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ファンタジックな冒険譚  作者: コノハ
目指せゴブリン洞窟!
8/13

ゴブリンの住まう洞窟で

 ゴブリンのいる洞窟の前まで来て、三人は絶句していた。

「……」

 ズタズタになったゼロの両親が、地面に刺された棒に括り付けられて晒されていたからだった。その二人の首には何事かが書かれてある木の板が下げられていた。

 衝撃を感じざるを得ない光景に、、ファランとルミナはゼロを慰めることすら忘れて固まっている。趣味で魔物語を覚えていたルミナは、その文字が『ゴミ』という意味であることを理解した。だが、絶望に顔を青くしているゼロにそれを教えるようなことはしない。

「……」

 ゼロは、何も言わない。けれどその顔には衝撃と悲壮が浮かんでいた。

 磔にされている両親の遺体は執拗に痛めつけられ、かろうじて判別できたはずの顔もぐちゃぐちゃに潰され、遠目からでは赤い塊にしか見えない。

「パパ、ママ」

 硬直から解けたゼロは、ゆっくりと、すがりつくように彼らのもとへ駆け寄ると腰のダガーを抜き、両親を縛る戒めをとく。どさり、と彼らは落下し、もろくなった肉が崩れ、腕や臓物を地面にぶちまけた。

「パパ、ママ……」

 腐敗が進んでいる彼らは思わず鼻をつまみたくなるような匂いを放っているが、ゼロは気にしなかった。腐った血に塗れながら、ゼロは二人を抱きしめた。小柄な両親の亡骸と、親想いの娘。もし、両親がボロボロでなければ、それは涙を誘う光景だったのかもしれない。

 しかし、ファランとルミナは、ゼロに得体の知れない狂気を感じずにはいられなかった。

「……二人とも、パパとママを埋めるの、てつだって」

「え? あ、でも、ゼロ。台車とかないぞ?」

 ファランは務めて冷静に言った。ゼロの返答は、恐ろしい物だった。

「手で運ぶんだよ」

「……本気?」

 ルミナは哀れむような表情をゼロに向ける。

「何? パパとママが汚いっていうの!?」

 ぎろりと、ゼロは瞳にほのかな危うさを灯らせて後ろにいるファランを睨んだ。

「え、そういう問題じゃねぇだろうよ」

「そういう問題なの。死んでからもこんなに辱められて。……パパとママを侮辱するなら、許さない!」

「侮辱したのは、俺じゃねえ」

「二人を汚いっていうんなら、いっしょだよ!」

 はぁ、とファランの隣にいるルミナはため息をついた。

「手伝ってあげる」

「ありがと、ルミナ」

 ゼロはそう言って、両親を横たえた。ゼロが二人から手を離した瞬間を見計らい、ルミナは唱える。

「彼の者を燃やせ『ファイア』」

 ボン! と音を立てて、ゼロの両親だった遺体だけが、綺麗に燃えた。かなり火力をあげていたのか、二人だった物はあっもいう間に燃え尽き、灰になった。

「あっ! ルミナ!? 何するの!」

 ゼロは涙目になって、灰を掻き集めようとする。その手を、ルミナが掴んだ。

「やめなさい。そんなことしても、両親は帰って来ないわ」

「そんなこと私だってわかってるよっ! なんで埋葬すらさせてくれないの!? ちゃんと送ってあげずに、パパとママは一体どうやったらフィメール様のところに逝けるの!?」

