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家族はやっぱり似てるもの。

 タクハに風呂敷の使い方を教えていると扉がノックされて、タクハの父が入ってきた。


「食事の支度が整いましたので、まずはお部屋に案内します」


 その父親の言葉を無視して、タクハは興奮気味に「親父、これを見ろ!」と鞄の取っ手の端に2つのリングがはまっているものを作って作った風呂敷鞄を見せた。

 テーブルの上には端と端を縛って出来た輪に片方を通して持ち手にした鞄やしずく型にした鞄。

 持ち手を短くしたものや、細長い箱を包んで運びやすくしたもの。片側だけを結んでリボンのような飾り結びにしたものなど様々な風呂敷で溢れている。

 中でもタクハが興奮したのは今、父親に見せてるものと、丸い輪っかを2つ使って作った鞄だ。


「な!これ、売れるだろ?売れるだろ?」


 興奮気味に話すタクハにタクハの父は厳しい目をしながら風呂敷鞄を見聞する。


「ふむ、ほう、このリングに布を通して引っ張れば固定されるのか。よく考えられているな」

「親父!こっちも見てくれよ!」


 タクハが差し出したのは2つのリングで作った鞄。


「こちらはリングに端を2つ通してそれを結んでいるのか。そんな簡単なことでこんな鞄が…」

「別に綺麗な布じゃなくたっていいんだよ。古くなった服や端切れを合わせて縫って正方形の布にしたら、これがあれば色々できる。これがなくても色々出来るんだからこれはいいぜ」

「このリングを使う方はリングの形を工夫すれば貴人の方々にもお使い頂けるかもしれないな」

「ああ、俺もそう思う。飾り結びをしたヤツはプレゼントにも向いてる」


 仕事というか、やり手の商売人モードになった2人の会話はドンドン進む。

 盛り上がる2人に口を挟めないまま、どうしようかと思っていると、女性の声がした。


「あなた、お客様を放って何をなさっているのかしら?」


 柔らかな響きなのに、冷たい怒りを含んだその声にタクハの父は、ハッとなる。


「ああ、すまない。食事が冷めてしまうな」

「あなた、大切なのはそちらではありません。お客様を放ってることです」


 先程より怒りは感じないが呆れの混じった声だ。

 あれ程までに興奮していたタクハも大人しくなっている。

「失礼」と扉口で話す2人の間をするりと女性は抜けてきた。


「お見苦しいところをお見せ致しました。申し訳ありません。お食事の用意が整いましたので、ご案内したいのですが、その前に今宵使っていただくお部屋にご案内致します」


 優雅な仕草で謝罪をして、私を自然と立たせた女性は部屋へと案内してくれた。

 その部屋は2階にあり、かなり豪華だ。

 天蓋ベッドにソファセット。大きな箪笥、荷物置きらしきテーブルに化粧台まで備え付けてある。


「えっと…こんなに豪華なお部屋でなくても」


 その豪華さにそんなことを口にすると女性はニッコリと微笑む。


「主人と息子の大切なお客様ですから」


 あ、タクハのお母さんなんだ。

 柔らかで上品な感じは余りタクハと似てはいないがこの有無を言わせないところは似ているのかもしれない。


「そちらに水を用意してございますが、他にもご入用のものはございますか?」

「いえ、着替えたらすぐに行きます」

「では、お待ちしております」


 扉が閉まってから部屋を見回すと、荷物置きのテーブルの上に先程選んだ商品が並んでいる。

 それを確かめようとして、人を待たせていることを思い出して、手に持っていたマントと服が詰まった鞄をベッドに放り投げてから旅装を脱ぐ。

 とりあえず服と身体にクリーンかけて買ったばかりの下着を身に付ける。


 うわ、これ着やすい。


 布地だけではないのだろう。縫製も色々工夫されている。

 オーダーメイドではないのにとても動きやすい。

 飛んだり跳ねたりしてその性能を確かめたいのをグッと堪えてワンピースを着た。

 こちらも着心地がとてもいい。


 親父さん凄い人なのね。

 もっと買ってもよかったかも。


 買ったもの全てに袖を通してみたくなったがそれも我慢してハーフアップにしている髪を纏め直して紐ではなくリボンを付けたら完成だ。


 よし、大丈夫ね。


 扉を開けるとそこにはタクハの母がそっと控えていた。


 ここで待っててくれたんだ。悪いことしちゃった。


「お待たせしてすいません」

「いえ、大丈夫です。それではご案内致します」


 1階に降りるとさっきとは別の部屋に案内された。

 食堂だ。

 それなりに贅の尽くされた部屋は饗応用なのだろう。

 凝った壁紙に絵画。それに暖炉もあった。

 テーブルは8人程度は座れそうで、そこに4人の男女が座っている。

 タクハとタクハの父以外に男性が1人と女性が1人。

 タクハの母に案内された席はタクハの隣。タクハの父の正面の席だ。

 タクハの向かいの席にはタクハの母が、その隣にはタクハより年上の男性。向かいには女性が座っていた。


「俺の兄貴とその嫁さん。マゥを案内したのは母親だよ。他にも兄弟はいるけど今は皆行商に出てていない」


 タクハが説明を聞きながら、心の中で繰り返す。


「ごめんなさいね。メイドは返してしまったし、突然だったから正餐でもないのだけど…」


 タクハの母と義姉が立ち上がり、一度下がった。台所まで料理を取りに行ったのだろう。


「先程、いただいシャンプーとリンスと化粧品早速試させていただきましたが、これはいいですな。薬師ギルドで取り扱っているものより柔らかいし、洗い上がりもいい。しかし、リンスは持たないものと仰ってたが…」

