召喚士は飢えている / 宿屋の珍事件
「――なんで私が勇者なんて召喚しなくちゃいけないのよ」
アリナリーゼという召喚士は毒づいた。
彼女の目の前には、およそ90という年齢まで行きそうな程の老夫が玉座でふんぞり返っていた。
「それはこの国の国益のことを考え、勇者を手にして世界を平和へ導くためだからだ」
「絶対に嘘。アンタたちは勇者っていう便利な駒に何かさせるつもりなんでしょ?」
アリナリーゼの指摘に老夫は面白くなさ気に鼻で笑った。
「ノンノンノンノンノンノンノンノンノ~~ン、私はお前に平和が欲しいと言っているだけだ」
「…どうせ、政治のことを色々とこきまわすのが目的のくせによく言うわ」
「我が国、《インテスカ帝国》はず~~~っと平和を待ち望んでいた。悪く言わないでもらいたいな」
「その割には行動と言動が矛盾してるのよ。こんな兵士で私を囲んでまで」
召喚士の周りには数人の兵士が、粋を巻いており、今にも襲いかからんとするばかりだ。
「良いのか?そんな口を聞いても…私は貴様を捉えて独房で延々と愛欲の便所にしたって良いのだぞ?」
「あんたの小汚いピーナッツであたしが喘ぐわけないでしょ。それにこのぐらいの兵じゃ相手にならないわ」
召喚士のひと睨みに兵士たちは臆したように一歩下がる。
老夫は兵士たちに落胆したように頭を垂れると、召喚士にある交渉を持ち出してきた。
「ならば取引といかないだろうか? 召喚士さま」
「…取引ですって?」
召喚士がツバでも吐くかのようにつぶやくと、老夫はゆっくりと頭を上げて言った。
「まだ結婚していないインテスカ美男子の情報」
「今すぐに召喚してやるわ。待ってなさい」
32歳、独身召喚士、アリナリーゼ(Fカップ)は結婚できずに未だ旦那募集中。
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俺とハルカは未だにマーサの森を歩いていた。
三時間ほど瘴気が漂うマーサの森を歩きまわり、結局瘴気の素を見つけることはできなかった。
道中何度もゴブリンやアサルトドッグと出くわし、その度に俺が蹴りを入れ、ハルカが魔法を撃ち込んだ。
流石に何度も何度もアサルトドッグやゴブリン達と出くわすことによって俺の怪我は増えた。
逆に基本的に俺の背中に隠れさせているハルカは擦り傷などを除くと、無傷に近かったが。
そんなこんなで俺達はマーサの森から出るために、来た道を引き返していた。
空はすっかりと日が落ちかけ、そろそろ平原の方へ戻らないと、ゴブリン達が来る頃だった。
「やっべやっべ。あちこちボロボロだわ。こりゃ洗濯道具持ってきてて正解だったな」
「うん。そうだね。ちょっと泥だらけになったけどこれぐらいなら大丈夫だね」
最近のハルカも洗濯屋に染まってきたようで、汚しても洗えば良いという思考ルーチンが出来上がっていた。
真っ白な服に包まれる心地というのはまた良いものだが、汚しても大丈夫というのも良いものだ。
だがまぁ、そんなことよりも今は平原の方へ戻って馬車を襲うゴブリンをぶちのめす方が先だな。
「ハルカ。魔法はまだまだ撃てるよな?」
「うん。ちょっとコツも掴んできてもうちょっと強いフレイムも撃てるよ!」
「頼もしぃねぇ…」
っと言っているうちにマーサの森の出口まで来た。俺達が元々入っていった道だから入り口とも言えるが。
森のなかは瘴気が漂っていたため、森の出口から流れる綺麗な空気が最高に美味かった。
すぐに胸いっぱいに広がっていって、俺達は互いに深呼吸をしながら歩く。
「ふぅ…空気が美味いな」
「ほんと、さっきまで随分と瘴気だっけ? アレの中に居たからね」
マーサの森を出て、街道に躍り出た。
「どう?ゴブリンは確認できる?お兄ちゃん」
「ぜーんぜん。むしろかなり遠くまで見えるが、一応異常なしだな」
今のところ遠目から平原の方を見ても、これと言って変化はなさそうだった。
やはりマーサの森で倒したゴブリンがこの街道に出て、悪さを働いていたようだ。
「まぁ、まだゴブリンが馬車を襲わないとは限らないし、少しだけさっきの場所で待ってみよう」
俺の提案にハルカは首肯し、二人で先程座っていた岩に座ってゴブリンの出現を待つ。
それから1時間ぐらいが立った。辺りも暗くなり、ハルカの発火魔法がないと暗闇で周りも見えない。
しばらく待って、夜になってもゴブリンが表れないところを見ると、どうやらマーサの森で全滅させたようだ。
「…来ないね」
「まぁ、アレだけマーサの森で暴れたんだ。どこかで馬車を襲ってた奴も倒せたんだろ」
「そうだね。今日のところは宿屋に帰ろう?」
「ういういっと」
俺達はハルカの火の魔法を頼りに道を戻り、城下町へと戻る。
道中、俺達の前に何度かリスが通って、興奮したハルカが火を消して俺の怒りに火がつくことが何度かあった。
