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有須inワンダーランド!<1>

「どうぞ」

「は、はい……」

すいっとカクテルのグラスが差し出され、マスターの綺麗な顔がにっこりと微笑む。間近で見る綺麗な顔に、有須蔵斗は思わず頬に朱を散らせた。

物慣れない様子に、マスターはますますにっこりと極上の笑顔を振りまく。

耐え切れなくなった蔵斗が目をそらすと、そこら中にいるふんどし姿の男達が目に入り、ぎょっとしてカウンターへと視線を戻す。

すると、そこには男とは思えない綺麗なマスターの笑顔。

はっきり言って、居たたまれないことこの上ない。

場違いではないのだろうか、と考え蔵斗は手の中でグラスを弄んだ。

「すみません、やっぱり帰ります」

言って蔵斗は立ち上がった。その腕を捕まれる。細いマスターの腕は、意外な力強さで蔵斗を放さない。

「また、来るね?」

じっと見つめてくる黒い瞳に吸い込まれそうだ。蔵斗は呑まれたように立ちすくむ。

不意に腕の力が緩んだ。

「またおいで」

「う、……ああ」

かくかくとうなずいた蔵斗に満足したのか、マスターはにっこりと微笑んでカウンターから出てくると、自分より背の高い蔵斗の背中に腕を回して扉へと伴った。

扉を開いて蔵斗を送り出すと、パタンと扉が閉じられる。目の前の黒い樫の扉を見て、蔵斗はほっと息を吐いた。

やっと現実に帰ってきたような心地だ。

同時に、何となく置いていかれたような寂しさも感じる。

一瞬、戻ろうかと考えて、蔵斗は目の前の扉に書かれた文字に我に返った。

『会員制パブ 将』

木製の飾り文字の看板は、その向こうにある世界との境を感じさせ、蔵斗は溜息と共に扉に背を向けた。

雑居ビルを出て、駅までの道をとぼとぼと歩く。背が高く肩幅の広い蔵斗が背を丸めて歩くと、傍目には大型犬がしょんぼりしているような印象を与える。

酔っ払いの足がもつれて、下を向いて歩く蔵斗にぶつかった。

「危ねぇじゃねぇか! 気を付けろ!」

どうやら酔っ払って気の大きくなったと見える男が、蔵斗に向けて罵声を浴びせる。蔵斗は思わずむっとして、そちらへ視線を投げた。視線を投げ掛けられた相手が一瞬怯む。

「おい、不味いぞ」

「すみませんね、こいつ酔っ払いで」

罵声を浴びせた男を引っつかんで、連れの連中は口早に謝罪して、そそくさと立ち去っていく。後に残された蔵斗は、またかと溜息を吐いた。

蔵斗は目つきが悪い。

乱視気味で、コンタクトでもあまり矯正が利か無いため、すがめるように見てしまうのだ。両親にすら『不服そうな目つきだ』と幼い頃から言われ続けた。

小学校に上がるようになると喧嘩沙汰が絶えず、他の子よりも体格も勝っていたため、蔵斗が悪いと思われがちで、思春期になる頃には立派な嫌われ者の出来上がりだ。

田舎には居づらくて出てきた都会暮らしだが、それでも蔵斗自身が変った訳では無い。中堅だと言われる家電量販店に勤めはしたが、客の前に出る仕事はさせてもらえず、倉庫の品出しや、同僚たちの嫌がる我侭なタイプの客のPCのセットアップなどが回されてくる毎日だ。

その日も、そんな仕事が終わった後のこと。

夜間のセットアップの作業を終え、帰社を急ぐ蔵斗に正面からぶつかってきた男がいた。

「危ないだろう、兄ちゃん?」

「痛ぇ。手首、捻挫したかも」

二人の男のチンピラ然とした風体を見るまでも無い。いくら蔵斗が田舎モノでも、これが歴然としたたかりであると言うことぐらいは解かる。

それが顔に表れていたのだろう。只でさえ不服そうだと言われる目つきが一層不満げにやぶにらみになる。

「何だ、文句でもあんのか?」

男に難癖を付けられ、肩を押されるが、逞しい身体はびくともしない。

それに苛立ったのだろう。今度は片方の男に脛を蹴りつけられ、さすがの蔵斗もよろめいた。

膝をついた蔵斗に、男が拳を振り上げる。

適当に殴られれば済むだろうと、覚悟を決めて目を閉じるが、いつまで経っても衝撃は襲ってこない。

「いけないなぁ。こんな所でオイタしちゃ」

振ってきた涼やかな声に顔を上げる。そこには、片方の男の腕をねじ上げた綺麗な人がいた。

「ゲッ、美作」

「そっちは俺のことは知ってるんだよねぇ?」

こんな場合だが、にっこりと笑う華やかな笑顔に、蔵斗は見惚れてしまう。夜の闇の中だと言うのに、大輪の花のようなその人は周囲のネオンよりも浮かび上がって見えた。

「店の前で迷惑なんだよ。さっさと失せな!」

ねじり上げていた腕を放すと、男たちは悔しげに立ち去っていく。あっと言う間の出来事に、蔵斗は呆然と逃げる男たちを見送ってしまった。

「大丈夫かい?」

差し出された手をじっと見る。どういうことだろうと蔵斗は首を捻った。背が高くがっしりとした身体つきの蔵斗に手など差し出されるはずは無い。

「立ち上がれないの? 怪我は?」

覗き込まれてやっと、差し出された手が蔵斗に対してのものだと知る。だが、今度はそんな扱いを受けるのが恥ずかしかった。

しかも相手は、蔵斗よりもずっと細く頼りなげな感じの美形だ。手を借りずに立ち上がる。

「あ、ありがとうございます。大丈夫です。それより」

さっきの男たちは、どう見てもチンピラヤクザだろう。店の前だと言っていた。後から嫌がらせなどを受けたりしないだろうか。

「ああ、大丈夫だよ。伊達に長年この辺りで商売してないから」

蔵斗の心配は、男にさらりとかわされる。

身を翻して目の前の雑居ビルへと入る男に、蔵斗は九十度に身体を折って頭を下げた。

その蔵斗の目の前に、名刺が一枚差し出される。

「良かったら、今度店に来てよ」

「会員制パブ?」

半透明の名刺に洒落た文字で書かれたのを読み上げた蔵斗に、相手はにこりと人好きのする笑顔を向ける。

「体のいい断り文句だよ。気に入らない客には『会員制です』って言うんだ。君なら歓迎」

ひらひらと手を振ってビルへ入る相手を、蔵斗は呆然と見送った。

「変な人だな」

綺麗で強くて、でも変な人だ。それが蔵斗の男に対する正直な感想だった。

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