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ワンダーランドの過ごし方<前編>

「え? 何だって? もう一回言ってみろ」

「大きな声上げないでくれよ。相馬」

朝から同僚と共にカフェで食事を取るのは、有須蔵斗にとって最近やっと慣れてきた状況だ。厳つい顔とデカいガタイの蔵斗は子供の頃から怖がられることも多く、友人などというものが出来たのも、初めてだ。

しかも、その友人が蔵斗も知る隠れた性癖があるとあっては、おおっぴらに出来ない蔵斗の恋の相談をしてしまうのは必然だろう。

「あのさ、最後までしないんだよ。将棋」

こそこそと声を下げながら、でも蔵斗はすがるような視線で相馬を見ている。相馬は大きく溜息を吐いた。そこまであからさまな相談をされるとは、さすがに予想外である。

「で?」

「で、って……ど、ういうことなのかな。俺に飽きたとか」

冷たい目線を投げた相馬に、蔵斗が泣きそうな顔になった。

「馬鹿か、お前。飽きるも何も最後までさせてないんだろうが。将棋さんがナニ考えてるかなんか俺に解る訳無いだろう。直接聞け、直接!」

突き放しては見たものの、ガタイに反して気の小さな蔵斗だ。そんなことが出来れば最初から悩んではいないだろう。

「お前の悪い癖だ。決め付けるな。俺に言えるのはそれだけだ」

恨みがましい目で相馬を見ていた蔵斗が、はっとしたように顔を引き締めた。

「すま、いや、ありがとう相馬」

謝るのは蔵斗の生活では長らく癖になっていたことだ。だが、最近は嬉しいときには感謝の言葉を述べるものだと周囲から刷り込まれている。そして、ほっとしたように『ありがとう』と口にする時、蔵斗の顔が優しい笑みを浮かべるのだ。

少しづつ表情の変化を見せるようになった蔵斗に、今までは頑なだった同僚たちも変化を見せている。

厳つい顔と身体つきで、むすっと黙り込み、口を開くと言葉少なに敬語で話すとあっては、同年代から遠巻きにされるのは当たり前だ。しかも、蔵斗は幾分乱視気味で、眇めるように物を見る癖がある。蔵斗の顔でそんな目つきをすれば、ガン垂れてるのかと血の気の多い連中なら思うはずだ。

顔を上げて少し笑う。それだけで変化した周囲に、蔵斗は嬉しく思うのと同時に、いつか無くなるのではないかと恐れてもいる。優しくしてくれた人たちも、笑い掛けてくれた同僚も、綺麗な恋人も。淡い夢のようなものではないかと考えてしまうのだ。

「何時まで俺に甘えてるつもりだ?」

「うん。解ってる。今日は奢るよ」

そんな社交辞令も蔵斗は最近覚えたばかりだ。

「当たり前だ。朝っぱらから惚気なんか聞かせやがって」

「惚気?」

「あの手の早い男が自分にだけは優しいんです。優しすぎて怖い」

首を捻る蔵斗に、相馬はいきなり女性の声音で科を作る。女装が趣味の相馬のそれは嵌りすぎていて蔵斗は苦笑いを浮かべる。まさしく相馬の言う通りだからだ。今まで相手の都合はお構いなし、やりたい放題だったと自ら言うような悪い男が蔵斗の恋人だ。腹には刃傷沙汰で刺された傷跡があるような男。そんな将棋が若い恋人を真綿で包むように大事にしている。

その優しさが、蔵斗には怖い。だが、今は考えても仕方がない。答えは将棋の中にしかないからだ。

頭を切り替えて、相馬と共に店へと向う。この夏は暑すぎて、蔵斗たちの勤める駅ビルと隣接した家電量販店は大忙しだった。


「あ、将棋……」

弾くように乳首を弄ばれ、蔵斗は喘いだ。だが、手馴れた手つきで蔵斗を追い詰める美作将棋は耳元でクスクスと笑う。

「可愛い、蔵斗」

その言葉に、蔵斗は顔を朱に染めた。可愛いなどと言われたのは、ワンダービルに通うようになってからだ。子供の頃さえ掛けられることの無かった単語に、蔵斗は幾分戸惑っている。

