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船とお風呂。

 船着場に着いて、大雑把な地図の前でどこに行こうか?と考える。


 ガナルが目的地なのは変わらないけど、あんまりまっすぐ向かうのもよくないけど、大きな街道から離れるのも、よくない。

 となると、次に大きな街はここか。

 目的地を決めて、船着場の人に声をかけると、その街に行く船を聞いた。


「ああ、それならそこの大きな船だ」


 おーい!とその人は大きな声を出して、船の見張りに立っている人を呼ぶ。


「なんだ?」

「この人が船に乗りたいってさ」

「ああ、お客さんか。船は明日の昼前に出る。部屋は大部屋と個室に別れてて、船賃だけなら大部屋になるが、大部屋にもランクがある。1番大きな大部屋だと10人部屋。他は追加料金がいる」

「大部屋ってどんな感じなんですか?」

「うちの大部屋はベッドじゃなくてハンモックだ。男女別。大部屋は10人部屋、6人部屋、4人部屋だ。大部屋は貸切も受け付けてる。個室はベッドで1人部屋と2人部屋だ。トイレは共同。風呂は貸切料をもらう。桶にお湯も別料金だ。食事は食堂があるが、食事も別料金になる」

「ヤーナの街までは何日かかりますか?」

「海じゃないから何にもなければ5日だな」


 乗合馬車より少し早いし、最低の値段で乗るなら、乗合馬車よりも安い。


「到着が延びた際には追加料金は発生しますか?」

「食事や風呂はもらうが追加の船賃はもらわない」

「大部屋見せてもらえますか?」

「ああ、いいぞ」


 私は船に乗せてもらって案内してもらう。

 大部屋は12畳くらいの空間に10個のハンモックがあり端にベンチ式の物入れがある。

 6人部屋と4人部屋は同じ広さで多分8畳くらい。

 2人部屋と1人部屋は5畳くらいの広さで、2人部屋だと2段ベッドが置いてあった。

 ベッドと机は備え付け。椅子だけが自由に動く。荷物入れはベッドの下。

 あとはタオルハンガーの様なものが壁に付けられている。

 宿代も入っていると考えると船代は乗合馬車よりは安いし、1人部屋を借りてもそれほどの贅沢ではない。

 でも…と思う。

 1人部屋でも平気だけど多分1人部屋にすると部屋から一切出ない可能性がある。

 それくらいなら誰かと一緒にいた方がいい。


「すいません。4人の大部屋でお願いします」

「おう。なら先に船代もらえるかい?」

「あ、はい」


 お金を払うと木札を渡された。


「これを明日渡してくれれば船に乗れる。荷物は今日から預かることが出来るがどうする?」

「荷物はこれ以外だとリックひとつなので明日にします」

「そうか。ならなるだけ早く来いよ。先に来た人間から好きな場所がとれるから」

「オススメの場所はありますか?」


「んー…」と悩むそぶりを見せたので肩掛け鞄から取り出すフリで燻製のチーズを出して渡す。


「こりゃ悪いね。オススメは4人部屋なら、こっちだ」


 案内された部屋とさっきの部屋の違いがわからなくて、首をかしげる私に、乗ればわかる。とその人は言う。


「一番のオススメはここだ。そうだな。なんでもいいが荷物預けていけ」

「何故です?」

「荷物を預かった時にベッドも決められる。荷物置きとハンモックは対になってるからな」

「ああ、なら」


 肩掛け鞄から下着とタオルを入れた小袋を出す。


「そこに入れていけ。鍵をかけておく。こっちは鍵と引き換えにする木札だ」


 そう言ってもう1枚木札を渡された。

 出来る限り丁寧にお礼を言って船を降りる。


 城を出た時に持ってた保存食には手はつけてないけど船の中では買い足すことが出来ない。

 それを考えると少し買い足しておいた方がいいかもしれない。

 お湯でとくスープとお茶と珈琲はいいとして、堅焼きパンに干し肉。塩漬けキャベツとベーコン、玉ねぎとじゃが芋。

 買おうかどうしようか悩んでいた魔石を埋め込むことが出来る野営用の雪平鍋と同じサイズの浅鍋は買おう。

 魔道具の調理器具なら使ってもいいってさっき言ってたし、多分、この先も役に立つ。


 この浅鍋、魔石をセットすれば鍋本体が発熱して弱火から強火まで自由自在に調整出来るし、危険はない。

 ちなみにこの鍋、洗面所としての流しが各階や部屋にあるような下宿でも人気だ。

 この鍋があれば流しが台所に変わるから。

 生活魔法か水魔法が使えれば流しがなくても調理も可能になる。魔法が使えなくても水差しの水でも構わないのだから人気になるのもわかるだろう。


