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騎士兵団からの呼び出しと新しい服


 俺達がゴブリン退治をしてから、およそ一週間が経過した。


 街では未だに瘴気への恐怖心が拭えておらず、街を歩けばマーサの森に関するうわさ話が絶えない。

 あの日から騎士兵団はマーサの森を探索し、原因を探っているが結果はなんとも言えない状態。

 実際、調査の任務にあったったリーシアがマーサの森から帰ってくる度にため息を吐いていた。


 その間俺達は何をしていたかと思えば、遠出するための準備を整えていた。

 もちろんマーサの森なんかに行くためではない。

 リーシアが前に話していた《召喚士》のことを確かめに、北方の《インテスカ帝国》の方へ行くためだ。


 俺達は今、朝起きて鏡の前に立ち、歯ブラシで歯を磨いていた。

 俺の方は朝に強いため、意識がハッキリとしている。

 対するハルカはと言えば、俺の横で歯ブラシを上下させながら眠そうな顔で鏡を凝視していた。


「ふぁぁ…眠いぃ…」

「お前が遅くまで魔術書とにらめっこなんぞしてるからそうなるんだろうが」

「いやぁ~…応用が効くようになると、色々面白くってさぁ…」

「寝不足で調子悪くなってちゃ世話ないけどな」


 眠い目をこするハルカは、口の中をすすいで、洗面台にぺっぺをする。

 俺も続いて洗面台に口の中で溜まった泡や水をぶちまける。

 そんな俺達の朝に、部屋の扉を開けて誰かが入ってきた。

 宿の女将だ。


「ハルカさん、ランディさん。お客様がいらっしゃっていますよ」

「お? んじゃ今行くんでちょっとだけ待っててもらっても良いですか?」

「はいはい、じゃあ早めにおいでくださいね」

「「はーい」」


 それだけ言うと、宿の女将は扉を閉めて部屋を出ていき、俺達は顔を見合わせる。


「誰だろうね?」

「おおかたリーシアあたりじゃないか? あ、でもアイツに宿泊場所教えてねえや」

「ギルドの人かな? もしかしたらまたゴブリンとかが街の近くに現れたとか」

「いや、それはないだろう。 あのへんだって最近騎士兵団がしょっちゅう出入りしてるんだからな」

「えっと…じゃあ誰だろう?」


――ガチャッ


 俺達がそんな感じに話していると、なにやら扉の方が開いて、俺達を尋ねた本人の方から顔を見せた。

 扉の方に視線を向けると、そこにはギルドで出会った渡り人、ヒトミという人が息を荒らげていた。

 顔も汗だくらしく、なにやらただごとではないことだけが読み取れた。


「ヒトミ…だったか? どうした?」

「ランディさん。今すぐに騎士兵団基地の方へと急いでくださることは、でき、ますか…?」

「…何があったんだ」


 俺の声が低くなるのを自覚する。

 頭のなかをよぎったのはリーシア辺りの大怪我…いや、それどころか騎士兵団の調査が大失敗か。

 どちらにしても朗報というわけではなさそうだった。


「騎士兵団の方から…直々に、ランディさん達へと…依頼が、申請され、たんです」


 ということは、騎士兵団の方で何かしらのトラブルがあったのか。

 騎士兵団の方からギルドに依頼があるということはただごとではない。民間軍事企業みたいなところがあるギルドでは、正規の戦士は少ないため、あまり公には頼ったりされないのだ。

 それに騎士兵団にもプライドというものがあり、そこを考えるとしたらことさらすごいことで、今頃街中お祭り騒ぎのようにうわさ話にはなさかじいさんしてるのでは無いだろうか。


