プロローグ3
ご覧頂ありがとうございます。
家で寝落ちした筈が、何故か何処か厳かな雰囲気の神殿のような場所で、使徒認定された上代由衛です。
こんな年端も行かない子に跪かれるのは、非常に居心地や見た目的にも悪いので、早々にたち上がって貰い改めて自己紹介をする事にしたのだけど。
未だ覚めない夢の中で、いったい僕は何をしているんだか……。
「さっきも言ったけど、おじさんはユエ・カミシロって言います。それで気が付いたら此処に居た訳で、悪いけどここは何処なのか教えて貰えるかな?」
「はい使徒様、次は私が名乗る番ですね。名前はエマと言います。ここは元カルテクラ領で、隣の領主バルデミラスカに兵を率い攻められましたが、何とか村人達と生き残り今はエキドナ様が治める地となった、ハロイに在る神殿の中の本殿です」
兵に攻められ生き残ったと聞いて、一気に血の気が引いた。
こんな小さな子に、僕はなんて事を言わせてしまったのだろうと。
彼女の表情を確かめ、別段変わった様子が見えず平常に見えたので、胃の辺りを押さえながら恐る恐る先を聞こうと質問を再開する。
「……えっと、兵に攻められたって、村の人とかエマさんの御両親は、その、大丈夫だったの?」
「兵が攻めて来るのは事前に分かっていたから、皆エキドナ様の居る神殿に逃げ込んで、家や畑は壊されたり荒らされたりしたけど、死んだのは村の外に居て逃げ遅れた数名と、真っ先に村から逃げ出した首都から来ていた数人の兵士です。領土を守れない領主に貢物を収める必要も無くなり、今は村の再建の為に皆働いています。なので一応ここは今、エキドナ様が治める地となっているの」
少し緊張していたのか、一気にそこまで言い切った後、エマさんは肩で息をして興奮したように若干フーフーと鼻息も聞こえる。
そんなに頑張って喋らなくても大丈夫なのに、真面目なお子さんだ。
きっと、ご両親の教育の賜物に違いないと思う。
「つまりその何とかって領主さんが頼りにならなくて、村が攻められたけど、代わりに……エキドナ様? が村を守っているって事で、在っているかな?」
「はい、その通りです使徒様! こうして使徒様が命を受けこの村へ来られたように、これでエキドナ様も使徒様が来た事で、神力が回復出来ると筈に違い有りませんから、色々と助かります! 私達の住む村へ来て下さって、本当にありがとうございます!」
何だかよく分からないけど、夢だからか居るだけで喜ばれるなんて、随分都合よく出来ているな……流石自分で見る夢な訳だ。
エマさんの話しぶりからすると、僕はその村人たちを守ったエキドナさんって神様(神像や神殿って言うくらいだし、話からすれば神様っぽい何かだろう)の、メギンとやらを回復させるバッテリーか、電池のような役割に当たるのかな?
なんにせよ、村人を救う神様なら善い人に違いない……と思う。
ここはエマさんの話に合わせ、下手に否定する事はしない方が良さそうだ。
「で、その村を守った偉い神様のエキドナさんは今何処に? たぶん直接会って、色々と話し合わないといけない事が在ると思うんだ」
「……エキドナ様は、普段この日の高さではまだ床に就いていますし、体温が上がる昼過ぎまでは寝ているので、起こすと機嫌が悪くなります。それに先日神力を行使し過ぎたせいか、今もこの神殿の地下で眠っていて誰もお会いできません」
「体温が上がらないって、どんな言い訳!? エキドナさんって爬虫類なの!?」
「あっ! ダメですよ! 幾ら使徒様だからと言って、エキドナ様をそんな風に言っては神罰が下っちゃいますよ!」
「えっ? エキドナさんって……本当にそっち系なの?」
「そうですよ。絶対に本人の居られる前で言ったらダメですからね?」
ちょっとだけ困ったように、エマさんは子供に言い聞かせるように言う。
なんてこった! エキドナさんって言うのは横の像みたいに、女性だと思ったら爬虫類なのか。神力を回復させるって、まさか僕を生きたまま丸呑みとか無いよね? 痛いのは嫌だし流石にそれは遠慮したいから、念の為に即夢から目を覚ます方法を先に考えておこう。
濡れタオルでも顔に掛ける……違うな、冷たい水を被るか飲めば行けるかな? 頬を抓るのは、余り効果が無さそうで却下して置く。
さっきまで背中が痛くても、寝ていたくらいだしね。
「そ、そっか、じゃあエキドナさんが起きるまで、何をしてようかな……そう言えばエマさんは何をしに?」
「えっと使徒様、私の事はどうぞエマと呼んで下さい。さん付けなんて畏れ多いですよ。それに使徒様が居た事に驚いて、すっかり掃除をしに来ていた事を忘れていました!」
シュバッと姿勢を正すと、エマさんは横に在った掃除道具らしき物を使って、床を掃き浄めて行く。
手持ち無沙汰なのでどうしようか迷うが、やはり像から距離を置くとスマホの電波は通りが悪く再度確認し圏外となっていて、溜息を吐いた。
仕方なくエマさんに使ってない掃除道具を借りて、一緒に掃除を始める。
「じゃあ僕の使徒様も止めて、ユエって呼んで貰えない? えっと、掃除をするのはエマ……さん一人で大変じゃないかな? まだ小さいし誰か大人も居るべきだと思うのは変かな? ごめん。さん付けは癖だから、その内なおすね」
「わかりました。ご質問の答えですが、神殿内に勤める大人の方も以前は居たのですけど、現在は居ません。私がこうして掃除をしているのは、エキドナ様へ捧げられたからです。今は神殿の二階を家の壊された村人解放しに寝泊りに使って貰っていて、お年寄りや子供も居るので、二階の掃除だけは任せていますよ」
話しながらエマさんは掃き掃除をしているので、俺は終わった所を拭いて行く。
この手の作業は指示する人間が居れば、分担してやる方が断然効率が良い。
今はそんな事を気にせず、手順の分からない僕が後を追いかける感じだけどね。
しかし、今とても気になる単語が出たよ……どういう意味だろう?
