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プロローグ5

ご覧頂ありがとうございます。

 エマさんにお昼を御馳走になる為、後を着いて行く事になったのだけど、神殿の外に出て本当にこの村が戦場になったんだと改めて確信できた。

 木と石組で出来ていたらしい家々は崩され壊され火を掛けられ、未だに焦げ臭さとその残骸を晒している。

 今はきれいに更地となった場所に、少しだけ掘立小屋みたいな物が建ち、その前で被災地での炊き出し後の様に、大人たちが思い思いに丸太に腰掛け、出来上がったお粥ぽく見える物を木の椀から匙で口に運んでいた。

 少し気になるのは、食事時にも拘らずあまり会話もしておらず、生気を感じない事だ。体は兎も角、僕にはこの人達が精神的な疲労が取れてない様に見受けられた。


 気にはなるけど、それよりも今は空腹で食べている物の方に興味がある。

 以前旅行先でお粥を朝食として食べた事が在るが、その時食べた物は割と美味しい物だった事を思い出す。

 僕の中では入っていた具材や、追加で加えるトッピングで中々に楽しめる健康食的なイメージが強い。

 置いてある丸太を椅子代わりに腰掛け、そんな勝手な事を考える。


「ユエさん、お待たせしました。熱いから注意して食べて下さいね」


「ありがとう。うわ~本当に出来たてでホカホカだね。これはうっかり口に入れると、舌を火傷しちゃいそうだ」


 僕が余所見をしている間に、エマさんが二人分の椀を持ってきてくれた。

 お粥から漂う香りには、正直あまり食欲は湧かなかったが笑顔で受け取る。

 空腹に勝る調味料は無いとは言うけど、エマさんが僕が食べるのを待っているので、覚悟を決めて湯気の立つ熱々のそれを、フーフーしながら口にした。

 ……味付けは素材そのままに塩と、たまに酸味のある小さな木の実みたいなものが入っていたが、結構しょっぱ目でザリザリと口当たりが悪く、嘘を吐かずに答えるならあまり美味しい物で無い。

 流石にコレは、醤油やマヨネーズだけで解決できる味では無く、寧ろ混ぜるな危険って奴に違いないだろう。


 エマさんに頂いた物だし表情には出さない様にしたが、量はいいとしてせめて味だけでも、もう少しどうにかしたいと思うのは、ここじゃあ僕が贅沢なんだろうな……。


「おい、あの白く小奇麗で仕立ての良さげな、変わった服を着た男は誰だ? 何処の者なのか誰か聞いてないか?」


「いや、知らないな。……あんなに目立つ余所者が村の中に入って来れば、誰かしら気が付いた筈だぞ?」


「……もしかして、カルテクラ領から来たんじゃ?」


「んな訳ねぇ! それなら猶更見張りが黙って通す訳無いべ! それより、あいつバルデミラスカの密偵じゃねえのか!?」


 冷めると美味しくないと分かる粥を黙って食べていたが、ヒソヒソとそんな話し声が嫌でも耳に聞こえて来て、面倒な事になりそうだと感じた。だいたい密偵って何さ!? 僕はそんな怪しげな人間じゃないよ!

 変に疑われる前に、自分から名乗り出ようと思ったりもしたけど、何処から来たのか訊ねられた場合、正直に答えた所で信用されるかの問題もある。

 そんな風に迷っていると、僕と同じくらいの年代のたっぷりの髭を蓄えた、がっしりとした体つきの男性が此方に近寄って来た。


「姉さん、ハロイ村の村長としてエキドナさまの眷族でもある貴女に訊ねたい。……姉さんの隣に居る男は何処の誰なんだ? エキドナ様がまだ目覚めて無い今、俺には村を守る責任があるので教えて欲しい。それとも、あんたが自分で言いなさるかね?」


