入団祝いと飲み比べ!
三人が酒場に入ると、もうルミナの血液や焼け焦げた跡など、戦闘の痕跡は綺麗になくなっていた。
酒場の喧騒も、いつも通り。たくさんある七人がけの丸テーブルはほとんど埋まっている。可愛らしい制服を着た従業員はせわしなく働いている。
「ゼロ、あれくらい私らの日常会話なんだから、気にしなくていいのよ」
「でも、ファランすごく痛そうだった」
「ファランは頑丈よ、これくらい大丈夫よ、ね?」
「ね、じゃねえよ! お前もうちょっと考えて魔法使えよ魔力バカ!」
「言ったわねこの脳筋!」
「おう言ったぜ魔力バカ魔力バカ魔力バカ!」
「魔力バカ言うな! 言うな~~っ! この脳筋! インサニティ撃つわよ!?」
「ネクロマジック使えるもんなら使ってみろよソーサラー!」
「なんでインサニティがネクロマジックだって知ってんのよ脳筋のくせに!」
「だから俺は脳筋じゃねぇっつってんだろ!」
「うっさい! ガードナーが脳筋じゃなかったらなんなのよ!」
「お前こそなんでそんな偏見持ってんだよ! もっと見識広く持とうぜ!?」
「あんたが広すぎんのよバカ!」
「ケンカしないで!」
ドン、と言い争っていた二人の脇腹に、小さな拳が突き込まれた。
「ごふっ!」
「ぎゃっ……」
ファランはお腹を押さえるだけですんだが、ルミナはしゃがみこんで痛みに耐えていた。
「え、あ、ご、ごめんルミナ! あれが日常だっていうから、これくらい大丈夫だって思って……ごめん!」
ゼロはルミナに駆け寄って、背中をさする。
「う、ぐ、ぐ……。今、真剣にファランにしてきたことを反省したわ。ゼロ、別に構うことないわ。あとちょっとだけ手加減してくれたらね……」
ぐぐぐ……としばらく呻いたあと、ルミナは立ち上がろうとする。
「ほら、大丈夫かよ? ゼロ、結構いいパンチだったぞ。拳闘士目指してみるか?」
言いながら、ファランはルミナの前に手を差し出す。
「え? い、いいよ。それより、ホントに大丈夫、ルミナ?」
「大丈夫よ、たぶんね……。というか、も、元はといえばファランが魔力バカとか言うからなんだから! ちょっとは反省してよ!」
ルミナは手を取りながら、立ち上がる。
「反省するのはお前だろ。ゼロにどつき漫才教えるんじゃねえ」
「漫才なんてやってない!」
「はいはい。さ、席取るぞ」
ファランは周りを見渡す。空いている席はちらほらあるが、どれも相席になってしまう。
「相席でいいか?」
「ゼロがいるのにいいわけあるか!」
「私、相席でもいい!」
ルミナは驚いて彼女を見る。
「私戦えるし、もう冒険者なんだから! 守られてばっかは、イヤ!」
「よし、じゃ相席で」
「私が嫌なの!」
え~、とファランは嫌な顔をする。
「マジで?」
「悪い?」
「悪かねえけど、どうしてもか?」
「それほどじゃないけど。でも知らない人とお酒は飲みたくない」
「はぁ。しゃあねぇな。ちょっと待っとけ」
そう言って、ファランは三つ席の空いているテーブルに向かって行った。ゼロとルミナは首を傾げつつも見守る。
「ういっす、ロック!」
彼が話しかけたのは、あご髭をたっぷり蓄えた、もうすっかり出来上がってるおっさんだった。
「ん? おお、ファランじゃねえか!」
声をかけられた男は、笑顔で返事をした。
「久しぶり、元気してたか?」
「ん? ああ、見ての通り稼いできたところさ。で? 俺より稼がなきゃいけないファランはどうなんだ?」
「え? 俺そんな稼がなくてもいいんだぜ?」
「んなこたぁねえだろ、なぁ、フォリナ族の保護者さん?」
「は? あぁ、俺は保護者じゃねえよ」
「じゃ、やっぱ施設にでも預けんのか?」
「仲間だよ」