「安心しなさい、火葬にしただけ。太陽神フィメールからの恵みである火で送るというのは、十分に意味があると思わない?」

「それは……思う、けど……」

 ルミナの優しい言葉に、ゼロは渋々そう言った。しばらくして得心がいったのか、ゼロは微笑んだ。

「……ううん、ありがとう、ルミナ。きっと、パパとママ、二人ともフィメール様の元に逝けたよね」

 優しげな表情になって、ゼロは言った。

「ええ、きっとね」

 ルミナの表情はまるで、母のように慈愛に満ちていた。

「……もう大丈夫か?」

 ファランは恐る恐る聞いた。

「うん、多分ね」

 自信なさそうに、ゼロは答える。

「……ま、そんなもんだよな、親が死んだら」

「そうよ。……遺体を抱きしめた時はもうダメかと思ったけど。あ、そうだ。彼の者のよご……。彼の者を清めよ『ウォッシュ』」

 ザァッと音がして、ゼロの全身を一瞬だけ水が包んだ。水はゼロを包んだあと、地面へと消えた。

 腐肉に塗れた彼女の服や肌が、綺麗さっぱり洗浄され、ゼロは風呂に入りたてのような状態になった。

「……二人の血、ついてたわよ」

 あくまでルミナは、汚れているという表現を避けた。

「う、うん。さ、行こう二人とも。パパとママの仇を討とう」

 フォリナンダガーを握りしめ、ゼロは洞窟の中に入っていった。

「いいのかよ、ルミナ」

「いいのよ。人の死を乗り越える方法は、人それぞれよ。どんな解釈であれ、ちゃんとわかってくれてよかったわ。死体を連れて歩くとか言い出したら、本当にどうしようかと」

「珍しいな、お前がそんな心配するの」

「どういうことよ?」

 ファランは鎧の奥で笑った。

「杞憂ってことだよ」

 ファランはそう言って、洞窟に入った。

「……杞憂、ねぇ」

 だといいんだけど。ルミナはそう言ってファランに続いた。


 洞窟の中は、この前来た時とあまり変わりばえはしなかった。広い天井に切り傷のような裂け目があり、そこからは光を洞窟内へと取り込んでいる。照らし出されている地面には苔類がびっしりこびりついているが、全く光のささないところには草一本生えていない。広間の右側には小さな湖のような水たまりが、左側には奥へと続く通路があった。

