そして世界は動き出した。
「王様!待っていただきたい!他国に戦線布告をするとはどういった了見なのでしょうか!」
インテスカ帝国の王宮…その荘厳と言った雰囲気が流れる玉座の間にて、跪いた体制から顔を上げて、帝国最高の外交経験を持つ外交官『アイズ=グレッチマン』は声を張り上げた。
「言ったとおりだ。我々は、戦争を、仕掛ける…と言っているのだよ」
「ちょっと待って下さい!今、戦争をすれば!私達外交官が外へ出向き、頭を下げて、上げてきた業績が全て水の泡となります!王様はどういった理由でそのご決断をなされたのですか!」
グレッチマンの問いかけに、インテスカで絶対的な権力を持つ最高権力者『ワイズマン=ヴェルカード23世』はふんぞり返り、グレッチマンを見下すように、顎を上げた。
その目には老人故か疲れが見え隠れしており、長く蓄えた顎鬚がそのまま生きてきた人生の長さそのものを説明していた。
ワイズマンは三回ほど首を上下させると、思い立ったように腰を上げた。
「前日、勇者殿をこのインテスカ帝国にて召喚した」
「勇者様を…ですか!? でもそれは――」
「これを他国に知らせるとなると…事実上の宣戦布告となる」
勇者…この世界の伝承では伝説とされる、魔物の蔓延る西方の大陸にある魔族の帝国を叩き潰し、世界の平和と人類の安寧をもたらした張本人である。
だがその実、政治家たちの評価では、その勇者は所持しているだけで他方への牽制となり、脅威となる…言わば、日本で言うところの発射されない核爆弾である。
そのことをもちろんグレッチマンは知っており、ワイズマンも理解していり、ワイズマンは全てわかっているというふうに顎鬚を触りながら、口を開いた。
「だがこれは同時に抑止力となる…たとえ今回の勇者殿に戦闘能力がなかろうと、それはどうだろうと関係ない。…大切なのは、宣戦布告によって発生する独立化の確立だよ」
「独立化!? そんなことをすれば、我が国が流通している経済のほとんどがストップすると言っても過言ではありません!そうなればただただ自分の首を絞めるだけだと何故わからないのですか!」
「…私の方こそわからないな。アイズ=グレッチマン外交官。 …私は独立化を推進すると言っているのだよ。その程度で経済が疎かになるはずなかろう。商人達は胆力がある」
「経済をあまり舐めないでいただきたい王様。私はこの国の安全面ではなく、この国の物流と利益を懸念しているのです」
抑止力という単語を聞いた時点で、グレッチマンは立ち上がっていた。
外交官として、何よりも戦争が嫌いな一人の人として、宣戦布告の話に反対の意思を示した。
それを聞いたアイズマンはニヤニヤと何やら笑みのような物を浮かべて、なんという程でもない…とでも言いたげに話を続ける。
「物流と利益…。――なるほど?っで?で?で?で? それには国民の平和と安心はどこにある?」
「大いにあります!この国の人間全てが流浪人というわけではない!国民は何かしらの職に着いて生活を得ているのです!平和と安心であれば十分あります!」
未だに顎に手を当てて、アイズマンはため息を吐く。
「でもそれはさぁ…国民が行っている事業とかの話…だよねぇ?」
「……何が言いたいのですか?」
挑発するがごとく首をかしげながら、グレッチマンに冷めた目線を向けて、ワイズマンが口を開く。そしてグレッチマンはワイズマンのその態度に思わず広角を下げて、睨みつける。
「残念ながら…非常に残念ながら…大変残念ながら…君の言っている物流と、他国から入ってくる利益では…敵国の槍から、剣から、弓矢から、魔法から、国民を守ることは不可能なのだよ…」
「……。」
「例えばの話だが、今、この話をしている間に、南方のディスタム王国、西方のヨーロリア共和国が、突如、槍、剣、弓を携えて城下町を襲ったらどうだろう?」
