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名前は名乗らない!

 一気に説明を終えた美形が召喚された50人を見回して、優しく言う。


「今日は皆様にはゆっくり休んで頂きたいと思います。お部屋に案内させて頂く前に皆様のお名前を教えて頂きたいと思います」


 なんだろう?胡散臭さしか感じないこの雰囲気。

 名前を聞かれた子から侍女を紹介され、侍女の案内で食堂を後にしていく。

 皆、混乱しながらも一応は素直に従っているようだ。


「名前は?」


 名前を聞かれて、何故だか本名はダメ。という気持ちになったので、とっさに友人の旧姓を借りた。


「…藤山です」


 本当は吉田悠。

 名前を借りた藤山岬とは「女っぽくない名前だよね」と仲良くなったのも今はいい思い出だ。


 ああ、岬に会いたいな。

 岬の子供達にも会いたい。最近はメールでしか連絡とってなくて顔も見てない。

 家族ともそんな感じ。

 もし、これが夢じゃなかったら誰か心配してくれるかなぁ…。

 日本での私って今どうなってるのかなぁ?


「下の名前は?」

「…言う必要があるならば理由を説明していただけますか?」


 私の返事に、名前を聞いて紙に書いていた文官は目を見開いた。

 それでもなんとか立て直して、説明をはじめた。


「貴女方聖女様はこの国では貴族として扱われます。貴族には家名がございます。今、貴女様が名乗られたのは家名と存じますので、貴女様を表すお名前をお聞きしております」


 なるほど、とは思うが、名乗りたくはない。拉致をした犯人に何故、自己紹介しなくちゃならないんだ、という気持ちしかわかない。


「つまり家名と名前があればいい、ということですね」

「はい?」

「ならば藤を家名に山を名前として下さい」

「は?」


 まさかそんな返しをされるとは夢にも思ってなかった文官がポカンと口を開けて今度こそ言葉を失う。


「…そ、それは出来ません」

「何故ですか?」

「そ、それは…」


 狼狽える文官に引くつもりは全くなかった。

 文官を睨みつけるつけていると、先程まで説明をしていた美形が声をかけてくる。


「どうやら貴女は私達に不信感をお持ちのようだ」

「…貴方なら前触れもなくこの世界から別の世界に連れて行かれて、命がけで戦えと言われて素直に従うの?」


 彼らが行ったことを簡潔にまとめただけなのに目を見開かれた。

 そして、その美形は面白そうに笑う。


「これは…どうやら一本取られました。では、山様とお呼びしても構いませんか?」

「藤の方で」

「では、藤様。お部屋にご案内します。貴女様付きの侍女はリズになります」


 リズ、と名前を呼ばれて、揃いの紺色のワンピースを着た女性が早足でこちらに来て、無言で膝を折って文官と美形に礼をする。

 リズと呼ばれた女性は多分20才は超えてない。

 それでもさっきの話が確かなら成人して働いているからだろうか、日本の20才とは比べ物にならない迫力がある。


「今日からお前がお仕えする藤様だ」

「藤様、リズと申します。よろしくお願い致します」


 リズが優雅に礼をする。


「こちらこそ、よろしくお願い致します」と頭を下げると美形と文官がビックリしたようにこちらを見ていた。


「何か?」

「いや…ちょっとビックリして」

「そうですか。では失礼します。案内お願い出来ますか?」


 2人には無表情に、リズには笑顔で話しかけると苦い顔をされたが、それには気付かないフリをした。


 案内された部屋は15畳ほどの広さでベッドと机とソファセットがあった。

 ベッドは天蓋付きでかなり広い。横でも縦でも寝れそうな感じ。

 ソファも3人は座れそうな大きさなのにテーブルは小さい。その他に1人用のソファもある。

 机はライティングデスクで繊細な彫刻がされていて、椅子も同じように彫刻がされていた。

 壁紙も派手で、そこにさらに絵が何枚も飾られているような部屋だ。

 隅には暖炉まである。


「こちらでよろしいでしょうか?」


 よろしいけれどよろしくない。


「これはあくまで出来たらでいいのだけど。お部屋は狭くなってもいいからキッチンのついてるお部屋にしてもらえないかしら?」

「きっちん?」


 ああ、そっか。台所、厨房。食事を作るところならわかるかな。


「食事を作る設備がある部屋がいいの。火が使えて、水が出る。出来れば物を冷やせる設備もあると助かるわ」

「ああ、はい。わかりました。では少々こちらでお待ち頂けますか?」

「ええ、待ってます」


 リズが去った部屋の中をさっと見る。

 廊下に続く扉以外にあった扉を開けてみると衣装部屋のようだった。

 ワンピースが多いけど、ツーピースの服やズボンもある。

 ブラウスはヒラヒラで袖がたっぷりとしていて中世フランスの衣装のようだ。

 それ以外の服は19世紀のイギリスのような感じでマキシ丈のものが多いが色は様々だ。

 よく見るとステテコっぽいものと、キャミソールっぽいものもあるが、これは下着かな。

 キャミソールと同じような布で作られてるのスカートはもしかするとペチコートかもしれない。裾に沢山ついてるフリルがそんな感じだ。

 他には鏡のついた化粧台にソファにオットマン。それに小さなシャワールームがついた洗面所。


 ふむ、トイレは部屋にはないのね。

 でもシャワーはある。でも、これ、どうやって動かすのかな。


