プロローグ6
ご覧頂ありがとうございます。
あの後トーマさんに、貴族様とは言え体の鍛え方が足りんのじゃないか? と揶揄されたが、どうもこの地に住む人は身分の高い低いに拘らず、ある程度体を鍛えているようだった。
まあ、日常的に獣や亜人、更には人同士で頻繁に争っているようだし、当然と言えば当然なのかもしれない。僕の住んでいた日本の治安と比べるのが間違いだろうけど、何とも怖い土地柄だと思う。
そんな事は一先ず置いといて、今はエマさんの案内でエキドナさんが眠っていると言う、神殿の地下へと足を踏み入れようとしていた。
宴をするのに、本来の主役が居ないのは盛り上がらないし、何より正式にエキドナさんの使徒認定を受けるべく、どうせなら村人の前で行う方が誤解を解けるだろうと、こうしてメギン(神の力と書いて)=神力を回復させるべく向かっている。
「この先、明かり無しだと暗いね。蝋燭や松明を使うの?」
今の気分は、ちょっとした迷宮探索だ。
装備はしょぼく、例えるなら僕は布の服に素手の村人A、隣で困った風な表情をしているのが、『争わない事』を奇跡として行使できる僧侶っぽいエマさん、同じく布の服だけで武器になりそうな物は、二人とも何一つ持っていない。
「蝋燭は本来なら神殿の明かりを灯すのに必要なのですが、以前取引していた商人が値上げをした為エキドナ様が「ならば要らん」と言われ、神殿には既にありません。村に在った物に関しては燃えてしまって、僅かに残っている物は貴重ですし、松明は宴で篝火に使うので、新しく作らないとダメですね。実は私も地下の事は良く知らないんです」
「えっ? けど、確かエキドナさんは、昼前に起こすと機嫌が悪いって」
「普段はここでは無く、二階の御自分の部屋で寝起きされていますから、地下に行って眠られる時は、エキドナ様自ら降りまた起きられる時も、お一人で戻ってきていました」
エキドナさんって爬虫類だって話だし、実は中で冬眠していて見せられないから一人だったとか? エマさんも困っている事だし、ここはスマホのライトアプリの出番だね。ちょっと手元を照らしたい時とか重宝しています。
「じゃじゃーん! スマホライト~!」
「……あの、ユエさん急にどうされたんですか? 声音を無理に変えたりして、今言ったスマホライトって何でしょう?」
やっぱり通じないよね、分かっていたけどちょっと悲しい。
それに何だか、ニュアンスがキチンと伝わってない気もする。
スマホライトなのに、スマホラ糸とか全然違う意味に。
「え~と、明かりを出すからこのまま行こうか」
「えっ? ユエさんは、そんな奇跡まで起こせたのですか! 凄いですね!」
「あ、うん。確かに出来ない人にしてみれば、奇跡に近い事かな……」
とても真剣な顔で、凄いと褒められても逆に申し訳なくなる。
しかも、エマさんは見た目が小さいお子さんだから、大した事じゃ無いのに罪悪感まで湧いて来た。
ここで時間を食っても仕方が無いので、さっさと明かりを点けて降りる事にする。
「本当に明るいです!! ユエさんは本当にこんな場所にも、日の光を発現出来るんですね。それに全然熱さを感じないし、これなら火事も起きません。流石神様が『認め』行使を許された奇跡です!」
「うん、……まあね。さ、足元も安心だし行こうか」
僕が先頭に立って石の階段を降りて行く、特に分かれ道も無く三十段程降りた所で広い空間へと足を踏み入れる。
右手に持ったスマホを右前方から左に向けてゆっくり照らすと、広間の真ん中に大きな石棺がどでんと置いてあった。
もしかして、エキドナさんってこの中でぐーすか寝てたりするの? 蓋は閉まっているけど、呼吸の面とか空気穴とか大丈夫なのかな?
「アレみたいだけど、まだ中で寝ているかも知れないから、初対面な僕よりもエマさんが呼び掛けてみる方が、エキドナさんも起きやすいかも」
「分かりました、それでは私が最初にやってみますね。エキドナ様、もうだいぶ日が差し頂点を過ぎておりますよ? そろそろ起きて、今日も日光浴をされては如何ですか?」
朝は体温が上がらず起きないで、昼になってから日光浴って何処のイグアナさんだよ! エキドナさんじゃなくて、イグアナさんの間違いじゃないの!?
エマさんが、同じように何度か石棺へ呼びかけているが、全くウンともスンとも言わず反応が全くない。
……イグアナさん、中で干からびてミイラ化してないよね? 幾ら神様だからって、蓋を開けたら腐ってましたみたいな展開も、逆に勘弁だよ?