「へぇ、いいねぇ、天下のフォリナ族が仲間って。俺もあやかりたいもんだ。
ん? まてよ? お前んとこ、たしかリーダーが女だったよな?」
「そうだけど、それが?」
「いいなぁ、両手に花かよ! リーダーが年食ったらフォリナ族の嬢ちゃん食えばいいし、本当羨ましいぜ!」
「ははは! 冗談きついぜ、ロック。俺とゼロはそんなんじゃねえって。じゃ、また今度一緒に飲もうぜ! じゃあな!」
「ん? 飲まねえのか?」
「おう、悪りぃな、今日は他に飲みたいヤツがいるんだよ」
「ったく、しゃあねえなぁ。じゃあな、楽しく飲めよ〜!」
「おう!」
このまま相席、とかファランが言い出したらファイアで焼こうと思っていたルミナだったが、別のテーブルに向かったファランを見て、溜飲を下げた。
「うっす!」
声をかけたのは四人がけの小さな丸テーブルに一人でついている旅のローブを着ている男だった。背中のこの地方には見られない片刃の反りが強い剣もあいまって、凄まじい雰囲気を漂わせている。この席の周りだけ静まり帰っているように感じるのは、彼の放つオーラ故だろう。
「ん? ……ファラン、だったか?」
「おう。あんた、名前は?」
「シュラ」
「へぇ。東から来たのか?」
「応。で、何か用か? 俺たちはあまり騒がしいのは好きじゃないし、お前だってフォリナ族のことがあって遊んでいる場合ではないだろう」
「まあそうなんだけどな、ちょっと事情があってなぁ」
「……俺はフォリナ族と接触したことはないぞ」
「は?」
「両親を探しているのではないのか?」
「違うけど……」
「そうか。余計な世話だったか」
「いやいや、ありがたいよ。でさ、シュラ、俺らのパーティ、ちょっと増員することになってな」
「そうか。お前達の話はここにいればよく聞こえる。なんでも、初級持ち二人がパーティを組んだと」
「はは、俺らって有名人?」
「よく笑いの種になっている。二人で冒険者をやるバカ達がいる、とな。増員といっていたが、遅すぎるくらいだ」
「へぇ。シュラはもっと増やした方がいいと思うか?」
「そんなもの他人に聞くな。仲間内で決めろ。参考意見を言わせてもらうなら、お前たちの好きなようにやればいい。死のうが生きようが、お前らの勝手だ」
ファランは楽しそうに笑った。
「ありがとよ、シュラ」
「礼を言われるようなことは言っていないが」
「まあまあ。それでさ、その入団祝いをここでやろうとしてんだけど席がねえんだわ、ここ以外」
シュラは周りを見回す。先ほどファランが話していた男の席を見て、何か言おうとしたが、口を閉ざした。
「……好きにしろ」
「あんがとよ、シュラ!」
「ただし、ドンチャン騒ぎはするな」
「わかってるって! おーい!」
ファランが手を振ると、ルミナはため息をついてシュラのいるテーブルまで歩いた。安心させるように、ゼロの手を繋いで。
「知らない人と飲むのはイヤって言ったよね?」
「紹介するぜ、剣士のシュラだ!」
「今さっ会ったんでしょ?」
「シュラは信用できる男だ」
「どっからその信用は湧いてくるのよ……」
「知りたい? 知りたい?」
「もういいわ。それにここ以外に場所、ないしね。初めまして、ルミナと言います」
「ぼ、ぼ、冒険者の、ぜ、ゼロと言います」
「……シュラだ」
そう言って、彼は手の中の杯を煽った。
「さ、注文しよっか」
「あの、ファラン、私お酒飲んでいいの?」
「ああ、冒険者は特例で成人扱いだからな。いつ消えるともわからぬ命、せめて酒の味くらい知っておけっていうありがたーいルールだよ」
ファランは席に付きながら二人に説明する。シュラは彼の説明に、苦笑する。
「そっか。じゃ、飲むよ。飲みまくるよ!」