 エマさんの弟さんでしたか!? って話に聞いていたけど、本当に村長さんだった。うわ、何か睨みつける様な眼で見て来るけど、どうしよう。

 この人きっと、僕の事はエマさんを騙した悪い奴って思っているに違いない。

 エマさんは、まだお粥の残る椀を置くと立ち上がり、弟さんの前に立ちはだかる。


「トーマ! その態度は何? ユエさんに失礼でしょう! ユエさんはエキドナ様に呼ばれて、態々ハロイに来て下さった使徒様なのよ!」


 エマさんは腰に手を当て、年下の弟を扱う様に人差し指を振って注意するけど、見た目のギャップが酷い。背丈が倍近く違う大人に向かって、女の子が諭すように説教をしている場面を見て、後ろで様子を窺っていた村人も気勢をそがれた様子だった。

 エマさん、そんな自信満々に堂々と宣言しちゃっていいの? 僕って本当にエキドナさんの使徒かどうかなんて、まだはっきりした訳じゃ無いんだよ?

 そんな僕の心配を他所に、話を聞いていた人達がざわめきだす。


 何故かと言えば、元々エマさん自身がエキドナさんに捧げられ、今現在も仕えているだけに、その信用度はかなりのものらしく、敵意や疑わしい眼を持って、僕の様子を窺っていた人達でさえ互いに顔を見合わせた後、わっと声を上げて肩を叩き合い喜びの言葉を口々に話し出す。


「おお! それは何と感謝して良いか、これでエキドナ様も目を覚まされる筈だ! 使徒様、良くぞこの村へ来て下さいましたな!」


「これで、これでもう、俺達はカルテ領の奴らやバルデの連中に怯える必要も無くなるだな!」


「皆よく聞け、今宵は使徒様が村へ来て頂いた事を祝う宴を行う! 神殿内に在る酒樽を開けて存分に騒ごう! これは村長としての命令だぞ! 昼からの作業も今日ばかりは休みだ!」


 村長のトーマさんの良く通る声が辺りに響き渡り、それに合わせるように周りから聞こえていた声が、期待にはずむ様に更に大きくなる。

 ここに居たのは精々三十人かそこらの大人達だったが、それ以上の人数が居る様に錯覚してしまいそうだ。


「よし、そうと決まりゃあ、中に居る連中にも声を掛けて来なきゃな。オーベル! ブラン! 俺は先に行くぞ!」


 村長であるトーマさんの号令で、名前を呼び合う若い三人組が我先にと神殿へと走って行く。周りの人もそれを合図に、宴の準備に取り掛かろうと一斉に動き出す。粥を配り終わり、後片付けをしていた年配のおばさんや、それを手伝っていた他の女性までが手を止めて、嬉しそうにしているのが窺えた。

 ただ、中には僕の事を、まだ胡散臭そうに見ている人も居ない訳じゃ無い。

 でもこの広場に居る中で、一番この騒ぎを喜んでないのは僕だろう。

 ……糠喜びにさせないと良いのだけど、もし違ったらと考えると胃の辺りがキリキリと痛む。


 そんな僕の事情はお構いなしに、隣に居たエマさんも機嫌を直し僕の手を軽く引っ張り、遠慮なんかどこ吹く風と言わんばかりに、その姿に合う様な燥ぎっぷりで嬉しさを表現していた。まさにルンルン気分? 見ていてとても微笑ましい。


「こんな元気そうな皆を見るのは久々です。最近の村の皆は何かに追われる様に、必死に木を切り倒して、櫓を立てたり柵を作ったりしていたけど、ユエさんのお蔭で違う意味で活気づけました」


「あ、うん。それにしても、まだまだ片付けないと家を建てたりするには、時間が掛かりそうだね。本当に僕が来ただけなのに、宴なんて開いちゃって大丈夫なのかな?」


 僕は不安の方が勝っていたので、ついそんな事を聞いてしまった。

 しかし、エマさんが返事をする前に、僕の肩を誰かが強く掴み、意識をそっちに向けさせられてしまう。


「使徒殿、改めてハロイ村の村長として、エキドナ様の居られる神殿への着任、心からお祝い申し上げます。……それにしても、本当に何処から来なさった? 使徒になれる程の方が、態々こんな辺鄙な村に供も連れずに一人で来るなど、幾ら奇跡を行使できるからと言って、バルテ領のような輩や決して少なくない獣や亜人が居るのですし、些か無謀ではありませぬか?」


 最初は歓迎を表す言葉を述べていたけど、後半は心配も含め若干責めるような口調だった。とは言っても、どうやって此処に来たかなんて僕は覚えてないし、仮に今起きている事が現実なんだとしたら、寝惚けて着替えた後にあの神像の上に現れたような穴から落ちて来たとか?

