やっぱりつけられてた。
朝、門が開くとすぐに街へ入り、朝食をとるために街をぶらつく。
宿に戻って朝食でもいいのだけど、忙しい時間帯なので、のんびり帰ることにした。
途中のパン屋で焼きたてのパンを買って、船着場で出勤前の人達用に朝食を売っている屋台を巡る。
具沢山のポトフのようなスープとひき肉に野菜とハーブを練り込んだハンバーグと飲み口すっきりのお茶を買って広場の端で食べることにする。
こちらの世界では使い捨ての容器はない。
なので汁物や飲み物は容器を持参するか、その場で食べて返すかだ。
パンも籠を持ってて買うか、葉っぱに包まれてることが多い。
なので屋台だと串焼きや葉っぱで包めるものが多くなる。
今回はお皿を持っていたのでそれに入れてもらったけれど、汁物をたくさん買う場合にはお盆か、こぼれない容器が必要ということを痛感してたりします。
「いただきます」
こちらの世界では食事前には何もしないが、異世界召喚する城では「いただきます」と「ごちそうさま」は当たり前とされていた。
そうじゃないと知ったのは孤児院で、だ。
命を戴くから「いただきます」。
戴いたお礼を言うから「ごちそうさま」。
それはわかりやすかったのだろう。
孤児院にはすぐ馴染み広まった。
今ではこんな風に広場で「いただきます」と手を合わせても不思議がる人はいない。
でも、不思議。
今まで召喚された人達は何故こんな簡単なことを広めてないのかしら?
あ、個人的に召喚=拉致ってルビをふってます。文句は誰にも言わせません!
広まってない理由は単純。
市井の人々と関わりがなかったためなのだが、この時の私はそんなことは知らない。
米とか、紙とか、活版印刷とか。
他にもどう見ても異世界の影響だよね?というものが沢山あるのに不思議。
ま、考えても仕方ないか。
欲しいものは手に入れたしお腹もいっぱいになった。
宿に戻って、部屋をとって今日は1日薬を調合しよう。
そして、明日にはこの街を出る。
今日と明日の予定を決めた私は「ごちそうさまでした」と手を合わせ立ち上がった。
宿に戻ると朝のラッシュは少し落ち着いていた。
「おはようございます」
「おはよう。早かったね。見つかったかい?」
「ええ、おかげさまで」
「運がいいことだね」
案外簡単に見つかったけど、それは川に落ちたおかげなので黙っておこうと思う。
「あの調合室を借りたいんですが、大丈夫でしょうか?」
「1番広いところは埋まってるが、狭いところで良ければ空いてるよ」
「なら午前、午後でお願いします」
「はいよ。今夜は泊まるのかい?」
「はい。今日はお風呂もトイレもない狭い個室がいいんですが大丈夫でしょうか?」
「んー、今すぐは無理だけど昼過ぎなら部屋も整うよ」
「それまでは調合室にいます。リュック持ち込んでも大丈夫ですか?」
「構わないよ」
調合室と今夜の宿代を払うと私のリュックを持った宿の人に案内されて調合室へと入る。
「ここだよ。この部屋で文句なきゃ使用料と魔石の持込代払ってくれ。朝飯は必要かい?」
「大丈夫です。すませてきました」
宿の人にお金を払うとパタンと扉を閉めて部屋を見回す。
四畳半くらいの部屋の中に水場と竃。
よくある箱型レンジのように真ん中に薪や炭を焚べて、左右がオーブン、天板は鉄で出来ていて鍋を置いて調理するものではなく、火口ひとつに底の丸い鍋を置くタイプの古き良き時代の土で出来た竃が2つ設置されている。魔法陣が書いてあるので魔石も使えるタイプだ。
それと大きなテーブルに椅子が2脚。
水場は魔道具を使わないタイプで、樽の栓を捻ると水が出る。水は外の井戸か、魔法で貯めるのだろう。
ひとつ面白いのは大きな窓がついているがその内側に内開きで雨戸のような木戸がついていることだ。
薬師の中にはオリジナルレシピは見られたくない人もいるし、陽の光があると得たい反応が得られないことがあるからこその設計である。
さて、とりあえずはリュックを開けますか。仕掛けはどうなってるかな。
リュックを預ける時に小さな仕掛けをしておいた。
リュックと同じ色をした切れやすいしつけ糸で蓋と本体を繋ぐのだ。
蓋に隠れる部分なので持ち運びでウッカリ切れることはない。
蓋を意図的に開けた時だけ切れるように細工をしてある。
これは離宮にいた時に編み出した技だ。
侍女のお世話を断り、部屋の掃除も自分でやるようになってしばらくした頃からたまに部屋にあるものが動かされてるような違和感があった。