「……うん、大丈夫。隠し通路とかじゃなくて、本当に壁だよ」

 広間の奥を調べ終わったゼロが、すぐ後ろの二人に報告した。

「そう。まぁ期待してなかったし」

「そうだよ、ルミナ。早く先に行こうよ。早く魔物を殺したいよ」

 直接的すぎる言葉に、ファランはついぎょっとしてしまう。ルミナは肩を竦めた。

「気持ちはわかるけど、ドキッとすること言わないでよ」

「あ……ごめん。次から気をつける」

「仲間を気遣う程度の理性は残ってて助かったわ」

 ルミナはやれやれといった感じでため息をついた。

「多分、あの道以外に通路はないよ。さ、行こう二人とも」

 ゼロはダガーを逆手で持ち、警戒しながら通路の奥へと歩き出す。

 二人も、できるだけ足を忍ばせながらゼロに続く。

「な、なぁ、さっきから、本当にゼロは大丈夫なのか?」

 小声で、ファランはルミナに耳打ちした。

「大丈夫よ。あなたの頭より」

「俺そんなに頭悪くねぇぞ?」

「そうかしら? まぁ、いい傾向でないのは確かだけど」

 ふと、二人の前を行っていたゼロがしゃがむ。

 ふふ、と嘲るかのように笑う。彼女の視線の先には視認が困難であるはずの細い糸が張られていた。

「ワイヤートラップ、ね。作りも甘いし仕組みもミエミエ。私らを罠に嵌めるつもりなら、こんなのじゃダメダメ、全然ダメ、ダメ、ダメだよ、ゴブリン」

 プツンと、ゼロがダガーで糸を切った。すると数秒のちに少し前の通路の上から大きな岩がいくつもガラガラと音を立てて落ちた。

「落石の罠、ね。あれ食らってたらファラン以外死んでたわね」

「いや、あれは俺でも厳しいぞ」

「防御力だけ取り柄のクセにあれくらいなんとかならないの?」

「不意打ちだしなぁ、多分無理だろ」

「そんなものかしら」

「あぁ。オーガの一撃は防げても、不意の落石は対応できねぇよ」

「ゼロに感謝ね、ホント」

 ルミナが褒めると、ゼロは立ち上がった。

「これくらい当たり前だよ、ルミナ、ファラン。さ、早く行こう。多分今のでゴブリン達が私らに気付いた。……やっと、戦える」

 真剣な表情でダガーを構え直すゼロ。そんな彼女に二人は不安を感じずにはいられなかった。

「ま、動機はともかくゼロの言うことは最もよ。ファラン、戦う準備してなさい」

「お前もな」

 言われて、ルミナはニヤリと笑う。

「できてないとでも思ってた?」

「割りとお前肝心なところが抜けてるから」

「あんたは一から十全部抜けてるわね」

「んなことねぇぞ?」

「あら、脳筋族の言葉って不思議ね。鎧を買い忘れるのが間抜けと言わないなんて」

「あれは……! その、なんだ。……ごめん」

「わかりゃいいのよ」

「二人とも、漫才してないで早く」

「漫才なんてしてない」

 二人がほぼ同時に言った。

「そういうのが……って、まぁいいや。二人とも、アレが多分、最後だよ」

 岩陰に隠れているゼロが、通路を抜けた先を指差した。

 通路の奥は開けた場所になっているが、入り口のように明るくはない。ゴブリン達手製のものだろうか、粗末な松明のみが明かりだ。七匹のゴブリンが洞窟の奥で何かを取り囲んで楽しそうな声を上げている。うち一匹は特に大きく、率先してその何かを弄んでいた。

 その輪から離れたところに、ゼロ達の方へとやってくる一匹のゴブリン。先ほどの音を聞きつけて偵察にやってきたのだろう。三人にな気づいていない様子だった。

 ゼロは、両親が殺される瞬間を自身が見ている光景に重ねた。

「……」

 ゼロの瞳がさらに暗く、危うげで猟奇的な色を帯びてくる。

「……」

 静かに、とゼロは後ろの二人に仕草で指示する。

 二人は無言で、岩陰に隠れて息を殺す。

「げーぎゃー?」

 呑気に、ゴブリンは形だけの偵察を行った。暗い洞窟内、明かりも持っていない彼が、岩陰に同化するように隠れている三人に気付くことはなかった。

「……っ!」

 ゼロはゴブリンが自身を通り過ぎたところで行動を開始した。後ろから忍び寄り、彼の口元を後ろから抱きしめるようにして押さえると、首にダガーを押し当て、思い切り引いた。

