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有能なバカ

「……よし。荷物はこんなものか…」


 騎士兵団基地の一角にあるリーシアの個室。

 そこでは騎士兵団長として休暇を申し渡され、その日の朝を迎えたリーシアの姿があった。

 部屋の中はキリッとした佇まいで、無駄なものや着飾ったものは一切存在しない。

 元々リーシアの人生には、剣、鎧、家柄ぐらいしか打ち込めるものがなかったのだ。

 リーシアは壁に立てかけてある自分の鎧を見る。

 白銀で作られた鎧の表面は日光を反射し、部屋にさらに明るみを付けるほどまばゆい。


「お前とも、しばらくの別れになりそうだな」


 言うと、リーシアは鎧の代わりに胸が強調されるオープンなシャツの上から、前々から商人から購入した別世界の衣服、革ジャンを羽織った。そしてぴっちりとしたジーパンを穿き、ブーツに手を掛け、ヒモを結ぶ。

 一抹の寂しさをその心の内に宿し、リーシアは一呼吸すると、ドアノブに手をかけた。


「いってきます」


 リーシアの言葉に返事をするかのごとく、白銀の鎧がきらりと光ったのだった。




「…おはようさん」


 俺は朝一番に起きて朝食を作っていると、ハルカが眠たげな顔でベッドから起き上がってきた。

 やはり朝には弱いらしく、眠気眼で若干ブサイクになってしまっている。


「おはよう、お兄ちゃん…ご飯…できてる?」

「おう」


 俺が短く返事をすると、ハルカは食卓にある席に着き、朝食を持ってくるとちまちまと食べだした。

 前々からわかったことなのだが、この宿は基本的に朝食は各自で作れるようになっている。

 なんでもここの女将さんが朝起きるのが遅く、夜寝るのが早いという三年寝太郎なのが原因らしい。

 風呂場も個人の部屋でそれぞれあり、入るなら好きに入ってくれという感じだ。

 というか、キッチンが完備されている宿とか聞いたことがない。火元の対策は大丈夫なのか?