「リンスには保存の魔法をかけてますから」

「なるほど。そうでしたか。化粧品からは柑橘類の香りがして、その香りはシャンプーからもしましたが、こちらは」

「リンスに使った柑橘類の種を化粧水には使っています。シャンプーにも皮を。他のは全てリンスには入れることで同じ香りになるんです」


 なるほど、なるほど。とタクハの父は頷く。


「シャンプーは材料として石鹸を使うのですが、その石鹸にも同じ柑橘類を使ってますので、石鹸まで揃えれば香りが喧嘩することもありません」

「酢はどうしても匂いが残りますからな。それを消すためにもハーブ水と混ぜるのだが、酢ではなく柑橘類を使うとは…」


 お酢の方が手軽だが保存が効くなら、この世界なら旬の柑橘類を使った方が安くついたりする。

 石鹸やシャンプー、リンスに使うなら食べることが難しい傷物でいいから、城で野菜や果物を育てている人達からタダでもらうことも可能だったのだ。


「旬のものを使えば香りも強いですし、何より手に入りやすいので」


 そんな風にシャンプーと化粧品の話をしてる間に料理が準備される。

 具沢山のスープにパン。メインは丸ごと焼かれたお肉。数種類の付け合わせにワイン。

 ご馳走だった。

 なので思わず隣のタクハに小声で聞く。


「いつもこんなにご馳走なの?」

「いや、流石にここまでじゃないよ。スープがこれなら普段なら肉はないし、付け合わせも1つなことが多いよ」

「…無理させたのかしら」

「そんなことない。うちは急なお客様多いから普段からある程度の仕込みはしてあるし、付け合わせはどれも手間かかってないから」

「そうなの?」

「ああ、うちは男でも料理仕込まれるから」


 そんな話をしているうちに給仕は終わる。


「急拵えで誠に申し訳ないが…」

「いえ!凄いご馳走で驚いてます」

「あら、そう言って頂けると嬉しいわ。でもごめんなさいね。いっぺんに並べる無作法は許していただきたいの」


 給仕人がいないからだろうが、毎晩コースを食べるような貴人ではないのだから、充分だ。


「いえ、嬉しいです。貴族の方がなさるような食事も食べたことありますけど、私はこちらの方が好きです」

「それはよかったわ」

「ではいただこう」


 そう言ってタクハの父は今日の恵みの感謝を捧げる。

 同じように目を瞑って心の中で「いただきます」と唱えてから食べ始める。

 よく煮込まれたスープはトマト味。沢山の角切り野菜が入っているがミネストローネよりはずっと軽い味だ。

 でも、味わいは深い。入っているのはセロリに人参、玉ねぎにジャガイモにハーブ。そのどれもがよく煮込まれているのにサラリとしている。


「美味しい…」

「お口に合ってよかったわ」


 次は大きく切り分けられた肉だ。

 たっぷりのハーブと香辛料。それと飴色になった玉ねぎをまとっている。

 肉は外側には焼き目がついているのに中はほんのりとピンク色。断面は肉汁が溢れている。でも火は充分に通っていた。

 切り分けて一口。

 まずはハーブの香り、その後に濃厚な肉の味が続く。


 うわぁ、これも美味しい。

 噛み応えばあるが固くはなく、しっかりとした味なのにくどくない。


 次はパンに合わせてみる。

 淡白なフランスパンのようなパンがとても合う。玉ねぎをのせると余計に美味しい。

 付け合わせはほうれん草のような野菜をバターで炒めたもの。塩だけで整えられたまろやかな味が口をリセットとしてくれて、肉がよく進む。

 マッシュしたジャガイモをミルクか生クリームで和えて焼いた付け合わせは肉とよく合う。パンがなくてもこれが主食にできそうな味だ。

 もうひとつの付け合わせは人参に少し火をいれてドレッシングで和えたもの。

 こちらは歯ごたえと酢の味が口を洗うようにさっぱりとさせてくれる。


 ううう、美味しい。これをすぐ作れるなんて凄い。


 ガナルで美味しいもの食べるつもりで最近は粗食だったからなおさら美味しい。

 マナーに反しない程度に。でも、かなりの勢いで食事をしてくい私をタクハの家族は優しく見守っていてくれた。


 食事をしながら聞いたところ。兄夫婦がこの店を継ぐために現在修行中で、仕入れや外回りを他の兄弟や父がやっていて、普段は兄夫婦と母だけで生活していることも多いそうだ。