「…わかった。すぐに向かう。ハルカ、準備してからすぐに出るぞ」

「うん、ちょっとまってね。まだ髪をまとめてないから…」

「はやくしろよ?」


 俺は髪を一生懸命世話するハルカを一人置いてヒトミと一緒に部屋を出る。

 ヒトミは遠慮がちな顔で俺の方を見て、顔色を逐一伺ってくる。

 昨日のことが気にかかっているのだろう。なんとなく怯えの色がヒトミの顔から読み取れた。

 そしてヒトミは俺の顔を伺いながらも俺の方にあるものを差し出しながらこう言うのだった。


「ランディさん、こちらを…」

「なんだこれ、随分と暖かそうな上着だな?」

「私達の世界でいうところの、レザージャケット、です…」


 ヒトミが手にしていたのは、黒と赤が主な色の重厚感のあるレザー素材のハーフコートだった。

 フードやポケットなどもあり、なんといってもこの世界にはないチャックや俺達には謎な素材の生地という存在があちらの文化と技術を主張してくる。

 俺はそれに見とれたまま、ジャケットを受け取って羽織ってみる。サイズはぴったりだ。

 実際に羽織って分かったが、結構皮っぽいのに柔らかい…。


「なんでこんなものを俺に?」

「マスターが…騎士兵団が出す依頼、だから注意が、必要だと言っていましたので…」

「ふーん、まぁ良い物をくれるっていうならありがたくもらっておくけど」

「はい、意外に、頑丈ですし、ハルカさんと並ぶなら、これぐらいあげてもよいかと」

「あぁ…うん、なるほどね」


 ヒトミが服をくれた理由が何となくわかった。俺の格好が基本的にみすぼらしいからだ。

 俺の格好は城下町の連中とは見合わないほど古くて、みすぼらしい。

 大体が騎士兵団を辞めた際に採算の合わない生活をしていたのが大体の原因で、アタゴ村で安定していても未だにこの絹の服以外はあまり着ていない。

 だからだろうか、ハルカが目新しいほど綺麗な純白のワンピースに、革のブーツなんかの格好をしているからか、かなり、いやとんでもなく目に見える格差が激しい。

 ヒトミは流石にそこら辺を気を利かせてくれたのだろう。確かにマスターの立場としてはギルドの使いとして騎士兵団に行かせるためだけに、古い絹の服を着たやつを仕向けるわけにはいかない。

 つまりはヒトミ自体、言っていることは半分本音で、半分が建前なのだろう。

 いい性格している、マスターも、ヒトミも。


「委細承知ってことだけ、マスターに伝えておいてくれ」

「はい。わかりました。では私はこれで失礼致します…」

「おう、気をつけて帰れよ」


 ヒトミは手を振る俺に一礼すると、足早に宿屋の出口に向かって走り去っていった。

 俺はそれを見送った後、部屋に一度戻る。


「あ、お兄ちゃん。ヒトミさんは帰っちゃったの? ってどうしたのそのかっこいいジャケット」

「ヒトミにもらったんだ。俺のいつもの服装が結構みすぼらしいからってさ」

「たしかにそんな絹のシャツだけじゃあねぇ。けっこう似合ってるよ…まぁ厳つい的な意味でも」

「……。」


 そんなに俺は悪人面をしているのだろうか?

