7話 権力、それはいと尊き
あれから弟が、私に常に付いて回るようになった。
それこそトイレや風呂、24時間ずっとだ。
しかもそれを見た兄が、ずるい自分もなど中身はおっさんどころではないやつまで一緒になって付きまとい始めた。
全く、鬱陶しいったらない。
けれど、それは最初の頃の話で、すぐに慣れた。
寧ろ2人共、私の世話を焼いてくれているので助かっている。
プライベートがない?
息苦しい?
そんなことは気にするだけ時間の無駄だ。
私は私が楽が出きれば、それでよいのだ。
「マリアおねえさま! おはようございます」
起き抜けに、弟が私に抱き付いてきた。
《朝から騒がしいぞ、私はこれから二度寝するのだ》
「ほら、マリアもこう言ってるからね? お前は勉強でもしてきたら?」
兄は弟をベリっと私から引き剥がすと、ベットから落とした。
「じゃあ、ぼくもマリアおねえさまといっしょに、にどねします!」
「はぁ!? お前何言ってんの? お前みたいなのが、マリアの側に? ありえない、ありえないよ!」
それでもなお、私についていようとする弟に、とうとう兄がキレた。
兄は私の面倒を見るのが好きなので、弟が目障りなのだろう。
「ありえなくない! だってぼくは、マリアおねえさまがだいすきだもん! それにおにいさまだって、べんきょうしてないもん!」
「ふんっ! 僕はもうこの世界程度の知識や、学問は全て学び終えてるから問題ないんだよ! いいからお前は、とっとと勉強してこい!! お前の為にお父様が態々、家庭教師を用意したんだろうが!」
涙目で訴える弟に、兄は大人気なくさっさと部屋から追い出そうとする。
前世を含めたら、一体何歳離れていると思うのか。
兄も私と同様自分の望みに忠実で、邪魔するものには容赦がない。
何だかんだで、似た者兄妹だ。
《……五月蝿い、二度寝の邪魔だ》
私は2人に魔法で水を、頭から被せた。
一般的には弱い立場である弟を助けるべきと言われるだろうが、私は究極的には他人に興味はない。
故に、態々庇うようなことはないのだ。
「うぅ……おねえさま」
「マリア……」
兄と弟が濡れた子犬のような目で私を見てきたが、気にせずにそのまま二度寝へとなだれこんだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……お前、いつまでにマリアに付きまとう気なの?」
健やかな顔で眠るマリアを後目に、僕はアリシュタを睨んだ。
「ぼくはマリアおねえさまと、いっしょにいます!」
アリシュタは涙を目に浮かべながらも、僕の視線にも物ともせずに言い返した。
「認めるわけないだろう? お前の存在が、マリアの役に立つことはないんだから」
アリシュタはこの世界の基準では、魔力はそれなりに高い。
クソババアと比べると、10倍はあるだろう。
けれどそれは、この世界の基準だ。
僕やマリアと比べるまでもない。
「……じゃあ、どうしたらマリアおねえさまのやくにたつの? ぼく、なんでもするよ!」
そう曇りなく言ってのけたアリシュタは、幼かった過去の自分を見ているようで、イラついた。
「……何でもする? お前は何もしてないじゃないか。お前には、力も学もない。学ぶ環境があっても、自らそれを放棄する始末。それのどこが役に立つんだ? 口先だけも、大概にしろ」
自分でも、何故こんなたかが子供にムキになるのか分からない。
マリアは、誰にも執着したりしない。
ならば、嫉妬するだけ無駄だ。
マリアは異端だ。
誰も彼も、最後には彼女の傍を去っていく。
アリシュタも、きっと最後にはそうなる。
何時ものように過ぎ去っていくだけの景色に、何故こうも引っ掛かるのだろうか?
「くちだけじゃないもん! ぼくのほうが、おにいさまよりやくにたつようになるの!」
『ぼくがマリアを、ずっと守ってあげるね』
アリシュタの言葉に、幼い日そう無邪気に誓った自分が頭に過る。
そして力も覚悟もなく誓った約束が、打ち砕かれたその日を思い出した。
『お兄様! ずっと、一緒に居てね?』
そう言って、笑っていたマリア。
僕の可愛い妹。
守ってあげられなかった僕の妹。
「なら……マリアの傍に居続けたいなら、力を手に入れろ」
アリシュタ、お前が真にマリアの傍を願うならその資格を手に入れろ。
でなければ、僕はお前を認めない。
「ちから?」
「あぁ……と言っても、武力ではない。それは僕やマリアが既に持っている」
この世は弱肉強食だ。
強いものが生き、弱いものが死ぬ。
――けれど、稀に例外が起きることがある。
「じゃあ、なんのちから?」
「権力だよ。傲慢で、理不尽で、尊い力だ。マリアを脅かすものがあるとしたら、それは権力だ。だから、お前はそれを手に入れろ」
僕達を守ることもあれば、害することもある。
そして権力は時に、世の中の法則をねじ曲げる。
だから、厄介極まりないんだ。
「はい! ぼくはマリアおねえさまのために、けんりょくをてにいれます!!」
そう元気よく言ったアリシュタに、僕は正直期待など全くしていなかった。
これはマリアから引き剥がすための餌にすぎず、アリシュタはすぐに諦めるだろうと思っていた。
けれど、アリシュタは将来その言葉を実現することになる。
マリアは僕とアリシュタと……後に出会うアイツ達の力によって、何者にも侵せない箱庭を手に入れる事になるのだった。