断章 騎士兵時代のランディとリーシア
これはリーシアと一緒に俺達がマーサの森を浄化し、それをハーケン陛下に報告してから、宿屋に帰ってきて風呂に入ったすぐ後のことだ。
俺はゆらゆらとハンモックに寝そべって、ハルカは自分のベットに座っていた。
ハルカは俺のことを見上げながら、この時あることを聞いてきた。
「はぁ?騎士兵団に居た頃の俺だぁ?」
「そうそう。なんだかリーシアさんとかの話を聞いていたら興味が湧いちゃって。この機会だから聞いてみるのがいいだろうって言われたからさぁ」
またリーシアか…と俺は心のなかで毒を吐き、断るのを諦めた。
どうせ断ってもしつこく聞いてくるのだ。厄介極まりないとはこのことだ。
「…あっそ、ならいいけど」
「ほんと!?」
「あ~。出世頭でかつ俺の上司だったリーシア先輩の評価が上がり、それと同時に当時かなりの厄介者だった俺の評価がだだ下がりしてもいいのであればな」
そして俺は少しだけだが語りだす。
俺が騎士兵団でどんなことをしていたかを…。
「この小隊の隊長に就任しました。リーシア=エルミリアンです。よろしくお願いします」
「……ランディだ。よろしく。 ――早速だがお前の売れっ子の子役が吐くような白々しい所信表明など聞きたくはない。俺はこの生命よりも大事な大事な武器をピッカピカに磨いてやっているんだ。後にしろ」
確か、リーシアとの初めての会話はこんな感じだった。
その時、俺は自分の部屋でハンモックに寝そべってゆりかごのようにゆらゆらと寝ていた。これは本当にノアの方舟なのかと思わざるを得ないほどの快楽であり、道楽だった。
ちなみに武器の手入れなど嘘だ。
「そうですか…なら、また」
「……。」
この時、俺は何やら物足りなさを感じて、若干ため息を漏らしながらリーシアの顔色を伺う。見るとリーシアも俺の顔を見て、不安そうに上目遣いをしていた。
リーシアはこの時若干15歳になったばかりの若造で、剣の腕なら一流ではあったが、いかんせん頭のキレと社交経験の浅さがかなり濃ゆかった。
いい加減毒を吐くのにも慣れていた俺には若干やりづらい相手だ。
だからだろうか、あの時に呼び止めてしまったのは。
「ちょっと待て、何故怒らない?」
「え?何故って……」
「いいか?お前は俺の上司だ。代々部下は上司に逆らわないように言われ上司は気に入らない部下を切り捨ててきた。上司が部下の顔色を伺ってどうするんだ。お前はうまく上司をすることも出来ないのか?このポンコツ巨乳が。最小限のプライドはそのでっかい胸の中にでも詰めちまったか?あ?」
「……なっ、そ、そんなこと…」
「すまない俺が言い過ぎたようだ。だからそんなに涙ぐまないでくれ、うんゴメンまじで」
リーシアが本気で泣きだしたので俺は必死になだめる。
この時いい加減悪びれて大人になることにしようと決めたのはこの時だった。
しばらくしたらリーシアも少しはマシになった。
…っと言っても目は腫れぼったくなっており若干、いやかなりブサイクな顔に成り下がっていた。金髪巨乳で美人な15歳は俺のたった一声の火の粉で炎上したのだ。少しは責任の一つでも取らなければならないだろうか。
「とりあえずこっちに座れ。悪かったってば」
「はい……すみません」
「涙ぐんでるんじゃねぇよ。アンタ仮にも隊長だろう?上司の不当な要求にでも遭ったか?」
「……はい」
「当たりかよ。まじかよ、もー! なんで上は無能ばっかりなんだよ!しっかりしろよ!」
俺はハンモックから降りてリーシアを横にあるベッドに座らせる。俺もそのベットに一緒に座って二人で話ができるように取り計らう。一応は上司だからだ。こんな無能そうな金髪巨乳の15歳でもな。
「すみません……」
「謝るんだったなんとかしてみる努力でもしてみろよ。何かしたか?ん?」
「してません…とりあえず、皆さんに認めて貰えるように…挨拶をと」
俺は一度ため息をし、リーシアに向けて笑顔を向ける。それでいいと言わんばかりに
「不合格」
「はい?」
「だってそうだろう!挨拶をするだけで認めてもらえるんだったら俺は菓子折りを持ってみんなのところに土下座しに行っている!だが俺は事実嫌われ者だ!それは何故か!そう――行動だ」
リーシアはこの時ぽかーんとして何も言えなかったが、やがて気がついたように何かに気づくと、俺の部屋を出ていこうとする。いや何をしに行こうというのだね?