「酒に飲まれるなよ、嬢ちゃん」
にわかに頬を緩ませて、シュラが言った。
「大丈夫! たぶん?」
「一応言っとくけど飲まなくてもいいからね? マスター!」
ルミナが大声で叫ぶと、従業員の一人がテーブルまでやってきた。
「いらっしゃいませ……って、ファランじゃない。久しぶり」
はぁ? と言った感じでルミナは二人を交互に見る。
「久しぶり、メリッサ。元気そうじゃん!」
「当たり前よ。注文決まった?」
「おう。エール三つ」
「三つ? そこのおチビちゃんも飲むの?」
メリッサはゼロを見た。それから、ファランを見る。とがめだてするような視線に、ファランはあわてて繕った。
「や、この子は冒険者だ」
「そっか。なら、ごゆっくり。じゃ持ってくるから待っててね~」
そう言ってメリッサはカウンターの奥へと消えて行った。
「知り合い?」
「まぁな。彼女はメリッサって言って、ここの看板娘だ」
「へぇ~そう」
ルミナは少し頬を膨らませた。
「ん?」
「なんでもないわよバカ! まあ、細かいとこは今置いておきましょ。今はゼロの入団祝いなんだから」
「騒ぐなよ?」
シュラとファラン、二人が同時に言った。
「わかってるわ。私だって騒ぐの苦手なんだもん。」
「お前が? 面白い冗談だな」
「なんか言った、ファラン」
「いんや?」
ファランはそう言うと、ゼロの頭を撫でた。
「ようこそ、冒険者の世界へ」
「うん!」
にしても、とシュラが口を開いた。
「入団とは、フォリナ族だったか」
「そうよ。狙ってんのあんた?」
シュラは低く呻くように笑った。
「まさか。俺は生涯、誰と組むことはない。その嬢ちゃんがいくら愛らしくても、フォリナ族でも、それは変わらない」
そう彼が言ったとき、三人の元にジョッキが運ばれて来た。
「はーい、お待たせ、エール三つでーす!」
「おう、サンキュ、メリッサ」
「どういたしまして~。それじゃ、伝票置いとくわね。ごゆっくり!」
そう言って、彼女はまたせわしなく駆けていった。
「よし、乾杯だ。シュラがいるから軽くな」
「ええ。乾杯」
「か、乾杯……」
コチン、と三つの杯が静かに鳴った。
ファランはゴキュゴキュとまるで水か何かのように飲んでいく。
「あんたの飲み方だけは理解できないわ」
言いながら、ルミナはちびちびとエールを飲む。
「ばーか! こんなのワインみたいに飲んだってうまくねえだろ?」
「あんたの喉は鉄かなんかでできてるんじゃない? 私のか弱い喉じゃ焼けちゃうわ」
「そもそもエールは女子供のために作られたものではないからな」
「なによ、シュラ。私がエール飲んじゃダメっての?」
「いいや。そういったつもりはないがな。お前が言ったように喉が焼けるのではないかと心配してるんだ」
「……ふん。調子狂うわね」
「それはこちらも同じだ」
そう言って、二人して杯を煽る。
「ゼロ、飲まないの?」
そう言ってゼロの方を見たルミナは、絶句した。
もうすでにゼロのジョッキはカラになっていたのだ。
「ル~ミ~ナ~! お酒っておいしいね!」
「の、飲みすぎちゃダメよ?」
「わかってる! ねえねえファラン、もっと飲みたい!」
「それは構わねぇけど、酔い潰れるぞ?」
「明日をも知れない命、なんでしょ? 酔い潰れてみたいよぉ」
わずかに頬を染めるゼロ。ほろ酔い程度だが、普段とは違う様子にファランは少し心配になった。
「……う~ん、やっぱ早かったかもしれん」
彼は苦々しげにつぶやいた。
「もう、わからずや!」
そう言って、ゼロはファランのジョッキをかっさらう。一瞬の隙をついた、まさに早業。
「あっ」
「ゴク、ゴク、ゴク、プハァッ! うん、おいしい!」
そう言う彼女は、完全に出来上がっていた。
