8話 婚約? だが、断る!
私がこの世界に転生して、10年が過ぎた頃の事だ。
「お父様? 今なんて言いました?」
驚きで目を見開かせた兄が、父に聞き返した。
いつも余裕の笑顔を、浮かべている兄が珍しいことだ。
「……不本意だけど、マリアと王子の婚約が決ま――――」
バキィっと、父の横の壁が砕けた。
兄がやったのだ。
兄は怒りに我を忘れて、部屋中に高濃度の魔力が吹き荒れさせている。
――実に、傍迷惑な事だ。
私は瞬時に兄の魔力を力づくで押さえつけ、部屋中に溢れていた魔力を霧散させる。
「……マリア、ちょっと我慢してて。今このイカれ野郎の脳味噌を、引き摺り出すんだから」
《……駄目だ》
荒ぶる魔力など、私の快適な生活には不必要だ。
何人たりとも、私の邪魔をすることは許さない。
それに――
「でも、今コイツは、マリアを王族に引き渡そうとしてるんだよ!?」
兄はそう叫んだ。
心からの悲痛な声だった。
……一体、いつまでにあの時の事を気にしているのか。
あれから何百年と経ち、別の世界にまで生まれ変わっていると言うのに、昔の事を何時までもウジウジと……
実に、不毛だ。
私は、もう欠片も興味などないと言うのに。
《そんな事はどうでもいい。兄よ、いい加減現実を見ろ》
アイツらは、もう一人残らず居ないのだから。
私が――――皆殺しにしたのだから。
既に存在しない人間に、腹を立てても無駄だろう?
「……でも、それでも僕は!」
《うざぃ》
それでもなお食い下がる兄を、私は魔法で攻撃して意識を刈り取った。
ふー、静かになったな。
やはり、魔法で黙らせるのが一番手っ取り早いな。
「……マリア、お兄様に魔法を使ったら駄目だよ?」
父が私を抱き抱えると、兄に治癒の魔法をかけた。
《……甘いな、父よ。兄は先程、父を殺すつもりだったのだぞ?》
父の心地よい腕の中で急激な眠気に襲われながらも、父に忠告を言い渡した。
お父様、などと読んでいるが、兄は父親などに一欠片の情も割いていない。
私が止めに入らなければ、父は帰らぬ人となっていただろう。
父もそれが分かっている筈なのに、兄の心配などするから謎だ。
「うん、…でもまぁ……彼もマリアもアリシュタも、僕にとっては皆可愛い子供だよ」
父は、恐怖など微塵も感じていないような笑顔で言い切った。
今……一人省いたな。
中々に黒いぞ、父。
だが存外私はそんな父を――
《私もそれなりに父を気に入っているぞ。……自宅警備なら、やってもいいくらいには》
私の将来設計を引きニートから、自宅警備員に変更してやろう。
何せ私は優秀な自宅警備員だ。
どうだ、嬉しかろう?
「それは、嬉しいな! …………でもね、マリア。婚約はこの際置いといて、1度王子と会ってみない? たった一人でも友人がいれば、世界は驚くほど広がるよ?」
私の髪を手櫛で梳きながら、父は私に言い聞かせるように言った。
《父が、私を憂いているのはあい分かった。だが、断る。私には、この家の中だけが世界だ。それだけで充分だ》
この怠惰で自由な世界こそ、私の居場所だ。
「……そう言ってくれるのは嬉しくもあるけど、複雑でもあるな。ちょっと、君の将来が心配だよ。……誰かが傍に居てくれればいいのだけど」
父は寂しそうな顔で、微笑んだ。
「はい! お父様、安心してください! 僕やお兄様が、マリアお姉様の傍に居ます。ずっと、ずっと永遠に!! 結婚だって、王子じゃなくて僕とすればいいんですよ! そしたら家を出る必要もないし! ね? 名案ですよね?」
すると今まで静観を貫ぬき、暗殺だの何だのぶつくさ言っているだけだった弟が、初めて口を挟んだ。
しかし名案だとばかりにあげられる案は、私にとって当然の事でありメリットはない。
すなわち、そんな面倒な事は却下だ。
そもそも結婚しようがしまいが、私が家で暮らし続けるのは決定事項だ。
何があろうと揺らぎはしない。
「アリシュタ……君はもう家の籍に入っているから、マリアと結婚は出来ないよ?」
「……え? ……そんな、……」
父の至極全うな突っ込みに、弟は口を半開きにして驚いている。
その表情は青白く、絶望へと染まっている。
《そもそも私は結婚などしない、諦めろ》
私は面倒だがここで弟に、引導を渡しておいた。
ここ数年で、弟の性格は熟知している。
弟は諦めが悪く、何よりしつこい。
粘着質なその性格は、兄に似てしまったのかも知れない。
はっきりいい聞かせとかなければ、後々面倒な事になるだろう。
「マリアお姉様……それじゃあ、国の法律を変えて……」
またも弟がぶつぶつと何か喋りだしたが、私はスルーした。
やはり弟は、相当な粘着質だ。
これ以上、いって聞かせるのも面倒だからな。
もう、放っておくか……。
ふぁぁ~、余計な魔力を使ったから疲れたな。
今日はもう寝るか……。
主人公、過去に色々あった模様。
だが、それがそれが本編で語りるかは……謎。