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有須inワンダーランド!<2>

「お見事!」

ゆっくりと手を叩いたのは、いかにもな紳士然とした風情の男だ。ダンディに着こなしたテーラーメイドのスーツも似合いすぎて嫌味なくらいである。

蔵斗を送り出した美作は、男にちらりと視線を流しただけでカウンターへと戻った。

「素晴らしい引き際だ。待っているだけで獲物は罠に掛かると言う訳だね?」

その言葉には答えず、美作は厨房へと声を張り上げる。

「倉田ッ、塩!」

「はいはい。撒くのはいいっすけど、きちんと片付けて下さいよ」

厨房担当の倉田が塩の袋を美作に手渡した。

「マスター。図星指されたからって大人げない」

「カワイコちゃん、ぱくっと食べちまうんだろ?」

美作が塩の袋に手を突っ込んだのを見た、ふんどし姿の客たちが囃したてる。

「あ、のねぇ」

美作は頭を抱えた。確かに見た目と反する可愛さは好みにピタリと嵌っている。が、だからといってすぐにそう取られるのは己の身の不徳なのか。

「マスター。どうやらお客さんたちも僕の味方らしいが?」

「五月蝿いな。さっさと自分の店に戻れよ。ここはふんどし愛好家の為のパブなんだ。ふんどし好き以外はお断り!」

「それは失礼した。倉田君のディナーがあまりに美味しいのでね」

「そりゃ、どうも」

帽子を手に取り頭に乗せる仕草も、嫌味なぐらいにキマリ過ぎている男は、階下のレストランのオーナーで、早川と言う。

「倉田。お前、俺の店のコックだろう」

「でも、マスターは俺の料理を褒めてくれたことなんか無いっすよ?」

早川と美作に対する倉田の態度があまりに異なりすぎて、美作は腕組みをしたまま鼻を鳴らした。

「それに早川さんはお客っすから。一応」

「おやおや、倉田君は僕を歓迎してくれていると思ったんだが」

「金さえ払ってくれりゃいいっすよ。俺はマスターと違って選り好みはしないんで」

倉田はしれっと言い捨てて厨房へと戻る。結局がとこ、倉田は雇い主の側と言う事らしい。

それに大げさに肩を竦めて、早川はコートを翻すと、颯爽と歩み去る。嫌味なことに、扉を閉める寸前に振り返り、帽子をちょっと掲げた。

「では、また」

そう言い残し、英国紳士然とした笑顔が消え去ると、美作があからさまに舌打ちをする。

「二度と来なくてもいいよ」

負け惜しみにしか聞こえない美作の捨て台詞に、店のあちこちから笑いが沸いた。それをひと睨みで黙らせた美作がカウンターへ入ると、店は水を打ったように静かになる。

「将さん。怖い視線で見回すなよ。みんなタマ縮んじゃってるだろ」

苦笑いを浮かべた男が、カウンター越しに美作に話し掛け、その場の空気が少しだけ和んだ。

きりりと締めた六尺ふんどしの似合う男臭い雰囲気は美作の好みだ。何度か関係を持ったことはあるが、生憎と相手は彼氏持ちである。

「サク。死にたいか?」

にっこりと笑って、物騒な言葉を口にする美作の目は本気だ。サクと呼ばれた男は、やれやれと頭を振ると、奥の厨房へと声を掛ける。

「倉田ぁ、しょうが焼きとビールくれ」

「うちはパブだっつーの! 何処の居酒屋だ」

厨房から首だけ出した倉田がぶつくさと文句を言ったが、すぐに肉を焼くいい匂いが漂い始めた。

「倉田って、何のかんの言いながらも、やってくれるんだよなぁ」

「この店、倉田で保ってんじゃないの?」

再び起こる笑いを美作は綺麗に無視した。言われていることに間違いは無い。見掛けは若いが、美作だっていい中年男だ。商売気がまったく無い訳でも無い。メニューには載って無くても、材料が許す限りは作れと倉田にも言い含めてあるし、それなりのものも払っている。

「はいよ。サクさん。他は?」

倉田がカウンターへしょうが焼きを置いて見回すと、匂いに釣られてか、周囲の客たちが手を上げた。

「こっち、和風パスタ」

「俺はハムステーキね。この間の美味かった」

「焼きおにぎり。味噌でたのむぜ」

見事にばらばらなメニューに、聞こえるように倉田が舌打ちをする。

「時間掛かるぞ」

「おーらい」

「OK!」

「はいよ」

逞しい体つきの男どもの野太い返事に、倉田はうなずき、美作に声を掛けた。

「マスター、酒は頼みます。カワイコちゃんのことを考えるんなら後で!」

忙しく立ち働く倉田を横に、ふんどしを締めた男たちの逞しいケツを眺めていた美作は、倉田に言われて、渋々と腰を上げる。

蔵斗にはどのふんどしが似合うだろうかと、ぼ~っと考えている暇は、今は無さそうだ。



翌日、蔵斗は『将』のある雑居ビルの前に佇んでいた。

礼を言いに行った筈なのに、店の雰囲気に呑まれ、殆ど何も言えずに帰ってきてしまったのを後悔していたし、何よりももう一度美作に逢いたいと思っていた。

見掛けで蔵斗を判断することなく、普通に話しかけてくれることが嬉しかった。

店の人たちも、蔵斗よりも厳つくてごつくて、でも優しく笑っている。

あんな大勢の人間がふんどし姿でいるのには驚いて、目のやり場に困ったが、みんな楽しそうだった。

「またおいで」

そう言ってくれた言葉に、蔵斗はほんわりと胸が温かくなるのを感じた。

同時に怖いのだ。

あれが、単なる口から出まかせの嘘ならどうしようと怯えてもいる。

うろうろとビルの入り口を行ったり来たりする様は、どう見ても不審者に違いない。

実際、蔵斗を避けて歩く人たちもいた。


「ねぇ、君。何処のお店に来たの?」

「うわぁ!」

突然、背後から掛けられた声に飛び上がる。振り向くと、ふんわりとしたドレスを着た背の高い女がいた。

「え、ええと、あの」

結構な美人ではあるが、蔵斗より背が高い。蔵斗に声を掛ける女など滅多にいないだけに、蔵斗は免疫が無く、まともにしゃべったことなど無かった。

「まぁ、いいわ。いらっしゃい。楽しいところばかりよ」

女は目を白黒させる蔵斗に構わず、強い力で蔵斗を引きずるようにエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターが止まると、有無を言わせない力で蔵斗を引き摺り下ろす。

その女にしては桁違いの体力に、蔵斗はびっくりするばかりだ。だが、女性だと思うと力任せに逆らう訳にもいかない。

そこは、むせ返るような花の匂いがあった。

花の咲き乱れる庭園のあちこちに置かれた白いテーブルに、数人のドレス姿の女が座っていた。

だが、妙な違和感を感じて、じっくりと見てしまう。どの女も一様に背が高く、さざめくように笑う声は、ちょっと低めだ。しかも、肩が微妙にごつい。

蔵斗は、隣に立つ女を思わず振り仰いだ。

「ようこそ、クイーンガーデンへ。女装仲間ね、歓迎するわ」

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