表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/21

有須inワンダーランド!<3>

言われた意味が解らず、蔵斗は目をしばたたかせた。

「ほら、こっちへ来て」

ぐいぐいと腕を引かれて、奥にある階段の方へと連れて行かれそうになって、蔵斗ははっと我に返る。

「い、いえ、あの違います!」

「まぁ。恥ずかしがらなくてもいいのよ」

強い力はまさしく男のもので、蔵斗はようやく腕を振りほどいた。

「お、俺、オカマじゃないし!」

目の前の美女の顔が、心外だと言わんばかりに曇る。

「誤解をしているのね。女装したからといって、心まで女になれと言う訳じゃないの。そうね、変身願望といったら解り易いかしら?」

「変身、願望?」

「そうよ。ひと時だけ綺麗なドレスに身を包んで、綺麗な花やケーキに囲まれて、優しい気分になるの。自分が野蛮で獰猛な男であることを、ここでだけ忘れるのよ」

そう言われると蔵斗にも解る気がする。

蔵斗だって、いかつい身体や顔を何度捨て去りたいと考えたことか。誰もが振り返るイケメンになりたいとは思わないが、もっと平均的な体格と平凡な顔が欲しいと言うのが蔵斗の願いだった。

「ね?」

美女に微笑まれて、優しく差し出された手を取ろうとした時……。

「駄目だよ。アリス」

後ろから絡め取るように抱きつかれ、蔵斗はぎょっとして硬直してしまった。他人と接触することの少ない蔵斗にとって、他人の体温を身近に感じるのは初めてだった。

「何よぉ、将棋。せっかく子猫ちゃんがその気になってくれてたのにぃ」

「誰がお前の変態趣味なんかにこの子を付き合わせるか」

目の前の美女のぷぅっとむくれた顔に、冷たい言葉を投げつけた声には聞き覚えがある。

抱きついた腕の主は美作だ。

「大丈夫ですか? 変なことされてません?」

「え、ええ」

蔵斗を正面に立たせた美作が、検分するようにあちこちを触れる。その指先にさえ蔵斗は緊張していた。

「ちょっとぉ、失礼しちゃうわね。アンタじゃあるまいし」

「俺が何だって? 泰雅」

いよいよもってむくれた美女に、美作が冷たい一瞥を投げるが、その言葉に美女の眉がピクリと跳ねあがった。

「アタシの名前は、み・や・び! 今度、その名で呼んだら殺すわよ」

「へぇ? 面白いな。俺とやる気か? 雅」

どんどん険悪さを増す空気に、蔵斗はおろおろとするばかりだ。

「クイーン、そういう仕草は優雅ではありませんわ」

背後から掛かった声に、蔵斗はほっとして振り向き、同時に立ち竦む。そこには黒いふんわりとしたドレスを着た人形が立っていた。

まるで童話に出るお金持ちの女の子が持っていそうな人形だ。等身大のそれが立って動いていることに、蔵斗はすっかり腰が引けてしまった。

「だって、ソフィア」

「やぁ、ソフィア。今日も可愛いね」

二人が揃って声を掛けるところを見ると人間のようだが、動いているのが信じられないくらいの、整いすぎた造作は作り物めいていて、蔵斗には不気味にしか感じられない。

「将棋さんも。仲が良いのは結構ですけど、わたくし妬いてしまいますわ」

「ソフィア! こんな男とソフィアが比べ物になる訳がないじゃない! 只の腐れ縁よ」

「じゃ、将棋さんの可愛い方をからかうのは止めてくださいますわね?」

「もちろんよ。どの子よりもソフィアが可愛いわ」

美女と美少女はすっかり二人だけの世界だ。

ぼーっとそれを見ていた蔵斗を、美作が背中を押してエレベーターへと誘う。

エレベーターの扉が閉まった瞬間に、蔵斗はつめていた息を吐き出した。

「びっくりしただろう。ごめんな、ああいう店なんだよ」

「あ、はぁ」

びっくりしたのは確かだが、それは店よりも雅の言葉に共感した自分に、だ。

「どうしたんだい?」

エレベーターが止まり、開いた先には『会員制パブ 将』の文字がある。美作は笑ってエレベーターの扉を押さえていた。

「まぁ、うちの店も変ってるからね」

溜息と共に美作が吐き出した言葉に、蔵斗はやんわりとした拒否を感じ取って、思わずエレベーターを降りる。

「そ、そんなことないです。いや、あるのかもしれないけど、でも、俺は」

「ストップ」

訳の解らない衝動に駆られて言い募る蔵斗の唇に、美作の指が押し当てられた。

「もっとゆっくり話そう。店に来てくれる?」

「いいんですか?」

「もちろん。またおいでって言っただろう?」

扉に手を掛けた美作が振り向いて微笑む。

「名前、教えてくれるかい?」

「え?」

「名前だよ。君の」

「だって、美作、さん、上で呼んだじゃないですか」

蔵斗は遠慮がちに呼びかけた。名刺を貰ったから、美作の名は知っている。

「呼んだ? 俺が?」

美作の覚えのないと言いたげな様子に、蔵斗は穴があったら入りたい心境に駆られた。あれは単なる例えに過ぎなかったのだろう。

「いえ、勘違いですよ。蔵斗です」

慌てた蔵斗に、美作は綺麗に微笑んで扉を開いた。

黒い木製のドアが軋むような音を立てる。

「ようこそ、アリス。ワンダーランドへ」

耳元で囁くように言った美作を、蔵斗は呆然と見上げた。

「アリス。いい名前だ。君にぴったりだよ」

美作にともなわれ、蔵斗がカウンターへと腰を下ろすと、さっそくサクが隣に陣取った。

「マスター、ビールね。隣のカワイコちゃんにも」

「触るな、サク」

美作はじろりとサクを見やり、生ビールをグラスで差し出す。隣の蔵斗の前にも同じようにビールが差し出された。

「俺の奢り」

「あ、いえ、貰えません。すみません」

断るために隣に目を向けた蔵斗がぎょっとなる。サクは今日もきりりと締めた六尺ふんどし姿だ。目のやり場に困った蔵斗の視線が泳ぐ。

「いいって。お近づきの印」

「サクみたいな手癖の悪いのはお断り。アリス、それ俺の奢りだから」

サクにぴしりと言い放ち、美作は蔵斗の前にグラスをもう一度押しやった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