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寝る前の語らい。

 台所で後片付けと下拵えをしている間に女性陣はお風呂から興奮気味で上がってきた。

 シャンプーもリンスも大変お気に召した様子で友人や顧客に広める、と宣言する。

 そこまで喜んでもらえるなら、と配合を変えたハーブ水のレシピと石鹸との相性を書いて渡せば、手を掴まれて、思いっきり振られた。

 ちょっと痛かったのは内緒だ。

 そんな興奮した女性陣が部屋に戻った後、下拵えした素材に保存魔法をかけて袋に入れて部屋へと運び、お風呂をいただく。

 一般家庭にあるとしては大きな浴室にある浴槽にはハーブをまとめたものが入れられていていい香りだ。

 髪と身体はクリーンで綺麗なので、かけ湯だけをしてゆっくりと身を沈めれば、思わず吐息が洩れた。


「はぁぁぁぁ…」


 それにしても凄い1日だった。

 ガナルの街に着いた時にはこんなことななるなんて思わなかったけど、おかげでクゥやタクハに出会えたのだからよかったのかもしれない。

 それに…。


 パシャンと音を立てて湯をすくって顔にかける。


 ある意味でエリーゼ国への気持ちが余計にハッキリした。

 密偵は本当に着いているし、追跡のペンダントも使われているのはまず間違いがない。

 ガナルにはあまり人が使わない小さな街道を通ってきたのだ。人にもあまり会わない道を追いかけるのは難しいはずなのに到着に合わせてリズは待っていた。


 本当にいい加減にして欲しい。

 結界も治癒魔法の効果も小さく伝えてきたのに。

 私一人いなくてもあれだけの聖女がいれば安泰だろうに。


 浴槽で身を縮めた後にゆっくりと手足を伸ばす。


 考えても仕方がない。人間は強欲だもの。全部欲しいだけ。

 それよりも明日からのクゥとのことを考えよう。

 一緒に国中を回って、一緒に寝て、食べて、走って。

 それで気を晴らそう。


 お風呂から出て部屋に戻ると部屋の前にタクハがいた。


「よっ!」


 手にはピッチャーとマグカップが2つ。


「風呂上がりだろ。喉乾いてないかと思ってさ」


 用事は多分それだけではない。

 何か話があるのはわかったので、部屋へと招き入れる。

 ソファに座ってまずは飲み物を一口。

 ワインを果実水で割ったもの。サングリアのような飲み物がお風呂上がりの身体に沁みていく。


「美味しい…」

「だろ?義姉さんの特別製のやつだよ。実家帰ってくるとこれが飲めるのが楽しみなんだ」


 その気持ちがよくわかるような美味しさだ。


「うん、美味しいね。これ」

「赤ワインに柑橘類をベースに旬の果物を入れて漬けておいて、出す前に果実水。オススメはオレンジな。で割るんだってさ。冷たい水があればそれで割るのも上手いよ」


 ああ、やっぱりサングリアだ。

 今度どこかで作ってみよう。


「明日さ、市場の後でも前でもいいんだけど俺に時間くれない?」

「へ?」


 なんの前置きもなく言われた言葉に間抜けな返しをしてしまう。


「いや、あのさ、鞄の取っ手みたいなやつ親父さんとおやっさん。おやっさんは靴…革の職人なんだけど見せてサンプル作ってもらいたいんだ。あれなら時間はかからないから。取っ手につける金具は用意するし。絵は描いてはみたけど、現物見てもらった方が早いじゃん。だから…さ、ダメかな?」

「いいよ。でも、条件があるけど」


 よかったぁぁぁぁ。とタクハは息に乗せて言った後に「条件ってなに?」と聞く。


「今日買ってないものがあることに気付いたの。それを買うのに付き合って欲しいのとサンプル私も欲しい。あれより長いのが欲しいの。あと革のずっと欲しかったんだけどツテがなくて作れなかったから」