それを確かめるために引き出しや本棚に細工をした。
侍女に関しては最下位独走の私付きなことでリズが辛いんじゃないかと考えたのと、自分の部屋に誰かが入るとは嫌だったので外してもらっただけだし、部屋の掃除も調合始めると掃除されると困ることもあるからだっただけなのだが、どうやら変に勘ぐられたらしい。
真名も教えない。
正面切って召喚を拉致だと言う人間に警戒するな、というのは無理だろうけどね。
しかもたった1人の聖女様じゃないもんねぇ…。
そんな背景があるのである程度の対策は既にある。
あー…やっぱり糸は切れてる。
監視はいるのか、面倒いな。
もしかしたら、とほんの少し期待していた。
口煩い私のことは無視してくれるんじゃないだろうか?と。
でも、期待は見事に裏切られたけど。
国に反旗を翻すつもりもない私に監視をつけること自体が無駄金よねぇ…。
魔物退治や住むところを追われた人達を助ける方にお金使った方がいいのにね。
結界以外の能力に関しては市井に充分いるレベルな人間であることは誰よりも私が理解している。
それなのにこの仕打ちである。
日本に戻るのも、もう諦めてるし、警戒しなくていいんだけどな…。
これを国の人間が聞いたらきっと呆れるだろう。
お前こそ城を出てまで警戒してるじゃないか!と。
つまり、どっちも、どっちなのである。
ま、リュックの中に見られて困るものなんてないし、構わないんだけどね。
でも、乗合馬車で移動中に泊まった宿では中を見ようとしてないってことは私の近くにあると結界が発動して確かめられないのかな?
常時発動のスキルだけど寝てる時に更に強く発動するようにはしてないんだけど…。
国には知られてないが、特殊結界【悪意】は実は常時発動だけでなくある程度の指向性を持たせられる。
命の危機や、迷宮や森。戦いの中に放り込まれた時など、私が気を張ってる時だけでなく強めたり、特殊な条件を加えることが出来るのだ。
例えば尾行してくる人間を遠ざけるなどの使い方が出来るし、ある程度の範囲から一切の人を締め出すことも出来る。
人物や魔物を指定して常時発動より遠くに遠ざけることも出来るし、罠も探すことが出来る。ただし、解除は出来ないので避けて歩くしか出来ないのだけど。
尾行避けや任意の人に対する気付いたのは治癒院でセクハラ親父を相手したからと治癒院と城での往復にも尾行が付いたから。
その尾行をまこうとしながら、いなくなれ!と強く思ったことでわかったことなのです。
他は放り込まれた迷宮で命の危険を感じたら発動出来たというのが真相だったりする。
罠に関しては命の危機とそれ以外かどうかしかわからないので、わざとかかりにいくことは可能です。
それを試して手に入れたのがアイテムボックスだったするのは皮肉な話です。
でも、命を賭けたかいがありました。
だって、アイテムボックスのおかげで多分離宮を出ることができたから。
そういえば、王都ではたまに尾行が撒かれることに関しては、その日は私の機嫌が悪かったということになっているらしい、と他の聖女が教えてくれた。
あとは私が目立ちにくい容姿をしているせいらしいです。
仕事しろよ?プロの密偵だろ?
別に絶世の美女になりたいわけでもないし、目立ちたいわけでもないからいいんだけど多少は腹が立つのよね。
なので、そのことを楽しそうに教えてくれた聖女様にはコッソリと仕返しはしておいた。
ま、これだけ性格が悪かったらそんな扱いされるのも当たり前よね。とも思うけどね。
さて、必要なことは確かめたし、お金になりそうな薬に絞って調合しよう。
水薬草が生じゃないとダメなあのレシピも試して…。
リュックから自分用の調合道具を取り出し夕方になるまで食事もとらずに全力で調合を続けた。
▽▲▽▲
夕方、調合室から出た私は1度泊まる部屋に入って、着替えをした後、リュックを宿に預けた。
中身は作った薬を含めた不自然ではない量の薬を入れた荷物一式。明日立つので、そのまま持っていけるようにすでに部屋で全部まとめておいた。
勿論しつけ糸の仕掛けはしてある。
「おや、お出かけかい?」
「はい。お風呂と船の確認に」
「明日出発するのかい?」
「そのつもりです」
宿には明日お昼ご飯用のお弁当を頼んである。宿代や朝食代と一緒に支払済みだ。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
普段着のワンピースに編み上げサンダルに肩掛け鞄の軽装で宿を出て船着き場へと向かった。