 ミルクも買っていこうかな。保存の魔法をかければ品質には問題ないし、スープに使えなくてもミルクティーやカフェオレは作れる。

 実際には収納魔法の中にかなりの数があるけど全く買物しないでいても密偵に疑われるし、旅はまだ始まったばかり。いざという時の用の蓄えを使わなくてもいいだろう。


 ああ、そうだ。なら甘味も買おう。

 クッキーだけじゃなくて、飴とかその辺のやつ。

 乾燥剤の入った木箱に入れて縮小化しておけばきっと平気。

 今日食べた以外にも美味しいお菓子あるだろうし、お風呂屋さんで聞いてみよう。きっと詳しい人がいる。


 そうと決まれば、と急いで公衆浴場へと向かった。

 公衆浴場は男性と女性で入口が違う。

 浴場は壁一枚で繋がってはいるらしいが、その壁は従業員でも越えることは出来ないらしい。

 入口で入場料と洗い代を払って中へと入る。

 短い廊下の先に脱衣所。

 その横に休憩室。

 休憩室では食事も出来る。

 休憩室と脱衣所は繋がっているし、女性しかいないので裸で休憩室で涼んでいる人もいる。

 脱衣所でロッカーを選んで服を脱いで荷物を入れた。鍵は紐付きなので手首に結ぶ。

 それから入口で渡された木札を持って浴場に入って、タンクトップのようなシャツと短パンを履いている従業員に木札を渡す。

「こちらにどうぞ」と案内されて、桶にたっぷりと作られた泡で頭から身体までくまなく洗われる。


 日本ではエステにもアカスリにも興味がなかったし、海外に旅をしたこともなかったから人に身体を洗われるなんて小さな頃しか経験がなかった。

 でもパーティーだのなんだので侍女達に身体を洗われ、王都で仲良くなった孤児院の子供達と公衆浴場に行って考えが変わった。

 マッサージ程ではないがプロに洗ってもらうと気持ちがいい。

 普通にお風呂に入るよりリフレッシュするのだ。


「お湯かけまーす」

「はい」

「痛くないですかー?」

「大丈夫です。気持ちいいです」

「髪洗いますよー」

「はーい」

「キレイな黒髪だねー。まっすぐで素直だし」

「ありがとうございます」

「この髪ならお金に困った時に売ったらいい金になるよ」


 この世界では鬘は人毛で作るなので髪も売り物になるので男も女も髪を伸ばすことがある。

 でも、髪の手入れは面倒なので伸ばさない人も多い。

 聖女は儀式のために髪を伸ばすことになっていたので私も伸ばしている。

 逃げる時に切って、髪の色と目の色を変えた方がかく乱になると気付いてからはワザと纏めないかハーフアップにして長い髪を印象付けるようにした。

 髪の手入れは面倒だったが、シャンプーやリンス、化粧品のデモンストレーションのためにキレイに手入れしてきた。

 そのおかげで私の髪は艶々のピカピカだ。

 それをこんなところで褒められると思わなかった。


「こんなにキレイな髪なら別料金になるけど、最近薬師ギルドから出たシャンプーという名前の髪の毛専用の洗浄剤があるよ。どう?」

「そんなのがあるんですか」

「つやっつやになるよ。保証する!」


 笑いを抑えながら薬師ギルドはやり手だなと思う。

 もう王都以外の場所で売り始めている。


「すっごい効果違うだよ。艶々だったり、ふわふわだったり、しっとりだったり、どうなりたいかでシャンプーは選べるってんだから凄いだろ!」

「凄いのね」

「仕上げ剤もリンスって言ってシャンプーに合わせてあってさー。なので一緒に使うといいんだよー」


 きっとリンスはハーブを煮込んだやつ。

 一生懸命セールストークしてくれるが作った本人なので、ニヤけたくなるがそこは必死に堪えた。

 そのうち売り込みを諦めたのか、その後は世間話をする。


「泡、流すから、目瞑ってねー」

「はい」


 そんな感じで髪と身体を洗われてた。

 ちなみに持ち込んだ石鹸やシャンプーリンスで洗ってもらうことも可能です。


 これってかなり薬師ギルド儲かるんじゃない?

 内心苦笑しながらも通常コースで洗いを終えて今度はいくつかある浴槽につかる。

 温いもの、熱いもの、薬湯にサウナ。

 ついつい全制覇して、脱衣所に向かう。

 ドライで身体と髪を乾かして下着姿で休憩室に入る。

 奥の売店には、懐かしのフルーツ牛乳や珈琲牛乳がある。


 これ、初めて見た時には驚いたけど、どうやら召喚者が広めたらしい。

 実はたっぷりの湯につかる習慣もそこかららしいのだ。

 それまでは入浴といえば、水浴びか、サウナで汗をかき、肌と身体が柔らかくなったところで擦り垢を落として、湯を浴びるというスタイルだったものを何百年か前に召喚者が湯につかる文化を広めて今では世界中がこの入浴方法を知っているらしい。