「どこに行く」
「認めてもらいに行動で!菓子折りを持って土下座しに!」
「お前は馬鹿か!? 本当にそれで認めるわけ無いと言っているんだよぉ!」
あーもう!どいつもこいつも無能無能無能!無能しかいやしねぇ!
なんだこの純粋過ぎるほどにバカすぎる無能で可愛いキングオブバカ世界一は!
「態度で示せって言ってんだ!俺の上司だって言うんだったら偉そうに愚痴一つ言ってみろ!」
リーシアは聞いて気難しそうに頭を抱えた。
この頃からかなり天然やらが突き抜けており、俺も苦労させられた。
だからだろうか、この後の言葉に耳を疑った。
「わ、私の上司が!すっごく怖くて!いっつも!私に嫌味なこと言ってきたぞ!」
「当たり前だ馬鹿野郎!お前がそんな歳でスピード出世しちまったからお前よりももっと上司の人から何かと反感くらうだろうってのは!当たり前だろうが!この!バカ!それと口調変えただけじゃねえか!そんなんじゃただ偉そうなだけだ!」
「何が違うのだ!私だって頑張ったんだぞ!」
「だからこそだよ!頑張った結果がそれかよ残念すぎるだろ!?そんなんじゃぁ小さな子どもが最近覚えた言葉をお母さんに一生懸命伝えようとするのと同じだ!もうちょっとがんばれよ!」
「ここからどうしろっていうのだ! …うっ……うわぁあああああああああああん!」
「うわ!おい泣くな!悪かった悪かったって!ほら、外は雪だぞ!泣き止め!」
「……うっ……うわあああああああん!! さーーーーむーーーーいーーーーー!」
「うはぁあああ!もうめんどくせええええええええええええええええええ!」
その後、小一時間にわたってリーシアが隊長としてどういった心構えをするべきなのかを、他の部屋の騎士兵からの壁を叩く音を聞きながら、教えこんだのだった。
「そうか!ランディは賢しい男なのだな!」
「そんな純粋無垢な目で俺を見るな。さっきから俺は何をしているんだろうという心境になって自分の中にある騎士兵像がいろんな意味で粉砕されてしまう」
「ランディの言っていることはたまにわからないぞ?」
「いいんだもう…」
俺の心にある何かが折れた音がした。うん、コレが諦めると言う本当の意味か。
絶対勝てないものに屈服する。それが諦めるという意味だったのか…うん。
「アンタには勝てない…断言するアンタは確実に将来大物になるだろうよ…」
「騎士兵団長になれるだろうか…」
「……ん? なんだって?」
思わず二度見をしてしまった。
大物だと言うんならまず一曹か幹部かを指すが流石に俺は騎士兵団長――つまりこの騎士団のトップだと言った覚えは小さなクッキーを噛み潰した後のあの歯に残るべったり感程もない。
ということはコイツは本物の馬鹿か、本当のバカなのだろう。
でもコイツならなんだかんだでなってくれそうだ。なんせバカなのだから。
「なんで騎士兵団長になりたいんだ? 偉くなりたいんだったら重鎮になるだの大部隊の隊長になるだの色々とあるだろう。何故そこ限定でなりたいなんて言い出す?」
「…母さんは今の騎士兵団長であるタルバザのせいで、かなりの借金を抱えてる」
「……。」
タルバザ。
確か前任騎士兵団長をその巧みな話術でぱっぱと籠絡し、前任団長をハニートラップに掛けて蹴落とした正真正銘のクズ騎士オブザイヤーだったか。
この情報はすでに騎士兵団の中では知れ渡っており、勝てないと踏んだ臆病情弱の騎士とは名ばかりのバッタモン共は早々に見切りを付けて媚を売り続けているという。
また妙なやつを目の敵にしているものだなこのリーシアっていう少女は。
…まっ、俺もなんだかんだで奴に復讐するために騎士兵団に居るんだがな。
「借金の理由は?」
「タルバザがウチで何度も豪遊して、その度に代金を剣で脅して踏み倒していたのだ。そのせいで関係する多くの店に損害賠償が届き、今ではその借金を返済することに苦心している」
「そんな理由があるんじゃあお前も騎士団に居る場合じゃなくて、そのお母さんに親孝行するってのが筋じゃあないのか?こんな復讐劇を装ったバカな地位争いなんぞ娘にはしてほしくないだろう」
「それでも私が!!! …やるって決めたの」
まっすぐと俺の目を見つめてくるリーシアに、俺は何やら気迫以上のものを感じた。
こいつならやってくれるコイツなら期待できる。