 まだこの部屋を使うことになるのかはわからないのであまり触らないようにして待っているとリズが戻ってきた。


「お待たせ致しました。余り広くなくて違う棟のお部屋になってもよろしければ設備のあるお部屋がございます」


 言ってみるもんだなぁ、と思いつつ「構いません」と頷くと、リズがホッとしたように笑う。

 そのリズに案内されて部屋を出て違う棟へと向かう。

 どうやらこの離宮は幾つかの棟にわかれているらしい。

 最初に案内された棟は柱にも彫刻が施されていたが、壁紙も柱も無地の棟へと移る。それでも品があるというか、洗練されてる雰囲気のある内装だ。


「こちらの棟は本来ならばランクの低い方か、専門家の方が住まわれるのでお部屋の方も実用的で華美でない部屋が多いのです」


 申し訳なさそうに言うリズに、内心、十分派手です。と思いつつ、気にしないから大丈夫ですよ、と言う。

 案内された部屋は先程よりは少し小さな部屋。

 壁には絵などはなく、壁紙も花柄とかではなくストライプのすっきりとしたもの。

 しかも室内は一段高くなっていて靴を脱いで中に入るスタイルになっている。

 日本人には馴染みのあるのでものなので私は一目で気に入った。

 その部屋の右側にアイランドキッチンのような設備があり、壁に沿ってL字に棚が配置されていた。棚には本や瓶、缶などが並ぶ。

 その棚の一部が机になっていて、窓以外で唯一空いている左側の壁面にベッドがある。

 ベッドはやはり天蓋付きだが、先程の部屋のものより小さい。

 ベッドの近く壁には隣に通じるであろうアーチがあり、そこはカーテンで仕切られていた。

 ベッドの側にテーブルと1人がけのソファ。

 先程の部屋より全体的に狭く感じるのは棚があるからだろうか。


 うん、ここなら自分で料理も出来そうだし、化粧品も作れるかもしれない。


 キッチンというよりは実験室に近いけど、学生時代にビーカーで珈琲を嗜んだ経験がある身としては不満はない。

 靴を脱いで上がって、部屋や機材を確かめるようにウロウロしていると、リズがおそるおそる声をかけてくる。


「あの…」

「あ、ごめんなさい。気に入ったから大丈夫です」

「そうですか。よかったです」


 目に見えてホッとした様子のリズは部屋の使い方を説明してくれる。

 シャワーや蛇口は触れずに魔力を通すようにすると水やお湯が出る、と説明されて最初は四苦八苦したけど、意外とすぐに慣れた。

 水やお湯の具体的な温度をイメージしななら手をかざすと出る、というのが私の感覚なのだけど、リズからすると少し違うらしい。

 まぁ、でも使えるので問題はない…はず。

 他にもトイレの位置や食堂の場所。

 明日から始まるであろう勉強のための部屋や訓練場の説明も聞いた。

 ちなみに先程までいた食堂がある棟に勉強部屋やら訓練場もあるらしい。ついでに広いお風呂も。

 お風呂は24時間いつでも入れるそうです。


「大体わかりました。ありがとう」

「すいません。こちらのお部屋使う予定ではなかったので衣装などのご用意が出来ておりません。これから衣装やお部屋のお支度をさせて頂きますので、藤様には湯浴みをして頂けたらと…」

「わかりました」


 リズはホッとした様子で湯殿まで案内してくれる。

 湯殿は寮のお風呂というよりはスーパー銭湯のようだった。

 数人同じく召喚された女の子達が入浴中。

 お互い自己紹介をして、ここにいる中で1番若い子が10才と知る。

 しかも日本人じゃなかった。

 でも、言葉は通じている。


 年が若くても13才になっちゃうんだ…。


 年が上なのは22才の専門学校を出てパティシエをしてる子だ。


 この分だと多分、私が1番年上よね。

 てか、この子で私の半分か…。

 いかん、気が遠くなってきた。


「藤さんはかなり年上ですよね?」

「うん。貴方達のお母さんくらいよ」

「そうなんですか」


 あー…なんかこー…溝が出来た。

 でも、ここで嘘をつくのは違うと思うんだ。


「てか、これ夢じゃないのかしらね?」


 必殺!話逸らし!

 ズルいとは思うけどこれ有効なんだよね。


「夢だったらいいんですけど…」

「えー、あたしは戻りたくないなぁ。平凡でつまんなくて。誰も見てくれないより、ここで大変でも主役になりたい」


 若いなぁ…。

 私も昔そんな風に思ったこともあるな。

 でも、平凡って本当は楽なんだよね。

 下手に目立つより、凄く楽なんだけど、若いうちはそれに気付かない。


「それはこれから次第じゃない?勉強だとか身体を鍛えるとかもするって話してたじゃない」

「チートじゃないの嫌」


 気持ちはわかる。無理矢理拉致られたんだから、なにがしかの利点は欲しいよね。


「夢なら早く覚めて欲しいし、夢じゃないなら生きていく手段が必要だから今は大人しくしているしかないわね」


 結論だけ告げてお先に。と湯船を出て、部屋に戻るとリズがいた。


「お支度整っております。そちらにお茶とお水がございます」

「ありがとう」

「何かご用がおありでしたら、そちらの鈴を鳴らして下さい」と言ってリズは出て行った。


 これで寝たら自分の部屋だといいのだけど…。


 リアル過ぎるこの世界にちょっぴり恐怖を感じつつ、布団を頭までかぶると目を閉じた。



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