「おいしい……」

「それはよかった。ところで、明日からはどうする? することあんまないけど」

「…そうだね。とりあえずゆっくりしたいよ」

「できるかねぇ…今日から多分リーシアが来るぞ?」

「そうだった…」


 俺の作ったサンドイッチを口いっぱい頬張ったハルカが間抜けな声をあげる。

 そんな時、突如としてドアがノックされる音が部屋の中に響き渡る。

 手の水気を拭うと、眠気眼でサンドイッチを頬張るハルカを尻目にドアを開けに行く。


「やぁ」


 扉の向こう側には、俺が予想した通りの人間が其処に立っていた。

 騎士兵団長で俺に取っては出世頭であるリーシアだった。

 リーシアは珍しく白銀鎧の格好ではなく、胸元がオープンなシャツの上に革ジャン、そしてジーパンにブーツというスタイリッシュでスラっとした格好をしていた。


「リーシア。待ってたぞ」

「やはりバレていたか。騎士兵団式の隠し事もランディにはすぐにバレてしまうな」

「当たり前だ。タルバザに騎士兵団を追い出されるまでは参謀役だったんだ。アレぐらいわかる」


 俺は自分の頭を人差し指で小突ながら答えて、部屋の中に入れる。

 リーシアが部屋の中に入ると、ハルカが未だにサンドイッチを口にくわえていた。


「やぁ、おはよう。ハルカ殿。眠そうだな?」

「どうしても朝は弱くて…ふぁぁ」

「よく寝ることはいいことだが、度が過ぎるとブサイクになるぞ?」

「ふぁい…」


 朝の挨拶が済んで、リーシアはハルカの隣の椅子に座る。

 俺もリーシアを追って、自分の席に着き、サンドイッチを一つ頬張る。


「美味しそうだな? 私にももらえるかな?」

「んだぁ? お前、朝飯食べてなかったのか?」

「そうだな。ここで食べるつもりだった」

「騎士兵団長ともあろうお方が他人の家の飯をたかるんじゃねーよ」

「はっはっは」

「笑ってごまかすんじゃねーよ」


 言いながら俺はリーシアにも一つサンドイッチを差し出すと、リーシアはそれを受け取ってハルカ同様に口いっぱいに頬張って美味しそうに咀嚼する。

 そして、ひとしきり咀嚼し、飲み込むとリーシアは俺に話しかけてきた。


「それでランディ、ハルカ殿。今日はどのように過ごすつもりなのかな?」

「今日は例の召喚士の情報を待ちながらゆっくりって感じだな」


 俺はそんな感じにゆるく答えると、ハルカも同じように首を縦に振る。

 その様子にリーシアも首を縦に振った。


「そうか。ではちょうど良い情報がある」

「…あん?なんだよ?その情報ってのは」

「実はな。召喚士は今この王国のどこかにいるという報告を受けたんだ」

「マジか!?」


 思わず立ち上がり、リーシアに詰め寄る。

 リーシアは詰め寄られて困った風にちょっと後ろに下がると首肯した。


「あぁ、どうやらこの国のある男性のところにお見合いに来てるんだそうだ」

「え?なに?召喚士って結婚敗北者かなんかなのか?」

「言ってやるな。北方の国の男性は中々身持ちが堅いと聞く、伴侶を作るのも簡単ではない」


 この話をしていて、ハルカが何を言っているのかわからないという顔をする。

 世界情勢以前にハルカという個人には結婚系統の話にはさほど興味が薄いのだろう。

 そしてなにやらリーシアが何かを言いたげに口ごもり、やがて覚悟を決め、口を開いた。


「実はな…その召喚士のことで色々とゴタゴタがあって私もそいつに用があるんだ」

「どうゆうことだ…? 騎士兵団も召喚士を探してるってことか?」


 騎士兵団が捜索するような事例となると…政治で何かあったか。

 俺とリーシアの間で少しの沈黙を挟み、ゆっくりとリーシアが首肯する。

 ハルカは未だに俺達が何を言っているのかわからないといった感じだ。


「あぁ――と言っても私一人がやっているような極秘の状況だけどな」

「……言ってみろ」

「北方のインテスカ王国が国民にも無断で勇者召喚をしたらしい、事実上の宣戦布告だ」

「なるほどな。それでその勇者召喚を行った可能性が高いのが俺達の追ってる召喚士ってわけだ」

「あぁ、察しが良くて助かる」

「え~っと…」


 ハルカが声を上げて俺に何を言っているのか聞いてきた。

 俺は一呼吸置いて、笑顔を作る。


「ハルカ、つまりはだな…見つけたら叩きのめしてOKってことだ」

「あ…え? それでいいの…?」

「あぁ、召喚士をほっといていたら戦争が起こる可能性が高くなる」

「せ、戦争!?」


 戦争という単語に激しく反応を示す。

 前に聞いたが、ハルカの住んでいた世界では戦争というのは確かにあった。

 だが…ハルカの国では経済の発展と国と国、人と人とのつながりで平和を得て、戦争とは無縁な人生を送っていたということだったらしい。

 だからこそ、戦争という言葉を一番恐れているのは異世界人であるハルカだった。


「だからこそ戦争を先回りして未然に解決する必要がある。そのための召喚士差し押さえってな」

「えっと、あっちの痛いところを捕まえて、少しでも戦争の火種を消そうってこと?」

「そうゆうことだ。なら急いだほうが良さそうだな。俺の作ったマズい飯なんて隣の奴に――」


「「それは駄目!!」」


 食い意地を張った二匹のトラに睨まれ、俺は両手を上げながら黙るのだった。





「召喚士の名前は《アリナリーゼ》。北方のインテスカ帝国に存在する魔法学院を主席で卒業した天才だ。同時に変人でもあったようで32歳となった今でも独身を続けているそうだ」