 知った時には何百年の前から拉致ってるんかい!って心の中では突っ込んだ。

 しかもどの大陸でも異世界召喚してると知って思わず机と仲良くしてしまったことも今は懐かしい思い出だ。

 なのでどこかの国に逃げ込んでエリーゼ国はひどい国です!と訴えることは諦めた。

 どの大陸でも行われてるなら、この世界の人々は召喚を拉致などとは考えていないのだから。


 孤児院の子供が「自分もどこかに召喚されて強い力を持ってみたい」と言った時にはついつい強い口調で「もう誰にも会えないんだよ?死ぬかもしれないんだよ?戦いたくなくても戦わなくちゃならないかもなんだよ?」と子供が怯える勢いで問い詰めて、結局泣かせた。

 大人気なかったな、とは思ったが、身体が大人じゃないせいか、城で我慢しすぎていたせいか抑えは効かなかった。

 それ以来、召喚の話を聞く時は深呼吸するようにしている。


 この世界の人達には異世界召喚はお伽話で英雄譚だ。

 私達がファンタジーや神話を楽しむように召喚者の話を楽しんでいる。

 それだけだと必死に割り切ることにした。余り過剰な反応をし続けて、国の眼を引いても困るし、お伽話として楽しんでる人達を傷付ける気はない。


 いけない。すぐにネガティヴになるのは私の悪い癖だ。

 今は昔の召喚者が残してくれたお風呂を楽しもう。

 別の大陸に行ってもあるとは限らないしね。


 休憩所でお喋りしている女性達に声をかけて美味しい甘味や保存食を売ってる場所を聞く。

 代わりに薬師ギルドで発売されたシャンプーは聖女様達が使っていることと、市井で人気の高い聖女ルナが使っているシャンプーも教えた。


「あんたそんなことどこから聞いてきたんだい!」

「お城に臨時で仕えてたことがあって、その時に知りました」

「へぇ!お声をいただいたことは?」

「流石に。遠くからお見かけしたことがあるくらいです」

「ルナ様、今度は魔物の討伐に行くんだろ?」

「らしいですね。冒険者の方とご一緒なさるとか?」

「ああ、じゃあ、あの竜殺しのグレンと恋仲というのは本当なのかね」


 本当である。だが、それを言うわけにはいかない。


「それは流石に存じませんが、ルナ様とグレン様はお似合いですよね」

「確かにねぇ。騎士団の方々ともお似合いだけどねぇ」

「騎士団のリクル様とは聖女ソライ様と恋仲じゃなかったけ?」


 それも本当だ。40代独身に聞いてくれるな、とは思ったが聖女達からも恋仲の騎士や役人からも恋愛相談されていた。

 聖女達はまだいい。同じ世界から拉致られた仲間だから気持ちはわかるが、役人や騎士、たまに貴族までが召喚に不快感を示している私に相談するとか頭がオカシイとしか思えない。

 それでも相談に来る奴は多かったので適当にあしらっていたが、それでも成立するカップルはそれなりにあった。

 断るのが面倒で相談にのり続けたのである程度の信頼は手に入った。

 そのおかげで国を出ることが出来るのも知っている。

 本当に何がキッカケになるかわからないものだ。


 発表されてないけど王都で暮らすってことになってる10人って貴族に嫁ぐことが決まった子達だ。

 魔物討伐に出る子達の半分も結婚相手が決まっている。

 結婚するとまではいかなくても恋をした子は私以外全員。

 今回私と同じ条件で城を出た聖女達も内7人は誰かと一緒に旅に出る。全員恋人とだ。


 あからさま過ぎるハニートラップ。もうね、色々涙が出た。

 確かに私達には国以外の後ろ盾はない。

 不安で誰かを頼りたい気持ちは人には常にあるし、気持ちはわかるが、城勤めの人間とくっつくのって、それ誘拐犯に恋をしてるのと同じだと思ったら、一瞬でハニートラップから醒めた。

 その後はハニートラップを仕掛けようとするも、それ自体を私に対する悪意と無意識で認定したらしく、口説こうとする男性全てを弾くことになったことは笑い話だ。


 どんなキッカケでも恋は恋。この気持ちは本物だ、とも言われたが召喚聖女であることが前提の恋なんて、悪いが信じられない。


 溺れてしまえばよかったのだろう。

 でも、出来なかった。

 それをするには、日本での経験が邪魔をした。


 結婚ね、直前までいったことはあるんだよ。でも、全部、壊れた。

 もう、結婚しようとすることそのものが悪いことのように思えるほど壊れる。

 せっかく若返ったというのに恋に臆病になっていては、何もならないのに…。


 あー!もう!やめ!やめ!

 全部はこの大陸を出てから。

 治癒魔法と薬師、生活魔法を使って平凡に生きていく。

 その過程で恋が出来たらいい。

 結婚出来なかったとしても子供は欲しいかも。

 今の私なら手に職もある。それもかなり高給取りになれる手に職系だ。

 なら、1人でも子供を育てられるはず。


 そこまで考えて、こちらの世界でも結婚出来ないと考えていることに気付いて可笑しくなった。

 クスクス笑う私に「やっぱり女は恋が好きなもんだよ」とまだ聖女の恋で盛り上がっていた女性達は朗らかに笑った。

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