 かなり無理矢理感が酷いけど、歩いてきた訳じゃ無いし無謀だなんて言われても獣は危ないって分かって……。


「亜人!?」


「おや? 使徒殿は何をそんなに驚いて居られる? まさか獣や亜人が出る等知らぬと仰るので? ……姉さん、この方はいったい何処の都から来た貴族の御子息様だ? 今どき亜人の脅威を知らんなど稀だ。仮に居たとして城壁に囲まれた中央の者くらいだろう? しかも、何も知らずに黙っていれば、食うにも困らん身分の高い、次男三男あたりの筈だ」


 バスクートやアルデトレド辺りか? とか村長さんは僕の肩を掴んだまま、横のエマさんに訊ねているけど、どちらも僕は聞いた事が無いし、亜人なんてゲームやお伽噺、それに物語の中でしか聞いた事が無いよ! 奇妙に思う反面、少しだけこの土地に興味が湧いた。

 僕は何とか食べ終わった椀を置くと、まだ見ぬ村の外へ視線を移す。

 まあ、柵が在って川があり荒地とかなり離れた位置に、森らしきものが見えるくらいなんだけどね。


「ユエさんに向かって、そんな言い方は失礼でしょう! トーマ、幾らあなたがこの村の村長だからって、その言い方はダメよ!」


「ふん、姉さんはそう言うが、使徒殿は別段怒った様子どころか、言っている事さえ碌に聞いて無いんじゃないか? 寧ろ理解さえしてない様に見える。身分の高い者は、下々の話なんて姉さんのような誰かを介しないと、聞くにも値しないとな」


 あ~エマさん、すっかり頭に血が上ってプンプン怒ってるせいか、全然気付いて無いみたいだけど、トーマさんの眼を見れば分かる。この人、僕の沸点が何処に在るのか、自分自身で見極めようとしているに違いない。

 稀にクレームをつけて来る中にも同じ様な人が居たし、似たような事をする常連さんが居たから僕でも気付けた。

 もっともクレームを出す人と違って、常連さんは悪意じゃなく店側に問題点を教えてくれた訳だから、比べる方がおかしいのだけどね。


「エマさん、別に構わないよ。それに勘違いしているみたいだから言うけど、僕は別に身分が高い訳で無いし、亜人に驚いたのは事実だから、腹を立てる理由が僕には無いかな?」


「ですが……、ユエさん弟が失礼致しました」


「わわっ止めて止めて! そんな事をされたら僕の方が困っちゃうよ。折角村長のトーマさんが宴を開いてくれるそうだし、そんなのは止めて無礼講でね? お酒も食べ物も在るみたいだし、皆と一緒に準備を始めた方がいいと僕は思うな」


 でしょ? と言って僕の肩を掴むトーマさんに笑いかける。

 いい加減離して貰わないと、さっきから掴まれている肩が痛いんだよね。トーマさんも身分がどうのって、まだ勘違いして緊張していたのか、力が嫌になるくらい入っちゃって、これ以上は痣になっちゃうよ。


「これは……使徒殿にすっかりやられましたな、どうか数々の御無礼お許しください」


「だから、御無礼なんてしてないから! 許すも許さないも無いよ! いいから肩から手を離して! じゃないと本当に痛くて泣いちゃうよ!」


 やっと気が付いてくれたようで、弾かれたように手を離してくれたけど、コレ絶対後で痣になる……。イタタと摩っていると、エマさんもトーマさんも僕の様子を見てやっと笑ってくれた。

 やれやれ、体を張って笑いを取る芸人さんの苦労が少し分かった気がするよ。


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