立つ鳥跡を濁さず
夜明け前に目が覚めた。
流石にこの時間から料理をする気にはならなかったので、収納魔法の中から食事を出して食べた。
それから、魔法で家を掃除して、借りていた道具類を並べて、旅装を着る。
小さな籠を収納魔法から出して昨日作った薬を入れた木箱を入れて、その上にお菓子を入れて隠した。
木箱の中身がなんなのか教える手紙をセロンとサリ宛に1通ずつ書いて、お菓子の横に入れたら出来上がりだ。
これで準備は終わり。
鞄とマントは収納魔法でしまって、人が動き始めるのを待って、牧場へと行く。
「おはようございます」
「お、早いですね」
思った通り食事前に地鳥達の世話をしている人がいたので、クゥを連れてきてもらう。
装具をつけているのを見て、どこか行くんですか?と尋ねれたので、ええ、ちょっと。と答えておく。
籠をつけてないので、まさかこのまま村を出るとは思ってないのだろう。
それからセロン達が借りている家へと寄る。
「マゥ、おはよう」
「おはようございます。これから村長さんに挨拶してます。色々お世話になりました」
頭を下げると、世話になったのはこちらの方だ。とセロン達が言う。
「巻き込んで色々すまなかったな」
「いえ、セロンさんのお話聞けてよかったです」
セロンは苦笑したがこれは本心だ。
それに危機感のある人とない人を見ることが出来たのはありがたい。
気を付けるべきはエリーゼ国だけでなくどこにでもいることを教えてくれたのだから。
村長のところまで着いてきてくれるというセロンの好意に甘えることにしたが、その前にとサリに籠を手渡す。
「何?」
「昨日助けてもらったお礼です。日持ちがするお菓子なんで皆さんで食べて下さい」
「そんな、いいのに」
ちょっと押し問答になったが、セロンが受け取っておけと言ってその場は収まった。
ふふふ、後で驚くがいい。とちょっと意地悪思いながらニコニコしておく。
治癒魔法をかけた冒険者にもお礼を言われてクゥの手綱を引きながら歩き出す。
「色々悪かったな」
「いえ、勉強になりました」
本心から言っているのにセロンの顔色は冴えない。
「助けてもらったのは感謝している。そんな恩人に色々と嫌な話を聞かせた」
「知らないことを知ることが出来て私はとてもありがたかったですよ」
「そう言ってもらえると助かるが…」
苦い顔をしたセロンが懐に手を入れて小袋を出した。
「金貨を用意したかったが生憎持ち合わせが少なくてな。これでどうかと思うんだが」
渡された小袋の中身は宝石だ。
多分、かなり高い。
「これは貰えません。というか、いただいた薬代で十分です!」
伝令が戻ってくるまでいたりすれば別だが、今の状況でやったことは、治癒魔法と薬草を採取して薬を作ったことだけなのだ。
つまり、街でやる行動と同じなのである。
「だが、依頼をしたし、薬もつくってもらった」
「薬を作るのは薬師の仕事です」
きっぱりと言い切ってセロンに宝石を返す。
納得がいかない様子なのでため息をついてお願い事をした。
「なら、私がこの村から安全に出れるようにして下さい。それをセロンさんへの依頼とします。それで依頼料を相殺ってことにして下さい」
「…それはこっちがしなくちゃいけない義務の範囲だ」
セロンからしたら、私を無事にここから出すのはごく当然のことだったのだろう。
「場所によっては金貨、銀貨じゃなくて宝石や金、銀、ミスリル、プラチナそのものが価値を持つ場合もある。宝石は持っていて損はない」
「はい。昨日のこともありますし」
「ああ、聞いた。多分、俺らの方にも剣を教えて欲しいってきた奴だと思う」
「そうなんですか?」
セロンは腕を組んでため息をつく。
「多いんだよ、そういうやつ。自分は何かを成す力を持っていると信じてるやつがな」
