置いてあるインゴットをひとつ手に取る。
「これ、買い取りでいいですか?」
「いいぞ」
ガルドが頷くのを確認して縮小化と軽量化の呪文を唱える。
目の前で小さくなったインゴットをガルドへと渡す。
「こうやって運べば女の私でもかなりの量を運べます。それに私は治癒師で薬師です。なので殺される可能性の低いのです」
「…今、治癒師と言ったか?」
「はい」
治癒師の数はそれなりに多いので素直に答えた。それに私は今はまだ「エリーゼ国が身分を保証した薬師で治癒師」だ。
「どのくらいの魔法が使える?」
「中級の上位まで」
「なら持続回復が使えるな」
「はい」
持続回復の魔法は三種類ある。魔力と治癒と体力…つまり疲労回復だ。
「どれが使える?」
「全部です」
ふむ…とガルドは腕を組む。
誰か治して欲しい人でもいるのかな?でも、持続回復はもって1日の魔法。それくらいなら普通に治した方がいい。
「体力増強は使えるのか?」
「生活魔法はすべて使えますので」
生活魔法とはいうが、応用すれば戦闘に使える魔法も多い。ゲームでいう補助魔法はほぼ生活魔法の中にあるといっても過言ではない。
「探知や音消しは?」
「それも使えます」
ん? その辺りって生活魔法だよね? なんで聞くのかな?
疑問には思ったが、下手に突っ込むと怒られそうなので黙っておく。
しばらく悩んだ後、ガルドは唐突に変なことを言った。
「おぬし、しばらくここで働かぬか?」
はい? 私、買い物に来たんですけど?




