少女のわがまま
洞窟の中はまるでドームのように広かった。天井の岩の裂け目からは、太陽の光がこぼれ、洞窟の中を照らしている。地面は小さな石が堆積しており、ファランのように頑丈な靴を履いていないゼロとルミナは、一歩歩くたび、足裏を刺激される痛みを味わっていた。
「……罠とか今のところないよ。でも痛い」
「そう。ありがとうゼロ。にしても痛いわね」
「敵襲か? 大丈夫か?」
能天気なものいいに、ルミナだけでなくゼロもこめかみを引きつらせた。
「……まあ、今は鉄塊に構ってる暇はないわ」
「鉄塊ってなんだよ、鉄塊って。この鎧はなぁ、ミスリル等の魔法金属をベースに、かの有名なダンタリアンの防護魔法がかかっていて、そんな、鉄ってよりは魔法の方が」
「鉄塊に、構ってる、暇はないわ」
じっと、ルミナはファランを睨む。
「ぐ。……わかったよ」
「よし。それでゼロ。あなたいくつなの?」
ずっと聞きたくて聞けなかったことを、ルミナは聞いた。
フォリナ族は成人しても子供ほどの背丈しかない。故に、ルミナの予想ではゼロは十六歳から十七歳。自分たちと同年代というものだった。
「七歳」
ファランとルミナ、二人の動きが止まった。
「……引き返しましょう、ファラン」
「お、おう」
ルミナの提案に対し、依頼がどう、とかの疑問は出てこなかった。
「どうして? まだ『いらい』終わってないんでしょ?」
「子供連れて魔物退治なんてできるわけないでしょうが! あんたなんでそれ言わなかったのよ!」
「いくつかなんて関係ないよ! 私スカウトだよ、戦えるの!」
「あなた……。でもね、あなたがやられちゃったら私、あなたのご両親に顔向けできないわ」
「心にもないことを」
ルミナはファランを睨んだ。
「余計なこと言わないで。カオスぶつけるわよ」
「それは誰かにぶつける魔法じゃねぇだろ……てか人類種で使えるやつなんていねぇから」
「デリカシーと情緒、雰囲気を読めないバカはカオスに引き込まれて細切れになればいいのよ」
「すげぇ理屈だな」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「褒めてねえよ」
「わかってるわよそんなこと」
「なら言うなよ」
「うるさい鉄塊のくせに」
「だから、これは鉄塊じゃなくてミスリル等の魔法金属をベースに、かのダンタリアンの防護魔法が――」
「鉄塊に、かまってる、暇はないわ」
「だからこれは鉄塊じゃ」
「とにかく! ゼロはギルドに魔災孤児として、施設に預けましょう。フォリナ族の、しかも子供ともなれば依頼は『中断』扱いで失敗にはならないし、こんな子をこんな場所で、こんな仕事してる私らと一緒にさせるわけにはいかないわ」
ルミナの言葉に、ファランは頷く。鉄塊鉄塊言われることは非常に心苦しい上に不愉快なのだが、それでも彼女の言うことは正しかった。
もはや伝説に近くなったフォリナ族。彼らの数はもはや三桁未満にまで落ち込んでいる。正確な数字は誰にもわからないが、少なくなっている事は事実。そして、王や貴族階級の類人種は、彼らがもたらす新しい土地の情報を今でも欲している。故に、彼らの保護、そして増加は非常に奨励されていることなのだ。彼らを保護したものにはギルドから報奨金も出る。
「イヤ! 私、戦える!」
「と、彼女は言ってるけど?」
ため息混じりにファランは言う。
「だからなに? この子の言ってる事を尊重してたら、この子のためにならないわ」
「ヤーだー! 私、二人と一緒にいたいの、離れ離れはヤ! ヤダッたらヤダ!」
最初見たときの少し大人びた感じを不思議なまでに消失させているゼロに、二人は少し驚く。
ちょいちょい、とルミナはファランを呼んだ。言われるままに近付いた彼は、彼女の口に耳を寄せる。
