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エリーゼ国脱出。

 1ヶ月半、それだけかけて国境の街ガナルに辿り着いた。

 もうこの国で見たいものも、やりたいことない。

 街門の前にある乗合馬車乗場で、ここから国境までは半日程かかり、日に何度か馬車が出ていると聞いたので、明日それに乗ることにして、街門へと並ぶために歩き出す。


 色々あったけど、これでこの国ともお別れかぁ…。


 そんな風にちょっとだけセンチメンタルになっていると懐かしい声がした。


「マゥ様」


 振り向くとそこにはリズがいた。


「え?リズ?何でここに?」


 その質問にリズは答えない。


「マゥ様、この国から出るおつもりですか?」

「うん」

「そのお考え変えて頂くわけにはいかないでしょうか?」


 リズは私が異世界召喚を拉致だと思っていることを知っている。

 思わず不快感が顔に出る。声も尖る。


「出ていいってことになったよね。役目を放棄したわけでもないし、逃げ出しわけでもない。それに国を出てはいけません。とか言われてないよね」

「それはそうですが…」


 頼んだわけでも、願ったわけでもなく、いきなり拉致られて、国のために尽くせと言われて。

 子供だから、聖女だから。

 自分で職業も未来も選ぶことも出来ずに国に都合のよい教育を詰め込まれた。

 挙句役立たず扱いされて、庶民から見たら莫大かもしれないが、人の一生を買うには安い額で一方的に暇を出されたのに、なんだこれは。


 なんで、リズが、ここにいる。

 なんで、引き止める。

 なんで、こんなことするの。


 肚の奥の方に眠らせたはずのどろっとした塊が動き出す。


 ダメ!これはリズに向けていい感情じゃない。


 ぐるぐると景色が回る。煩い場所のはずなのに音が遠ざかる。


 ダメ。いけない。落ち着いて。

 ゆっくりと深呼吸をする。

 背骨を通してお腹まで息を吸い込むようにして、肚の中のドロドロを押さえ込む。


 リズに当たり散らしたら向こうの思うツボだ。

 リズが来たのは他の人間が近付けなかったからだろう。

 だからこそのリズ。

 その思惑通りにリズは私に近付くことが出来た。

 冷静に、冷静に、と思うのに、押さえがきかなくなりそうだ。


 リズが悪意を持っていないことはわかる。

 悪意はない。本当に悪意はないのだ。

 国に引き止める。それが悪意ではないことに何かが切れた。


 ごめん。無理だ。


「…ここで、わめき散らしたくないし、私が本当に文句を言いたい相手はリズじゃない。でも、このままじゃリズに怒鳴る。それは私も貴方もスッキリしない傷付くだけ。そこに私はつけこまれたくない。だから、ごめん」


 私はリュックを外してリズにぶつけるように投げて、走り出す。

 そして、走り始めていた国境行き馬車に飛び乗った。


「危ねえな!」

「ごめんなさい!ちゃんと料金は払います!」


 その言葉に御者は舌打ちはしたが、厄介ごとはごめんだ、とばかりに速度を上げる。


「マゥ様!」


 後ろからリズの声がした。


 もしかしたら追いかけてくるかもしれない。

 だとしても構うものか!どちらにしろ監視がついているのだ。

 リズを使うってくるなんて。

 きっと、リズには何も知らせていないのだろう。

 私を国に引き止めたい意図も、目的も。

 私にだってそんなのはわからないけれど、それが私のためにならないことはよくわかる。

 つまり、私から見たら国が引き止めたい理由がハッキリとわかった時点でそれは悪意になるのだ。

 でも、リズでよかったのかもしれない。街の人達を使われたら、大人しく国を出ようなんて思わなかったかもしれないから。

 しかも、私の到着に合わせてリズを待機させておくなんて、見張っていることを私に知らせる行為なのに、それを国はしてきた。

 これはすんなりとは国を出してもらえないかもしれない。

 出してもらえなかったら…結界を思いっきり強くして、国からの装備は全て捨てて正式にではなく国境を越えるしかない。


 ああ、もう面倒臭い!