「ダメみたいですね。エキドナ様の好物の兎のミートパイのお話をしても、一向に返事も在りませんでした。普段なら飛び起きて騒ぐ筈なのに……」
「イグア……じゃなかった、エキドナさんってかなりイイ性格しているんだね」
「はい! エキドナ様は私達の守り神ですし、とっても善い方です!」
眩しい! ダメだ。エマさんにはちょっとした軽い冗談でさえ、素直に受け取ってしまう。こんな純粋培養されたお子さんは、最近見た事無いよ!? まさに天然記念物並の希少さだ! と言っても祖母ちゃんの実家の裏山だと、オオサンショウウオとか、小川に寒天みたいな卵産んで普通にいっぱいいたけどね。
「石棺が閉まっていると、案外聞こえて無いのかも。ちょっと開けてみよっか?」
「重そうですし、動かすのでしたら十分気を付けて下さいね? 足に落としちゃうと危ないから、念の為『争わない事』を発現させて起きます」
とても有難いけど掛け声も何もないから、発現しているのか良く分からない。
しかもこんな自由に発現できるなら、工事現場でなら事故による怪我はゼロだろうな、何てくだらない事を考えつつ取りあえずゆっくり力を込めて押し……この蓋超重い! 全っ然動かせる気が、し、な、い、よっ!
「この、動けっ! え? えええええええっ! んぶーっ!?」
「あっ、開きまっ! ……あ、ああああああっ!!」
「……っんん!? んんんんんん!! ぷはっ! おおっ! 身体が軽いぞ! 確かに彼奴に聞いた通り、凄まじい回復だな」
これが僕の全力全開! とばかりに全体重を掛けて蓋を押した結果、ガコンッ! と鈍い音を立てて反対側へと落ちたのだが、勢い余って中に入っていた数メートルは在りそうな体を持つ、大きな蛇さんと口づけをしてしまった。
見た目が巨大な蛇とは言え、神様とキスして大丈夫なのか心配だ……主に感染症的な意味でだけど細長い舌で、こっちの口の中までくちゅくちゅされたせいだ。
若干気分が悪いが、今ここで言うと神罰が下りそうなので自重する。怖いし。
先にエマさんから爬虫類って聞いたし、日光浴をするって話だったから、てっきり蜥蜴系かと思えばニュルニュル蛇さんだったよ。
しかもただの蛇じゃなくて、額に角があり背中? には鱗状の翼が生えている上に言葉も話しているけど、あの口でどうやって発音しているのか大いに疑問だ。
それにもしかして、今の口づけで神力が回復して目が覚めた?
「フフ、貴様がユエだな? よくぞ此方へ渡って来た。お蔭で助かったぞ、貴様には感謝しよう。しかし、やはり消費を抑える為に中で寝ていたとは言え、この姿では碌に物さえ掴めぬな。口で咥えたのでは喋れぬし、まこと不便な事この上ない。ふむ、そこに居るのはエマだな? 丁度良い、着替えをするから手伝え」
鎌首を上げてユラユラと頭を振るエキドナさんが、口を開けて喋るのだが違和感が半端ない。出合い頭の『ぶっちゅ』のせいで神秘さを感じ驚きに身を任す前に、その全て何処かへ飛んで行ったよ……。
エキドナさんは、何故か僕の事を知っていてお礼を言って来た。
そのまま鎌首を擡げ、人がするみたいに左右に頭を捻りボキボキと骨を鳴らし、自分の身体を眺めた後に『不便』と言うだけで、長い胴体をくねらし綺麗に明かりを照り返す鱗が、滑らかな蛇の胴をウネウネと動かしとぐろを巻くと人の姿へと変化して見せる。
……流石神様なだけあって、魔女っ娘みたいな変身シーンも無く唐突に石棺に腰掛けた眼光鋭く、母性を感じさせる胸をした紺に近い濃い紫の長い髪を垂らす美女が現れる。
「この身が軽い。軽いぞ! ハハ良いな。こうして神力が回復すると仕返しに隣の領主の治める地を神罰で滅ぼしてやりたくなるな。……まあ回復したとは言っても、多少でしかないし昔のような力も無ければ支配地でも無い。今はやらぬが次にこの地へ来た時は奴らの最期よ」
フハハハと背筋が伸び、引き締まった六つに割れた腹筋を晒して笑う精悍なエキドナさまは、確かにこの村を守る女神なのだろうけど、頭にもう一個『戦』とか加えたり、代わりに『女』を抜いて足した『戦神』とかが似合いそうな人だ。鱗が下着みたいに貼りついているけど、結局のところ半裸なのは変わりないので、エマさんが「エキドナ様、はしたないですよ!」とテキパキと石棺の中に落ちていた服を手繰り寄せ、丁寧に広げて着せる様は、背は小さくてもお母さんのようでした。
後ろを向くとライトが当たらず暗くて見えず、エマさんが服を着せるのに困るだろうし、かと言ってこのまま何処を見て言いのやらと悩んでいると、僕の考えが分かったのかエキドナ様は瞳孔が縦の蛇眼を合わすと、チロチロと舌先をだしてニンマリと笑うのだ。
この人絶対にワザと楽しんでやっていると、僕はこの時確信したのである。