「もしかしたら両親が殺された事で幼児退行起こしてるかも」
「ようじたいこう? 用事た、行こう?」
「バカ。無知無能。脳みそ筋肉」
ファランのあまりにあまりな知識に、ルミナは頭を抱えたくなった。
「要するに、心が幼くなったってこと」
「なんで?」
「両親殺されたのよ? 現実逃避くらいするわよ」
「……で、ゼロがその『ようじたいこう』? を起こしたから、どうっていうんだ?」
「あんたわかってないでしょ。……そうね、彼女、あれっきり泣いたり喚いたりしないけど、でもとにかく両親が殺されたことが彼女の心に多大な負荷をかけてるの」
「それで?」
「それでって?」
「どうすりゃいいんだ?」
「どうすればって、そんなの……」
ルミナは、すぐに答えを出すことができなかった。
「何お話ししてるの?」
無邪気に見える表情で内緒話をしていた二人の間にゼロが入ってきた。
「あなた、もし依頼が終わったら、そのあとどうするつもり?」
「二人と一緒にいるー!」
予想通りの答えに、ルミナはため息をつく。
「あのね。私たち子供を養育するつもりはないわ」
「よーいくなんてしてくれなくていいよ。私、二人と一緒に戦いたいの!」
「はぁ。じゃ、一旦帰るわよ」
もうダメだ、と言わんばかりにルミナはかぶりを振った。
「ヤダ! ヤダヤダヤダヤダー!」
はぁ。ため息をついて、ルミナはゼロの手を引いた。
「わがまま言わないの」
「でもでも! でも私二人と一緒にいるの! いるったらいるの!」
「……はぁ。帰るわよ、ファラン」
「了解」
ファランも同じようにため息をついて、歩き出す。
いつまでもいつまでも、ゼロはわがままを言うことをやめなかった。
洞窟から出て、草原の中を三人で歩く。およそ六時間ほど歩いたところで、大きな城と、その城壁が見えた。
「あれなぁに?」
戦うことなく一緒にいれることが嬉しいのか、ゼロは能天気に聞いた。
「あれは私たちが拠点にしてる国よ。セイクリッド、だったっけ」
「だったっけってお前なぁ」
「国の名前とか私に関係ないもん。関係あるのは安くで魔法具売ってくれる店と、報酬くれるギルドだけで十分よ」
「うわぁ、狭い交友」
「む。じゃああんたはどうなのよ、脳筋。脳筋族の知りあいがいますとかいうのはなしね」
「まずギルド周辺のご近所さま方、武具防具店の店長、それから――」
ファランは指折り、交友関係を挙げていく。二十ほど挙げたところで、ファランはルミナに言った。
「とまぁ、こんな感じ。お返事は?」
「……脳内友人を交友関係に入れちゃダメって言うのを忘れてたわ」
「どーいう意味だそりゃ!」
「言わなきゃわかんない?」
「ぐ、や、やっぱいい」
「そう。じゃ、現実の……いえ、あなたにとったら妄想も、現実なのよね。
……仕方ないわね、あまりに憐れだからいい病院紹介したげるわ」
「俺は脳内友人と遊ぶようなヤツと一緒にするな!」
「今あんたは全国の幼児を敵に回したわ」
「幼児と同レベルかよ、俺!?」
「違うとでも?」
「あーもう!」
ファランは唸って、それきり黙った。
「言い過ぎたかしら? ごめんなさいね」
「気持ちが篭ってないぞ」
「込めてないもの」
「込めろよ」
「お断り」
はぁ、とファランはため息をついた。
「まぁいいや。今はギルドだな」
「ええ。とにかくギルドよ」
ルミナが言ったきり、沈黙が流れる。
それから国に到着するまで、会話らしい会話は交わされなかった。
が、その様子をそばで見ていたゼロには、二人の間に流れる暖かい雰囲気を感じ取っていた。もっと仲良くなりたい。こんなふうに二人の会話の輪に入っていきたい。一人きりなった彼女がそう思うのは、至極当然の流れだった。




