通りすがりの洗濯屋だ。覚えとけ。
俺とハルカが兄妹(仮)となってから三日の時間が経った。
どうやらハルカは気前の良いお嬢さんのようだ。
料理に関しては手伝ってくれるし、この世界の方の食材にも臆せず挑戦してくれる。
それどころか、彼女が元々居た世界の食材とこの世界の食材とで似ているものがあるらしく、その類の食材は俺が普段作る料理よりもうまく作ることが出来た。
おかげさまで最近ちょっとだけ生活面ではお世話になる立場になりつつある。
その分俺が注意したことに関してはきちんと反省して、行動に移す努力をする。
素晴らしい。
妹とはこれほど素晴らしいものだったのか。
なぜ作ってくれなかった…親父達っ!
まぁ…そのハルカのお陰でか、最近外で仕事していると、こんなことを言われたりする。
「アンタのとこの渡り人の子…いい子だねぇ。ほんとアンタいい子をもらったよ」
「おいおい…」
言われる事自体は嫌いでは無いが…こう、なんというか…むず痒いものがあるな。
――っと言ってもアイツはいつか元々居た世界に帰さなければいけない。
あんまり楽をしている場合でもないわけだ…。
「どうしたんだい? おにーちゃん?」
「そのからかったような言い方やめろよ。おっさん」
「ひっひっひ。そりゃすまなかったね」
まったく…おっさんにも困ったものだ。
先程から話をしているおっさんは俺の住んでいる宿屋の正面にある道具屋の主人で、結構世話になる。
基本的にこの道具屋に置いてあるものは、農具や薬品などの類を扱っているため、品揃えは豊富だ。
俺も今日、このおっさんの道具屋にちょっとした用があったので来たところだった。
「それで?なにが欲しいんだい?」
「近々この村から一回離れる。そのための旅セットが二つ欲しいんだよ」
「ああね。あのお嬢ちゃんのために《渡り人》を帰す方法を探すつもりなのかい?もったいない」
「もったいないわけないだろ。元いた場所に元々あったものを返すだけだ」
「冷たいねぇ…っと旅セット二つで200ペラね」
この世界の通貨は銅貨=10ペラ、銀貨=100ペラ、金貨=1000ペラ。金貨以上はない。
なので、俺はバックの中から銀貨を二枚取り出し、道具屋のおっさんの手の上に差し出す。
そして道具屋のおっさんは銀貨二枚を確認すると、俺に麻袋を3つ手渡した。
…三つ?
「あん?なんで3つも…」
「あんま嬢ちゃんに苦労させないための俺なりのサービス」
「わりぃな」
「気にするんじゃねえ」
旅人セットをバッグの中に押し込む。
ちなみに入っている物は、水、食料、ナイフ、火打ち石、麻作りのテントだ。
いくつもあって困るものではない。それどころか行くともアレば頼りになるものばかりだ。
「ちなみに兄ちゃんはドコに行くつもりなんだい?」
「あー…それが、ちょっと気が進まねえけど、ディスタム王国の方に行こうかと思ってる」
「ん? なんで気が進まねえんだい?」
「昔、王国の騎士兵団に知り合いが居てさ…そいつが口うるさくてよぉ」
「ふーん…よく知らねえけど兄ちゃんも苦労してんのな?」
「そうなんだよー。人生交換してくれねぇ?」
「はっはっはー。ハルカちゃんみたいな妹ができる人生なら是非とも交換したいところだな」
まったく調子がいいなこのおっさんは。さてと…用事も終わったことだし、家に帰るか。
出発は…二人で話し合った結果、明日の早朝には旅立つことにした。
もう既に俺がこの村で世話になった人には話を通して、別れも告げた。うん。大丈夫だ。
そんなこんなで俺は宿屋の前まで帰ってきた。
宿屋は全部木材で出来ており、不格好な長方形スタイルだ。
もうちょっと頑張りたかったらしいが、ここからは技術的な問題である。
不格好なドアを押しのけて、家の中に入り、依然妹に教えてもらったように「ただいまー」と言うと…。
「あ、お兄ちゃん。おかえり。目的の物は買えた?」
最近妹(仮)になったハルカが宿屋の主人と話していたところで出迎えてくれた。
ハルカが住んでいたところの風習だったらしいが…なるほど、これは嬉しいものだ。
「あぁ。このとおりな。明日には出発するから、ちゃんと準備するんだぞ」
俺は三つの麻袋を取り出し、ハルカに見せる。そして麻袋の一つをハルカに手渡した。
ハルカは麻袋の数に疑問をもったようだったので「おっさんのサービス」というと、納得してくれた。
この三日間は俺はハルカに最低限の自衛の限りを教えた。外はゴブリン以上に危険な魔物は一杯居るのだ。
さすがに俺も多数でかかってこられると守れる自信は無い。
っと説得してみたら、案外あっさりと了承し、戦闘についての知識を覚え始めた。
ちなみに俺の武器は以前と同じく小手で、ハルカの武器は最低限抵抗ができるナイフだ。
ハルカの世界はどうやら殺し合い自体をほぼしない平和な世界だったようで、初めはナイフを戸惑いながら持っていた。
無理も無いだろう。俺も始めて武器を持たされた時は戸惑った。
だからか俺は武器を持っていないのだろうが。
「そういえば、夜まで何をするの?お兄ちゃん」
「あん?あぁ…とりあえず仕事だな」
「あれ?お兄ちゃんの仕事って…」
「洗濯屋だよ」
靴を洗う仕事だって王国の方にはあるが、俺にはこれといってピンとくる職がなかった。
なので、冬季に村人が冷たい水の中に手を入れてひーひー言いながら、衣服をもみ洗いする様子を見て始めたのだ。
お陰で冬季である今は連日大反響。向かいの家のオバサンは「行かないでー行かないでー」と懇願している。
っと言われても今の俺には明確な目的があるわけなので、結局はここを離れることになるわけだが。
この仕事自体にこれと言って信念はないが、この時、ハルカにはこう言われた。
「地味だね…」
「うるせえ」
俺だって生活する金を得るためには形振り構っていられないんだよ。
そんなわけで、俺は未だに玄関先に突っ立っているハルカに俺の仕事の手伝いをさせた。
ハルカはどうやら手洗いをしたことがあまりないようで、手つきはおぼつかなかったが、それでも一生懸命取り組んでくれる姿が嬉しかった。
ちなみに現在絶賛で冬季の時期だったので、水が冷たくて俺達二人共ひーひー言いながら洗濯に取り組んだ。
借り物の衣服を真っ白にして、物干し竿に吊るし上げて乾かす。
そして乾かした衣服をそれぞれの家の家主に渡して、報酬である銀貨を受け取る。
そういえば今回のことで、女性客がガッツリ増えて、商売繁盛していた。これもハルカのおかげか。
ディスタム王国に行った時には是非とも洗濯屋をあちらでもオープンしよう。そうしよう。
俺達は今日一日を他人の服を洗濯して金を稼いで過ごし、明日の旅立ちに備えるのであった。