ランディの目的と、たかが外交官。
俺達マーサの森へ向かった一行は、森から帰還し、その森で起こった全ての事例を何一つ脚色すること無くハーケン陛下に全て報告した。
ハーケン陛下はこの報告を聞き、安堵したようにため息を吐いた。
「そうか…マーサの森の瘴気は消えたか…よかった」
その言葉を聞き、横に居たハルカはグッとその薄い胸の前で拳を握って喜んだ。
そして耳打ち気味に俺に「やったね」と言い、俺も「やったな」と返す。
話を横で聞いていたリーシアも小さく笑みを漏らしていた。
ハーケン陛下はひとしきり報告を聞き、報告書に目を通し、安心した表情から一転して疑問顔になり俺達にあることを聞いてきた。
「…ちなみに、その短剣というのは何だったんだろうか…」
「わからねぇ…だが、あれが何らかの形で瘴気に関わっていることは確かだ」
「うん、そうだね。私もその線は間違っていないと思っているよ。…だからだね、ランディ君」
「なんだ? あの短剣を持ってこいというのは無理な話だぞ?」
「いや、違う話だ。 実は…」
ハーケン陛下は玉座から腰を上げて俺をまっすぐと見つめて言う。
其処には平民も国王も関係ない、心からの願いが込められていたような気がした。
「今回の功績を持って、君を騎士兵団に戻すこともできるようになった。その気になれば騎士兵団で良い地位を獲得できるが…どうする?」
ハーケン陛下は俺にこう言うと、ハルカは驚き、リーシアは「おぉ」と声を上げた。
だが、俺だけは違い、ハルカに一度目を配ると、ハルカは正直動揺しているようだった。
そして、俺は覚悟を決め、ハーケン陛下に向きなおる。
「大変嬉しい申し出ですが、騎士兵団復帰の件、今は辞退させていただきます」
「…わかった。こちらとしても残念だ…君のように良い人材は中々居なかったのでね」
「えぇ、俺が騎士兵団に入ってやりたかったことが達成された今、ここに用はありません」
「そうか。 …差し障りないなら、その目的、聞いてもよかったかな?」
「……。」
俺はハーケン陛下の言葉を聞いて、すこし考えて、応えを出す。
「いえ、なんてことないことだ…」
それだけ言うと、俺はハルカの方へと駆け寄り、ハルカの肩に手を置いた。
「俺の今の目的は、コイツを元の世界に帰す方法を見出すことだ」
ハルカは俺の言葉を聞き、俺の顔を見上げた。
そしてホワッと安心したような、嬉しそうな顔をして、目を細める。
俺達の様子にハーケン陛下は納得がいったように首肯した。
「なるほど…あくまで、その目的を達成するまでは騎士兵団に戻る気はないと?」
「はい。申し訳ありません」
俺は真摯に頭を下げた。
ハーケン陛下には殴られても良い覚悟で頭を下げたが、陛下はむしろ優しげな顔で俺を見ていた。
その表情に、俺は安堵の息を漏らし、そしてもう一度頭を下げた。
「そうゆうことなら分かった。私も全力を尽くして、その方法を探そう」
「ありがたい」
頭を下げる俺にハーケン陛下はもう一度首肯し、俺に背を向けて玉座の前へと歩く。
「早速その方法を探すための情報をかき集めようと思う。ランディ君、何かほしい情報は?」
「…情報……そうだ、召喚士! 北方のインテスカ帝国に居るっていう召喚士の居所を知りたい」
「わかった。それで検討してみよう。監視部の騎士兵にも通達して、できるだけ情報をかき集める」
「お願いします」
「――リーシア騎士兵団長。お疲れのところ申し訳ないが、君にはまた新たに任務を追加する」
「ハッ!なんなりとお申し付けください」
「リーシア騎士兵団長。貴様に少しの間休暇を申し与える」
「ハッ! ……………………………えっ?」
何が言われたかわからない…という風にリーシアは呆けた顔になって間抜けな声をあげる。
「だから、リーシア騎士兵団長。君は、しばらく、休暇だよ? 給料だけは有給だから安心しなよ」
「いや、そんなことを気にしているわけではなくてですね…え?」
「僕の言いたいこと…わかるよね?」
そう言うと、ハーケン陛下はリーシアに目配せを送り、小さく何かを呟く。
それをリーシアは聞き取り、なるほど、といったふうに何度も頭を上下させた。
「わかりました。ではこの休暇、ありがたく頂戴いたします」
「うん、楽しんできなよ?」
「陛下、リーシア、俺達は先に外に出ていていいよな? 今日はもうゆっくりと寝たいんだ」
「あぁ、構わないよ。この騎士兵団基地には今後自由に出入りするといい。まぁ、その時は…私の友人として、私に会いに来た…と警備兵に言い伝えておけばいい」
「わかった。重ね重ねすまない」
「いいんだよ。私は君たちに無関係な仕事を頼んだんだ、コレぐらいはさせてくれ」
陛下は手をひらひらとさせながら言い、俺とハルカもひらひらと手を振る。
リーシアは騎士兵団基地に残って何かしら休暇の準備があると言い、その場に残った。
そして俺達は騎士兵団基地を出て、城下町を歩く。
夕日はすっかりと落ちきっていて、辺りは真っ暗、お陰で発火魔法が無いと足元が見えない。
辺りから子供達のはしゃぐ声が響き、その子供達を叱ったりする親御の大きな声も聞こえてくる。
そんな中、俺達は城の門前にある階段を一段一段下りながら、話をしていた。
「そういえば、リーシアさんの休暇って…」
「あぁ、あれか。あれは休暇にかこつけた実質上の遠征任務発令だ」
「……え? じゃあリーシアさんはどこかに行くってことですか?」
ハルカは階段を下りる足を止め、俺の顔を見る。その顔は心配そうだった。
