番外編 姉の嫁入り 後編
後半は主人公視点です
《害虫駆除?》
「そう、私の婚約者の周りに最近穢らわしい虫が集ってるの」
私はあの子の部屋を訪れて、事の次第を話した。
《断る、面倒臭い》
あの子は予想通り姉である私の頼みを一考することなく、私の頼みを拒否した。
……予想していたけれど、相変わらずね。
本当に、こんな子に頼るなんて癪だけれど……
「そう言うと思ってたわ……でも、貴方にとっても私の提案はメリットがあるのよ」
《メリット?》
私は口角を上げて微笑むと、あの子に取引を持ち掛けた。
全ては私とランガ様の為に……
他は全て、どうでもいいわ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ゴーン、ゴーンと、教会の鐘が鳴り響く。
「眠そうだね、マリア?」
私の車イスを侍女の代わりに押している兄が、今日の主役達に目を向けることなくそう聞いてきた。
《うむ、眠い……姉(面倒い)のせいで、無駄な労働を強いられたのだ。暫くは、家を出たくないな》
姉は純白のドレスに身を包み、新郎の男に腕を絡めている。
その表情は幸せに満ちていて、今まで見たどの顔より幸せそうだ。
「でも、これで屋敷も静かになっていいね」
《当然だ》
そうでなくては意味がない。
その為に姉の頼みを聞き入れたのだから――
《メリット?》
私は訝しげに姉に問うた。
姉の頼み事に、私のメリットがあるとは思えない。
「そうよ、貴方が私の頼みを聞いてくれるなら……貴方にこの家での静かな生活を約束するわ」
《静かな生活? さっきまでは静かだったが?》
姉(騒音)がズカズカと部屋に入ってくるまでは、この部屋は静かだった。
それに相変わらず臭いから、早く部屋を出ていって欲しい。
「……本当、嫌みな子ね……まあ、いいわ。単刀直入に言うと、貴方は私やお母様が嫌いでしょ? 貴方が私の頼みを聞いてくれるなら、私が嫁ぐときにお母様を連れて行ってあげるわ!」
《……ふむ》
確かに嫌いだが、あのクソババアが言うことを聞くのか?
まぁ、2人ともいなくなれば、屋敷が静かになって過ごしやすいがな。
「お母様なんて無理矢理連れ出して、離れにでも閉じ込めればいいのよ。娘の嫁ぎ先だもの。どうとでも言い訳はつくわ」
姉(鬼畜)は私の考えを読んだのか、そう言い切った。
中々、酷い言い分だ。
姉(鬼畜)とクソババアは、仲がよかったんじゃなかったのか?
色々吹っ切れてるな、姉よ。
そう言うのは嫌いではないぞ。
今まで頑なに公爵家夫人として、屋敷に居続けようとしたクソババア。
避暑地の別荘へと追い出そうとした事もあったが、激しい抵抗に面倒くさくなって止めにしていたのだ。
その面倒を姉が引き受けるのなら、任せてみてもいいかもしれない。
《しょうがない……頼みを聞いてやろう》
姉への最後の餞別だ。
面倒この上ないが、これで2度と縁が切れると思えば安いものだろう。
「本当っ!? 絶対よ!! すぐに実行に移して! あの虫に地獄を見せてよ!!」
姉(騒音)が私の承諾に大音量で喜びの声を上げると、次々に注文をつけてバタバタと部屋から出ていった。
……五月蝿い。
少し、早まったかもしれないな。
《兄よ……そもそも、その虫を駆除したところで姉(騒音)は結婚できると思うか?》
私はそもそもの前提条件について、黙って成り行きを見守っていた兄に聞いた。
姉(騒音)は虫が駆除されたら、結婚できるみたいな感じになっていたが、そもそも相手の男が姉(騒音)を好いてるようには見えない。
ならば、駆除出来ても姉(騒音)は、結局家に居座ることになるのではないか?
「うん、絶対無理だよね。本当に馬鹿だな、アレは……でも家が静かになるのはいいね。その方法なら、お父様も文句は言わないだろうし……うん、マリアは何もしなくていいよ。僕達に任せておいて。全部上手くやるから」
兄は黒い笑みを浮かべながら、私の頭を撫でてそう言った。
《そうか……任せたぞ》
兄達がどうにかしてくれるなら、任せとけばいいな。
面倒だし。
私は兄達に全て任せると、その経過を後で聞くこともなく、結婚式に参加する日になるまで約束の事も忘れ去っていた。
《これで、今日から静かな生活を送れるな》
「そうだね。色々手回しが面倒だったけれど、公爵家としてもメリットがそれなりにあったし」
1番の問題だった新郎の男も、虚ろな目で神父の話を聞いている。
これで婚姻の契約は、完了される。
兄達が上手い事やってくれたみたいだ。
「隣国の曰く付きの薬を改良したものですが……上手くいきましたね。これなら様々な事に、使用可能です」
弟がそんな新郎の様子を見て、ニコニコと頷いた。
どうやら新郎の精神を、薬によって変質させたらしい。
確かにそうでもしないと、姉が結婚までこぎ着けるのは無理だっただろう。
よくよく見ると、新郎側の家族も目が虚ろだ。
弟よ、義兄を実験台にするな。
失敗したら、更に面倒だろう。
「隣国の豚公爵へと贈る生け贄も、丁度用意できたからな。相手は顔さえ良ければ身分は気にしないようだし、此方としても男爵令嬢如き消えたところで問題がない。今頃、あの虫も玉の輿に乗れて喜んでいるかもな。それが望みでもあったようだし」
王子がいいタイミングだったと、ホクホク顔でそう言った。
黒いな、王子。
相変わらずのゲスさだ。
どうやら害虫は駆除ではなく、強制的に移住させたらしい。
姉の要望とは違うが、まぁ結果的に同じになるだろう。
「他の血迷われた方達もアリシュタ様のお薬で正気に戻られたようですし、これで公爵家にとっても憂いはありませんね」
侍女が清々しい笑みを浮かべて、そう言った。
姉の事相当嫌っていたからな、侍女。
居なくなって清々しているのだろう。
虚ろな目の新郎に、その家族。
血に塗れた結婚式で満面の笑みを浮かべる姉は、今日ばかりはそれなりに綺麗だった。
因みに本来であれば断罪された姉が、豚公爵へと嫁ぐ筈でした。
主人公を働かせようと思いましたが、やはり他人の為には動きませんでした。
そしてこの後、何も知らない母は強制的に連れて行かれる。
この国は恐怖政治をしいてますね、恐いです((((;゜Д゜)))