そういった希望を常に一心に持たせてくれる良い目だった。
だからこそだろうか、思わず手を握ってしまったのは。
「合格だ」
リーシアの目が驚きに見開かれ、その目に熱い涙が溢れる。
「奴のアラを徹底的に洗い出して、玉砕覚悟で国民にぶちまける。もちろん証拠を持ってな。それで奴の騎士兵団内――いや、国内での信用と権力は失墜し、奴は首を吊ることになるだろう」
「……うん………うん……!」
「もちろんこれはお前が隊長としてまともにやっていける優秀な人材であると俺が判断したからだ。そうなるからには当然、騎士兵団長になってもらわなければ大変困る」
リーシアの頭を撫でながら俺は微笑み、よく泣くやつだと言ってやる。
この頃のリーシアは15歳ながら大変な泣き虫だった。
それがたった3年であそこまでの重鎮になるとは俺も流石に思わなかったが。
だがこれで当初の目的が完遂出来そうだ。感謝しよう…そのためには。
「リーシア。お前の家が借金を抱える理由となったのは奴の豪遊だ。ということは当然踏み倒された代金は帳簿に載っていないと話にならない。証拠としてお母さんから決算書と帳簿をもらってこい」
「……うん、わかった。他になにか欲しいのがあるか?」
「お前に少しでもカリスマ性が欲しいという欲求はあるがそれはまた今度だ」
覚悟しろよカマキリ顔のがに股豪遊騎士兵団長。お前の首を握っているのはこの俺だ。
リーシアにはその首を持つ係を担当してもらってはいちゃったりするけどな。
「これは是非ご検討すべき内容ですハーケン陛下!奴は騎士兵団長という責務を担っておきながら、城下町のとある店で自由に飲み食いした挙句、国民を守るその刃を国民に向けて脅し、代金を踏み倒した…これは責任問題では解雇待ったなしではありませんか?」
「そうだな。タルバザは過去に一度も悪行はしたことも無いと言っていたがあれはなんだったのかね? これは責任問題としてきちんと取り上げ、貴方の権利を取り上げないといけません」
それからしばらく経った頃、俺とタルバザはついにハーケン陛下の元で剣を持たない真剣勝負を繰り広げることになった。当然だが観客は今まで苦渋を飲まされてきた騎士兵全員。
敵であるタルバザ軍はたった4人で四面楚歌だった。
この日の前日、不正を暴こうとしていたのがバレて、俺達は毒物を飲まされかけていた。
俺は飲んでもどうせノーダメージだったが、リーシアが危うく飲むところだった。
実際に飲んではいないが、飲んだという演技をさせて、さらに気分が悪いといった感じの演技はさせたので多分、この時タルバザはリーシアを死んだものとして扱っていただろう。
それでリーシアには別件を頼んで俺はタルバザと一騎打ちを楽しんでいた。
タルバザはまるで自分には否がない言わんばかりにふてぶてしい顔を晒し、俺達を見下していた。こいつは腹立つのであまり思い出したくない。
「すみませんが私にはな~んのことだかさっぱりわかりません。証拠が無いからには私には当然その店で飲み食いしたという証拠もございませんゆえねぇ…」
タルバザの息がかかった無能ども全員が一斉に笑い出す。虫唾が走る光景だが、手を休めて奴の思い通りにさせては絶対にならない。それだけは我慢ならない。
「すみませんがでしたら、この帳簿をご覧いただきたいタルバザ騎士兵団長。この帳簿にはエルミリアン酒店にある過去三年に渡って貴方が踏み倒した代金の引当金の流れがここに記載されている」
「これが本物かどうか怪しいとこ――――」
「失礼ですがそもそも帳簿というのは代替の効かないものです。しかも三年というボリュームとなると当然捏造や改竄と言ったことをすることなど出来ない。金の流れが曖昧になるからだ。経営不振につながるからだ」
俺は帳簿に記載されている償却費を指さしながらハーケン陛下に一生懸命アピールをする。さすがに帳簿がわからないだろうと踏んで予想してはいなかったのだろう。底が浅い。
「過去三年に渡って貴方が不誠実な行為をしたことは明々白々!さぁ土下座の一つでもしてもらわないと貴方はこの騎士団を追われて更には犯罪者として座敷牢に入れられることになりますがよろしいですね?」
「土下座をすれば…騎士でいられるのか……」
「……。」
俺は黙った。