 リズを使ったこの国にますますムカついてくる。

 あの手この手は散々やりつくしたでしょ!と叫びたい。

 本当にこの国には愛想が尽きた。


 今すぐ計画を実行したい。

 日本に帰りたい。


 出来ないのがわかっているのにそんなことを考えながら、私は乗客達に詫びながら、空いている席に座った。



 結論からいえば、拍子抜けするほどあっさりと国境を抜けることが出来た。

 しかも、私が飛び乗った乗合馬車は日に1本しか運行していない魔道具を使った高速馬車だったので昼過ぎには国境へと辿り着いた。

 脚を借りて追ってくるかと思ったリズは来ず、荷物も少なく、身分証もあったので出国側のエリーゼ国の審査もあっさりと終わった。

 そのままトルー国側の入国審査に入る。


「入国目的は?」


 薬草…と答えかけて、気付く。調合道具がない。

 でも、メダルはある。

 それに今日は足元はサンダルだが旅装でマントを付けているからちゃんと旅人に見えるはず。


 最近は歩いて旅をしててよかった。

 じゃなきゃ旅装より楽だからって今日もワンピース着てたもん。


 それでもブーツは重いので足元は編み上げサンダルなのだが。

 リュックも肩掛け鞄もないけれどベルトには薬入れやポーチは付けている。


 あぁ、あの肩掛け鞄。気に入ってたのにな。わざとリュックに入れてたのが仇になった。


 ナイフも持ってないのは不思議かもしれないけど、マントを着ているし脱げと言われなければ見えないだろう。


 よし!見聞を広げるための旅と言って押しきろう。


 薬師のメダルを出して見えやすいように机の上に置く。


「薬師として精進するために見聞を広げるために旅をしてます」

「それにしちゃ荷物が少ないが?」

「ちょっとしたトラブルでなくしまして。なので、この先の街で調達するつもりです」

「なるほどな。まぁいいだろう。1番近くの街まで門が閉まるまでに辿り着きたいなら、脚屋に行け。その形じゃ野宿はキツイだろう」


 武装がないことも、保存食を持ってないことも一目で見抜かれたらしい。

 流石、国境の審査官である。

 お礼を言って入国税を払うと言われた通り脚屋へと急いだ。


「すいません」

「いらっしゃい」

「今日中…ううん。門が閉まるまでに1番近い宿のあるところまで行きたいですが、間に合う脚はありますか?」

「そりゃ、随分急ぎだね」

「ええ、なので少しくらい高いのは覚悟してます」

「お嬢さん、脚屋を使ったことはあるのかい?」

「今回が初めてです」


 脚屋は基本的には街ごとで借りた脚を返すシステムだ。

 なので脚達は同じ場所を往復することが多い。街と街を行ったり来たりというわけだ。

 脚達は道を覚え、安全に、そして素早く旅人を運ぶ。

 遠乗りや脚屋がないところに行く場合は同じ脚屋に返すこともあるが、こちらはまれだ。

 遊びに行くだけなら馬車を使う人達が多いからである。

 借り賃は基本的には脚の速さによって決まるが、荷を引いたり、乗せられる重さによっても変わるので、慣れるまでは少し難しい。

 無理やり日本のシステムに当てはめるなら、乗り捨てレンタカーが1番近いだろう。

 あれも馬力や乗車人数、車自体のランクで値段が変わる。


「ところでお嬢さん、乗れるのかい?」

「ええ、一応」

「ちょっと乗ってみせてくれ」


 脚屋さんが引いてきた馬に乗って柵の中を1周して見せる。


「これなら大丈夫だな。うちで1番早いのは地鳥だ。だが、こいつは契約金がちと高い」


 地鳥というのはダチョウに似た動物で、ともかく足が速い。

 トップスピードにのったらそのままのスピードでかなりの時間走っていく。

 スタミナもそれなりにあるので重装鎧を着込んだ騎士を乗せても走ることができる。

 私程度の装備なら3人乗せられるかもしれしれない。


「おいくらなんですか?」

「預け金が金貨30枚。テイトまでが銀貨5枚だな」


 預け金が300万円。これは脚屋に無傷で脚を返せば返ってくる。

 脚が死んだ時の脚屋側の保険だ。

 高いと思うが、調教して飼育することを考えたら妥当なのだろう。


「わかりました。預け金はともかくレンタル代は安いですね」

「ああ、この辺りは国境警備隊が警備がてら魔物や盗賊を間引いてくれてるから安心なんだよ。乗合馬車も安かったろ?」


 確かに安かった。しかも、護衛もいなかった。

 普通の乗合馬車の場合乗車率が余りにも低いと運行が中止になる。それは御者、護衛、そして脚を使っても赤字になるからだ。

 1日しかかからない場所を往復するならまだいい。

 何日もかかる乗合馬車だと御者や護衛の宿泊費。脚や馬車の預け代だのばかにならない金額になる。


 金貨30枚に銀貨5枚を出して渡す。

 枚数を確認すると脚屋に「こっちだ」と厩に連れて行かれた。


「速い方がいいってことだから、コイツだな。…大丈夫ならいいんだが」


 小声で呟かれた声は私には届かなかった。

 脚屋が引っ張ってきた地鳥は他の地鳥より一回り小さかった。


「重いものは乗せられねぇが、こいつは他の奴より速い。まぁ乗せられるのは大人1人とその荷物くらいだが、お嬢さんなら荷物もないし、いつもより速く走るかもしれない。そうなると夕方までには着くぜ」

「この子名前は?」

「クゥだ」

「よろしくね。クゥ」


 クゥはこちらを伺うように見た後、私の匂いを嗅ぐように首を伸ばす。

 それを受け止めて「触ってもいい?」と聞けば、羽毛に包まれた頭を頬に擦り付けてくれた。

 手を伸ばして頭を撫でると、もっとといったようにクゥは一歩近付いて、羽で私を包むようにする。

 それを見て脚屋さんが目を丸くしていた。


「…こいつは驚いた。気難しいのにあんたには随分懐いたみたいだな」

「そうなんですか?」


 羽に包まれながら撫でている私からすれば、こんなに懐っこいのにな、と思う。


「俺達にも最低限しか世話させないくらい気難しいんだよ。まぁ実力は保証するがな。さて、仕事だぞ」


 声をかけられるとクゥは名残惜しそうに離れる。

 脚屋さんは素早く鞍と手綱を付け始めた。

 クゥは鞍と手綱を付けられつつ、私の方へと首を伸ばしてすり寄る。


「本当に珍しいな。こいつ、あんたのこと気に入ったみたいだ」

「光栄ですね。クゥは何を食べるんですか?」

「ここから街までならこいつなら一気に走れるから休憩はいらないぞ」


 そう言いつつもクゥの好物が果物であることを教えてくれる。

 収納魔法の中にあるし、後でお礼にあげよう。

 準備ができたクゥをひと撫でして私は騎乗した。

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