 化粧品に関してはタクハの父だけでなく母と義姉が食いついてきて、結果、母と義姉にもシャンプー、リンス、化粧水、それと2人には石鹸も渡すと、2人とも感激してした。

 作り方を!と熱望されたので、一応3種類とも作ってみせる。

 タクハの父の申し出で雑貨店にある石鹸、ハーブ、精油とグリセリンを使うことにした。柑橘類はタクハと一緒に広場で買い占めたやつ。こちらは明日、脚屋に行く前にまた買うことになった。


 こちらの世界のグリセリンは舐めるとほのかに甘く、調味料として使われていて驚いた。

 名前はセリン。

 これをハーブ水に混ぜて使う。

 こちらには精製水はないので魔法で水を作る。それが出来ないならハーブを入れて煮た水を冷まして使う。そうすることで雑菌などを防ぐらしい。

 傷みやすいので10日程度で使い切るのが普通で毎日作る人も中にはいる。

 人によっては水とグリセリンだけの人もいるが、私は水に柑橘類の種を入れて漬けたものにグリセリンを入れている。

 こうすることで弱酸性になり肌の状態と近くなるので赤ちゃんでも安心な化粧水が出来るのだ。

 柑橘類の種を漬ける時に一緒にハーブも漬けておく。普通、化粧水に使うハーブ水は煮て作るものだが、煮ないで漬けることでエキスを出しているのだ。


「これを10日くらい漬けてからセリンと混ぜて下さい。比率は通常のもので構いませんが、混ぜる時に容器やマドラーはちゃんと熱湯消毒しないと雑菌が入るので気を付け下さい」


 詳しくメモをとりつつタクハの母が質問してくる。


「このハーブ水はどのくらいもつのかしら?」

「雑菌が入らないように保存出来るなら3か月位ですね」

「中身は漬けたままで大丈夫かしら?」

「大丈夫ですが、成分が濃くなりますから、途中で濾して別の容器に移した方が保存には適してます」

「これってリンスやシャンプーに転用は出来るかしら?」

「出来ます。シャンプーならこれに石鹸を削って溶かして、あとはお好きな精油を入れます。リンスならお酢か柑橘類の果汁を混ぜるだけですね」

「ふむ…そうすると同じ香りと作用が楽しめるというわけだな」


 タクハの父も真剣な顔で色々聞いてくる。


「そうですね。ただ、リンスの場合は先程作ったやり方の方が材料が少なくできます。こちらは加熱しないですし、果汁は加熱しないで入れなくてはなりませんから」


 うーむ…と腕を組んでタクハの父が悩みだす。


「しかし、シャンプーがこんなに簡単に作れるとは…」


 シャンプーはおろした石鹸を温めたハーブ水で溶かして蜂蜜や重曹を入れて、好みの精油を入れたら出来上がりだ。

 泡が立たなくていいならハーブ水だけで洗ってもいいし、ココナッツミルクがあれば石鹸なしのシャンプーも作れるけれど、まだ見つかってないので作ってない。


「ところでこれ、本当に店で売ってもよろしいので?」

「いいですよ。薬師ギルドと同じ製法かはわかりませんが、自作も出来るものですから。多分、今までもやってた人はいると思います。そのうち広まりますしね」

「ふむ、隣国では聖女様達がお使いということでこの大陸では爆発的に広がりましたしな」


 タクハ一家に教えたのはギルドに売ったのとはちょっと違う作り方なので咎められることもないと思う。というかギルドに売ったレシピはこんなに簡単ではないのだ。


「それに売れるかはわからないですよね?」

「いや、売れます。というか売ります」


 思わず笑いそうになる。

 商売人だなぁ、とも思った。


「シャンプー、リンス、化粧水はこんな感じですね。えーと…野菜の下拵え始めてもいいですか?」


 機材の関係で作業は台所でしていた。

 大人数の家族+使用人の食事を作る台所は飲食店の厨房のように広くて整っていたので、夕食の片付けをしながらでも作業が出来る場所はある。


「ああ、すいません。その作業、お手伝いさせて下さい」

「え!」


 遠慮しようとしたところにタクハが言う。


「作業終わらないと台所片付けられないんだよ」

「あっ…」


 確かにそうだ。

 なら、下拵えは諦めよう、と思ったところでタクハの兄が言った。


「僕もお手伝いしますよ。母さん達はお風呂いっておいで。シャンプー試してみるんだろ?効果見たいから、後片付けと手伝いしながら、ここで待ってるよ」


 ここまで言われては断れない。


「すいません。ご迷惑おかけしますがお願いします」


 頭を下げる私の背中をタクハが叩く。


「気にすんなって!むしろ世話になったのはこっちの方だしな!」

「うむ、タクハの言う通りだ。たまにはいいこと言うな」

「たまにってなんだよ!」


 また賑やかな親子ゲンカが始まる。

 温かな家族の風景。久々に見たその光景に激動だった1日の疲れが抜けた気がした。



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