表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

有須inワンダーランド!<7>

「ソ、フィアさん?」

目を見開いた蔵斗に、相馬が爆笑する。美作はますます、むっとした顔をして、相馬の頭を叩いた。

だが、相馬は笑いを引っ込めようとはしない。

「あー、腹痛てー。間抜け過ぎッ!」

ひとしきり笑った相馬が立ち上がる。同時にあっけにとられたままの蔵斗の額をツンと突いた。

「そういう間抜けな面晒してろ。その方がずっといいぞ」

嫌味にも聞こえる言葉とは裏腹に、相馬の浮かべた笑顔は晴れやかなもので、蔵斗は思わず見とれてしまう。その隙に相馬は席を立つと、店を出て行った。

「あれ、って?」

「とりあえず、座って。アリス」

相馬の後姿を見送っていた蔵斗を、美作が促した。

「ソフィアだよ。間違いなく、ね」

「ホントに?」

相馬は、小柄ではあるが男としては極普通の顔立ちだ。あの美少女とは似ても似つかない気がする。

「但し、内緒ね」

美作は人差し指を伸ばして、蔵斗の唇に当てた。妙に艶かしいそれに、蔵斗はびくりと身を硬直させる。

「あ、ええ」

目の前の美作の笑顔に呑まれたかのように、何度もうなずいた。すると美作はいよいよ笑顔を深くして、カウンターの向こうから身を乗り出し、蔵斗に囁きかける。

「何があったの? 聞かせてくれる?」

「あの、早川さんが……」

「今日も店に行ったの? あの野郎!」

後半の呟きは、美作自身に向けてのものだったが、蔵斗にははっきりと聞こえた。美作の口が時折悪いことは知っているが、自分に対してのものかとビクついてしまう。それに気付いたらしい美作が、すぐに微笑んだ。

「早川の奴、邪魔してないか?」

「あ、いえ」

正直、先を越されたという感じはあるが、対抗しようと言う気はない。美作と早川では、明らかに財力に差が有り過ぎる。同じ事をしても見劣りがするだけだ。

「いつも俺に声を掛けてくれるんですけど、今日は早川さん、俺のお勧めを買ってくれて。そしたら、帰り際に相馬さんが声掛けてきてくれたんです」

真っ直ぐに蔵斗を見る美作に、蔵斗は相変わらず視線を彷徨わせる。見つめられているだけで鼓動が早い。

「何て?」

「少しは笑えばいいんだよ」

ニュアンスに自信がなくて、棒読みになってしまったが、確かそんな言葉だった。

「アリスは笑わないの?」

意外そうに訊ねられて、蔵斗が視線を上げる。すると美作はいよいよ不思議そうな顔で蔵斗を見た。

「だって、俺みたいなデカイ男が笑ってもキモイだけじゃないですか。むしろ怖いでしょう?」

蔵斗だって最初から笑わなかった訳では無い。口下手で周囲より身体が一回りは大きいため、誤解を受けることは多かったが、それなりに子供ながらの遊び友達はいた。だが、小学校へ上がり塾へと通いだすと、世界の広がった子供たちは蔵斗よりずっと面白い友達と遊ぶようになる。それを羨ましい気な視線で眺めているだけしか出来ない蔵斗は、いよいよ無口になり笑わなくなった。

『何を考えているか解らなくて怖い』

そんな風に影で言っていた子は一人や二人ではないことを蔵斗は知っている。

「そんなことないよ。アリスが笑うと、俺も嬉しい」

昔のことを思い出し暗い表情を浮かべる蔵斗に、美作は華が綻ぶような笑みを向けた。それに蔵斗はぼうっとなってしまう。

「早川には笑ってるの?」

「早川さんが今日、俺の選んだソファを買ってくれたんです。俺にどうしてそれを選んだか聞いてくれて、それで…」

水を向けられて、蔵斗は言いたかったことを吐き出しはじめる。言葉は多くないが、それだけで美作には蔵斗の言いたいことが解った。

「きちんと納得した上で、早川は買っていったんだね?」

「そうです! 俺、嬉しくて。そしたら、それを見ていた相馬さんに」

蔵斗が認められてどれだけ嬉しかったかが解る。それは本当に心からの笑みだったのだろう。しかも、それを見ていた同僚にも笑えと声を掛けられた。

「良かったね。アリス」

照れくさそうに蔵斗が頭を掻く。その顔にも嬉しいと書いてあるのが見えるようだ。頭を撫でるようにしながら、美作の内心は穏やかでは無い。

やられた。と言うのが本音だ。美作は、蔵斗が癒しを求めてここへ来るように仕向けた。だが、早川は周囲に蔵斗の良さを認めさせることを優先した。これは早川より先に手は付けておかないとヤバイかもしれない。

「じゃ、アリス。今日はお祝いだよ。ケーキ食べるかい?」

「そんな、悪いです」

「いいっすよ。簡単な奴しか出来ないっすけど」

美作が合図するのに、倉田が顔を出す。

「第一、こんなところで居酒屋メニューばっかり作ってたら、腕鈍っちまうんで」

遠慮なんかするなと手を振る倉田の胸中は、半分本音で半分は美作の胸中を思いやったものだ。珍しく本気らしい雇い主は、早川のやり方に出遅れ感があり、焦りが見える。

買い置きのスポンジをコニャックで浸し、チョコレートを挟んで軽く焼き上げる。生クリームとフルーツで飾りつけ、横にアイスクリームを添えた。きちんとしたケーキなどここにいる誰もが求めていないことは承知の上の誤魔化しだ。

「うわー、すごい!」

それでも蔵斗は目を輝かせる。

「俺、こういうの初めてです!」

「あ、そっすか」

あまりに素直に感動する蔵斗に、倉田はちょっとだけ誤魔化した罪悪感を刺激される。

「アリスの為のものだよ」

「綺麗ですね。もったいない気がします」

が、目を輝かせる蔵斗に美作はご満悦だ。倉田としては雇い主に満足してもらえることが第一である。この際、小さな罪悪感には目をつぶることにした。

「アリスが嬉しかったこと、これからも俺がお祝いしたいよ」

美作に見つめられ、視線を外そうとする蔵斗を美作は許さなかった。しっかりと手を掴んで視線の先へと回り込む。

「解ったね? アリス」

美作の策にはまった蔵斗の背中を、店の連中が気の毒そうに眺める。外見とは違って、真面目で純朴な蔵斗が美作に適う訳が無い。迂遠な正攻法を使った早川には勝ち目が無さそうだというのは、常連皆の総意だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