「なんだ。それくらいなら…で、欲しいものってなに?」

「サンダルとミルクと果物。ミルクを入れるなるだけ軽い入れ物も欲しい」

「入れ物はうちでも売ってるけど…。水袋、陶器に竹に。高くていいなら金属製もあるよ」

「重さは?」

「陶器が一番重いね、次が金属。水袋と竹は量によるかな?」


 こちらでも竹は水筒に使われているが、多少竹独特の匂いがする。それは革で作られている水袋も同じだ。


「ミルクなら陶器すすめるけど重いしなぁ…」

「金属製でこのくらいのサイズで匂い移りがないものってある?」

「あるけど、結構するよ?」

「うん、でも必要だから。あとはワインかなぁ」

「重さは軽く出来るからあんまり関係ないってことか」

「そうだね」


 実際は収納魔法でしまうからだけど、それを言うつもりはない。


「アイテムボックスも商人の憧れだけど、軽量化魔法も憧れだよなぁ…」

「そこは頑張って勉強して下さい。アイテムボックスは迷宮で見つかる魔道具だよね?手に入れるのは難しいかもだけど、軽量化は頑張れば出来るよ」


 笑いながら言えば、タクハはちぇーと膨れる。


「出来る人は皆そうやって簡単に言うんだよ。頑張ったけどわかんないもんはわかんない!」


 その後、しばらく話をしてからタクハは部屋を出て行った。

 明日の朝食はお母さんの自慢の品を作ってくれるそうだ。


 瘴気と魔物の話も出た。

 聖女召喚をしたエリーゼ国のあるこの西の大陸はともかく、他の大陸ではかなり被害が出ているらしい。

 聖女召喚するまでは一番危ないのは西の大陸と言われていたのでこの大陸から出て行った人も多いが今危険なのは北の大陸。

 どうやら、召喚に失敗して、逆に瘴気が増えたらしい。

 タクハから聞いて初めて知ったが召喚は失敗すると瘴気が増えて、加速的に魔物も強くなる諸刃の刃なのだそうだ。

 成功確率は5割を切る。それでも国を大陸を守るためには召喚せざる得ない。

 何故なら瘴気が増えるのに任せ、魔物に蹂躙され尽くせばその大陸は住めなくなるから。

 魔物同士の戦いで沈んだ大陸もあるそうだ。


「世界地図見ると海が沢山なのはそのせいなんだ。昔はさ、各大陸の間に2、3個は大陸があって行き来も今より盛んで安全だったんだってさ」


 タクハの言葉が蘇る。

 今は大陸間を横断するのは命がけの旅だ。

 各大陸はどんなに近くても船旅で1ヶ月はかかる。

 これが高速艇での話だというのだからとんでもなく遠いことがよくわかる。

 今、旅をしてる西の大陸だってユーラシア大陸並みに広いのに海はもっと広いのである。

 その海が大陸を隔てるのだ。交易をしていても、その危険度、運べる量を考えたら別の大陸から品は驚くほど高くなる。

 だから海を越えての戦争もなければ、瘴気や魔物のためとはいえ遠征も出来ない。

 一生、育った場所で暮らす人々の多いのだ。

 国内旅行などの習慣はない。

 行商人や村の人間が街まで買い出しに出る。それが当たり前の世界。

 だからこそ、大陸を出れば追手はかからないと思う。

 いくらなんでも費用対効果が低すぎる。


 お金はなんとかなるけど大陸を繋ぐ船に乗せてくれるかが問題だよね。

 治癒魔法が使えることも、薬師であることも、収納魔法が使えることは出来れば言いたくない。

 でも、大陸を出るために必要ならばそこは割り切るしかないのだ。


 あーやめやめ!今から考えても仕方がない。

 とりあえずは目の前のものをまとめることが先!


 買ったものをチェックして買い忘れはないかを確かめる。

 頼んだ覚えのない干し果物や高い香辛料にビスケットや飴、騎乗しながらでも飲みやすいように工夫された水筒などが混じっていたが、そこには「取っ手のお礼」と書いたカードが一緒にあったのでタクハからだ、とわかった。


 そんなことしてくれなくても、泊めてくれただけでいいのに。


 突き返すのも失礼だし、タクハはあの性格だ。お金を包まれたりするよりはいいか、とありがたくいただくことにする。

 この時、気付いてなかったが、頼んだもの全てがこの店で扱う最高級品に変えられていた。

 私の態度を見て、お金を受け取らないだろうと思ったタクハの父の仕業だったがそれに気付くのはかなり先のこと。

 気付かないまま見た目が不自然ではない程度に荷物をまとめた。

 斜め掛け鞄はこの先も愛用したいのでここでは使わない。

 さっさと収納魔法の中にしまっておく。

 服も全部収納魔法でしまう。

 他のものは袋で分けて、タクハから買った大きな布に入れてキャンディを包むように縛る。

 これを縮小化すれば持つのも簡単だ。

 果物は麻の布袋にいれて、ミルクは手に提げて、サンダルは…腰にでもぶら下げれば脚屋さんまでは問題なく持っていけるはず。


「これでよし」


 ワンピースを脱いでクリーンをかけてアイテムボックスへとしまってから、久しぶりのふかふかベッドに私はダイブした。



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