 ディスタム王国城下町、そこでランディたちは城下町を散策しながら資料に目を通す。

 ハルカは未だに心配顔で、俺のジャケットの袖をつまみながら何とか付いてきていた。

 俺は資料を読み進める内にあることに疑問を抱く。経歴のそれが賢人すぎるからだ。


「それほどの賢人が勇者を召喚することがどうゆうことが知らないわけがない…」

「知っていただろうさ。それほど独りが怖かったのだろう」

「なぁ?結婚ってそんなに大事なことなのか?あんまし急ぐものでもなくね?」


 俺は資料を読み、街の中を歩きながら言ってみる。

 確かに結婚っていうのは女性にとっては大事かもしれない。

 だけど世の中には独り身が気楽で良いとかって言って一生身を固める人だっている。

 騎士兵団内でもそうゆう人たちは居た。その人達の今は養子をもらって幸せそうだった。


「彼女には召喚などの魔法ぐらいしか持ち物がなく、それ以外の技術に関してはからっきしだったのではないか?おそらくは冒険者以外の何かしらの職に就きたかったんだろうが…辛い現実を突きつけられたのだろうな」

「だから、自分の金づるになってほしい男性を見つけて、養ってもらうと…」


 汚い表現だが、それがベストだろう。

 はっきり言ってそのアリナリーゼに対しての評価は最低だ。


「あと単純に寂しいんだろう」


 いつも思うがリーシアのいうことは何かと率直だ。だからこそ俺は信頼できるのだろうが。

 …それと同時に喧嘩の元はその率直さだと思われるのもあるが。

 リーシアも率直な感想を聞かせてもらったので俺も率直な言葉で返す。

 もちろん、そのアリナリーゼという召喚士を駄目な奴として認識させてもらった上で、だが。


「ただの婚活敗北者の成れの果てじゃねえか」

「そうだぞ。だからこそこうゆうことをするんだ。男を追いかけてカサカサカサカサと…そして自分は蚊帳の外を装って幸せになろうとして挙句の果てに破綻する。よかったな?お前にはちゃんと相手が出来そうだぞ?」


 リーシアは俺とハルカを見てそう言うが、俺は逆に少し腹を立てた。

 別にこいつとはそうゆう仲ではない…と言いたいわけではないが。


「それはハルカか?それともお前か? それは無理な相談だな」

「何故だ? 悪い話じゃないだろう?」

「ハルカはもうじき必ず元の世界に帰る。お前とはなんか喧嘩ばっかしそうだから嫌だ」

「…だけど、人は必ず恋に落ちる。そんなことを言っているのも今のうちなんじゃないのか?」

「……まっ、そうかもな」


 リーシアに正論を吐かれ、俺は黙り、ハルカは気むずかしい顔をする。

 「絶対に無い」というガキっぽい言葉を俺が口にすることはなんだか嫌だった。


「なぁ、ハルカ殿にランディ。今度腹を割って話をしてみないか? 君たちの本音を知りたい」

「私は、いいですよ? まだ二人には色々と聞いてないことあるし」


 ハルカはリーシアの問いに色よい返事を返し、俺は逆に黙り込んだ。

 俺の反応が無いのを見て、一呼吸置いてリーシアは微笑む。


「まぁ、まずはアリナリーゼの消息を調査することからだな。街の人に話を聞いても多分わからないだろう。民家を一軒一軒訪ねて回るのも面倒だ。ここは……」

「――馬鹿野郎。やることは一つだ。虱潰しにアリナリーゼを探す」

「そう言うと思ってたよ…ほら」


 横暴な俺の言葉を聞いて、リーシアは新たに一枚、俺に紙を手渡した。

 それにはアリナリーゼの居所が書かれており、そこの家族構成まで記してあった。


「リーシア…おま、これ…」

「これが公に出ると私達が個人情報を調べたとして問題になる…さっと目を通せ」


 …俺はリーシアに対しての評価を改めることになったようだ。

 こいつはもう単なるバカじゃないのかも知れない。――有能なバカになったのだ。

 俺はリーシアから受け取った資料に目を通し、ハルカが背負っているバッグに押し込んだ。

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