プロローグ2
ご覧頂ありがとうございます。
家に帰って先ず最初にする事は、郵便受けのチェックだ。
実家を離れて一人暮らし、昼間は寝ていたり仕事を持ち帰って作業をしていたりで、荷物の受け取りが出来ない事も在って、大家さんに拝んで頼み込み、郵便ポストをデスクトップPCくらいなら、楽に通るくらいの物に取り変えさせて貰っていた。
勿論取り付け作業、その他必要経費は自分持ちなのはお約束……。
だけどこれのお蔭で、態々配送センターまで受け取りに行かずに済むし、再配達を頼む必要も無くなったのだ。
……流石に洗濯機とか、大型サイズ過ぎる物は無理だけどね。
「あ、今月の新刊届いていた。……けど読むのは後で、他には――」
色々荷物を確認して、皆さんご存じ『A』で始まる通販サイトの名前が書かれた箱を、居間のテーブルにポンポンと重ねて乗せる。今届いていたのは本ばかりで、今直ぐ中身を確認する必要も無い。
ふと、ポケットに入れたジョンから貰ったベルを、ポストの傍に在る下駄箱の上に設置してみた。
ホテルに置いてある卓上ベルとは形状が違うので、その釣鐘型のベルの紐をポストの開閉口に繋ぎ、何かが落ちると入口を通る際にベルが鳴る様に調整。
ついでにベルを軽く揺らし、さぞ澄んだ音を立てるだろうなと思ったら、全くの無音で何も耳には届く事が無く、すっかり騙された気分になる。
「もしかして、中に何か詰まっているのかな? それとも壊れていた?」
態々壊れた物を渡さないよなと思って逆さにし、ベルを鳴らそうとして中を確認すると、ベル本体にはスプリングさえついて無く、単にクラッパー(本体にぶつかり音を鳴らす部位)代わりに、垂直に古びた指輪がぶら下がっているだけで、裏にはギッチリ紙を詰められ音が鳴らない様に固定してあった。
更に言えば折角綺麗な作りなのに、本体を揺らす紐も特別良い物でもなく、頑丈そうにも見えない。
これじゃあ幾らベルを揺らそうと、音が鳴らなくて当然。
折角置いたのだしその音色を聞いてみたいので、部屋の中にある金属製の風輪からベルを鳴らすのに丁度いい部品を取り換え、紐もチェーンに変えてみた。
割と手先が器用なので、こう言った細かい作業は得意だから十分程で組み立て直す。ではと早速軽く引っ張ると、リーンっと予想通りの耳に心地よい澄んだ音色が部屋の中にまで響く。
中に入っていた指輪を何となく気に入り、無くさない様に右手の人差し指に嵌めると、元からサイズを測ったみたいに、吸い付くような着け心地でシックリと馴染んだ。
「これでよし! 後は旅行に備えて荷物の点検とチケットの確認。明後日の飛行機の時刻に合わせて、少し早目に空港についていればOKだ」
今日買ったガイドブックの内容と旅行に持って行く物を比べて、より良い物を選び終わるとベッドに身を投げ出して、ツアーで巡る場所の確認を行いながら、スケジュールの確認をしていく。
まだ見ぬローマの地に思いを馳せながら、アレもしようコレもいいなとページをめくり、いつの間にか気が付けば僕は眠ってしまっていた。
「……すっかり寝たようね。味見もしないで渡すのはちょっと、いえ、かなり惜しいけど、本体に消えて貰うと私の方が困るし……。さあヌギヌギ~じゃなくてハキハキしましょうね~。こっちの事は任せて貴方は安心して楽しい楽しい旅行へ行って、向こうで頑張って貰うわ」
何かやたらと背中が痛いし、それに肌寒っ!!
