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有須inワンダーランド!<15>

中央の螺旋階段を上がると上階は小部屋が幾つも並んでいた。それぞれに綺麗なカーテンや暖簾が掛かっている。

ソフィアがレースのカーテンを潜り、簡易ドアを開くとそこには鏡と小さな木製の白い机があった。

「衣裳部屋だから、狭いけれど。座って」

蔵斗を促すと、ソフィアはモバイルPCを開く。いくつかのサイトを検索しているらしい。

「あったわ」

「すみ、いえ、ありがとうございます」

身体をずらして、褌の締め方が図解された画面を示したソフィアに、蔵斗はいつもの癖で『すみません』と口にしそうになるが、途中で言い換える。気付いたソフィアが微笑んだ。

「ねぇ。買ってきた方がいいのではないかしら?」

一生懸命に画面を追っている蔵斗だが、何処かしら心もとない。実物を見た方が早いのでは無いだろうかとソフィアは提案した。

「あ、あります」

ごそごそとカバンを探って蔵斗が褌を取り出す。絹の一枚布の光沢に、ソフィアが溜息を吐いた。

「綺麗。これが褌なの?」

「素人ね。六尺なんて締められる訳ないじゃないの」

舌打ちをしたのは雅だ。

「あの、褌って種類があるんですか?」

「あるわよ。越中とかなら楽だったのに。まぁ、勝負下着としては色気がないけど、いいわ。締めてあげる」

パンと背中を叩かれて、蔵斗は真っ赤になった。

「しょ、勝負下着、のつもりは」

「あら、つもりじゃなかったら、何? ほら、さっさと脱ぐ。全部よ」

しれっと雅に言われて、蔵斗は戸惑ったが、覚悟を決めて服を脱ぐ。蔵斗がもたもたやってもきちんと締められるかどうか。やってくれるというなら、任せてみるのが最上だろう。

そうは思ってみても、さすがにトランクスを脱ぐ段階で手が止まってしまう。

「全部」

睨むように見上げた雅の命令口調に蔵斗は渋々と従った。

「立派なもんぶら下げてるのに、肝は小さいのね」

「クイーン。下品です」

女装しているだけの男だと頭では判っているのだが、股間を見ての評価はあまり嬉しくない。幸い、ソフィアがすぐに制してくれた。

「胸元で抑えて。足開いて、股間潜らせるから」

雅は、指示を出す言葉や着けていく仕草にも迷いが無い。

「雅さん、手馴れてるんですね」

「地元の祭りでは、男たちは小学校に上がると同時に全員締めるから。手、離していいわよ」

ひも状になった布を後ろから前に回され腰のところへ来た時点で、指示が来た。

後ろをどうしているのかは判らないが、感触でTバックみたいな形になっているらしいことは蔵斗にも感じ取れた。

「酒が入っているし、気が大きくなっているのもあるんでしょうね。中には性質の悪い男たちに悪戯されることもあったわ。私は、祭りも男も大嫌いよ」

褌を締めながらの淡々とした雅の口調は、見事に感情の欠落したもので蔵斗はドキリとした。

「ほら、出来たわ。きつめに締めているけど、褌は多少は緩むものだから」

「一枚の布でこんな風になるんですね」

背中を軽く叩く雅の口調は、すぐにいつもの強気なものに戻っている。ソフィアは感嘆の声を上げた。

「すみませ……」

嫌なことを思い出させただろうかと、蔵斗は衝動的に謝りかけ、途中で止める。

それを押しても、やってくれたのだ。

「ありがとうございます!」

「よろしい。堂々といってらっしゃい。あの男に吠え面掻かせておやりなさいな。でないと、殺すわよ?」

「クイーン……」

びしっと蔵斗に向けて指を突きつける雅に、ソフィアが呆れた声を上げる。

それに思わず蔵斗が声を上げて笑った。


会員制パブ『将』。

数日前に逃げ出したドアの前で、蔵斗は深呼吸を繰り返す。

「よし!」

蔵斗自身に気合を入れる。顔を上げて、ドアを開いた。

「よう、アリスちゃん」

「こ、こんばんは」

顔なじみの常連が声を掛けて来るのに挨拶を返し、まっすぐにカウンターへと向う。いつもなら蔵斗が来ると柔らかい笑顔で迎えてくれたマスターは、チラリとこちらへ視線を流しただけだ。

「いらっしゃい」

冷たい言葉にひどく傷ついている自分に、蔵斗はむしろ安堵する。

やっぱり、自分はこの人が好きだ。蔵斗に笑顔を向けて欲しい。優しく話し掛けて欲しい。

「マスター。ロッカーを貸してください」

「ロッカー? ああ。これ使って。百円入れてください。使用し終わったらお金は戻ってきます」

美作は機械的に説明するだけで、蔵斗に対して、いつものように優しい眼差しが投げ掛けられることもない。だが、それに負けそうになる自分を蔵斗は押し留めた。あの日、美作の本気を受け止めることもせず、勝手に決め付けて逃げ出した。その報いだ。

「ありがとうございます」

薄く自嘲の笑みを浮かべ、蔵斗はロッカーへと向う。

店の一角をロッカーで区切り、カーテンをつけただけのロッカールームには誰もいない。

思い切りよく服を脱ぎ、ロッカーへカバンごと押し込んだ。

褌一丁の姿を姿見に映す。背中を丸めているのは似合わない気がして、背筋を伸ばした。

見掛けだけはいつもの蔵斗よりも堂々としている。蔵斗はもう一度深く息を吸い込んだ。

「よし!」

まっすぐにカウンターへ向う。

まさかの蔵斗の褌姿に、常連がざわついた。何事かと美作も視線を上げ。

そのまま目を見開いて、近づいてくる蔵斗を見ている。

「美作さん」

美作の目に蔵斗が映っている。それを蔵斗が見つめていた。視線を上げれば、世界はこんなに広がる。

「あなたが、好きです」

緊張しすぎた告白は、怒鳴るような声になった。店中が固唾を呑んで二人を見守っている。その視線さえ、ガチガチになった蔵斗には感知の外だ。

目を見開いたまま固まった美作の瞳が、いつもの柔和な色彩を宿す。

蔵斗はそこで漸く我に返った。と、同時に気恥ずかしくてたまらない。思わず外した視線を、後頭部を捕まえられ戻された。

美作の顔が近いと思う間もなく、噛み付くように口付けられた。

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