そんな感じで俺達の初めての魔物退治は終了し、俺達は宿屋に戻ってきた。
流石に夜も遅いので、ギルドに行って報酬を受け取るのはまた明日だ。
俺達は宿屋の扉を開いて、中に入ると、女店主がなにやら洗濯物を持って、歩き回っていた。
ここ何日かは宿屋に世話になりっぱなしだったので、なんとなく女店主とは打ち解けてきた。
「あ、お帰りなさいませ。おやおや、何処かへ魔物退治に?」
女店主は俺達の服装を見て、なんとなく事情を察する。
俺達の服はドロドロのボロボロで、あちこちに穴が開いてしまっていた。
「えぇ、ちょっとマーサの森へピクニックに行ってきたんっすよ」
「まぁ…最近瘴気が発生してきているあの森へよく入る気になりましたね」
「知ってたんっすか?」
「城下町の人は知っていると思われますよ? なにしろ行商開拓された林道ですし」
それを聞いて俺の感想は「なるほど」だった。
なにか納得している顔をした俺達に、女店主さんはにこやかに「それより」と言って話を切った。
「すみませんが、そろそろお洗濯をしたいのですが、洗濯屋…でしたっけ? お願い出来ます?」
洗濯屋と聞いて、俺達は首肯し、洗濯物を見る。
どうやら俺達の他に泊まっている連中の衣服らしく、なにやらボロボロドロドロの服ばかりだ。
というかシミだらけなんだが…これならやりたくなくなっても仕方ないな。
「はい。よろしいですよ。俺達が洗濯して、明日の朝には乾かしておきます」
「ごめんなさいね。私、もう眠くて眠くて…ふぁぁぁぁあ」
「ははは…」
女店主は俺の鼻先で欠伸をして、踵を返して自分の部屋に戻っていく。
…さて、やるか。
「そうだ。お兄ちゃん」
「なんだ?」
「厚手の手袋と…鉄棒ってあったりする?」
「え? …いや、今から鍛冶屋に行けば無いこともないんだが、何に使うんだよ?」
「シワを伸ばすためのアレ。アタゴ村でもやったよね?」
「あぁなるほどね。たしかに今は発火魔法も水の魔法もあるから準備無しでいけるな」
俺はそう言うと、一度宿屋から出て、鍛冶屋から使わなくなった丸い鉄の棒をもらってきた。
そして、厚手の手袋は、とりあえず俺の小手を装備するときに使っている手袋で代用した。
そして外に出た俺達は洗濯を開始した。
俺達はまず、桶に水の魔法で水を入れると、そこに適当に掴みあげた衣服をぶち込んで手洗いで洗う。
ちょくちょく、アタゴ村から仕入れてきた弱酸性のエキスを泡立てて一生懸命もみ洗い。
服に傷がコレ以上付くのもいけないので、一生懸命手洗いをして、とにかく泥を削ぎ落とす。
結構真っ白になってきたので、最後は別の桶に入れた水の中で念入りにもみ洗いをして泡を落とす。
そして泡が完全に落ちたら、空中で服をバッ!バッ!と開いて、水を振り払う。
水が払い終わったら今度は物干し竿に衣服を通して、干して乾燥させる。
今は夜なので、乾燥させている間は太陽の光がない。そのため使うのは、発火魔法で熱した鉄の棒。
この鉄の棒で服をとにかく叩いて、早く水を蒸発させる。
天日干しが一番良いのだが、なにしろ自分からタイムリミットを作ったのだ。形振り構ってられない。
「うん、結構乾いてきたね。お兄ちゃん」
「あぁそうだな。あとは完全に乾くまで叩くだけだ」
――パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。
「そういえば、今日まだ晩飯食ってないよな?」
「食べてないねー。そろそろお腹が空いてきててさぁ…お兄ちゃん何か作れる?」
「いや、俺よりもお前の方が料理上手いだろうが、ハルカ作ってくれよ」
「えー、それが人に物を頼む態度ー?」
――パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。
「とにかく、料理はハルカに任せた」
「いやいや、お兄ちゃんもたまには作ってよー」
「俺は基本的に外食派なの」
「じゃあ外食でいいじゃん」
「夜中に開いてる店なんて城下町のどっかあったかなー」
――パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。
「お兄ちゃん、夜ご飯の前に私、お風呂に入りたい」
「お?そういえば宿屋の裏に風呂場あるぞ。其処に水入れて沸かしてこいよ」
「もー!お兄ちゃんってば魔法使えないからって融通利かなすぎ!」
「しかたないじゃんか。使っても弱すぎて使えねえんだから」
「其処を気合でカバーしてよぉ!」
「 無 理 」
「もーーーーー!!!」
――パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。
その夜、宿屋の前で怪しげな二人組が変な儀式をしながら喧嘩していたという噂が流れたという。