「お言葉ですが、ディスタム王国の国王ならびにヨーロリア共和国大統領、そのどちらともそのように三国調和を乱すような愚行者とは思えませ――」
「私は例えばの話をしているだグレッチマン君。わかるかね? 例えば、その状況下に陥った時、私達は『私達には利益が物流が』と言って敵兵に見逃してもらえるとでも思うかね?」
「……。」
「君の言っていることは…机上の空論だ。幻想だ。妄想だ。わかるかね? 金の流れでは、人の未来は…明日は…救えないのだよ」
ワイズマンの言うことにグレッチマンは拳に力を溜めながら押し黙る。
だが、拳に力を込め、自分の仕事への侮辱に対する言葉を、しっかりと噛みしめた後、グレッチマンは静かに、かつ腹に力を込めて口を開いた。
「王様のおっしゃられていることは十分わかりました。ですが、私は外交官です。国の民を本当の意味で守るには、最終的に戦争のための武力ではないことを知っています。じゃあ本当に必要な物はなにか? それはわかりますね?」
「いいや? 何かなそれは? 金かな?それとも物かな?それとも媚びへつらうことかな?」
いいえ。 とグレッチマンはそこで一度言葉を区切り、目を閉じ、そして開眼と同時に言い放つ。
「人と人とのつながりですよ…。私はそれを、外交官という糞みたいに転勤や出張の多い糞みたいに忙しい仕事の中で学びました。 …失礼します」
「待ちたまえ。君は今更一体どこに行くというのだね?」
「決まっているではありませんか」
グレッチマンは玉座にふんぞり返る国王から背を向け、短く言葉を置いた。
もう二度と自分の仕事を侮辱されないよう、グレッチマンは玉座の間から立ち去った。
玉座の間を出たグレッチマンは大扉を開けると、そこには自分と同じ職場である外交事務所に所属する若きホープ、『レニング』が起立していた。
「グレッチマンさん。…どのような話を、国王様からされたのですか?」
レニングは玉座の間から出てきて、そのまま真っすぐ廊下を足早に歩いて行くグレッチマンを追いかけながら言う。
グレッチマンはレニングの方へと向かず、その問いに真剣に答えた。
「近いうち、ウチの愚王は他国に宣戦布告するらしい。…勇者を所有して、抑止力になると本気で思ってるらしいからな。俺達はそれの為に呼び出されてクビを申し渡された吹っ飛んだ後の頭ってわけだ」
「そんな!ウチの業績は南方の国も、西方の国もどっちも高く評価してくれました!そんなことをすれば双方の国を裏切ることに!」
「そうだ。だからそうなる前に、三国調和を乱すような行いをあの愚王がする前に、三国首脳会議をする算段を立ててもらって、愚王に両国から圧力をかけてもらう。それと勇者に関して、戦力にはならないと伝えなければならない」
「…あくまで、勇者を所有していようと、三国内のパワーバランスは今までどおり均等…そうゆうことですね?」
「弁明をすればするほど墓穴を掘るような行為になるが、その恥を被ってまで国民は守らなきゃならない。そのためにはまず、国内の軍事や企業にも声を掛けろ。俺はまず南方のディスタム王国へ行く」
「はい! 外交官のみんなと協力して、国民からの戦争反対デモも狙ってみます!」
「それがいい。頭が良くなったじゃないかレニング」
「キレの良い上官に恵まれたからですよ」
「違いない」
二人はスタスタと足早に廊下を歩き、小笑いをして、自分たちの職務に取り掛かる。
自分たちのため、そして自分たちの家族と友人と、何より大好きな自分たちが大好きな国のために。
グレッチマンはその後、廊下のど真ん中を歩きながら小さく呟いた。
「国王だからって政治が全部自分の思い通りになると思ったら大間違いだぞ…ワイズマン」
この日、世界は大きく揺れ動くことになり、この動乱にハルカもランディも巻き込まれることになる。
彼らは、その時まで…まだ、ディスタム王国で洗濯をしていることだろう。
…世界が動き出したことにすら気づかず。