「足、閉じて。腰上げろ」

美作の言葉に素直に従うと、美作の長い指が股の間にぬるりとした液体を塗り付けた。滑りを確かめるように幾度か指が出入りし、指先が蔵斗のモノを裏側から掠める。

「あ、」

思わず声が漏れた。美作の笑い声が蔵斗の耳元で響く。意地の悪い恋人は、態と焦らしているのだ。

股の間に潜り込むように熱い塊が侵入してくる。荒い息遣いに、美作の興奮を感じて、蔵斗はほっと息を吐いた。正直、美作が何故自分を選んだのかは解らないが、蔵斗を求めてくれている事実が安心感を誘う。

美作が、快楽を追うリズムが蔵斗にも快感を与える。緩い刺激だけでも経験の無い蔵斗には充分すぎた。

「蔵、斗」

名を呼んで強く抱きしめられる。美作と同時に蔵斗も達した。

達しても美作は蔵斗からすぐに離れることは無い。抱きしめたまま首筋にキスをしたり、身体を揺らしたりしている。

「将棋。あの、さ、最後までしないんですか?」

今なら聞けそうな気がして、蔵斗は以前からの疑問を口に乗せた。背後で息を呑む気配がして、不安が蔵斗の中を渦巻く。

振り向くと、あっけに取られたような顔をした美作がいた。そんな顔でも綺麗だと蔵斗は考えて、負けたような気分になる。

「一緒に、暮らそう」

あっけに取られていた美作の顔が徐々に微笑みを形作る。大輪の華が綻んでいくようなそんな様子に蔵斗は一瞬で魅了されてしまった。

「蔵斗は不安なんだろう。だったら、一緒に暮らそう」

「はい」

促されるままにうなずく。抱きしめる優しい腕は現実だと実感して。


「ホントにいいのか?」

「構わないって。どうせ、そんなに荷物なんか無いだろう?」

三日後。ローテーションが重なった蔵斗と相馬、それに雅が引越しを手伝ってくれるという。

「あの、雅さんも」

「車は要るだろう? 僕の車はカーゴだし、結構便利だと思うよ」

昼間に男としての雅に会うのは蔵斗は初めてだ。背が高くスレンダーなのは女装をしていても明らかだが、ジーンズに薄いシャツだけの雅は美作の従兄弟だけあって美作に似た美形だ。もっとも柔らかな感じの美作に比べて、雅は何処か硬質な雰囲気があって近寄りがたい。

「ま、確かにろくに無い荷物を置いておくのに部屋借りてるって無駄だしな」

「将棋のことだ。そのうち家になんか帰さないってことになるに決まってる」

二人の恥ずかしい論評に、蔵斗は真っ赤になった顔を隠すために下を向いた。自分の足元にある洗いざらしのスニーカーは、だが今は並ぶ靴たちと共に歩いている。真新しい黒のスニーカーと反対側を歩く磨き上げられたローファーを見ながら、引越ししたら新しい靴を買おうと蔵斗は考えた。

古いアパートにはエレベーターも無い。三階の部屋までは階段を上がるだけだ。

「角から二つ目の部屋です」

蔵斗が相馬と雅を振り向くと、雅がピクリと眉を上げる。

「アリス。借金なんて、無いわね」

言いかけた言葉を一人で納得して呑み込んだ雅は、すっかり女言葉に戻っていた。雅の警戒が伝わった相馬が雅の前に立つ。蔵斗も顔を上げた。

蔵斗の部屋の前には、三人の男性が立っている。

「兄さん、父さん、由斗」

思いも掛けない相手の出現に、蔵斗が呆然と呟いたが、時間が無かった。荷物は少しの本と着替えぐらいしかない。百円ショップで買ったこまごまとした生活用品は全部捨てるつもりだった。ここに来る前にアパートの契約も解除している。

「蔵斗。お前三日も帰って来ないなんて、だらしの無い生活をしているのか?」

再会を喜ぶ前に飛んだ叱責に、蔵斗は黙って下を向いた。

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