嘘だ。そんな程度で騎士兵団に残れる理由はない。
土下座の一つでもすれば責任の一旦を拭える。これはケジメの問題だ。
タルバザは案外簡単に土下座をして俺に詫びた。
この時毒物を飲まされかけて部屋に立てこもっているリーシアにこの光景は見せてやりたかったものだ。
「――ランディ!」
っと思っていた矢先、リーシア=エルミリアンは玉座の間に現れた。
その手の中には何やら紙のようなものが握られており、息は上がっていた。
リーシアは資料をハーケン陛下に手渡すと、ハーケン陛下はそれを見て愕然とする。
「これは……!?」
「過去3年間全ての店で行った踏み倒し行為の証言と、タルバザの手によって償却されたと思われていた、少年少女虐待と少年少女強姦の被害届です」
「き、貴様ぁああああああああああああああああ!リィイイイイシアアアアアアア!!!」
逆上したタルバザが剣を抜き、リーシアに斬りかかる。
リーシアはこの時、騎士兵団内でも屈指のエリート剣士だった。
当然ではあるがタルバザが苦しまぐれに放った剣閃を切り返すぐらいは出来た。
「甘い!貴方の剣はそんな軽いものか!?」
「ひゅー!かっこいいー! さて…そろそろ落ち着け騎士兵団長!――《砕破掌》!!」
俺は未だにリーシアに斬りかかるタルバザを拳で殴りつけた。
その拳は顎を正確に打ち抜き、タルバザの貧弱そうな足がガタガタ震え、崩れ落ちる。
「お前は終わりだ…騎士兵団長」
「き、貴様も……道連れだ……馬鹿め………」
そう言って、タルバザは気絶し、ハーケン陛下は「勝負は決した!」と声を上げた。
周りにいた騎士兵は声を上げて歓喜し、タルバザの部下が肩を落とした。
そして……この時何者かが動き出し、俺の騎士兵としての自覚を問われることになった。
俺とリーシアはこの日、タルバザから確かに勝利を勝ち取った。
最高の勝利の裏で、タルバザのきっつい最後っ屁がお陰様で次第に立場を追われていき…流石にこれはハーケン陛下も表立っては助けてやれなく、俺はやむを得ず、騎士兵団を追われた。
まぁ無茶したことの自業自得だったわけだが、俺の心はどこか晴れやかだった。
俺は城下町の入り口で自分の荷物と馬車に乗っていた。
目の前には窮地を救いあった仲間、リーシアが、俺を見送るために立っていた。
「本当によかったのか? こんな終わり方で…私はもっとお前と一緒に――」
「いいんだよ。どうせ目的を完遂したら騎士兵団を止める腹積もりだったんだ」
「お前の目的って…一体何だったんだ?」
「あん……? んーー……」
俺は考えるふりをする。そして馬車の業者にすぐに行くように伝える。
突然走りだした馬車にリーシアは面を食らいながら追ってきた。
そんなリーシアを名残惜しく見届けながら俺は言う。
「騎士兵団長にでもなったら教えてやるよ!楽しみに待ってな!」
最後、俺達はお互いが見えなくなるまで手を振り合ったことを今でも覚えている。
「――というのが大体のリーシアとの大体の思い出だ。どうだ?どうでもよかっただろ」
「そうだね…最初は最悪の出会いだと思っちゃったよ」
「ま、アイツも成長したしな。喜ばしい限りだ」
俺はハルカが入れてくれたお茶を啜りながらハンモックに腰掛けて揺れる。
昔からハンモックじゃないと寝れない質なのは何故なのかはわからないままだ。
「今でもリーシアさんは、お兄ちゃんのこと好きなのかな?」
「ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
突然、あまりに突然のことだったので俺はコーヒーを吹き出した。
木製の床にコーヒーがこぼれて俺は慌てて雑巾を持ってきて拭き取る。
これが女将さんにバレたらまたやばいことになるぞ…。
「……なんでそうなる」
「だって私だったら惚れてると思うよぉ?そこまでしてくれるんだもん」
「別にアイツが誰に恋しようと俺は構わない。だがよりにもよって俺なのは我慢ならん!」
「今度真剣に考えてみたら?自分の周りの女の子のこと」
……ここは誠実であるべきか。
「わかったよ……ちょっとは考えるよ……」
俺の心にある何かが折れた音がした。
絶対勝てないものに屈服する。それが諦めるという意味だということを再認識した。
やっぱり、俺は女には勝てない。




