船旅は楽し。
私は今の船の上にいる。
サーナを出発して4日目。順調なので明日にはヤーナの街へと着くだろう。
船旅は自由に動ける分だけ乗合馬車よりは楽だけど、やっぱり暇には変わらない。
てか、乗合馬車の中で刺繍したり、何か作ったりする皆さんはほんとっ凄い。
整備されるとはいえアスファルトじゃないし、石畳でもない道を走る馬車は跳ねる。
それなのに皆さん何かしかの作業をしているのだ。私なんて、外を見てるか寝てるだけなのに。
それに比べたら船旅は楽しい。
船内はそれなりに自由に歩けるし、娯楽室や食堂もある。
娯楽室といってもあるのは数冊の本と賭け事に使う道具。
お風呂はないけど、桶にお湯をもらって身を清めることは可能だし、同室者とのお喋りも楽しい。
同じ部屋になったのは女性2人の冒険者。
4人部屋だけど3人で使えて広いし、2人とも明るく社交的な人だ。
パーティ5人で、あとは男性3人。
流石に全員分の個室をとるほどの贅沢は出来なくて。でも、狭いのは嫌で4人部屋にしたんだ、と嬉しいそうに話してくれた。
一緒の部屋なので色々世間話もする。
隣の国の話。別の大陸の話。最近の流行。
その中にシャンプーとリンスの話が出てふきだしそうになったりもしたけど、概ねお城で習った通りの話が多い。
聖女召喚の話も出た。
お陰で魔物が少し減って、戦争もしないですみそうだ、と明るく笑っている2人を見て、ああ、本当に聖女召喚に罪悪感ってないんだな、と少しだけ哀しくなった。
船酔いもなく、動くこともできて、食事の時間もある程度選べる船旅は快適だった。
これなら最初に馬車に乗った時や騎乗を習った時の方が辛かったなぁ…と考えていたりする。
男性メンバーにも紹介されて薬師であることを話したら、メンバーにならないかと誘われたがそれは丁重に遠慮した。
それでも、作ったばかりの薬をかなり沢山買ってくれたので私としてはホクホクである。
「マゥが一緒にきてくれたらいいのになぁ」
「戦う手段もないのに冒険者になるのはちょっと…」
「あたし達が守るって!」
「いや、でも魔法と違って薬は作っておかないと役に立ちませんし…」
「うーん、確かに言ってることは正しいんだけど…。マゥの薬よく効くんだもん」
最初に2人に売ったのは船酔いの薬。あとは男性陣に二日酔いの薬だった。
オリジナルレシピの方を売ったのだが、飲みやすくよく効くということで1発で懐かれた。
途中、ご飯を作ったり、生活魔法を使ってみせたのも良くなかったのかもしれない。
ともかく私がいれば生活面での向上が凄い!と満場一致で誘われたのだ。
「でも旅をし始めたばかりですし、まだまだ見てみたい薬草も沢山あるんですよ」
「だったら余計よ!一緒に来れば安全よ?」
その言葉は私に限っては誘い文句にならない。
魔物から人間を含む動物まで、悪意を持つものは私に近付けないのだから。
野営の時に見張りを立てなくても安全だし、盗賊に出会うこともない。
商売をするだけならある意味最強なのである。
が、そんなことは国には関係なかったらしい。
気付かないでくれてありがとう。とそこだけは感謝してる。
「ご好意は嬉しいんですけど、ほんっとすいません」
困り果てていると後ろから男性の声がした。
「おーい、お前らそろそろ勘弁してやれ。キッチリ断られたんだから諦めろ」
「「あ、リーダー」」
「マゥちゃん、ごめんな。うちのやつらが」
「いえ、大丈夫です」
「うるさいけど悪い奴じゃないから。で、すまんが、これ冷やしてもらえないか?」
リーダーが出したのはワイン。
そろそろお昼だから食事の時に飲むのだろう。
ちなみにこの世界、ワインの方が飲み水より安い地域もあります。
ワインは水で薄めるか、果実を搾って薄めれば子供でも飲みます。
朝からエールにワインは基本当たり前です。
さらに驚くことにお茶は元々飲み水に向いてない水を飲むために生まれたという背景があったり…。
所変われば色々変わるもんです。
「いいですよ」
受け取ってアイスの魔法をかけてた。
「明日にはヤーナの街に着く。今夜は夕食一緒にどうだい?」
「ならスープ作りますか?」
「ミルクの奴かい?」
「ええ。ホワイトシチューです」
ミルクには保存の魔法がかけてあるし、この先持って歩くのも重い。
それにせっかく気に入ってもらった料理なのだから食べてもらいたい。
多分、もう二度会うのこともないから。
「大きな鍋貸してもらっても大丈夫ですか?」
「いいわよ。あれって先ずは煮込みスープを作るんだっけ?」
「ええ、そうです。保存食用のスープの素で煮込むと味も出ますよ」
「レシピ覚えたいから手伝ってもいい?」
「お願いします。なら、まずはお昼ですね」
「じゃ俺はパン焼くかな」
「わー!リーダーのパン美味しいんだよ」
「それは楽しみです!」
「じゃ、あたし魚釣ってくる!」
「こら!料理覚えなさいよ!」
「こういうのは適材適所!」
逃げていく女性を残された2人が仕方ないなぁ…という顔で見ていた。
それを内心で少し羨ましく思う。
いつか私にもそんな仲間が出来て、召喚されたことは話せなくても大切な友達になれたらいいな、と思ってしまう。
でも今はそんな気持ちに飲み込まれるわけにはいかないから、私はワザと元気良く食堂に向かった。
昼食後はのんびりとクリームシチューを作り、夜は宴会になった。
いつの間にか参加者も増え、物凄い勢いで飲んでいる。
ああ、これは明日は皆、二日酔いね。
付き合ってるといつまでたっても終わらないと見た私はこっそりと食堂を抜け出して、二日酔いの薬を準備してから眠った。
次の朝は予想通り死屍累々だったが、片っ端から二日酔いの薬を飲ませて回り、無理やり動けるようにしていく。
「ううう、頭いてぇ」
「…吐きそう」
「もう呑まない…」
はいはいはい、そんなこと言ってても人は飲みますよね。知ってます。
「なんでマゥはそんなに元気なのよ」
「あんまり飲めませんから」
すぐに顔が赤くなり、呂律が怪しくなるので、日本にいた頃も飲まされることは少なかった。
でも、実は真っ赤にはなるけどすぐにさめる。ただ、少し時間を置かないと飲めない。
飲めなくなるまでが1時間から1時間半なので、宴会が終わる頃にさめていることが多かったが、それがバレると面倒なことになると学んで以来はずっと酔ってることにしてサッサと帰ることにしていた。
なので、二日酔いになるほど飲むのは気を許した友達と一緒の時だけ。
岬と部屋飲みしたいなぁ…。
もう叶うはずもないことをつい思ってしまう。
今はまだ監視されていることを考えても前後不覚になるまで酔っ払うわけにもいかないのだ。
「皆さんのおかげで楽しかったです。ありがとうございます」
「あたしも楽しかったよ」
「俺もだ」
「いつかまた会おうな」
「はい。いつか」
「貴方の旅路によい風が吹きますように」
「なんですか?それ」
「旅人同士が相手に送る「幸運を祈る」ってヤツだな」
「そうなんですか。ありがとうございます。皆さんの旅路によい風が吹きますように」
「おう!またな」
「はい!お元気で」
5日だけだったけど、別れがたい。でも、きりがない。
名残惜しいけど、ここまでだ。
振り切るように早足で船着場を去って、今宵の宿を探した。