「まぁ、騎士兵団長ともなろうお方が単身で堂々と遠征任務に行けるわけもない。だから多分陛下は普段働き詰めのリーシアに休暇という形でなにかしら任務を与えたんだろ」
「なるほど…でも、その任務って一体何なのかな?」
「そのことなんだが…多分アイツ俺達に付いて来るぞ?」
「え?それってどうゆうこと? リーシアさんの任務って私達についていくような仕事なの?」
「お前…さっきの話を本当に聞いてたか? ハーケン陛下はお前が元の世界に帰れるようにバックアップするって言ってたんだ。たぶんリーシアはそのための助っ人だろう」
俺はハルカから目を離し、再び歩き始めると、ハルカも遅れないように止めていた足を進める。
「まっ、本当にリーシアが休暇をぶった切ってまで仕事詰めだったってところもあるとは思うが」
ポケットの中に手を入れて歩く俺は、ふと何かに気づく。
階段を降りたその先で、俺達とは反対に階段を登ってくる人物がいた。
その人物はただならぬ剣幕で階段を猛スピードで駆け上がっていく。
その手の中には革の鞄があり、その表面には「アイズ=グレッチマン」と名が掘ってあった。
「……。」
グレッチマンは俺達が目に入っていないといった感じに階段を駆け上がり、俺達とすれ違う。
俺は通りすがったその背中を目で追う事なく、何事もなかったかのように階段を降りていく。
「……知ってる人?」
「いや、知らない人だ…だが、昔騎士兵団に居た時に、その名前は何度か聞いた覚えがある」
「…どんな人なの?」
「外交官だよ。 ――そんなことより、今日の晩御飯はどうする?」
「どうする、じゃないでしょー!? 結局作るの私なんだよー!? だいたいね…」
「はいはいわかったわかった」
外交官、それ以外は本当に知らないので、話を切り替えてハルカと談笑して、階段を下りる。
あの外交官については騎士兵団に居た頃、当時の上司であった糞上司が自分の地位向上を目的にアイツにゴマをすれと何度も聞かされてきた相手で、同時にハーケン陛下が認識するに、ごまをすってもなびかないような有能な外交官であることも聞いていた。
その有能な外交官が一体、血相を変えてどうしたというのだろうか…俺はハルカに笑顔を見せる裏で、密かに不安と、疑念と、嫌な予感を察知していた。
「宣戦布告……だと?」
騎士兵団基地内、その玉座の間にて、ハーケンとリーシアは己が耳を疑った。
目の前にはインテスカ帝国の有能な外交官、アイズ=グレッチマンが跪き、目を伏せていた。
ハーケンの手元には、グレッチマンが作成した現状の資料が数枚、それと勇者に関する全ての情報が記載された資料があり、ハーケンはその資料に目を通しているところだった。
「はい、先日勇者が我が国の王の独断によって、北方のインテスカ王国にて召喚されました」
「……なるほど? それで、君としてはどうしたいのかね?」
ハーケンがそう言うと、グレッチマンは両膝をついて、両手を床に置いた。
「…私の願いであれば、土下座の一つでも下げさせていただき、三国首脳会議を開かせていただき、我が国の愚王の愚行を止めていただきたく…」
「でも、そのためには西方のヨーロリア共和国の方にも理解と了解を得なければならない」
「抜かりはありません。私が不眠不休で全力で走れば、一週間と立たずにヨーロリア共和国の方へと話を通しに行けます」
そうは言っているものの、服はボロボロで既に何かしらの木々に引っかかったような服のほつれや泥の汚れが目立っており、とても国王に謁見することのできる服装ではなかった。
とはいえ、これは緊急の案件、相手は優秀で評価の高い外交官ともなれば通さないわけにもいかない。むしろ服の汚れはいかに事を急がなければならないかをその身で語っていた。
ハーケンは顎に手を当てて、グレッチマンを眺め、こう問いかけた。
「………ちなみに、君、我が国に到着するまで幾日かかった?」
「一日です」
グレッチマンはハーケンの目を真っ直ぐ見て言う。
「……君のその戦争を起こさないようにする覚悟がどれほどかは理解した。私も全力で協力しよう、ついでにウチで一番足の早い馬と使いを出しておこう、そいつはおそらく一日で共和国に到着できる」
ハーケンの言葉にグレッチマンは目を見開いた。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! …ありがとうございます!」
そのままグレッチマンは何度も何度もハーケンに頭を下げた。
床に這いつくばり、両手を床の上に置き、額を床に押し付けてひたすら頭を下げた。
その様子にハーケンは申し訳ないというふうにグレッチマンから目を離し、リーシアの方を見る。
「リーシア、君の休暇は続行だ。政治のことはしばらく私に任せて、お前はゆっくり休め」
「はっ…ありがたく頂戴致します」
「……さぁて……グレッチマン殿。頭を上げていただきたい」
そう言われてグレッチマンは頭をあげると、ハーケンは手を差し伸べて言う。
「君にここまで頭を下げさせたのだ、トップである君のところの愚王の土下座が見たくなった」
「……えぇ、あの愚王は政治家としてやってはならないことをした…うちの愚王には頭の一つでも下げてもらわねば、私としては大変、遺憾ながら、いやいや申し訳ないけども…頭を下げてもらわねば困ります」
「あぁ、君のところに召喚されたという勇者…いや、《渡り人》の男の子もかわいそうだからね」
「まったくです。絶対に償わせてやりますとも」
グレッチマンは差し出されたハーケンの手に捕まり、立ち上がる。
その背中は汚れてはいるものの、リーシアが見るに、誇りに溢れていた。
「たかが外交官として」




