有須inワンダーランド!<17>
「アリス」
手を伸ばした美作が蔵斗の頬に触れる。冷たい手の感触が気持ちよくて、蔵斗は目を閉じた。
そこにあるのは無上の信頼だ。気付いた美作は後ろめたい気持ちを隠せない。
「アリス。これ以上は押さえが利かない」
「意味は解っているつもりです。経験が無いので、つもりだけかもしれませんけど」
蔵斗は伏せていた瞳を上げた。見下ろす美作の顔が近いと思う間もなく、再び唇を塞がれる。強引にこじ開けることも無く、蔵斗の唇が解かれた。蔵斗の口中に美作の舌が忍び込む。這い回るそれは蔵斗を全部味わうかのようだ。
美作のシャツが蔵斗の素肌に触れる。それに思わず蔵斗はしがみついた。
「み、まさかさん……」
唇が解かれると同時に、溜息のように呼ばれた名に、美作は奇妙な興奮を覚える。と同時にもっと近くに感じたいと欲が出た。
「アリス」
呼びかけた名に蔵斗が首を振る。
「蔵斗って呼んで下さい」
蔵斗がじっと伺うように美作を見ていた。期待と不安の狭間で揺れている瞳に同じ欲を感じ取って、美作は安堵する。
「蔵斗」
呼びかけると、嬉しそうに恥かしげに蔵斗が笑った。そのまま体重を掛け、大きなベッドに二人して転がる。
「蔵斗も呼んで。俺の名前」
耳元で囁いて、耳たぶを軽く噛んだ。ピクリと蔵斗が震える。
「あの、美作さん、耳元止め、」
蔵斗が身悶えるのを美作は封じ込めた。真っ赤になった耳元にもう一度囁きかける。
「美作さん、じゃないだろう?」
「し、将さんッ、」
焦りまくった制止の声も美作を楽しませるものでしかない。
「それも違う。ちゃんと呼んで」
薄い褌一丁の蔵斗の股間は既に形を変えているのははっきりと判る。美作の指が意地悪くそこをなぞった。
「しょ、将棋さん…、」
動きを押し留めようと蔵斗は美作の手首を掴むが、指先のわずかな刺激にさえ感じてしまって力が入らない。
「それもソフィアに呼ばれてるみたいで嫌だな」
「じゃ、あ…何て…」
美作を見上げた蔵斗は既に涙目だ。初めて他人から与えられる快感に頭は混乱するばかりだ。考えが纏まらない。だが、美作は考えろと言うのだ。
「しょう、き?」
「正解」
やっと答えを導き出した蔵斗に美作が笑った。蔵斗が見た中でも一番綺麗な顔で。
「お願い。将棋。もう……」
だが、美作の指の動きは止まらない。どころかもう一方の手が逞しい胸をまさぐり、乳首を摘まれる。
「駄目、だ。将、棋、出る」
「出して」
追い詰められた気分で助けを求めるが、美作は元より蔵斗を逃がす気など無い。目一杯恥かしい思いをさせて、自分だけを刻み付けるつもりだ。この分では女性との経験さえ皆無かもしれないと、美作は可哀相になるが、それならば忘れられないくらいに優しくしてやればいい。
「駄目ッ、褌汚れ…ッ」
「俺の目の前で汚して」
蔵斗を追い上げる美作の手に迷いは無い。耳が弱いらしい蔵斗の耳に、吐息を吹きかけながら囁く。
「駄目……早川さんから貰った、大事、な」
蔵斗の言葉に、美作の手が止まった。
やっと止まった手の動きに、蔵斗は美作の腕を解こうと試みるが、それは美作によって阻まれる。
馬乗りになった美作に、両手両足を巧みにベッドへと縫いとめられ、蔵斗は痛みに顔を歪めた。
「み、将棋?」
美作さんと呼び掛けようとして、蔵斗は言い換える。見上げると、美作は睨むように蔵斗を見下ろしていた。
その表情に、蔵斗の舌は凍りつく。
何かしてしまっただろうか。どす黒い不安が蔵斗の胸を過ぎり、蔵斗は視線を逸らした。それは美作には後ろ暗いことを何か隠しているようにしか見えない。
「早川に、こんな姿を見せたのか?」
股間を思い切り掴まれて、蔵斗はうめき声を上げた。何を言われているのか解らない。美作が嫉妬に狂っているとは考えも付かないのだ。
「み、見せてません。……早川さんを振るなら覚悟を見せろって言われて、それで」
上手く言葉が出て来ない。何故、責めるような視線を投げ掛けられるのか理解出来なくて、蔵斗は混乱するばかりだ。
「早川を、振った?」
意外そうな声を上げて美作が蔵斗を見下ろす。
「褌付けて告白しろって」
「早川に言われたのか?」
泣きそうな視線で見上げられて、美作は自分がとんでもない見当違いをしていたことを知った。慌てて蔵斗を抱き寄せる。
「褌はどうやって締めたんだ? 綺麗に締めてある」
優しく抱き寄せられて蔵斗はほっと息を吐いた。どうやら機嫌は直してくれたらしい。
「雅さんに」
「雅? アイツ褌嫌いだろう」
「訳も聞きました」
雅にとって褌はあれだけ嫌っている男らしさの証明だ。美作も何となくではあるが、理由の察しもつけている。相手は懲らしめてやったが雅の傷は癒えていない。
「皆に背中を押されてやっと告白できた。だから」
「うん。解った」
皆の気持ちを大事にしたいと言う蔵斗の気持ちは、美作にも痛いほど伝わって来た。
「褌、解くよ」
蔵斗は美作の手が動くままに身体を浮かせる。恥ずかしいよりも美作が蔵斗の裸に興味を示してくれるのかと言う不安が大きかった。布が解かれ、蔵斗にまたがったままの美作が服を脱ぐ。
「将棋。綺麗だ」
思わず、溜息が漏れた。服を脱いだ美作の身体はきっちりと筋肉に覆われ、脆弱なところはまるでない。脇腹に走った傷が痛々しい跡を見せていた。
似合わないそれに蔵斗は思わず手を伸ばす。
「痛くない、ですか?」
「うん。古傷だからね。俺も色々酷いこともやってきたから」
自分の傷であるかのように顔を歪める蔵斗に、美作は苦い思いを噛み締めた。でも、この先は蔵斗しかいない。




