元奴隷の渡り人
武器を購入した俺達は、城下町の端っこに位置するギルドハウスに来ていた。
外装は新しく、どうやら最近改装が行われたらしい。看板には「ギルド『クリムゾンスマッシュ』」と書かれていた。
俺達は少し緊張気味ながらもハウスの中に入る。
「邪魔するぜ」
「し、失礼します!」
ギルドの中にいる連中はどうやら少し荒くれ者が多いようで、大体が強面で構成されていた。
その中でカウンターに居る若い男性が俺達に声を掛けてきた。どうやらここのギルドマスターのようだ。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で?」
「ギルドに入れてもらいに来た。んで早速だが仕事と魔法習得の協力者が欲しい」
「かしこまりました。ギルドについては制限なく入れますので…こちらにサインを。脱退もご自由に」
「わかった…っと、書いたぞ」
「確かに、ようこそ、ギルド『クリムゾンスマッシュ』へ。歓迎致します」
ギルドマスターはカウンターで待つように俺達に言い。なにやら色々と書類を書き始める。
一方の俺らはというと、ハルカが先程俺が書いた書類に何やら疑問を抱いていたようだった。
「お兄ちゃん。さっきの紙…なんて書いてあったの?」
「あぁ…言葉が通じてるから文字も読めるかと思ったがそうじゃないのか。あれは普通に契約書みたいなもんだ」
「そうなんだ…ねぇ、お兄ちゃん。やっぱりこの世界の文字も覚えなきゃダメかな?」
「覚えたり教えたりしようにも、俺はお前の世界の文字がわからんしな、この際文字は諦めろ」
そう言うとハルカはしょんぼりと落ち込み、俺は頭を掻いた…こればっかりは仕方がないだろう。
せめてこっちの世界の文字も、ハルカの世界の世界の文字もわかる渡り人がいればいいのだが…。
今の渡り人の大半が奴隷化してたり、浪人と化している今現在では探しだすほうが難しいか。
…っとハルカと話し込んでいると、ギルドのメンバーらしき女性の一人が声を掛けてきた。
「あ、あのすみません…その人も渡り人…なんですか?」
「…そうだけど、アンタは?」
おどおどした態度を見せ、こちらの顔色を一生懸命伺う。
一体どこかでか奴隷としての扱いを受けたことがあるのだろう、体のあちこちに治療の後がある。
眼帯をしているため、片目ではあるが、その瞳はまっすぐと俺達を見つめていた。
「私は《岩崎瞳》…っと言います。このギルドで、お世話になっています」
「お兄ちゃん。この名前、私達の世界の人だよ」
「ということは、アンタも渡り人ってわけか?」
「は、はい…そちらの人も、渡り人…なんですよね?」
「うん。…でもどうしたの?その怪我…大丈夫?」
ヒトミと名乗った渡り人の女性は、俺達の顔色を伺いながら弱々しく頷く。
「ここのギルドにお世話になる前は…とある街で貴族の奴隷をしていましたので…それで」
「やっぱり渡り人が奴隷になっているのは本当のことだったのか」
「…はい。私の他にも、何人か同じような境遇の人が居ました…」
「チッ、貴族ってのは相変わらず胸糞悪い趣味を持ってんな」
「――ヒッ!?」
「ヒトミさん!?」
俺が不機嫌そうに舌打ちすると、ヒトミは恐怖に顔を歪ませて、頭を抱える。
しまった。っと思った。別に怖がらせるつもりはなかったのが、かなり不注意なことをしてしまった。
どうやらこの子はかなり酷い扱いを受けていたのが、涙を流し謝り続けるその姿から垣間見てとれた。
俺は、すまなかったと何度も彼女に謝り、励ましてあげた。
他のギルドのメンバーもそれを見ていたようで、同情や蔑み、憐れみなどの感情がこもった目でヒトミを見ていた。
くっそ…そんな目で見るんじゃねえよ気色悪い…っと態度に出したらダメなんだよな。
少しして、ヒトミが落ち着いてきた頃、俺の横から心配そうにギルドマスターが駆け寄ってきた。
どうやら書類を書き終わってきたようで、俺達の目の前に書類を差し出し、ヒトミを心配し、声をかける。
「大丈夫ですか?ヒトミ」
「大丈夫…です。マスタ…すいません…」
「そうですか…すみませんご両名。困らせてしまいましたね」
「いえ…あの、こちらこそ困らせて申し訳なかった」
素直に頭を下げる。これは俺がしてしまった失態だ。
マスターは俺とヒトミを交互に見ながら、やがてこんなことを言った。
「困りましたねぇ」
「なにがだ?」
「いやね、さっき言っていた魔法習得の協力する人にヒトミを推薦しようと思っていたところだったんですよ…」
「魔法が使えるのか?」
「はい、少しの火を使った魔法と、水を使った魔法であれば…お教えすることができ…ます」
ヒトミは先程以上に俺の顔色を伺いながら質問に答える。
渡り人でも魔法を行使できるというのはどうやらあの伝記のとおり本当だったらしい。
…と言ってもヒトミはどうみても非戦闘員に見えるんだが?
「ちょうどいい。ハルカ、ヒトミを連れて外で落ち着きがてら魔法を習ってこい」
「うん。…さぁヒトミさん。行こう?」
「…はい」
今にも消え入りそうなヒトミの返事を最後に、二人はギルドハウスを一度退室した。
俺はギルドマスターから書類を受け取り、バッグの中に突っ込む。
これがあれば同じギルドの連中でも多少のことは融通が効くだろう…とギルドマスターは言う。
それと同時になにやら周りのギルドメンバーから非難の視線が殺到する。なんだ俺が何をした。
いや、ヒトミを怖がらせてはしまったが。
「ヒトミはウチのギルドでアイドル的な立ち位置にいるんですよ」
「なるほどね。そりゃあこんなにきっつい視線が飛んでくるわけだ」
「そうでしょうね。――っと、あなた方に現在オススメできる依頼はこちらになります」
そう言ってギルドマスターは俺の目の前に一枚の紙を差し出した。
「…『城下町付近に出没するゴブリンの退治』か。報酬は1000ペラか」
「はい。ゴブリンの棍棒や爪を拾ってそれを出してくれれば依頼は完遂となります。ちなみに数によって報酬のボーナスも見込めるので、お願いいたします」
「わかった。全滅させればいいんだな」
「そうですね」
拳が唸る依頼だな。こりゃあ洗濯屋を城下町で開くための良い軍資金になりそうだ。
俺はその依頼を受けることにし、ギルドマスターは依頼書に俺の名前を書いてボードに貼り付ける。
「んじゃちょっと二人を見に行ってくるから、依頼が終わったらまた来る」
「はい、どうか御武運を…」
丁寧にお辞儀をするギルドマスターに俺は「ヒトミに教えてもらったのか?」というと「もちろん」と言った。
俺とマスターの共通するのは、同じ世界から来たであろう渡り人がそばにいること…だからだろうか、やはり渡り人と接触した影響は色濃く受けているのは俺もマスターも同じらしい。
もしかしたらアルトレリア人は渡り人の影響を受けやすいのかもしれないなぁ…。
優しく笑いかけてくるギルドマスターを尻目に出入口のドアを押しのけてハルカ達を探しに行くのだった。