「えっと、捧げられた、のですか?」
「はい、今回だけでなく以前も村が攻め込まれた時に、村の皆を神殿内で守る為にエキドナ様が力を振うには、私が捧げられるしか手立てが在りませんでした。村長の娘として、役目を果たさなければいけなかったのです」
うわっ、何か凄く重い話を聞いちゃったよ。
捧げられたって言っても、命が在るだけ良かったと思うしかないのかな? 村の守備をしていた兵士の何人かは、逃げ出して死んじゃったそうだし……。
けど、メギンとかを補充する際もこの分だと食べられなくて済みそうだ。
「けど心配はいりません。別に本当に死ぬ訳じゃないし、代わりに村からは出られないけれど、捧げられた後も両親と一緒に居ても良いとエキドナ様が仰ってくれたから、それからは毎日通って神殿のお掃除をしているのです」
「なるほどね。捧げるって言っても命を取られる訳じゃなくて、労働奉仕みたいな感じなのかな?」
話の内容を聞いている内に、捧げられると言っても昔で言う住み込みの丁稚のようなものかと思い、僕は気楽に聞いてみたのだが一瞬、ほんの一瞬だけ本当に悲しそうな顔がエマさんの顔を横切り、何か勘違いしてしまったのかなと思う。
「……使徒様は御存知無いのですね? 私はもう命を捧げた後ですから、エキドナ様に解放されるまでは、死にもしなければ年も取りません。ずっとこのままです」
「そう、なんだ」
さも当然の様に言うけど、死にもしなければ年も取らない……一見良い事尽くめに聞こえる。でも上手く言えないけど、とても悲しくて苦しいと思う。
辛うじてエマさんに返せたのは、陳腐な返事でしかなかった。
掃除を続けながら、胃の辺りが更に重苦しく感じ何とかできないものかと考える。まだこんな小さい子なのに年も取らず若いままだと、いずれ年老いて両親が死ぬのを看取った後も、子供の姿のままって事はある意味悲劇に違いない。
それから無言で掃除を続け、時計の針が二時間程進み本殿の掃除は終わった。
フウと一息つき背筋を伸ばし、腰をトントンと叩いていると僕の仕草がおかしかったのか、エマさんは小さく笑みを浮かべる。
「使徒様、お手伝いありがとうございました。私は他の場所も掃除が在るのでもう行きますが、何か在れば何なりとお申し付けくださいね?」
「え~と、じゃあ早速だけど色々聞いてもいいかな? 情けない事に、おじさんは全くこの地域の知識が無いのでね」
「ああっ! でしたら、掃除の前に先ずこの村の事をお教え致しますね!」
そう言ってエマさんは張り切って、自分の住むハロイの村の案内を喜んでしてくれた……口頭と地面を水でなぞって書いた簡易図でだけど、流石村長の娘さんだと思った。
このハロイの村は二本の川が通り、村の周辺が畑となって更にそれを囲む様に大きな森が広がっているそうだ。自然が多くて空気は美味しく、排気ガスのCOやHO、それにCO2なんて物は一切感じない、とてもクリーンな場所だろう。
とは言え、畑は騎馬と兵士が踏み荒らし散々な状況だったらしく、何とか神殿内へ逃げ込む際に蓄えられていた備蓄も合わせ、食糧は運び込めたそうだけど、他は流石に入りきらずに燃やされ、今は村人総出で後片付けの最中だと言う話だった。
まあ、済む場所が無ければ屋根もないし、野宿じゃ雨が降れば困るよね。
他にも家畜が連れ去られ、村に残っているのは森に逃げ込んだ後に戻って来た数頭しか居らず、早急に野生の物を新たに探してきて捕まえるか、少し大きな街で買い整える必要があるともエマは村の状況を合わせ説明した。
親が村長なだけに、色々な話を耳にする機会が在るんだと思う。
エマさんが早熟な感じがするのも、きっとそのせいかもしれない。
最後にエキドナさんの起きる頃合いをもう一度聞いてみたが、普段なら昼には起きるそうだけど、この間の襲撃から「村長とエマに神殿は任せる」と言ったっきりやっぱり全然起きてきてないそうだ。
兎に角位置関係は大体頭に入ったので、迷う事は流石に無いと思う。
理由は建物と呼べるのは、今はこの神殿くらいで、外観を整えている建物が殆ど残っていない為、至極当然なのであった。