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有須inワンダーランド!<10>

「ワンダーホールです。何か……」

和田の問い掛けは途中で遮られる。

「有須を見なかったか?」

「アリスさまなら、今、私とご一緒されております」

和田はピンと来た。蔵斗はエレベーターから降りてきたから、何かあったのなら、相手は美作だろうと想像は付いている。おそらく美作は蔵斗の頼る先を早川だと思ったのだろう。早川のところへ蔵斗を連れて行かなくて正解だ。きっと、あの場で修羅場になっていたことだろう。

「そうか。解った」

蔵斗の居場所が解ればどうやら早川は満足らしい。すぐに電話は切れた。和田は携帯を納めて、ホールへと戻る。

ドアを開けると、蔵斗がさっそく真美子と組まされていた。

「顔を上げて。背筋を伸ばす。腕は肩より上。そうそう」

ポーズをとっただけだが、背が高いだけあって、中々様になっている。蔵斗の寂しげな風情は、同年代からすると格好付けにしか見えないのかもしれないが、年の行った連中から見ると構いたくて仕方が無いようだ。

茅場も真美子もしきりに世話を焼いている。

「私の言う通りに足を踏み出して」

「はい」

一方の蔵斗は、構ってもらえることの少ない所為か素直に言うことを聞いていた。その素直さが一層老人たちを喜ばせるらしい。

「アリスっ!」

「落ち着け、美作」

ばたんと音を立てて扉が開く。駆け込んできたタイプの違う美形二人に、蔵斗の方を気にしながらも、踊ることを止めなかった連中までがステップを止めた。

「美作、さん?」

振り返った蔵斗も唖然として美作を見つめる。

「アリス。どうして? 何が気に障ったんだ?」

美作はすっかり混乱していた。飛び出した蔵斗の今にも泣きそうな顔が理解できず、ベッドの上で呆然としていた美作が我に返って蔵斗を追いかけたときには、周囲を探しても蔵斗の姿は無い。始発を待つために駅に行ったのかと駅のホームまで探したが見当たらなかった。

出会った時のようにチンピラにでも絡まれていたらと考えると気が気でない。頼る先を考えたときに、早川を思いついた。美作の見るところ、蔵斗はかなり早川に気を許しているようだったし、何よりも早川の店は美作の店のすぐ下だ。

早川の店のドアを壊れそうな勢いで叩く。

だが、不機嫌そのものの顔で出てきた早川のところにも蔵斗がいないと知って、美作はがっくりと肩を落とした。

あまりにらしくもない美作の様子に、さすがの早川も蔵斗が心配になる。自棄を起こすようなタイプでは無いが、それならば何処へ行ったのか。

一縷の望みで和田へと電話したのだが。

「有須は和田と一緒にいるそうだ。心配することはない」

「何処に?」

「和田は終業後はいつもホールだ。奴の唯一の趣味だな」

和田も蔵斗のことは気に入っている。ワンダーホールにいるのは暇を持て余した中年以上の男女の溜り場だ。蔵斗の素直さならば可愛がってもらえるだろう。

早川は安心しろというつもりで、こちらを噛み付くような視線で睨みつける美作へ笑い掛けた。

だが、それは美作には勝ち誇るような余裕にさえ思える。

ぎりっと噛み締めた歯の音が静かな廊下に大きく響き渡り、ドアを閉めようと背中を向けた早川が振り返った。

走り出す美作を早川が追ったのは、嫌な予感がしたからだ。

案の定、美作は蔵斗を問い詰めている。

「美作、止めろ。お前らしくもない」

「アリス、俺が何かしたか?」

「美作さんは何もしていません。俺が、勘違いしてただけです」

宥められる言葉も耳に入らない美作の様子は明らかにおかしかったが、蔵斗はそれさえ解っていない。ただ、美作の問いに素直に答えるだけだ。

だが、蔵斗の顔が悲痛に歪んだのを周囲の大人たちは見逃さなかった。

「将ちゃん、どうしたよ。いつものクールな美作将棋は何処にいっちまったの?」

さりげなく美作と蔵斗の間に割って入ったのは茅場だ。このビルの各店のオーナーたちはそれぞれ浅からぬ縁がある。茅場も美作とは長い付き合いだ。美作は優美とも言える姿形と、それを裏切る豪胆さでそれなりにモテていた筈だ。綺麗に遊んで振るときの冷たさはそれは見事なものだった。呆れて去っていく連中は懸命だと茅場は思っている。それがこんな子供にここまで執着するとは。

「アリス。俺の目を見て」

茅場の存在さえ目に入らないかのような美作の言葉に、蔵斗はますます下を向いた。

「おい、将! 手前ぇ、人の話を」

完璧に無視された茅場が美作の目の前でわめく。それをいかにも邪魔だと美作が押しやった。目の前にいるのが誰かすら認識していない。

美作の後ろへ立つ早川に、茅場が目線で合図した。

踏み出そうとする美作を早川が羽交い絞めにする。もがく美作の腹に、茅場が膝蹴りを入れた。

がくりと美作が膝を折る。

早川と和田がさっとそれを支えた。

「み、美作さん!」

慌てて蔵斗が美作に駆け寄る。

「有須。美作は僕が送るから。今日のこの男はおかしい。冷静な話など出来ないよ」

早川が逞しい肩に美作を担ぎ上げ、和田が主人のために優雅にドアを開いた。

「早川に任せておけば大丈夫だ。ああ見えて、早川は世話好きだしね」

悪戯っぽく片目を閉じた茅場に、蔵斗は疑わしそうな視線を向ける。早川が世話好きなのは知っているが、それ以上にあんな乱暴をする必要があったのか。

「将の奴、今日はおかしいよ。いい年なんだし、少し落ち着いた方がいい。君もね」

「美作さんとは親しいんですか?」

何でも知っているぞと言いたげな口調に、蔵斗は少しだけ反論したくなった。

「十代のやんちゃ坊主の頃からの付き合いだからね。もう三十年近いかな」

「は?」

早川の落ち着いた風情は大人の男のそれだし、目の前の男も軽薄そうな見た目ではあるが、年相応の見映えで四十男と言われても納得するが。美作はどう見ても三十代前半がいいところだ。

「あの、それって」

「信じてないね。私たちの中では将棋、一番年上だよ」

年寄りが若い子にトチ狂うと手が付けられないね。とケラケラと笑うが、もちろん蔵斗はそれが自分のことだとは気付いていない。何のことか解らずに首を捻るだけだ。

「ま、少し時間を置いた方がいいってこと。それと、君はもっと顔を上げなさい」

茅場が笑って蔵斗の頭を撫でる。心地いいそれに身を任せながら、蔵斗は茅場の言葉の意味を噛み締めていた。

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