どこの世界でも若者はそう変わらないということらしい。
私なんて、目立たず、ゆっくりのんびり生きていけたらそれでいい。
「何かを成すにはそれ相応の才能もだが、もっともいるのは努力だ。才能ってのは宝石と同じ、磨かなきゃただの石ころだからな」
それにな、とセロンは続ける。
「天才にだって、勇者にだって、聖女様にだって、それぞれ苦悩があると思うんだよ。それを強ければ、力があれば全て解決すると思い込むのはどうかと思うんだ」
あくまで俺の意見だけどな、とセロンは言う。
多分、セロンの言う通りだろう。
それぞれの立場で悩みはあるし、尽きない。
村の人から見れば恵まれているだろう私の悩みは贅沢と呼ばれるかもしれないが、私にはとても深い悩みなのだ。
「だからって訳じゃないが、昨日のことあるし、村長はひどい態度をとると思うがマゥが気にすることはないから」
あぁ、なんだ。励ましてくれようとしてたんだ。
確かに罪悪感はある。
悪いなと思ってはいる。
それは力があるのにそれを使わないことは悪だ、という教育を受けたから。
でも、力を使うかどうかはその力を持つ人が決めることだ。
力を持つものが全てやってしまっては、何やらなくなる人が多いし、自分の力で何かしようということも忘れてしまうだろう。
何より、いくら力があったって出来ないこともあるのだ。
「ありがとうございます。村長さんから見たら私は悪人だから仕方ないと思います」
「マゥは大人だな。本当は助けてくれるのが当たり前なんてことはないんだがな」
そんなことを話してるうちに村長の家に着いた。
何かやることがあったのか、村長が外にいたので、そのままそこで話を始める。
「おはようございます。村長さん」
「おはよう。セロンさん、いい朝だね。何か用かい?」
「はい。彼女が出発することになりましたので」
え!と村長が固まる。
治癒師で薬師な私がいたら安心だとどこかで思っていたのだろう。
「…兵が来るまでいてくれるんじゃ」
「いや、違いますよ。俺らが治るまで、という契約です」
しれっと嘘をつくセロンに内心苦笑する。
「…契約更新か、うちの村と契約してくれるわけには」
こちらにすがってきそうな村長から1歩距離をとる。
「申し訳ありませんが、できません。私も目的があって旅をしていますので」
断ると村長が周囲を見回す。
逃がさないつもりなんだろう。
「村長さん、バカな考えはよし方がいいぜ」
「あんた方だって治癒師がいれば助かるだろ!」
「助かるけどな。無理やり閉じ込めたりしたらその力を貸してもらえるかわからねぇ。あと、村長さんは忘れてるかも知れねぇが俺らの雇い主は領主様だ。あんたらじゃねぇ」
つまり、セロンは私を捕らえるのに協力しない、と言っているのだ。
「ついでに言えば、あんまり揉めたり、損害があるようなら、俺らは命を大切にする」
それは依頼不達成になってもいいという覚悟。
つまりはセロン達も村を出ると言っているのだ。
これには村長も焦る。
「そ、それは…」
「てなわけだ。薬が追加されただけで満足しときなよ」
村長は何も言えなくなった。
「俺は門までこいつ送ってくるから」
そこまでに何かあったら承知しねぇぞ、と言外に脅して門までやって来る。
昼間は村人も交代で門番をしているので門を開けてもらって外へ出る。
「世話になったな」
「こちらこそです」
「恩を仇で返したみたいになってすまなかった」
「いえ、そんなことは…」
私の言葉を遮って、セロンが頭を撫でた。
「いつかまた会うのことがあったら恩を返させてくれ」
「…はい」
そのあとは言葉はなく私はクゥに乗って、村を去った。
このあと村はゴブリンによって壊滅するがセロン達の活躍によってゴブリンキングは倒され、セロンがエリーゼ国の依頼を受けて、異世界召喚の秘密を知ることを私は知らない。