そう思って薄らと目を開けると、そこに見えるのは石で組まれた硬い床。
周りを見渡すと、天井近くに在る窓らしき場所から光が差し込む事で、端の方は辛うじて分かる程度。横になっていた場所もベッドじゃ無く、不思議な事にここは自分の住んでいたアパートの部屋の中ですら無い。
僕の部屋よりもっと広くて物が無く、更に言えば寒々とした石で出来た、何処か自分の知らない建物の中のようだった。
「さ、寒い。か、完全に体がひ、冷え切って……? ここ、何処だろう?」
目がはっきりと開くようになって、手で冷えた身体を擦りながら欠伸をかみ殺し、ここが何処なのか確かめようともう一度辺りを見回すが記憶に無い。
頬を掻きながら少しだけ生えかけの髭の伸び具合を見て、もう次の日の朝かもとなんとなく予測する。取りあえず、今が何時か確認しようと腕時計を見ると朝の八時半、ついでに今の自分の恰好を調べてみた。
ちょっと腹がキツイと思ったら、昨日旅行に行ったつもりで履いてみた、ポケットの多い焦げ茶色のチノパン、黒い七文袖のシャツに白いパーカーを重ね着した状態で、腰のベルトがキツク更に何故か履いてなかった筈の登山用ブーツ、後はポケットにはティッシュにハンカチ、スマホ他にも細かな物が入って、少し離れた場所に転がっていた旅行用トランクも見つけ、そこまで確かめホッと息を吐く。
「良かった! これが無いとお手上げで困っちゃったに違いないよ~。神様ありがとう! えっと電波は……アンテナは一、二本、あれっ? 圏外!?」
どうもこの場所はアンテナの本数が安定して届いてないようで、減ったり増えたりを繰り返し酷いと圏外になってしまう。
地域的なものなのか、それともこの建物の中のみなのか分からないけど、かなり電波状況が悪いらしく、適当に建物内をうろついてみて一番電波の良い場所を探そうと歩き回る。
「よっ! ほっ! このっ! あっ! ここだっ! この位置が一番電波が届いてる! だけど、もうこれ以上は無理だ~脚攣りそう……」
スマホを右手に持ってあちこち腕を振って動かしながら、アンテナの本数を確認していると、大きな祭壇の在る翼と角が生えた女性の姿を模した石像の手前が、一番アンテナ強度は高い。
早速ここが何処なのか、現在地のMAP検索を行ってみると……何で? 僕の家のままでしょ!? どう言うこと?
何度もネットに繋ぎなおし検索してみても、現在地を示すマーカーは僕の住んでいる五階建てのアパートを指していた。
「……あ~そっか分かった! ははっこれは夢だよ。僕の家がこんな写真で見たような石造りの神殿みたいな場所の筈が……ここってもしかして神殿?」
「あの、あなたはここで何をしているの?」
自分で何気なく呟いた台詞に「はて?」と首を傾げたと同時に、突然の呼び掛けの声に驚く。慌てて声の聞こえた方へ顔を向けたら、いつからそこに居たのか小学校高学年くらいの女の子? が、横に掃除道具らしき物を置いて、僕の事を何が面白いのかじーっと見ていた。
……何か気まずいと言うか、よく見たらこの子の服装はサイズも合って無く所々汚れてるように見える。日の光に当たって見える髪の色は茶の強い金髪、肌と顔のパーツ、後は目の色が薄青くとても日本人には見えない。
それなのに日本語はペラペラとか、この子ってかなりの天才児!?
グローバルな時代だし、やっぱり日本語って英語並に話せる人口率多いのかな? 僕は英語自体をたいして喋れないから、旅行だってツアーパックを申し込んだ訳だし、最近の若い子は本当に未来に生きているね。日本のアニメの影響とか?
「えっと、おじさんは上代由衛……あ、いや。ユエ・カミシロが正しいのかな? 僕の話す言葉や名前、分かる?」
「あなた……おじさんなの?? とてもそうは見えないけれど。さっきの踊りはもうしないの? もしかしてその恰好、ユエさんは使徒様?」
「えっ? 踊り? 使徒?」
「さっきから、あちこち動き回って手を振り上げたり、足を上げて跳んだり跳ねたりして、最後は神像に向かって祈りを届けるように、ぐーっと一杯手を伸ばしていたでしょ?」
あ、さっきスマホの電波を探してうろうろしていた所、もしかしなくても一部始終全部見られていたのか……。
自分がやっていた行動を想像してみて、急激に恥ずかしくなった。
こんな子供に醜態を晒すなんて、僕って奴は凄くみっともない。
穴があったら入りたいって、きっとこう言う時に使うべきなんだろうな。
「あ、あれは踊りと言うか、その、ここは電波が悪くて連絡を受け取ったりするのに、丁度良い場所を探していたんだよ。この神像が一番届くんだ」
「神像から連絡を受け取る……やっぱり! ユエさんは使徒様だったんですね!!」
何を思ったのか、その子は床に両膝を突き跪くと「やっと、やっとエキドナ様の使徒様が見つかったんだわ」と本当に嬉しそうに頬を弛めて僕を見て来た。
……よく分からないけど、僕、いつの間にか使徒認定されています。
この子の様子からしてどっかのアニメみたく、人類の敵とかでは無さそうだけど安心したのも束の間、不安を煽られた気がする。