 まぁいいだろう。そう言われるのは今に始まったことじゃない。ホントに。


「そんな黒と赤っていうどぎつい色が…またなんていうか、悪者感出てるよね」

「うるせえ」


 ハルカの頭にげんこつを落とし、軽く嘆息した俺は準備が終わったと言うハルカを連れて宿を出る。

 最近どうもハルカの俺に対してへの見識がちょっとおかしくなってきている。

 まぁマーサの森でのワイルドドックと戦った時にテンション上げすぎた時のアレが原因だろうが。

 …たぶんハルカも受け入れてきてるのではないだろうか。

 兄貴ヅラして俺もまだまだ気を使わせてしまっていることに、俺は自分の情けなさを痛感した。





 俺達はとりあえず騎士兵団の方に着くわけだが、そこの兵士は昨日と同じ人とは思えなかった。


「お疲れ様です!」

「あ、あぁ…?」


 槍を携えた兵士は俺達を確認したやいなやビシッと起立し、敬礼をしてきた。

 俺達はその様子に違和感ばかりが頭に浮かんで、通り過ぎた後二人してヒソヒソと話し合ってしまう。


「…お兄ちゃんなにかしたの? あの人確か昨日かなり舌打ちしてた人だよね?」

「そのはずなんだが…なにか心変わりがあったんだろうなぁ」

「もしかしたらだけど、お兄ちゃんの地位が騎士兵団の中で上がったのかもよ?」

「…それは地味にマズいんだがなぁ」

「なんで?」

「あんまり睨みつけられたくない奴に睨まれるからだ。そいつに睨まれたら最後、多分色々仕向けられてしまう。お前に迷惑は掛けられないし正直言って面倒くさい」


 噂を広げることに精通し、俺を騎士兵団から追い出した張本人がそうなんだが…。

 まぁそいつに遭遇するなんて考えたくないし、俺に対する態度が騎士兵団内で多少変わったぐらいなんてことも思ったりは流石にすることないだろう。

 俺とハルカ、本当に不本意で面倒くさいが、ついでにリーシアにもまた何かしようもんなら今度こそ死ぬまで靴底をお見舞いしてやるが。


「……えっと」


 ハルカがまた俺の目を見て怯え始める。

 …いかんな、どうも最近わかりやすくなってきたみたいで、ハルカやヒトミ達を不安にさせてしまっている。恥ずかしい限りだ。

 とりあえず、言葉だけでもなんでもないように振る舞っておくか。


「大丈夫だ。そいつが何かしようもんなら踏みつけて苦しめてぶっ殺しておくからよ」

「…とりあえずお兄ちゃんがそんなにその人のことが嫌いなことがわかったよ」

「あぁ、大っ嫌いどころか早く死んで欲しいやつだ」

「――ランディ、お前は騎士兵団の廊下の真ん中で随分と物騒なこと言っているようだなぁ?」


 突如、後ろから声を掛けられて俺達はびっくりして振り向くと、其処には銀色の鎧に身を包んだ俺曰く世界に轟く騎士バカ、およびバカ騎士、リーシアが仁王立ちで立っていた。

 リーシアは俺の鼻に触れそうなぐらい近い距離まで顔を近づけてきていて、俺の鼻先で思いっきり嘆息しやがった。

 あれ、意外にも結構いい匂いがするぞこのバカ騎士。…フローラルの香りかな。


「リーシアか。とりあえず顔が近いからどけ」

「ふむ、これは失礼した」


 俺の唸るような一声にリーシアが一歩後ろに下がる。リーシアの背後には二人の騎士兵が立っており、その二人も俺達をなにやら羨望のような目で見ていた。


「それで、リーシアさんは私達に何の用が…?」

「あぁハルカ殿。実は折り入って国王陛下からお呼び出しがあってだな」

「…俺らごとき一般民に陛下が?」

「ランディ、君は自分の評価が低いと感じてしまっているようだが、別にそんなことはないのだよ」


 俺から一度目を離してハルカのほうへと説明のために鼻先を向けるリーシアはゆっくりと語る。


「ハルカ殿、君には前に説明したと思うが、このランディという男は騎士兵団を除名されている」

「はい、それは前にも聞きましたが…」

「あぁ、理由は…私に対して嫉みを持っていて、私を謀殺しようとした上司をこいつが殴ったからだ」

「……。」

「ま、その上司という男…タルバザはもう騎士兵団には居ない」

「あいつ、くたばったのか?」

「いや、除名だよ。国王陛下直々のお達しだった」

「それはよかった。アイツに靴底を食らわせられる機会が無くなったかと思っちまったよ」

「ふふっ…ありがとうな」


 グッと拳を握ってニヤリと笑う俺に、リーシアは微笑み、礼を言う。

 正直に言ってなんで死んでないのか少し憤ったが…な。

 んで、あの野郎も結局は騎士兵団を追われた…か。まぁ当然だよな。


「ま、そうゆうわけで、それが騎士兵団内だけで公表された今、君は騎士兵団長を救った英雄ということになっている。そうゆうわけで、よろしく英雄様」

「何がそうゆうわけだよ…ってなんだって…?」

「団長殿…そろそろお時間が迫っておられます」


 後方の二人の騎士兵が遠慮しがちに注意をうながすと、リーシアは「うむ」と頷いた。


「ではそろそろ行くとしよう。着いてまいれ」

「おう、行くぞハルカ」

「うん」


「あ、そういえばなんだが…」

「…あん?なんだ?」

「その服、気合が入っているのは結構なのだが、お前が着るとかなり厳ついな」

「あ、リーシアさんもやっぱりそう思います?やっぱり悪どくみえちゃったりしますよねぇ~」

「流石に黒と赤というのはあまりにも悪趣味というか…」

「でもまぁ仕方ないですよ。お兄ちゃんですし」


「……。」


 俺は二人の頭に少し重くげんこつを落とした。


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