「……中々の飲みっぷりだな。子供とは思えん。これもフォリナ族所以か?」
シュラの言い方に、ムッとしてルミナは突っかかる。
「あのねぇ。あんたもそうだけどみんなフォリナ族フォリナ族って! ゼロはゼロ! 個性ってのを認めてあげてよ!」
「認めてるつもりだがな、フォリナ族など彼女しか見たことがない。どうしても種全体としても見てしまうのだ。にしても、お前、まるで保護者だな」
「ゼロは私の仲間なの! 私は保護者じゃない!」
「そうか」
ぐびり、とまた再び同時に飲む。
ルミナとシュラの目が合う。
もう一度、今度はお互い無言で、わざとタイミングを合わせて飲む。ゴキュ、ゴキュ、とエールが喉を通る音が二つ同時に鳴る。そして同じタイミングで、ジョッキをテーブルに置いた。二人の杯はカラになっていた。
「……あなどったか。訂正しよう。お前は中々いい飲み方をする」
「ふん! 気付くのが遅いのよ!」
「俺もびっくりだよ、ルミナ。お前こんなに飲めたんだなぁ」
ピク、とルミナはこめかみを引きつらせた。
「あのねぇ! 私ら一体何年一緒にいるのよ! 私がどれくらい酒が飲めるかくらい知っててよ!」
「でもお前、ワインが好きだろ?」
「ええそうよ好きよワインの方が好きよ! でもあんたが旨そうに飲む物だって興味あるじゃない!」
「へえ、食いしん坊だな、ルミナ」
「そこになおれ! 乙女の純情踏み躙った報いその身でわからせてやる! 飲み比べだっ!」
ルミナの顔は真っ赤に上気していた。羞恥ではなく、普通に酒のせいである。
「お前酔ってんじゃねえ?」
「酔ってたとしても! 限りなく素面に近いわ!」
「いや、酒飲んでるヤツに主張されても信用できねえよ」
「なに!? 私が信じられないの? 脳筋のくせに?」
「だから俺は脳筋じゃねえって」
「もういいわこのやりとり何度目よ! で!? 飲み比べるの? べないの?」
「べないってなんだよ」
「答えろ!」
「はいはい比べない比べない。おとなしく飲んどこうぜ」
「よし! さすが脳筋、話がわかる! お~いメリッサー! あるだけエール持ってこーい! 飲み比べだっ!」
「話通じてねぇっ!? ちょっど待てよルミナ! 俺飲み比べなんて」
「するっていったでしょ?」
そう言ってる間にも、ジョッキがテーブルに集められていく。
「ふん。ファラン」
「なんだ、シュラ」
「騒がしくなってきたな」
「す、すまん」
いや。とファランは呟いた。
「気にするな。短い間だったが楽しかったのは事実だ。また飲もう。ではな」
そう言って、シュラは清算をしにカウンターへと向かった。
「さあ、ブツは揃った、あとは飲むだけよ!」
「うわぁー! こんなにお酒がいっぱい! 飲んでいい? 飲んでいい!?」
「好きに飲みなさい、ゼロ! 私が許すわ!」
「許すなよ! これ全部飲んだらぶっ倒れるぞ!?」
「大丈夫よゼロも私も強いから!」
「大丈夫です、倒れてもファランさんがまもってくれます!」
「まともなの俺だけかよ!?」
ガッと、ファランの肩をルミナがつかんだ。
「いいえ、あなたも私らの仲間になるのーー飲み比べでね! さあ、いざ尋常に、勝負!」
ルミナはジョッキを二つ掴み、片方をファランに渡してくる。
「はぁ……飲み仲間追いやっちまったよ……。で? ホントにやるんだな?」
「あたりまえ! 覚悟しなさい!」
「ったく。いい度胸だよ、ホント」
渋々、ファランはジョッキを手にした。
「はいはーい。じゃ、二人のどちらかが一滴たりとも飲めなくなったら負け、という感じでよろしくです!」
「おう!」
二人して、派手に答えた。
「さぁ、勝負!」
二人の掛け声と共に、飲み比べが始まった。