 ジャク、とゼロの手に嫌な――今の彼女にとっては心地よい感触が腕に伝わる。

 大量の光の粒がゴブリンの傷口から流れ、くぐもったうめき声を上げて、やがてゴブリンは粒子となって消えた。

「……」

 消えゆくゴブリンを、ゼロは氷のような冷たい目で見ていた。

「……ルミナ、ここからあいつら狙える?」

 その目のまま、ゼロは洞窟の奥へと視線を向けた。

「できるけど。でも、あいつらが何をしているのか、気になるわ」

「そんなの、あいつら全員虐殺してからでも遅くないよ」

「……ホント、あいつら潰したら元に戻るんでしょうね……?」

 ルミナは小さく呟いた。

「ルミナ、どうした?」

 小声だと二人の声が聞き取れないのか、ファランが少し大きな声で聞いてきた。

「ぎゃっ!?」

 一際大きなゴブリンが、ファランの方を見た。

「こっち見てるわよ?」

 ルミナが額に汗を流しながら言った。

「だな」

 ファランの声も、震えていた。

 おもむろに、ゴブリンが腰の剣を抜き放つ。

「ゲギギャーーー!」

 彼の一声に、他のゴブリン達がハッとしたように三人の方を向いた。

「ちくしょ、バレた!」

「あんたのせいでしょうが! どうしてくれんのよ!」

 ファランが立ち上がり、広間へと入り、盾を構える。

「決まってる、守るんだよ!」

「ゲギャ!」

 大きなゴブリンの号令で、六匹のゴブリンが彼へと殺到する。

「させない!」

「あ、ゼロ、やめなさい!」

『ゴブリンが』『何かに』『群がる』という光景に多大な恐怖と憎悪を覚えるゼロは、ファランがどんな職業で何が取り柄なのかも忘れて彼らに突撃した。

「ゲギャッ!」

 突貫するゼロに気付いた一匹のゴブリンが、ゼロに向かって剣を振るう。

「やぁぁぁぁっ!」

 その剣を全く恐れず、ゼロはダガーを中腰に構える。

 ドン、と彼女のダガーはゴブリンの心核を貫いた。

 一体のゴブリンが倒れ伏すが、他の四体がゼロに殺到する。正常な判断力を失っている彼女は、押し寄せる彼らに対しなんの反応もできなかった。

「痛っ!」

 刃が届く寸前にゼロは身をよじって避けようとするが、避けきれずに手足に切り傷を作った。

 ゴブリンはなおをゼロを追い詰めようとするが、二撃目は横合いから現れたファランによってすべて防がれた。

「あ、ファラン」

「あ、じゃねぇ! お前今何してんだよっ! 戦闘中に立ち止まるな!」

「ファラン、私、なんか体が動かなかったの」

「はぁ?」

「なんか、わからないけど。でも、動かないの」

「ったく! おいルミナ!」

 そうファランが叫んだと同時、残りのゴブリン全員が燃え尽きた。

 ルミナが酒場で使ったのと同じ、炎の魔法だった。威力は桁が違ったが。

「いちいち叫ばなくてもわかるわよ、あんたじゃないんだから。ていうか、そもそもね、ゼロ。あなたの仕事はスカウトで、罠発見だけでよかったのよ。こんな鉄火場にまで出てくる必要はないわ」

 安全になった洞窟内で、ルミナはゆっくりとゼロに語りかける。そうしながら、ルミナはさきほどまでゴブリンが群がっていたところに近づく。

「でも、私戦えるよ」

 切り傷を手で押さえながら、ゼロが言う。深い傷ではないが、なかなか血が止まらない。

「まだ無理よ。まだあなたは両親が死んだことに整理がついてない。だから、戦いにも影響が出てる」

「それは! その……なぜか、体が動かなくて」

「怖くなったのよ。自分も両親のように死ぬんだ、って思ってね」

「でも」

「悪いことじゃないわ、別に。私だって、一年くらい魔法が怖くて怖くて仕方ないって時があったから」

 え? とゼロは驚いた。魔法を道具のように使いこなすルミナが、魔法を怖がる? そんなことってあるの? 疑問を文字にすればこんなところだろう。

「……傷、大丈夫?」

「う、うん。これくらいなら、たぶん」

 傷、残るだろうな。そう思いながら、ゼロは答えた。軽く気配を察知してみても、魔物が発する魔力は感じられない。

「そう。回復役がいれば、その傷だって綺麗に消せたのにね」

「いいよ、別に」

 ゼロはゆっくりと、さっきまでゴブリン達が囲っていたものに近づいて行った。そこには、倒れ伏した少女がいた。

「……酷いことするわ」

 ルミナはゴブリンに群がられていた少女の前で、手を合わせた。彼女は裸で、全身を様々な液体で汚していた。どのような目に遭っていたのかは、子供でない限りわかるだろう。彼女はピクリとも動かない。目だった傷はないが、生きているようにも見えなかった。

「死んでるのか?」

 ファランが恐る恐る聞いた。死体を確認する勇気はないようだ。

「ほぼ間違いないでしょ」

「でも、血とかでてないよ? なんか白いので汚れてるけど。それなに?」

「あなたは知らなくていいのよ。まだね。

 ……でも、確かに妙ね」

 硬直から回復したのか、ゼロはルミナのそばに跳ぶようにして駆け寄った。

「っ。かのものの汚れを清めよ『ウォッシュ』」

 ザアッと、少女の身体を水が駆け抜けた。

「え? なんでそれ使ったの?」

「なんでもないのよ。で? 死体なんて見るもんじゃないわ」

「でもさ、この人ホントに死んでるの?」

 ゼロは指で倒れている少女の頬を突ついた。

「こら。やめなさい」

「でも、起きるかも」

「だから、死んでる……って、え?」

 ピク、と少女が動いた。ゆっくりとまぶたを開け、むにゃむにゃとまどろむと、ゼロとルミナを見て、口を開いた。

「ん。おはよ。ところで、あなたたちは誰?」

「生きてるっ!?」

 三人同時の叫びに、失礼な、と少女は返した。

 この出会いが三人にとって重要な意味持つなど、この時は誰も予想していなかった。


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